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59:死克



 かつて繁栄を極めた金剛の都市、ベイカルは表向きは繁栄の時代よりも豊か、より多くの金が集まっているとされていた。けれど、それは結局表向きの話、富は四豪商とそれに近い極少数の者にだけ集まって、それに使われる者たちに還元されることはなかった。


 王の奴隷とされ、苦しんでいた民を解放するために王を討った四豪商家は時代と共に腐敗し、自ら解放したはずの民達を、己が奴隷とした。王のように民を奴隷と呼ぶことはなかったが、それは言葉だけ、実態は奴隷そのもので、搾取が当然のモノとなって、誰もそれを疑問に思わないようになった。


 ベイカルの支配者達が都市に境界線を増やす度、富める者が住まう境域が狭まる度、そんな性質が強くなった。


「と、父さん! か、母さん! 駄目だよ! あいつの、ケリスのクスリなんて使ったら……! みんなみたくボロボロになっちゃう! おかしくなっちゃうよ!」


 とあるベイカルの貧民の家で、子供の悲痛な叫びが木霊する。子供の叫びに誰も言葉を返さない、だからこそ木霊だけが響いて、心の繋がりが消えていることを子供に教えた。けれど子供は諦めなくなかった。大事な、かつて自分を愛してくれた両親が病みゆくのを見ていられなかった。


 緑色の不気味な点眼薬を手にして、それを使おうとする両親に子供は体当たりして、クスリを奪おうとする。すると、子供の父と母は顔つきを変え、子供を突き飛ばした。まるで敵対者でも相手するかのように、冷たく、暴力的な形で。


「いたっ……う、もうおかしいよ! こんなの! なんでこんな……父さん! 母さん!」


 子供は泣いて、両親の同情を引こうとする。けれど、意味はない。両親は泣く子供に興味を示さない。不気味な目薬の点眼を終えて、恍惚の表情を浮かべ、ぼーっとするだけ、しかし、クスリを求めているときよりも穏やかで、少し正常に戻っているかのように見えた。


 最早子供の両親は壊れていた。クスリを使っている時の方が正常に近い、以前の、病んでしまうよりも前に近かった。逆転していた、クスリを使ったときだけ、人としての感情を取り戻すようだった。


 そして、クスリで落ち着きを取り戻した両親は口を開いた。


「ごめんなロイス……もう駄目なんだ……これがないと……生きていけないんだ。間違ってるのは分かっていたんだ……でも、耐えられなかった……楽しいことは全部、街から消えてしまって……もう、これしかなかった。現実から目を逸らして、苦しさを忘れるためには、これしかなかったんだ」


 父は泣いていた。


「ごめん、ごめんねロイス……許して……こうでもしなきゃ……もう……お母さんもお父さんも限界で……あなたを養うためには……あ、ああ! 違うの、あなたは悪くないの……ただ、ね? もう、駄目なの……もう、戻れないのよ。あの頃には……」


 母は子に、ロイスを虚ろな目で見つめて、謝った。


 それは謝罪でもあったが、言い訳でもあった。その言い訳は、ロイスにとって致命的だった。


「ボクの……ボクのせいなの? ボクを、ボクを!! ボクを養うために、無理しようと思ったから……アレに手を出したっていうの!? じゃあ、もうボクを養わなくなんていい、アレを使うのをやめてよ。ボクは一人で生きていくから!!」


 ロイスは激怒した。それは両親に対してではなく、己の無力さと世の理不尽に対しての怒りだった。ロイスは怒りのままに家を飛び出した。それはロイスとしては両親を救うためだった。自分を養わなければならない、そんな理由がなくなれば、両親は無理をする必要もなくなり、クスリも必要なくなる。そう考えてのことだった。


 ロイスは子供ながらに、雑用なような仕事を、自らの脚を使って探し稼いだ。なんとか自分ひとり生きることはできる。そんなところまでたどり着くことができた。


 それはロイスの独力によるものではなかった。ロイスのような子供は一人ではなかった、ロイスと同じように、家を出た子供たちが集団となって、己を支え合うように生きる場所があったのだ。それは家庭を破壊したケリスの齎したクスリを憎悪によって結束した同盟だった。クスリの使用は禁忌であり、掟を破った者は殺される。そんな殺伐とした過激な掟に、皆安心感を覚えるほどに、ベイカルは病んでしまっていた。


 その同盟の名は【死克しかつ】ケリスの齎したドラッグ、心なき生への救済を否定し、己が死ぬとしても、抗うことを誓った同盟。死克は、ケリスと、ケリスの背後にいる望濫法典、そしてケリスの存在を野放しにした四豪商を抹殺するために動いていた。


 堅い結束によって纏まった死克には覚悟ある子供しかいなかった。悲しいことに、彼らは生きることを目的としてはいなかった。だが、憎しみによって生かされていた。憎しみによって正気を保ち、クスリを遠ざけることができていた。


 そんな死克でロイスはある時、仲間の噂話を耳にしてしまう。


「なぁその家って……ロイスの家じゃ……」


「おい馬鹿! ロイスに聞こえたらどうすんだよ……まだ裏取りだって出来てないんだぞ……?」


「おい、なんの話だよ! ボクの家がなんだって言うんだ! おい!」


 死克の仲間たちの胸ぐらを掴み、詰め寄るロイス。その目は血走っていて、噂話をしていた二人は、沈黙を諦めた。


「いいか、ロイス……まだ、確定じゃない……けど……覚悟して聞け、ロイス、ロイス……クソッ!! お前の……お前の父さんと母さん……自殺したって……首を、吊ってたって……ヤクの密売所になってた、路地の街灯の柱にぶら下がってたって……」


「え……?」


 ロイスは言葉を失った。仲間の話す言葉が意味することを、理解するように努めても、頭に入ってこなかった。


「子を奪ったお前たちを許さない、呪ってやる……そんな置き手紙と一緒に死んでたそうだ」


「は……? 嘘だ……嘘だッ!! そんなの……うあ、うそだああああああ!!!」


 ロイスは錯乱し、街を走った。噂の自殺現場へと走った。


 そして、非情な現実を目の当たりにする。そこにあったのは、紛れもなくロイスの両親だったモノ。


 作業員が両親の死体を運ぼうとしている最中で、作業員は仲間たちの言っていた両親の遺書らしきモノを持っていた。


 ロイスは走って作業員から手紙を奪い取る。


「お、おい! 何をするんだ君!」


「うるさい! ボクの両親の手紙なんだ! だったらボクが読んで当然だろうが!!」


 ロイスの剣幕と言い分に押され、作業員は仕方ないといった様子で、ロイスのことを見て見ぬふりした。


「あの子は私達の生きる理由だった……あの子は私達の前から消えてしまった。お前たちのクスリで狂った私達はあの子に嫌われてしまった。もう生きる意味はない……私達は子を奪ったお前達を許さない、呪ってやる、呪ってやる……あ、ああ……そんな……なんで、なんで……なんでこんなことになるの……生きてて欲しいから、ボクは!! 出ていったのに!! なんでだよおおおおおおおおおお!!」


 ロイスの両親の生きる目的は、とっくの昔にロイスのためだけだった。ただそれだけを行うために辛うじて精神を持たせていた。だから、ロイスを失った両親は、生きる目的を失ってしまった。


 ロイスが両親に生きてほしいと願って行いは、皮肉にも願いとは逆に、ロイスの両親を殺してしまった。


 ロイスはもう許せない、これから一生自分のことを、世の不条理を、許すことができない。ロイスは怒りのままにナイフを手にとって、腕を切りつけて、誓いを刻み込む。


 十字に深く刻まれたその誓いからは、赤い血が溢れていた。


「殺す……ぶっ殺してやる!!」


 ロイスの決意は、死克の方向性をより過激なものへと舵を取らせることになる。それがクレイマン・シャヒル、守護連合がベイカルへとやってくる二年前のことだった。




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