64:何でもない命
シャヒルと人形化したケリスの戦い、その圧倒的な実力差から誰もがシャヒルの死を確信していた。少なくとも、ベイカルへ来ている守護連合のメンバーでは、この戦いに介入する余地のある者はエリアだけだった。
しかし、そのエリアもケリスのスピードに翻弄され、精霊魔法を当てることができない。逆にケリスは牽制程度の魔法を連打するだけでシャヒル達に勝つことができる。
そんな彼らの戦いを見守る者たちがいた。
「あらあら、守護連合のリーダーさん。このままじゃ死ぬわね……彼を使って、状況を好転させたかったんだけど、困ったわね」
隻眼で髭面の、30代ぐらいに見えるオネェ口調の男。
「おい、どうすんだこれ。ここでボクが介入したら、守護連合と繋がってるって思われちまう……けど、死んじまったら……クソ、どうすりゃいいんだ!」
赤髪の不良聖女。
「……」
無言、無表情の守護連合の少年。
彼らは別々の場所から、遠巻きに戦いの趨勢見守る。守護連合の少年以外は、シャヒルが死ぬことを良しとはしておらず、どうにか状況を変えられないかと思案している。
逆に、守護連合に所属するはずの無表情の少年には、シャヒルを案ずる色が見えなかった。自身の所属する組織のリーダーであるはずのシャヒルが死にゆく様をただ見守っている。
「……殺せって言われたけど、僕がやるまでもないのか。分からない……師父は彼が危険な敵になると言っていたけど。そんな感じには見えないな」
無表情の少年、ジャンゴスタ・ヴィスタローグは自身を教育し、守護連合へ送り込んだ師父とのやりとりを思い出す。
『いいかヴィスタ、守護連合は帝国の下部組織に過ぎん。人助けのフリをして、他勢力の情報を集め、他を貶め、殺すための準備をしておるのだ。我らブランクスターズはプレイヤー共を倒し、己が存在を世界に知らしめるためにある。帝国につくプレイヤー、殺す理由はそれだけで十分だろう?』
『でも師父。守護連合のリーダー、シャヒルを殺すだけで状況は変わるのかな? あいつが死んで、僕達が勝てば、僕達が世界を手に入れたら幸せになれるのかな?』
ヴィスタの問いかけに師父は首を横に振り、ヴィスタを睥睨する。
『逆に問おう、この世界を侵略し汚す、プレイヤー。それをまとめ率いる者が、この世界を幸福へ導けると思っているのか? 元いた世界を滅ぼしたあの者たちが、同様にこの世界を滅亡へ導く可能性の方がずっと高いであろうが。ヴィスタ、貴様は自我を持つな。考えるな。貴様の粗末な頭では、どのみち答えにはたどり着けん』
ヴィスタは師父に馬鹿だと言われているようなものだが、ヴィスタはこれに怒ることもない。いつものことであるし、実際自分のことを馬鹿だと思っているから。ヴィスタはとりあえず、師父の言葉に従うことにした。守護連合に潜入し、その内部を調査して、守護連合のリーダーシャヒルを殺す。それがヴィスタの目的、守護連合にやってきたただ一つの理由だった。
「このまま見ていればいいのか? 本当に……? どう見ても、悪いのはあの人形男と、それと組む街の偉いやつらだ。命懸けで人のために戦うあの人が悪なのか? プレイヤーだから? ……師父、考えるなって言われたけど。僕には難しい……見てたら、難しくなっちゃったよ。馬鹿でも、分かんなくても、考えちゃうんだ……」
シャヒルとケリスの戦う最中、頭を抱えるヴィスタ。その間も戦況は推移していく。エアーボムを使って逃げに徹することで、なんとか命を繋ぎ止めることができているシャヒルのエアーボムがついに切れる。
◆◆◆
「おや? 顔色が悪くなったねー? シャヒル君、お得意のエアーボムの回数切れちゃった? まだ逃げるのに使える魔法持ってる? 持ってないなら、終わりだねー。それにしても分からない……なんでそこまで必死に、何でもない、どうでもいい命のために、自分の大事な大事な命を懸けられるの?」
「何でもない命……だと? 価値がない、どうでもいいって、どうしてお前に分かる。俺だって、分からない。俺が守る人々がどういう人達か知らない。お前も知らないだろ? なのにどうして価値がないって言い切れる?」
「はぁ? ここで戦うこともなく、ただ守られるだけで、守ってくれてる君を助けようともしないこいつらに──価値なんてあるわけないだろー?」
ケリスは俺に対し侮蔑の顔でそう言い切った。
「へぇ、じゃあお前は、人のために動く俺を、価値ある存在として見てるんだな。意外だ」
「はぁ? 何がじゃあだよ。勝手に人の気持ちを決めないでほしいな」
シャヒルをいつでも殺せると確信しているケリスは、悠長にシャヒルとの会話を続ける。無論、この会話の間にシャヒルが何か策を考えるだろうことはケリスも分かっていたが、それでも余裕でシャヒルを殺せる。そう思っていた。
「俺は今、ここにいる」
「は? だからなんだよ? 何が言いたいのー? 馬鹿ー?」
「俺はお前の言う、なんでもない命だった。ただ飢えて死ぬのを待つ、愛を知らない子供だった。だけど、そんな俺を救ってくれた人がいた。何でもない俺を救って、愛情を、親愛の心を教えてくれた。何でもなかった俺が、今ここにいるのは! 俺の命を! 心を繋いでくれた人がいたからだ! そうして俺は、お前達の、望濫法典の前に立ち塞がっている! 俺が救う命の中に、いないと言い切れるか? 悪意に立ち向かう心を持って、対峙する者がいないと、言い切れるか? 俺は言えない。だから俺はッ! 命を懸けて戦うんだ!」
シャヒルは対話しているはずのケリスを見ることもなく、己が背に隠れる、力なき人々にそう言い切った。
「価値はある! 今の自分に価値がないと思っても、それが永遠に続くなんて思うな! 願って、そのために行動すれば、いつの日か、誰でもない誰かは、何者かになり得る! だから、生きてくれ! 全力で!」
「チッ……じゃあ厳しい現実教えちゃおっかなー? 偉そうにさ、馬鹿を元気づけようとして。嫌いな展開だ、ぶち折らないと。いくら希望を語ろうと無力は死んで終わるだけだってねーッ!? ──【サウザンド・マッドスピア】」
──【サウザンド・マッドスピア】:大量の泥の槍を地面から出現させる範囲攻撃魔法。その場で使用された土属性魔法が多いほど威力が上昇する。土属性、魔法、使用回数制限?/?。
っく、サウザンド・マッドスピア。そりゃ使ってくるよな……土属性魔法使いなら……サウザンド・マッドスピアは土属性魔法の最上級魔法の一つ。その戦闘で使われた土属性魔法の回数によってその威力を、出現する泥の槍の数を増やすことができる。スタック式、チャージ式の特殊な魔法だ。
ケリスは土属性魔法シルト・スコールを連発していた。最初のシルト・スコール以外、俺はエアーボムを活用することで避けることができていたけど……結局、相手からすれば、シルト・スコールを避けられても、魔法の使用回数を稼げるからまるで問題なかったんだ。
ただ、一つ言えるのは。このサウザンド・マッドスピアは……俺を殺すためだけに放つわけじゃないってことだ。俺が守ろうとする人たちごと殺すために、ケリスはこの魔法を発動した。
啖呵を切ったんだ。俺は──だったら、せめてこの人達を守れなきゃ、カッコがつかないよなァッ!
「──起爆!!」
俺は特殊スキル【疾風の迅脚S】の斬撃エネルギー塊を、ケリスのシルト・スコールから逃げ回りながら設置していた。
【疾風の迅脚S】:移動速度超上昇、移動した場所に斬撃ダメージのエネルギー塊を設置可能。脚部を使った格闘攻撃を超強化、脚部を属性強化可能。風属性、土属性、火属性、特殊。
「──【ハリケーン・ストライク】!!」
──風属性魔法とスカウトのジョブ技を組み合わせた硬直なしの連続斬撃技。CD極小、風属性、戦技スキル。
俺の戦技スキルのハリケーン・ストライクは連続斬撃技、切断系統の武器を装備していれば使用できる。そう斬撃技だ。俺は疾風の迅脚Sの斬撃エネルギー塊からこの技を発動した。
本来相手が触れなければ発動しないトラップであるエネルギー塊を、戦技スキルに使うことで、能動的なアクションに転化することができる。
俺の設置した無数の斬撃エネルギー塊が一斉に起爆、ハリケーンストライクを発動。さらに、この斬撃エネルギー塊は俺の脚の力が元なので、疾風の迅脚の脚部を使った格闘攻撃を超強化の補正も乗る。
そのハリケーン・ストライクは、昔ナイフを使って発動したものとは比べ物にならないほどの威力だった。圧倒的格上が放った最上級魔法、サウザンド・マッドスピアが大地から突き出す前に相殺し、風の力によって砂へと変わった泥は、戦場を砂埃で包んだ。
「はァ!?」
そりゃ、驚くよな。俺だって驚いてる。だけど、やっと見つけた。お前に届かせるための、蟻の一穴! 油断から驚愕し、混乱するお前ならば、この視界の悪い中ならば、俺の攻撃は、直撃する。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
俺は砂煙の中を突っ切った。ケリスの存在が目に入った瞬間に、俺は膝をヤツの鳩尾に叩き込んだ。ただの膝じゃない──斬撃エネルギー塊を発生させ、インパクトの瞬間に、俺ごと起爆した。俺本来の蹴りと、斬撃エネルギー塊の火力が混ざり合い、ケリスの高い防御を貫いた。
「あ、ああっ……う、あ……!?」
「ッ……脚が……っ」
当たり前か、足ごと起爆すれば俺にだってダメージはある。もう右足はまともに動きそうにない……ケリスの方を見る。ヤツの胸にあった猫の彫刻ごと、その上体は破壊されていた。陶器に穴が空いたような、無機質な穴がぽっかりと空いていた。
「うそ……だろ? し、死ぬのか? こ、こんな雑魚相手に……も、モラルス君、嘘じゃん……最強になったから何しても大丈夫って……邪魔なんて誰もできないって……言ったのに……あ、ああ……もう駄目だ。あ、ああああああ!」
モラルスは発狂しながらドロドロと溶け出した。そして、元あった人としての姿を取り戻し、人の胸から大出血を起こしていた。
「す、スキルが、スキルが消えた? な、なんで!? なんでなんでなんで!! ふ、ふふ……こ、こんなの現実じゃない、駄目なんだよこういうの。頭から消さなきゃ……」
ケリスは震える手をズボンのポケットに伸ばし、小袋を取り出すと、それをこじ開けて内容物を口に放り込んだ。
震える手で、放られた緑の粉末は、口だけでなくケリスの顔全体にかかっていた。
「あ、ああ……いい。あ……あ? あああああああああああ!? これ、違う、間違えた……忘れる方じゃな……い……」
薬物を摂取したケリスは、発狂し、そのまま死亡した。冷静に、自身に回復魔法を使用していれば、死ぬなんてありえないのに。ケリスは回復魔法を使わず、現実を忘れることを優先した。混乱してたからなのか? いや、そうか……元から薬物を使いすぎて、おかしくなってたんだ。油断と混乱があったから、なんとかなった。どちらが欠けても無理だった……
俺は、勝ったんだ。守ることが、できたんだ。人の命も、俺の命も。
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