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54:霊薬と堕落



 ラシア帝国、法の都市【アザマイルア】望濫法典の拠点のある法貴族の屋敷。締め切った薄暗い部屋に苛立ちの声が響き渡る。会議が行われているその部屋には4人の男がいた。


「クソがッ! ふざけやがって……オレらよりも雑魚の癖に、逆らいやがって……モラルスさん! さっさと守護連合とか言うゴミを潰しましょうよ!」


 彫りの深い筋骨隆々の男がモラルスに詰め寄る。もう待てない、そんな男の心情が見て取れた。


「うーん、確かに食料や物資の供給ルートが潰されたのは痛い……特にエリクサーが入ってこないってなると、魔法の使用回数を通常の回復で行わなければいけないから、僕たちの継戦能力はガタ落ちだ。けどねぇ、真正面から潰すのはちょっと難しいかも」


「モラルスさんの言う通りだろ。ドルカス、お前馬鹿過ぎ……表で堂々とあいつらを潰そうとすればそこの王や領主を敵に回すことになるだろうが。あいつらもぶっちゃけ雑魚ではあるけど、さっきモラルスさんが言った通り、俺達はエリクサーがなければ継戦能力ガタ落ち、あいつらが大量の死者を出して戦い続けたら俺らを潰すチャンスが生まれちまう」


 モラルスに同調するナンジュースに「馬鹿」と言われた筋骨隆々の男、ドルカスは露骨にナンジュースを睨む。


「あのー、じゃあじゃあ? エリクサーの供給さえどうにかすれば潰しても問題ないってことだよね? モラルスくんのことだから、そういうのは元々考えてたんでしょ? どういう感じなの?」


 チャラついた褐色の男が指でくるくるとその長髪をいじりながらモラルスに問う。


「ああ、ケリスくん。そうだね……もちろん僕もエリクサーを僕たちで製造できるように動いてた。エリクサーを作ってるって噂の職人だとかを捕まえて、まぁ……情報を取得したり……しようとしたんだけど。駄目だったね……」


「えー? 駄目だったの? モラルスくん捕まえたってことは、拷問して、精神支配の魔法にかけたんでしょ? それで駄目って……どういうこと?」


「流石にそれはケリスくんの想定が甘いかな。エリクサーは貴族や王族でもないと、手が出ない高級品だよ? だからその製造方法は秘密にされてるし、外部には絶対に漏れないように対策する。だから精神支配の魔法の対策済みだった。僕の精度の低い精神支配の魔法では話にならない……だから、リアルでの経験を活かして、魔法を使わない形で拷問にかけた……けどね、やっぱりエリクサー職人ていうのはさ、世界最高峰にまで上り詰めた職人でさ、その精神力も尋常じゃなかった。自殺できないように色々対策してたんだけど、己の意思の力だけで自害してしまったよ」


「己の意思だけで自殺? マジすか? なんかそれ……スゲー、ちょっとカッコイイかもー……けど死んじゃったんだよなー……悲しいなぁ」


 チャラついた男、ケリスは唐突に泣いた。自害したというエリクサー職人に感情移入したかのうような流れだが、どうも少し様子がおかしかった。


「あー悲しくなってきた……こういう時が効くんだよね」


 ケリスは震える手付きでズボンのポケットから袋を取り出し、袋から緑色の結晶を机にばら撒いた。会議に使われているなどというのはおかまいなしに、ケリスはナイフの柄頭と机で緑の結晶を潰していく。そうしてできた緑の粉末をケリスは慣れた手付きでナイフの上に乗せ、鼻から吸った。


「あぁーいいね。あぁ……やっぱ、悲しい時が一番いい。最近はなんでも悲しく感じるようになっちゃったから、すぐ気持ちよくなれる。幸せだなぁー」


 明らかにクスリにやられているケリスにモラルス以外の二人はドン引きしていた。


「話の続きいいかな? いいよね? とにかく、エリクサー職人を捕まえて情報を得ようっていうのは難しそうなんだ。僕が一人捕まえたせいで警戒されたし、余計にね。だからあとできることと言えば、エリクサーを製造している施設をどうにか特定して、そこから設備や資料を盗むことぐらい、その後は僕たちで地道に研究する」


「……その、モラルスさん。さっき便乗してドルカスの意見に反対した身で言うのもなんですけど……守護連合の対策はマジでさっさとやった方がいいです。まだ噂程度なんですけど、奴ら……この世界の宗教組織だとか、色んな国の騎士団から戦力を守護連合に取り込もうとしてるって話です。もしも……やつらがまとまって、一致団結でもしたら、流石にマズイと思うんです」


 ナンジュースは顔つきは暗く、真剣に望濫法典の未来を憂いているようだった。


「まぁそうだね。機能したらちょっとマズイかもね……でも無理だよ。守護連合のリーダーは想定が甘いと言わざるを得ない。苛烈な宗教対立なんて、歴史の授業で知ってるだけで、なんの実感もないだろうし、仕方ないのかも知れないけどさ。違った考えを持った存在を一箇所に集めたって喧嘩するだけ、まとまるどころか殺し合いさ。さらに言えば、騎士団だってその所属する国々のしがらみを抱えてる。国同士の利権絡みの対立だったり、国教が対立してたりさ。この世界の文明レベルは遅れてる、野蛮人もいいとこ。そんな奴らが手を取り合うなんて不可能だよ」


 モラルスのその言葉は淡々としていて、己の考えの正しさを確信していた。それが真理であるかのように語った。


 モラルスが守護連合と世界の人間達を見下していることがありありと分かる発言、だが誰も否定はしない。まぁそうだよなと、誰も疑問に思わない。何故ならその場にいる誰もが、人の欲望、愚かさの中で生きてきた者であり、世の人々も多かれ少なかれ、そういった渦の中にあることを、彼らは見てきた。


 この場にいるモラルス以外の3人は、当初、それほど異常でもなかったし、邪悪でもなかった。けれど、ちょっとした欲望から始まった彼らの外道への転落は、とても簡単だった。ちょっと欲深いだけ、たったそれだけの因子があれば、その悪意を育てる者がいれば、小悪党が悪党になる。


「ま、それはそれとして、守護連合の対策が必要だと思うのは僕も同じ。彼らが表の世界で、言葉を使って僕らを攻撃するというのなら……僕らは裏で言葉を使って戦えばいい。堕落する人間はどこにでも、腐るほどいるからね。本来の活動に使えるリソースが減ってしまうのは嫌な感じだけど、僕らが守護連合を潰すために動けばなんのことはない」





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