104:収束する奇跡
モラルスの魂の本体を倒せばいい、それは分かった。けど、モラルスは魂だけで魔法を使えるのに、わざわざ肉体の一部である精神の時間を戻すことで魔法の使用回数を復活させている……それはどうしてだ?
魂で魔法を使った場合……どうなるんだ?
「エリアちゃん、魂だけで魔法を使うと使用回数はどうなるの?」
『使用回数は通常通り消費されるし、回復もしない……おそらく魂だけで魔法を使うというのは、肉体に付随する精神を、魂の状態で再現することでそれを可能としているのだと思う』
魂の状態のエリアちゃんの声が俺の脳内に直接響いた。
「だとすると……元の精神、魂で再現した精神、それぞれに魔法の使用回数があるってことで……もしかして、復活させた精神から魔法の使用回数を吸収してるのか……?」
仮想マシンを構築して、そこでもソフトウェアをインストールしているような状態に近いのかな? それでバックアップシステムが魂にあるみたいな……バックアップシステム……バックアップね……きっとこれって……
「魂にダメージを与える、壊すっていうのは、正確な表現じゃないのかも、モラルスという存在を構築する、人格や記憶を破壊する……そうすることで、クロノ・ヴァースを使えないようにする」
いいのか……そんなことをしてしまって……
『シャヒル殿、迷っているの……? ヤツはそうされても文句なんて言えない悪党。その迷いはあなただけじゃなく、仲間達をも殺すことになる』
「……っ」
俺の迷いが、エリアちゃんに伝わってしまったらしい。言葉とは対照的に、魂だけのエリアちゃんの顔は優しいものだった。どうして、どうしてそんな顔をしてるんだ……
『だけど、私は……あなたを信じる。あなたの心が向く方が、私の目指すべき場所だと思うから……あなたにしか出せない答えがあって、それを行うために、あなたはこの世界に存在して、今……この場所にいて、あの男の前にいる』
俺にしか出せない答え……? 俺はどうしたい? 俺はどう感じた?
モラルスは多くの不幸を撒き散らして、放っておけば、この先もずっとそれを繰り返す……その存在を消す、無かったことにしても、きっと誰も文句なんて言わない……違うな……それは俺のこの行動に、正当性があるからじゃない……
ただ単に、モラルスという人間が、誰からも愛されていないから……世界に生まれ落ちても、景色が見えるだけで、そこに繋がりはなく、一人孤独……他者の存在も何もかも、見えなかったなら、あいつが孤独を感じることもなかったのかもしれない。人は自分にないものを求める……
モラルスという存在はまるで……人を傷つけ、嫌われ、孤独になるために生まれたかのようだ。呪い、法則、怪物になるための方程式が、因果が刻まれている。
「モラルスは殺さない。ヤツを縛る呪いを、邪悪の方程式を殺す」
「お前は……お前は何を言っている!? 僕を救うとでも言うつもりか……?」
白色の悪魔が、俺を見据えて、叫んだ。強い怒りと軽蔑の感情が、俺に伝わってくる。
「そうだ。お前を消しても、きっといつか別の人が、同じようなことをする。お前じゃない誰かが……俺は、この世界に存在したお前を、ただ消し去るしかないんだって、救われることもなく、終わるしかないだなんて、思いたくないんだ。俺は、理不尽なことが大嫌いだ……どう足掻いても救われない、そんな運命は認めたくない。やり方はあるんだって、示したいんだ!」
「馬鹿げてる……どうやって? 無理に決まっているだろう!! もう、どうしようもない。化け物になってしまったら、もう終わりだ……終わればいいんだよ!!」
白タルタロスの赤いオーラが俺に向かって伸びる、俺を殺すつもりだ。
みんな、それを防ごうとして武器を振るって、魔法を使うけど、無敵のオーラ相手には焼け石に水だった。
俺は死ぬ、この一撃で、きっと絶命するだろう。
「アルーインさん! 創生の剣を! この先、何が起こっても、止まらないで! 俺を! 俺を信じて!!」
「──シャヒル君!?」
「──頼みます!!」
俺の最後の言葉を聞いて、アルーインさんは涙を流して、俯いた。だけど、だけど、彼女は剣を天に掲げた。黄金のオーラが彼女と剣の周囲を渦巻いて、戦場を黄色に照らした。
創生の剣は発動し、五秒間のチャージに入っていた。
『ありがとうアルーインさん、俺を信じてくれて』
魂だけとなった俺の声は、アルーインさんに届くことはない。はは、一瞬で消し飛んだから死んだことに一瞬気が付かなかった。けど、そんなのは何の問題にもならない。
『モラルス、聞こえるか? 俺の声が』
「っ? 声? どこにいる? お前は、殺したはずだ! 僕が、殺した!」
『お前には、魂の形が見えてたんだろう? だったら、魂だけになった俺のことも見えるはずだ。お前が……この世界に生きていて、この世界の一部だと思い出せるなら』
「見えない、どこだ! どこにいる!!」
俺のことが見えないモラルスは混乱し、自分の無敵時間が終わることに気づいていない。
『俺はここだモラルス』
俺は魂のまま、モラルスの魂に触れる。魂を接続する、俺の記憶がモラルスに伝わり、モラルスの記憶が俺に伝わっていく。
『あ、がッ!? なんだ、記憶? これは、お前の……? なぜこんなものを見せる……!? そんなことをすれば、お前が何を狙っているか筒抜けになる! お前の目論見は失敗する! お前は僕に跡形もなく消し去られる……あ、ああ、お前は何を考えて──』
モラルスの心の声が聞こえる。最早、俺はこいつの全てを知っている。こいつがどんな感情で、心の中で言葉を発したのか、それが分かってしまう。
『モラルス、嘘をついても無駄だ。俺には全部分かるからな。お前の記憶を見た。お前は、罪を犯しすぎている、きっと、お前の被害者達は、誰もお前を許さない……だけど、俺には分かる。全てを見た俺は、どうしてお前がそうなってしまったのかを、誰もお前を救えなかったことを、知っている』
『黙れ、黙れ、どうしようもなかった……僕は弱い、与えられた邪悪さにも、力にも耐えられなかった』
『ああ、どうしようもなかった。お前のクソ親父が余計なことをして歪んだ……お前の精神は悪魔の形をしてたけど、その奥にある魂は、ただの人だ。きっと、良い人間てヤツにだって、なれたはずだった。もう、分かるんだろ? 俺が、お前に何をしようとしているのか? お前は、どうしたい?』
『ぼ、僕は、僕は──』
モラルスの心の奥底の魂は、人の形をしていた。大悪党でもないし、英雄でもない、天使でも、悪魔でもない。内気でひ弱な、子供の形をしていた。だけどその子供に、根を下ろすモノがあった。モラルス、森戸流戸の父親が、刻み込んだ、悪の因子……遺伝子だけじゃない、機械による生体の操作まで行っていた。脳機能の一部を焼き切り、失わせた。
その事実を知っても、流戸は父親をどうすることもなかった。事実を知る頃には、染まってしまっていたから。
戦場を渦巻く黄金の光が、銀色へと変わる。アルーインさんの創生の剣のチャージが終わった。
銀色の光と共に、剣閃は走る、白い悪魔の身体へと。
けれど、その剣閃は悪魔へ届く前に、虚空へと消える。
「──これでいいのだろう? シャヒル! 暇で仕方がなかったぞ? まぁ、我が切り札であるなら、それも致し方なしか」
ディアンナが魂の状態の俺を見て笑う。俺の特殊スキル【八咫之羽跡】により、神界の力を宿し、神化している。
俺がモラルスの攻撃で死ぬ直前、俺は自分のポーチからディアンナを脱出させていた。その後、ディアンナの心に直接呼びかけて、俺の考えを伝えた。
ディアンナは俺の指示通りに、アルーインさんの創生の剣のエネルギーを全て、別の空間へと飛ばした。俺の八咫之羽跡で生み出したゲートに、ディアンナに誘導してもらった。
アルーインさんの創生の剣の膨大なエネルギーを、俺の力だけではとてもじゃないが制御できない。それこそ、神の力の助けが必要だった。
『アルーインさんは、ずっと、ずっとタルタロスを倒し続けていた。世界が融合する前も、融合してからも、倒して倒して、倒し続けて、それが当たり前になってた。世界を滅ぼす力を持つラスボスを倒すことが当然になってた。だから、モラルス、お前がアルーインさんの怒声にビビったのを見て、ピンと来たんだ。ああ、きっと、怖がったのは、モラルスじゃなくて、タルタロスなんだって。自分を殺し続けてきたアルーインさんに対して、タルタロスは恐怖を感じていた。そして、それは──世界への証明、法則に他ならない。アルーインは、偽翼の灰王は、滅びの魔神を必ず打ち倒す、因果を持つ、世界は! そう解釈する』
『っふぉっふぉっふぉ、流石シャヒル、それでこそワシの相棒じゃ! 世界を滅ぼす魔神を必ず打ち倒す因果、そりゃあもう、とんでもない力を持っておる。それこそ、奇跡を起こすぐらいにのう』
ガルオーンが笑っている。ガルオン爺そっくりだなほんと……
『タルタロスは倒される。アルーインさんの創生の剣で、だけどすぐにじゃない。寄り道をしてもらう。タルタロスと融合したモラルス、森戸流戸を渦巻く、邪悪の因果を破壊して、お前を呪う全てが、お前を開放した後に──タルタロスを殺す』
モラルスの魂を銀色の光が通り抜けていくのが見える。モラルスの魂を縛る、肉体から伸びる呪いの根を全て切り裂いて、浄化していく。
そして最後に、銀色の光はタルタロスの肚から全身を通り抜け、その肉の全てを切り裂いた。
タルタロスは再生しない。けれど、その死骸の中に命があった。白い髪の、くせ毛の赤子。
『【ライフ・ウォーターフォール】!』
エリアちゃんが範囲蘇生魔法を魂の状態から詠唱し、戦場の死んだ仲間達を全員復活させる。無論、俺とエリアちゃんもだ。
よくよく考えるとこれとんでもないよな……死んでる状態から自己蘇生するなんて……先掛け方式のオート蘇生ならともかく……これはちょっとなぁ……ヤバイかも。
「か、勝ったの? シャヒル君! それにエリアも!」
アルーインさんが俺に勢いよく抱きついてくる。痛っ!?
「まぁ、タルタロスが復活しないのが何よりの証拠じゃないですかね」
「そ、そっか……けど、あの赤ん坊って……」
「……あの子は俺が大切に育てる。アルーインさんは嫌かもしれないけど、俺にはあいつを助けると言った責任がある。結局、あいつは自分の罪に耐えられなかった、死んでしまった……でも、生まれ変わって、やり直すぐらいは許してやってほしいんだ」
「許すも何もないでしょ? 死んじゃって、生まれ変わって、それでも恨み続けるなんて、そんなつまんないことで人生を無駄にしたくないから。それに……まぁ、わたしは、君に負い目というかなんというか、そのあれこれがあるから……」
あれこれ?
「あれ? そういえば、アルーインさん……なんか、俺に初めてを奪ったのだのどうだのとか言ってた気がしますけど……俺の記憶が正しければ、そんな事実はないですよね?」
キスした後にその先もやったのだと言っていたし、その先の初めてというと、男女のアレそれのことだと思うんだけど……俺にはそんな記憶はない。
「えっ……? あ、あぁ……うんうん、もちろん嘘だよ。モラルスを精神的に苦しめて殺してやろうと思ってついた嘘だよ。記憶がないっていうのならそれが全てだよ」
「はぁ、良かったぁ……嘘なら何も問題ないですね。じゃあ、終わったことですし、帰りましょう。俺達のアジトに」
こうして俺達はモラルスを倒し、望濫法典を壊滅させた。まぁ最終的に俺は、モラルスを倒すつもりはなくなってたんだけど、結局モラルスは死んじゃって……二転三転した感じ、優柔不断な感じだけど、それでよかったと思ってる。
俺が考えうる限りの最良の結果と言える。少なくとも、モラルスとの最終決戦を決めてから、モラルス以外の死亡者は一人もでなかった。
そのモラルスも、最後は自分から死を受け入れるような感じだった。生まれ変わることを望んだ。今度は良い人間にも、悪い人間にも、自分次第で行き先を選べる。そんな人生を送れるように生まれた。
きっとやろうと思えば、こいつは普通に、この世界の誰かの子供として、父親がいて、母親のいる家に生まれることだってできたと思う。でもそうしなかった。
自分にその資格がないと思ったのか、それとも俺なら見捨てないかもと思ったのか、もしそう思っていたのなら、お前の考えは正しいよ。
俺がやったことだ。お前を助けるってさ。でも仕方がない、なんか助けたいと思っちゃったんだから……本当に、大した理由があったわけじゃない、なんか悲しくて、納得ができなくて、そうしてしまった。
だけど、俺は後悔なんてしない。俺の選択が間違ってただなんて、他の誰かに言わせたりなんかしない。お前を立派に育てるから。
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