62:今と未来の命
「弾圧だっけ? 虐殺だっけ? それができなくなっちゃたんだ。こんなモブ顔みたいなヤツの一声で、生意気だなー。なんだっけ? 守護連合が保護するから殺せなくなるんだっけ? でー、保護は本人達が望まないと駄目なんだよねー? じゃあ、簡単じゃん!」
チャラついた優男がニヤリと口元を歪ませる。手に携えていた大杖を掲げ、魔法の詠唱を始めた。
「──【マリオネット・スクイーズ】さぁこれでも望めるかな? 救いを」
「──ッ!? 状態異常魔法? 相手の魔力を削って、混乱状態にする魔法……まさか、それって──」
俺がヤツの放った魔法について考えているうちに、その効果は明らかになった。住民達の目から意思が消えた……洗脳、したのか? ロブレがゲームだった時は単なる状態異常魔法だったけど……今、この世界でなら、使い方次第でこうなるのか!
俺は慌てて周囲を確認する……っく、良かった。守護連合のメンバーはみんなこの洗脳に対抗できたみたいだ。あくまでこの魔法を弾けない低レベルの者にしか影響がないみたいだ。って良くないだろ俺! 相手はそんなこと承知済みのはずだ、それでも魔法を使った理由を考えろ!
「シャヒルさん! 解呪を行います! 範囲解呪ならすぐに──」
マルティアさんが範囲解呪魔法でこの地区の住民の洗脳状態を解除しようとする。
「──やめろマルティア! それは罠だ! エリア・ディスペルは駄目だ!」
「わ、罠!? どういうことですの? シャヒルさん!」
「エリアディスペルは味方に悪影響を与える状態異常を解除し、敵の強化魔法を解除する。これはつまり、敵の弱体化、武装解除を意味する。これは攻撃、敵対行為として扱われる。そうなれば、俺達はこの街で活動できなくなる……誰も救えなくなってしまう!」
「っ、そういうことか。シャヒルさん、ならば住民一人一人、単体へのディスペルで解呪を行うのなら問題ないということですね?」
ダルアートさんが補足してくれる。今この場にいる守護連合メンバーは4人、俺、マルティア、ダルアート、エリア。俺以外は全員ディペルを使える……けど、どう考えても焼け石に水だ。カンスト者であろう敵の洗脳魔法は、一度でこの地区全体にまで影響を及ぼせる……それをヤツは何度使える? 相手はおそらくカンスト者、しかも悪事に都合の良い魔法で、それを慣れた様子で使った。あの魔法の熟練度が高い可能性……だとするなら、使用回数はかなり増えているかも……
だけど……それでもやるしかないか、単体ディスペル。他に選択肢がないのも事実だ。
「さぁ、いいなよ。僕たち、私達はー、守護連合の保護を望んでいませーんって」
優男の命令によって住民たちが言葉を口にし始める。
「守護連合の保護は望んでいません」
「ほらほら指揮官君? 聞いただろう? これで殺せるねー? 君の業務を妨害する壁はない。さ、がんばれなー?」
先程まで狼狽えていた敵指揮官が落ち着きを取り戻し、俺をあざ笑うかのように睥睨する。フンと鼻を鳴らし、自身の近くにいた住民へと剣を向ける。
「──ホーリー・ディスペル! お願い間に合って! 保護を望んでください!」
その所でマルティアのディスペルが剣の向けられた住民へとかかる。洗脳は解除され口を開こうとした──
「おれ──」
──ザシュ、指揮官の剣が住民の胸を切り裂く音が響いた。間に合わなかった……クソッ、解呪が間に合っても……住民がまた保護を望むまでにタイムラグがある。洗脳を解呪されてすぐだと、こうもなるか。寝起きで即決が難しいのと同じことだろう。まだ脳が混乱してるんだ。
「そんな……! シャヒルさん! どうか、どうかエリア・ディスペルを使わせてください! これでは、そんな……! ああ! 救えるんですのよ!? 手を伸ばせばすぐ、なのに、見捨てることなんて、わたしにはできません!」
マルティアの悲痛な叫びが俺の頭の中で木霊する。そんなの、そんなの俺だってわかってる……けど、どうすればいいんだよ。ここで俺達が安易にエリア・ディスペルを使えば……より多くの命が失われることになるって、俺はわかってんだぞ?
俺が、何も考えずに、そうなるって知らないでいたら、許可を出せたかもしれない。でも、それは無理なんだ……だったら、考えるしかないんだ。この状況をどうにかする方法を新たに思いつくしかない! クソ、俺は解呪なんてできな──ッ!?
「──【シトル・エリアウィンド】」
──精神系状態異常を緩和する風属性範囲回復魔法。風属性、魔法、使用回数制限9/10。
そうだ。精神系状態異常を治すまではいかなくとも、緩和ができる魔法なら俺にだってあるんだ。俺のレベルが上昇したことで新たに覚えたシトル・ウィンドの範囲版上位魔法。シトル・エリアウィンドが発動し、銀色の風が地区全体を通り抜けていった。
ヤツの使うマリオネット・スクイーズによる洗脳は本来の用途ではない、つまり魔法的な効果は高くない、効率的でないはず。で、あるならば、ヤツよりも数段魔法で劣る俺のシトル・ウィンドでも、洗脳状態の解除だけならできるかもしれない! 混乱の解除はできなくとも、すでに守護連合の保護を望んだ人たちが、保護の拒否を口にすることはそれだけで防げるはずだ!
「……」
沈黙、住民たちは正気ではないものの、洗脳の影響下にはないように見える。良かった、俺の思った通りだ。
「これは一体? シャヒルさん、範囲解呪魔法は駄目だと」
「ダルアートさん、俺が使ったのは状態異常に対する範囲回復魔法だ。効果は味方と認識した相手だけ、敵対行為にはならない。効果は緩和で、完全に治す程のものじゃない。だけど、洗脳状態を防ぐところまでできるみたいだ。そしてこの魔法の風が持続する限り、状態異常魔法の効果は低下する。ヤツの魔法効果を集めて運ぶ、エリアちゃん! それに解呪を!」
「──承った!」
シトル・エリアウィンドは精神へのネガティブな影響を体外へと移動させる魔法。つまり、風の力を繊細に操ることができたなら──こういったこともできるんだ! 優男の洗脳魔法の呪いの力を銀の風でさらに、一箇所に集中させる。黒土色の呪いが俺の上空へと収束していく、見える……呪いの色がハッキリと、俺にも見える。どうやら、他の人には見えていないみたいだけど、俺以外に一人、確実にそれを知覚できる存在を、俺は知っている。
「──【フリーズ・ディスペル】」
エリアちゃんが単体対象解呪魔法を発動する。青白い氷の幻影が、俺の上空に集まった黒土色の呪いを凍らせて、バラバラに分解した。
そう、魔法や精霊に対する高い認識能力を持つエリアちゃんなら、俺が収束させた呪いだって見えるんだ。ヤツが放った洗脳魔法の強い力は、俺の魔法のシトル・エリアウィンドの効果が切れれば再び、この空間を漂うことになる。そうなると、漂う呪いの力に触れた者がまた洗脳状態に陥る恐れがあった。だから、解呪が必要だった。
そして、俺が呪いを一箇所に集めたからこそ、単体解呪魔法の一撃だけで、この地区全ての呪いを解除できる。そう、単体解呪魔法だから、敵に向けなければ、敵に影響を及ぼすことはない。
よし、よしよし! うまくいった! 効果を実感した俺はダルアートさんを見る。すると、ダルアートさんは次に取るべき行動をすぐに察してくれた。
「よし、洗脳で保護の拒否を言わされた者に単体解呪魔法を! マルティア! ボクと君の仕事だ! 救える! シャヒルさんのおかげで、それができるんだ!」
ダルアートさんとマルティアさんが単体解呪魔法を住民達にかけていく。対応が早かったこともあり、保護の拒否を言わされた者はまだ少数で、彼らに全員に解呪魔法を使い終わるのはすぐだった。
「はぁ? ダル過ぎー。これも戦わずに解決するって? これだったら、ただ強いヤツを相手取る方が楽だったなー。あー、うん……危険だね君。望濫法典のためにもなんだっけ君? そうだシャヒル君、周りのやつらそう呼んでたし、そうなんでしょ? シャヒル君、君はここで殺さないと駄目みたいだ。もう、悲しいのが起きないのはいいから、それをやろう」
優男が俺を睨んだ。冷たく、無感情な、まるで死人のような顔つきで、俺だけを見ていた。俺に対する殺意だけが感じられた。
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