70:背負う男、追う男
「重力の力? 詠唱がなかったとなると、特殊スキルか。あんたその体、どうみても普通じゃないな。一体何があった」
フードの男の肌、やつの顔も腕も、少なくとも露出している部分は緑とオレンジに光る血管が浮き出ているのが確認できる。
おそらく、何らかの処置を施された人間であることが予想できる。クスリかそれとも、呪いか、それは分からないけど、何らかの代償を伴っているのではないかと思う。
「あんた……まだ、おれを心配するっていうのか? あんたを実際に傷つけて、今だっておれは、あんたを殺すことを諦めちゃいないんだぞ? く、狂ってるよ……」
そ、そんなこと言われてもな……あんただって殺そうとする俺を哀れんでるじゃないか……なんだかやりづらいな。
「その肌、クスリか? それとも呪いか?」
「……っ……い、言えない……! やつらの不利になることは……」
男は俺がクスリと言ったタイミングで体を少し揺らして反応した。元から素直だったのか、善良さをもっていたからか、それは分かりやすく俺に原因がクスリであることを知らせた。
「おれの事を知ってどうなる! もう、あんたはここから逃げられないんだぞ? おれを殺さなきゃ、結界で閉ざされたここからは出られないんだぞ? 殺すか、殺されるか! それしかないんだ!」
男が荒れて叫ぶ、すると男の体の裡から紫と緑のオーラが解き放たれた。
「臭いな……ダグルムの臭いだ……シャヒル、あの男……ダグルムが中に潜んでいるぞ。混ざっている? そうか、プレイヤーが融合したのと似たような感じか……」
「なんだって? じゃあ、まさか……望濫法典がアルドロードでやってた融合実験の成果か? もしも、融合しているのなら……あいつは、自分自身を自分でコントロールできないのかもな」
ディアンナの感覚を信じるなら、フードの男とダグルムは融合しており、おそらくそれは薬物によって行われた。望濫法典は薬物を使用することで人間とダグルムを融合させる技術を確立したのかもしれない。だとするなら、やつの人間離れした力にも納得できる。ダグルムはかつてアルドロードを作った古代人の文明を滅ぼした存在なのだから。
「──死ね。劣等種」
なんだ!? さっきまで冷静さを欠いていた男が急に落ち着いて、まるで別人みたいに……
男の体からは紫と緑のオーラが大量に放出され続けている。
──バキ、バキキキ!
そのオーラに触れた空間から妙な音が響く。金属が割れるような音、けれど、空間が割れたって感じじゃない……でも……そこには明らかな変化があった。
「空間の、色が変わった……?」
オーラによって暗く変色した空間は、まるでカメラのピントがあってないかのようにブレていて、男の動きも変だ。まるで処理落ちしたレトロゲームみたいな感じ……止まったと思ったらその次の瞬間には一瞬で別の場所へ移動しているような……
「マズイっ……世界が変換されている。シャヒル、あの色が変わった空間の中で戦うな。あの中では魔法が使えんうえに、やつは力を増す。あれはダグルムのために世の理の書き換えた世界なのだ! 我だけならば、あの空間でも活動できるが……ただの人間であるお前には不可能だ」
魔法が使えなくなるだって!? く、クソゲーじゃないか。そんなチート空間がなくたって俺とあいつの相性は終わってたし、まるで勝てそうになかったんだぞ? そこからパワーアップ? そ、そんなことされたら、勝負にすらならないだろ!!
「な、なんかないのかよ! 弱点とか! 持久力がないとか! 効果時間があるとか!」
「……弱点ではないが、対抗策ならある。あの空間、ダークゾーンで通常の魔法は使えんが、神、あるいは精霊の力ならば使える。我が人造神であるのは、このダークゾーンで活動するためだ。が、所詮は紛い物の失敗作……我には極小範囲でのダークゾーンの中和ぐらいしかできん」
「けどそれじゃ、ディアンナ自体が狙われたら……」
「ああ、我の戦闘力自体は低い。ヤツの攻撃を受ければ一瞬で活動不能になるだろう。だからシャヒル、お前の脚で我を運べ、我が空間を中和し、魔法を使えるようにする。お前がやつをどうにかする策を思いつく時間を稼ぐのだ!」
「分かった!」
く、苦しすぎる。敵に勝つ方法は分からないから、できるのは逃げ回ることだけ。だけど、相手は俺より少し遅い程度……しかも重力の力で、俺の回避力や素早さを低下させてくるから、ヤツの攻撃は俺に当たりやすい。
けれど泣き言は言ってられない、やれることをやるしかない! 俺はステップで男との距離を取り、同時に斬撃エネルギー塊のトラップを仕掛けていく。
よかった。疾風の迅脚Sはあの空間で無効化されないみたいだ。ディアンナと俺が離れてもしっかりとトラップは維持されている。魔法を使えないとディアンナは言ったけど、特殊スキルは問題ないってことか?
それとも魔法が使えないっていうのは、魔法の詠唱ができないということで無効化ではないのか? 状態異常の魔法詠唱不可、サイレスの状態に近いのか?
「──オオオ!!!」
別人のように、強い殺意を俺に向ける男。男は重力の力で俺を引き寄せながら、俺に接近してくる。
「──爆破ッ!」
俺が設置していたトラップの上を男が通るその瞬間、男が触れたトラップは自動で破裂し、斬撃ダメージが男に遅いかかる。そのタイミングで男の周囲にあるトラップを俺の意思で起爆する。
俺が起爆させたトラップはダメージ目的じゃない。目眩まし目的だ!
起爆させたトラップは斬撃エネルギーを地面に向かって解放し、土煙を巻き上げる。土煙によって視界を奪われ、男は俺の位置を特定できなくなったからか、俺の動きを鈍らせていた重力の力は、その効力を失った。
よかった……試してみるもんだな。もしかしたら、視界を奪い対象を見失えば、重力の力は使えないのかもと思ってやってみたけど。どうやらビンゴだったみたいだ。俺は運がいい。
「──【サイレント・ステップ】」
──【サイレント・ステップ】:速度依存の隠密スキル。自身の音と気配を消し去る。発動後最初の攻撃はクリティカルとなる。敵に視認されていない場合のみ使用可能。風属性、闇属性、戦技スキル。
俺は隠密スキル、サイレント・ステップを発動する。音と気配を消し、速度依存で強化されるスカウトのスキル。俺は速度特化なためほぼ完全に気配を消すことができる。一見すると最強スキルのように思えるが、実際には致命的な弱点がある。実はこのスキルで気配と音を消すと、味方からも認識されなくなってしまう。
なので魔法やスキルの誤射が発生したりしてしまう。もちろん味方にダメージを与えないスキルであればダメージは受けない。しかし、ダメージを受けないだけで、魔法なら使用回数を消費、戦技スキルであればクールダウン発生となる。
致命的な連携ミスを誘発するためパーティーとして動く場合地雷なスキルとなる。ほぼソロ専用スキルと言えるが、パーティーを組んでいても使い道がないわけじゃない。先にマップを先行して、モンスターに無視されながらトラップなどを安全に解除したりとか、初撃クリティカルを利用して奇襲とか、そういう活用方法だ。
今回はそのどちらでもなく、単に逃げるための使用だ。土煙によって男の視界を切ったので、発動条件を満たすことができた。
ポーチの中にディアンナをしまったから問題はないと思うけど、ディアンナからすると変な感覚だろうな。自分に認識できない何かに包まれてるわけだから……
とりあえずまずは逃げる。そして男、もしくは結界の攻略方法を探す。
俺は結界の境界線を目指してひたすらに走る。
「─っ!?」
結界で閉ざされた街を走っていく中で、俺はあるものを見て、立ち止まってしまう。
「そんな……これ、死人……? 普通の人間……どういう……」
結界の中は死体だらけだった。どう見ても一般人、ベイカル外縁部の住人達の死体だった。
「よく見ろ。みなダークゾーンの中で死んでいる。弱い者はダークゾーンの中にいるだけで死んでしまう。強者ならば体内の魔力運動を維持できるが、弱者はそれすらできなくなってしまう」
「でぃ、ディアンナ!? あ、そうか……俺、びっくりしてサイレント・ステップを解除しちゃったのか……けど、あいつの生み出してるダークゾーンで一般人が死んでしまうなら……」
「自分は逃げるわけにはいかないとでも言うつもりか? 確かに、やつはお前が見つからないのならダークゾーンを広範囲に展開して、お前と我の消耗を待つだろうな。だが……策がないままヤツに立ち向かうのはただの無謀だ。シャヒル、今の状況はお前のせいではない。判断を見誤るな」
「俺の、せいじゃない? そんなの嘘だ……俺は、俺は望濫法典と戦うことを選んだんだ。その結果がこれだ。あと、一時間……蘇生が可能なのは死後一時間以内だ。それまでに、俺はヤツを倒すか、結界を解除して、蘇生魔法を使える人を呼ばなきゃいけない」
「おい! シャヒル! 話を聞いているのか!? お前は彼らの死を、その責任を負えるほどに強くない! お前は英雄じゃない、そもそも力が足りているのなら! お前はすぐにあいつを倒せたはずであろうが!」
「っ……それは、そうだけど……俺は、俺は嫌なんだよ!」
「現実を受け入れろシャヒル。命を無駄にするな! 嫌でも、理不尽でもどうしようもないことだってあるッ! お前だってそれは知っているんだろう!?」
「知ってるさ。知ってるから……どうしようもなく、それが嫌で、否定したくなるんだ」
駄目だ、冷静になれない……感情だけが先行して、そうするための道筋がまるで見えない。願う意思はあっても、俺の足は動いていない。ただ絶望感と焦燥感だけが、俺を胸を不愉快に締め付ける。
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