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77:強引な約束



「シャヒル君、本当に大丈夫なの? 人伝に聞いただけだけど、かなり修羅場だったって」


「いやぁ、はは……そんなアルーインさんが心配することのほどではないですよ。ラスダン攻略に比べればね……」


 夜、いつものように実質俺の家と貸しているブロックスの宿屋で、上司アルーインと話す。ケリスとの戦いや、暗殺未遂事件と、ここの所ハードな戦いが続き、流石にアルーインさんにもそれが伝わったみたいだ。


 アルーインさんには世界を救う仕事に集中してもらいたいので、俺が気を使って誤魔化すと、彼女は不満そうな顔をした。


 まぁ、バレるか……人の機微に聡いんだか、鈍いんだか、よく分からない人だ。でも、俺のことを本気で心配してくれているのが分かって、俺は少しの安心感を得た。


「嘘だね、君はわたしに気を使っているだけだ。この重要性はともかく、リスク、危険性だとかは相対的なもの。ラスダンの危険度に比べればなんて、意味のない話だよ。君の命が危なかったんだろ? どうしてわたしを頼ろうとしない! 君が死んだら、わたしだって、ラスダン攻略に集中できなくなって、死んでしまうかもしれないだろ?」


「そ、そう言われても……ズズズ」


 俺はアルーインさんから目を逸らすように茶をすする。アルーインさんはその間も、俺の目をじっと見つめ続けていて、その視線から逃げられそうにない。気を抜くと、背けた顔の角度が、アルーインさんの方へと引き戻されてしまいそうだ。そんな圧力がある。


「その……アルーインさんは……望濫法典のリーダー、モラルスとリアルでの面識があるんでしょう? ヤツの話をする時、アルーインさんは普通じゃなかった。なんだか怯えたような感じで、ヤツとは関わりたくない、そんな風に見えた。だから、その……俺達が望濫法典に対抗するために、間接的に力を貸すとか、そういうレベルならいいかもしれないけど……直接アルーインを関わらせるのは良くないかもって、思ったんです……」


「……っ」


 意地悪なことを言ってしまったかもしれない。きっと、アルーインさんにはトラウマかなんかがあるはずで、俺はそれを察しているのに、そのことを利用して、アルーインさんの言葉を止めた。


「君は、わたしが、ヤツと、わたしが戦えないと思っているのか……確かに、今もこの話題が少し出ただけで、わたしの平静さは失われているし、君の分析は間違っちゃいない。でも……どうでもいいよ」


「え……? どうでもいいわけ……」


「君の命に比べれば些細なこと、そんな風に思えるからね。シャヒル君、君はもう、わたしの生活の一部だ。君がいなくなれば、少なくとも、今のわたしは死ぬ。君が死んでもアルーインは生き続けるけど、きっと……今のわたしからは変わってしまっていることだろう。わたしは……今まで生きてきて、良かったと思えたことなんてなかった。でも、最近はそうでもないんだ。君に自分が思っていることを話すだけで、なんだかそう思える」


「う……それは、その……どういたしまして」


 ど、どう言葉を返せばいいんだ……まるで口説かれてるか、プロポーズでもされてるみたいだ……か、勘違いするなシャヒル! 違う……きっと違うぞ。


 アルーインさんは、人と触れ合うことに慣れていなかったから、些細なことがそりゃあもう大事に思えてしまうだけなんだ。


 これから、彼女がもっと人と触れ合い、広い世界を知っていけばきっと考えは変わっていく。ここで俺が調子に乗って勘違いするなら、それは無知な子供を騙すようなことだ。


 アルーインさんは賢いし、優秀ではあるけれど、心は実質幼女と大差ない。


「約束して欲しい。君が危なくなったら必ずわたしに助けを求めると。でないと、わたしは安心して世界を救えになんていけやしない。約束してくれるよね?」


 約束というか、脅迫というか、俺に選択肢はないよね。それ……


「分かりました。危ないと思ったら、アルーインさんを頼ります。助けを求めます」


 世界の命運を盾に首をふらされた理不尽な約束だけど、別に気分は悪くなかった。変な感じだ。


「それにしても、なんだってこのタイミングでこんな話を?」


「いやその……それは……噂がちょっとね」


 言いよどむアルーインさん。噂ってなんだ?


「オホン! なんだか、君の周りにまた、美女が増えたとかで、君が各地で愛人を作りまくってるとかそういう不埒な噂があってね。君を守るためにだね……」


「え!? そんな噂が……? なんだってそんなことに……でも、どうしてそれで俺を守るためにになるんです?」


「え? いや……そのぉ……こうしっかりとした、こう! 中心的な、繋がりというか、それが重要であるということが、風説を消すというか……わかるだろ?」


「いや、全然……」


「う、ううううう!! ううう……──~~~~~っ!!!」


 アルーインは顔を真っ赤にして、超スピードで俺の部屋から出ていった。さっきまであんなに、シリアスな顔つきだったのに、コロコロと表情が変わる人だなぁ……


「お、シャヒル、お前カスか?」


「ちょえ!? おま、ディアンナ、聞いてたのか……ずっと俺のポケットに潜んでたのか……静かすぎて、てっきりいないもんだと」


 ディアンナは唐突に俺のポケットからひょっこり飛び出して、俺を罵倒した。そして、俺の目玉にパンチした。


「痛ァっ!?」


「シャヒル、さっきのアル公を見てどう思ったんだ? お前の心はどう感じた?」


「どうって……うーん……」


 表情を180度反転させ、忙しないアルーインさんを見て、俺がどう思ったか……思い返してみる。


「か、かわいい? あの時感じた気持ちを言葉にしたら、かわいいなのかも……」


「じゃあ、さっさと付き合えばいいだろ」


「え!?」


「え!? じゃないだろ?」


 仕方がない、話題を逸らそう。なんかディアンナに論破される予感がした。


「というか、なんで俺のポケットに潜んでたんだよ!! よくないぞ、盗み聞きはぁ!」


 キレることで強引に俺のペースに持ち込む作戦だ。


「ククク、そりゃあお前の情報を得るために決まっておろう。お前のプライベートな情報を欲しがるやつは多い。我はその情報を売ることで、ボードゲームを買ったり、開発したりする資金、リソースを得ておるのだ!」


「お、おま!? スパイ行為だぞそれは! 裏切りは許されないぞ!!」


「安心しろ。組織の内情だとか、肝心な情報は流しておらん。せいぜいゴシップ程度の情報だけだ、外部の人間にはな」


「ん? 外部の人間には? 待て、どういうことだ! 内部にも……俺たちの仲間にも、お前から情報を得ているヤツがいるのか!?」


「そうだぞ。需要があるから情報は売れるのだ。ちょっと適当な情報をバラ撒き過ぎて、お前が愛人量産色魔みたいな噂が流れてしまったが、まぁいいだろう。敵を欺くこともできるし!」


「お前が原因かああああああああああ!!! お前は飯抜きだ!!」


「ぐええええええええええええ!!???」


 当たり前だろカス!!




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