75:糸口
「ああ、それ? 死克のアジトに戻る時にヒーローが血相を変えて超スピードで誰かを追うのが見えたからだよ。なんだか緊急事態っていうか、戦闘が起こりそうな雰囲気だったから、ボクも全力で追いかけたんだけど、ヒーローもサイシューも速すぎて全然追いつけなくて……しかもいつの間にか結界が展開されて立ち往生になるし……」
「そっか……元から俺達を追いかけて結界の境界近くまで来てたから、結界が解除されてすぐに合流できたんだ。でも助かったよ……聖女さんが来てくれたから、サイシューに取り憑いたダグルムに殺された人達を助けることができた……本当にありがとう。サイシューの狙いは明らかに俺だったから、みんな……俺に巻き込まれたようなものだ。もし、蘇生が間に合わなかったら……俺は……」
サイシューが聖女に倒され、サイシューの蘇生を行うことが決まって、今はエリアちゃんがサイシューを蘇生している。その間、俺と聖女、ジェイスさんで情報共有をしていた。
「そっか……望濫法典も中央も守護連合、というかヒーロー個人を警戒してるのか。ま、でも状況は変わりそうだな。そうだろジェイス?」
「ええ、そうですね。ブルーマイト家の薬品保管庫でサイシューの妹、トーシュは見つかった。トーシュは望濫法典の有する新技術による薬物によって元の人格を消滅させられており、サイシューは中央、もしくは望濫法典からの指示で守護連合のリーダーであるシャヒルの暗殺を狙った。まぁ、仮に中央が指示したとしても、大元を辿れば結局望濫法典からの指示になるけどね……これは少なくとも中央で最も力の強い四豪商、ブルーマイト家が望濫法典と密接な関係にあることを裏付ける証拠となる」
「サイシューが最初に死克を裏切った時、レッドマイト家の倉庫爆破の時も確か、中央の人間に被害者が出なくて、中間域の労働者だけが被害を受けたのも考えると……警備をわざと手薄にしつつ、自分たちの手駒が被害を受けないようにしたんだと思う。こっちも今回わかったブルーマイト家と望濫法典の繋がりを調べていけば繋がってくると思う」
「うんうん、シャヒルさんの言う通りです! けどシャヒルさん、あなたは守護連合のリーダーだ。だからこそできることがあるのでは?」
「うん、そうだね。俺は守護連合のリーダーであり、守護連合に協力する各組織の大使達と同盟関係にある。つまり、明確に守護連合を狙ったこの暗殺は守護連合に協力する組織に対する敵対行動であり、ベイカル中央は彼らからの追求と圧力を受けることになる」
「──う、うう……」
「シャヒル殿! サイシューが意識を取り戻した! 蘇生は成功した」
エリアちゃんの言葉を聞いてすぐ、俺達はサイシューの元へ駆けより、彼を見た。蘇生したサイシューは生きているものの、最早普通の人間とは言えない状態となっていた。
「あ、ああ……ロイス……なんでおれ生きて? ケジメをつけ……」
「サイシュー、ごめん……ボクはお前との約束を守れなかった……ボクの炎で体が……」
サイシューが聖女に倒された時、サイシューの体は聖女の炎の力に焼かれた影響でその一部を鉄へと変えられていた。そしてそれは、蘇生しても変わらなかった。
サイシューは体の半分が鉄へと置き換わって蘇生された。それも混ざりあった形、鉄と肉が混ざりあったような不可思議な存在となっていた。サイボーグだとか、そういったのともなんだか違う感じだ……生きた鉄、まるで金属生命体だ。
「サイシューさん、恨むなら俺を恨んでください。聖女さんはあなたを解放するつもりだった。だけど、俺があなたを生かしてくれと頼んだんだ」
「え……? ど、どうして?」
「……あなたの妹、トーシュは死んだ。望濫法典にすでに殺されていた」
「は……? う、うそ……だって、生きて……!」
「生きいるのは肉体だけだ。サイシューさん、トーシュと話しましたか? きっと、話すことを許されなかったんじゃないですか? トーシュは……あなたと同じ、望濫法典の薬品を使われた結果、ダグルムに乗っ取られ、人格を消された。精神を殺された……蘇生は……時間が経ちすぎて無理だった……」
「──あ……? ああ? えあ、な、嘘だ! なんでだ! だったら、なんでおれを、生かしたんだ! 妹のいない世界なんて、生きている意味がないのに!!」
「トーシュはあんたが死克を裏切ることを望んだのか?」
「──っ……そんなわけがないだろ!! あいつは……優しい子だから……きっと」
「あんたは妹に恥じる行いをして、妹を守ることもできなかった。何一つ、妹のためにできていない。それで死ぬことは許されない、そうじゃないのか?」
「お、おい! ヒーロー!!」
「……いい、ロイス……全部、この人の言う通りだ……そうだ。おれは死のうとした。逃げようとしたんだ。死んで、楽になりたかった……本当に苦しかったのは、トーシュだったのに……」
「サイシュー、あんたにはまだ、妹のためにできることがある。妹の無念を晴らすことだ」
「そんなことしたってトーシュは……」
「妹は喜ばないって? 聖女さん、悪いけど黙っててくれ。あんたも、サイシューも……まるで分かっていない……トーシュの死は、ただの死じゃない。精神、いや魂の消滅だ。本当に消えてしまったんだ。彼女の魂は生まれ変わることもないし、安らかに眠ることもできない」
「は……?」
「トーシュはダグルムに魂を喰われた。ヤツは、トーシュに取り憑いたダグルムは言っていた……魂を喰い、永遠に消し去ったと。お前の妹の魂は、もう……喜ぶこともないし、悲しむことすらできない……いつか輪廻の先で再開することもない。だから、やれることは一つだけ、お前の妹を殺した者を殺すことだ。それをやり遂げたとしても、お前の妹は喜ばないけど、こんな悲劇を起こすヤツらを許していいはずがない!!」
「……シャヒルさん、あんた泣いて……そうか……あんたも」
サイシューに指摘され、初めて自分が涙を流していることに気がついた。俺の心は怒りと悲しみで満たされていた。サイシューとトーシュにあったことが、まるで自分にあったことかのように、強い憎しみを望濫法典に抱いた。
「そうか……だからか。だからおれは生きてるのか……死んだ方が楽だったから……裏切っても殺されなかった。そうだね、シャヒルさん……これからやることもないし、おれ……妹の為にまだできることをやるよ。今はまだ、全部が悪い夢みたいに感じるけど……いつか現実は襲ってくる……そうなったらおれは……」
サイシューに涙はない。感情を殺すことで、どうにか耐えようとしていた。生きることから逃げ出さないために。俺は、一人の男を、一人の兄を復讐鬼へと導いた。俺のエゴだ……俺の中に、こんなにもドス黒い感情があるとは思わなかった。
今回のことが、まるで他人事とは思えなかったのもあるだろう。だけど、結局それも押し付けに過ぎない……けど、この現実にどうしても俺は、納得ができなかった。妹のために何もできずに死んでいく兄も、こんな悲劇を生み出した望濫法典も……そして、この現実に無力感を覚える自分を許せなかった。
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