80:肉食獣は小動物に
「またしても勝利したのはこの男ぉ! ドゥールーカス・バダンズ! デビューから連戦連勝を更新し続けるこの無敵の男! 誰かこいつを止めてくれぇ! 強すぎる!!」
「次のチャンピオンは俺様で確定よぉ! ッハッハッハ! 俺様がこんなにツエーと俺様と対戦を回避しちまいたくなるのも仕方ねぇかもなァ!!」
大勢の観客たちに囲まれた光り輝くリングの上で、拳を掲げ、勝利を噛みしめる男、ドゥールーカス・バダンズ。南方の人工島にある実験都市のスラム街で生まれたドゥールーカスは、腕っぷしの強さを買われ新代スポーツ格闘技の世界に誘われた。
新代スポーツではドーピングや機械による身体拡張技術が許可されているため、ドゥールーカスもまた、デビューと同時にその肉体を改造、調整した。
貧民である彼は端金で己の肉体を新代スポーツ企業に売り、より強い肉体を手に入れた。スラム生まれのドゥールーカスからすれば、このまま真っ当に生きても、まともな未来がないと分かりきっていたので、その選択はとても簡単だった。
「おいおい、俺様のサインは安くないんだぜ? 配りまくったら価値が下んだろ? 仕方ねぇ、おい、そこのお前、今日はお前に書いてやる、ちょちょいちょいっと~」
ドゥールーカスがリングから降りると、控室へ帰る通路でファンたちからサインをせがまれる。ドゥールーカスは口では嫌がりつつも、満ち足りた表情でファンの願望を叶えてやった。
ドゥールーカスは順風満帆だった。誰しもが彼のビッグマス的な発言を疑わなかった。彼は次のチャンピオンだと。誰もがそう思っていた。
あまりにも幸福な自分と、自身に負けてしまった、今日の敗北者(対戦者)との落差に、ドゥールーカスは哀れみの心を持った。無論それは敗北者に対して。
慈悲と見下し、愉悦が入り混じったよくある醜い感情であるものの、人気者である彼が行うことなら、世間はきっと肯定することだろう。
「さてと、ちょっと元気づけにいくか、飯でも奢ってやろうか! ハッハッハ!」
ドゥールーカスは自身の控室で着替えを済ませると、今日、自身がリングでボコボコにした敗北者の控室へと向かった。ドゥールーカスの後にガタイの良い黒服の護衛とマネージャーが続く。
しかし……
「やはりスポーツというのは慣れないな。戦場であったなら、彼は隙だらけと言えたのだが……いや、ここは新代スポーツの世界なのだから、そのルール内で勝てなければ、ただの言い訳だ……」
「そうですよ。ザファス君、今の君の任務はこの環境に適応することです。殺し合いの世界と比べれば、君には優しすぎるかもしれないが、ここは様々な技術が試せる最高の実験場ですから」
敗北者の控室からそんな言葉が漏れ出ていた。敗北者と、そのマネージャーの会話だ。
「戦場だったら、俺様を倒せた……俺様を簡単に殺せたって言うのか? あぁ? おいィ!! テメェ! 俺様にボコボコにされた癖に生意気言ってんじゃねーぞ!!」
自身を下に見るような発言が敗北者から出たことに、ドゥールーカスは激昂する。ドゥールーカスは敗北者、ザファス・アドナイルの控室のドアを蹴破って、その部屋にズカズカと入っていった。
「あ……聞かれていたのか……すまない……ミスターバダンズ。君が競技者として自分よりも優れていることは誰の目にも明らかだ。自分は元軍人で、その癖というか、見方が抜けないというか、君に負けたことが悔しくて、あんなことを言ってしまった。自分は、間違いなく君に敗北したと言うのに……」
「はぁ……?」
ザファスはあっさりと非を認め、ドゥールーカスに謝罪する。
「嘘だな……軽すぎる。言葉が軽いぜ……ただの音だぜ。お前、本心じゃ自分の方がツエーと思ってんだろ? どうなんだ?」
ドゥールーカスはそう言って、ザファスの顔を覗き込む。ザファスの白い前髪の隙間から、彼の青い眼がドゥールーカスを不敵に睨んだ。笑っていた。
その視線は口よりも雄弁に語っていた「雑魚が」そんな目つきでドゥールーカスを見下していた。スラムの不良であったドゥールーカスは、見下しの目線に敏感で、それを挑発と受け取った。
「ご、ごめん……よくないと思うんだけど。どうしても自分の方が君より強いと思ってしまうんだ。見苦しい限りだね」
「テメェ……いいぜ。テメェの土俵で戦ってやるよ。軍人様お得意の殺し合いで勝負してやる。つっても? 流石に武器の使用はなしだがな」
「ちょっとミスターバダンズ! 勝手にそんなことを決めないでくださいよ……あなたの体は我が社の所有物でもあるんですよ? それに私闘は……」
殺し合いの決闘をすると息巻くドゥールーカスをなんとか宥めようとするマネージャーだが、ドゥールーカスに止まる気はない。
「まぁまぁ、いいじゃありませんか。あなた方ドラムラット社も、もっとイリーガルな戦闘データが欲しいのでしょう? 我々だって欲しい……仮にどちらかが死んだり、再起不能となっても、それ以上の価値があると思いますよ? 表沙汰にならなければ問題ない。どうです? 一歩先へ互いに進むというのは? ライバル達を突き放すチャンスだ!」
ドゥールーカスのマネージャーとは対照的にザファスのマネージャーは決闘を望んでいた。それはマネージャーというより、マッドサイエンティストと言った方がしっくりと来る振る舞いで、彼の煽りはドゥールーカスのマネージャーに迷いを抱かせた。
「確かに……AIは……これ以上の発展を見るなら、イリーガルな戦闘データが必要、効率的だと指摘していますが……しかし、表の選手を使ってそういうことをするのは……」
「かと言って、裏の方々を使って得られるデータは、武器を使ったものですから……ノイズが多い。新世代の兵器人類を生み出すには、発展性を備えた優れたベースが必要なんです。だとするなら……武器なしでの格闘戦、殺し合いこそが最も濃いデータとなる!」
「……少しお時間を頂いても? 上に確認を取るので」
ドゥールーカスのマネージャーは”上”への連絡を取る。そして、その許可はあっさりと降りて、数日の後、廃棄都市の地下駐車場で、ドゥールーカスとザファスの決闘が行われることになった。
「ずいぶんと湿っぽいな。カビ臭ぇ……」
「殺し合いはどこでもできるよ。それとも、ここだと自信がないのかな?」
「カスが……謙虚なフリするもうやめたか……」
雨水の侵食が進む地下駐車場には、雫の落ちる音が響き続けている。ドゥールーカスとザファス、二人のバックにいる企業は彼らの戦闘データをしっかり取るために、大量のカメラ、ドローンを用意して、駐車場全体に目を行き渡らせた。
──ビィイイイイイイイ!
決闘開始の合図、けたたましいブザー音が響く。
決闘開始と同時にドルカスの肉体が膨れ上がる。薬物と人工筋肉による異常なパンプアップ、元々巨大だったドルカスの体はさらに二倍の大きさとなる。普段のリング上の試合では、1.3倍程度に抑えているが、今は違法な、ルール無用な殺し合いの場だから、理論上のフルスペックを試しに来た。
一方のザファスには見た目上の変化は殆どない。元からドゥールーカスよりも小柄であったし、筋肉量も格闘家にしても少ないほうだ。
しかし、いざ彼らの手足が触れ、格闘戦が始まると、異常は起き始めた。
──ドドド──ドドド。
奇妙な鈍い音が響く。ドゥールーカスの体の内部から。
「っぐ、アァ!?」
「生体電流の強化による、身体操作妨害……なるほど、これなら、身体能力は五分にできるな!」
ザファスは脳と皮膚下に金属製のシートが織り込まれており、金属シートは自身の身体操作を補助する。精密な生体電流の操作、それによって皮膚、筋肉、神経、全ての動きが最適化される。
そして、ザファスを抱える企業、グレトン社はその技術を発展させる。ザファスを使い捨てる覚悟で、この生体電流操作の出力を上昇、他者の生体電流に対してジャミングを行うまでに能力を強化した。
「ぐ、アアアアアぁ!?」
その未完成の技術は、ザファスの脳と神経にダメージを与えるのは言うまでもない。この生体ジャミング能力を駆使しても、できたことはドゥールーカスの圧倒的な身体能力を自身と同程度に抑え込んだだけ。ザファスが受ける反動を加味すれば、状況的には圧倒的不利と言えた。
(な、なんなんだ……こいつ……俺様も、こいつも、死ぬ? これは本当に殺し合いなのか? ただ実験で死ぬだけじゃねーのか? これは……)
「耐えてくれよザファス君。君は魔王に借りを返したいんだろう? その力をものに出来れば、少しは彼女と戦えるかもしれない」
「ああ、ああああ!! ありがたいィッ! 博士ぇ! 上に行ける気がするよ!!」
(こ、こいつ……笑って……)
自身の能力の反動だけで、死にかけるザファスは笑っていた。ただ数度、手足を相手とぶつけ合った程度だったが、それは彼にとっては準備期間だった。
能力の限界突破使用、オーバーヒートの状態に適応するための準備期間。彼はこの準備期間を終え、やっと、彼の本領の世界へのたどり着く──殺し合いの世界へと。
ザファスの最適化されたシンプルな右ストレートは、少しの力のロスもなく、ダイレクトにダメージを与える。ドゥールーカスの急所を的確に貫いていく、競技ではルール上許されない箇所に──鳩尾、肋の隙間、喉、首後ろ。
ドゥールーカスは最初の鳩尾への打撃を防げなかった。最初の一撃がすでに致命的だった、鳩尾への一撃を受けたその瞬間から、ドゥールーカスはまともに動けなかった。ドゥールーカスは動かなくなった体を一方的に、蹂躙された。
声を上げることもできない、なぜなら喉を潰されたから。肺を潰され、うめき声すら出せなくなって、苦し紛れに腕を振るえばその腕を取られ、関節を砕かれ、筋を切られた。
最早戦いではなく、人体実験、いや、解剖だった。
ドゥールーカスは生きたまま、ザファスによって解剖された。ザファスとそれを調整した博士の好奇心は止まらず、どうみても勝敗は決しているのに、それは終わることはなかった。
ドゥールーカスの雇い主である。ドラムラットのマネージャーもこれを止めない。有益なデータが欲しかったから。もうドゥールーカスは使い物にならないし、なら最後までしっかりとデータを取ろう、そんなことしか考えていない。
この場所と、それを機械の目ごしに見守る者たち、そこに人の心を持つ者は誰一人として存在しなかった。
ドゥールーカスの調整された体は丈夫で、バラバラにされてもまだ生きている。しかし、先に心が壊れた。ドゥールーカスの心は、脳は何も感じなくなって、意識を閉ざした。
「ああ、もういいよ。ザファス君、流石に楽しみ過ぎだ」
「すみません博士……でもこの力って、魔王の……」
「うん、彼女の力を参考にしたんだ。彼女は生体だけでなく電磁防御を施した機械すら内部から破壊していたがね……けれどこれも進歩だ。いずれは──」
「──っ……ッ! ……っ」
表舞台でチャンピオンになるはずだった肉塊は、心が死んで、脳が止まっても、蠢き続ける。科学によって強化された肉は、強制的にその者を生かした。
肉塊は動く、ドゥールーカスに意識があった時よりも。そこにはまるで感情があるかのようだった。
ドゥールーカスの体にあった意識は本当にドゥールーカスの意識だったのか。そんな疑問すら浮かぶ光景だった。
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