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100/105

100:破壊


「──っ」


 頭が痛い……視界がぼやけ……


「ああ、目が覚めたかな。どうしてもお前だけには、分からせてやらなくちゃ駄目だと思ったんだよ。彼女が誰のものなのかをさぁ」


 声……? 男の……そうだ、この声、モラルス! 俺達はあいつに奇襲を仕掛けてそれで、それで……魔法陣が完成して、光が……俺、意識を失ってた? じゃあ、返り討ちにされたってことか?


 自分が負けたのかもという焦りと共に、視界が徐々にクリアになっていく。


 周りを確認する。腕と足が、魔力の鎖で拘束されてる? それに、なんだこの空間……暗いのに、はっきりと見える。


「アルーインさん!? アルーインも生きてる!」


「シャヒル君、よかった。生きててくれて……」


 アルーインさんも俺と同様に手足を魔法の鎖で拘束されてる。俺はステータスを確認をすると、サイレス、魔法詠唱不可と、バインド、拘束の状態異常になっている事が分かった。


「そうだ、他の、他のみんなは……」


「ああ、他は興味なかったから、外に置いてるけど、見たいなら見せてあげるよ」


 ──パチンッ。


 モラルスが指を鳴らすと、周囲の空間の視界が開けた。


「そ、そんな……まさか、みんな……嘘だろ……?」


 その視界の先、そこには守護連合の仲間たち、ダクマ、エリアちゃんの死体があった。全滅だ……


 クソ、クソクソクソッ! そんな、嘘だ……こんなの……駄目だ……ああ、あああ、思考ができない、頭が、回らない……


「シャヒルだっけ? 僕のアルーインに手を出そうとしてるって聞いたよ? でも、それは無駄だよ。だって彼女は人を好きになれないし、僕が彼女の最愛の人になるんだから、当然だよねぇ?」


 何を言ってるんだ? こいつ……俺がアルーインさんに手を出そうとしてる? どういうことだ……?


「何言ってるんだ? お前……」


「惚けても無駄だ!! 誰も彼女に近づけないはずなんだ! 大切な人を作れないように、僕が変えたから! 怖くてそんなことできないはずなんだ! だからさ、彼女の近くに、君がいたとするなら、それは君が自分から彼女に近づいた。これしかありえないだろうが……!」


 モラルスが発狂する。目を見開き、唾を飛ばしながら、俺を睨んだ。


「まぁいいや。いまから証明すればいい、彼女が完全に僕のモノだって、ねぇ?」


 モラルスがアルーインさんに近づいて、その頭を、顔を撫でた。


「──ッ!」


「いたっ……痛いじゃないか。アルカ……」


 アルーインさんは自分を撫でるモラルスの手に噛みついた。モラルスの手は出血していた。


「僕はさ、このゲームでデータを集めて、研究してたんだよ。ハーフダイブ式のMMO、理論上安全だとか言われてたけど、データ収集と脳の特定領域との接続に関しては、フルダイブ式よりも優れていたし、危険でもあった。バイタルデータを保存しないだけで、自動的に取得はしてしまうんだよ。そして、そんな消えてしまうはずの膨大なバイタルデータを、僕の開発した量子プログラムAIが保持した。プレイヤー達の全ての生体反応とそれらの引き起こす情報の衝突現象が、新たな疑似生命体を、ロブレの世界に生み出した」


「……馬鹿な……旧式になりつつあった、ロブレが量子システムに対応できるはずがない……」


 モラルスの言っていることが事実だとすれば……プレイヤーの生体反応のデータを素材に、ブロックみたいに積み上げてバカでかい、巨人みたいな電子生命体を創ったってことか?


「そうだね、本来は対応してない。けど、僕は森戸の御曹司だったからね。サーバー会社から運営会社まで、僕のモノにして、後は僕が調整すれば、何の障害もない。ともかく、偶発的に、神のなり損ないのような凄いのが出来てしまったのさ。そいつは律儀に、ずっと計算を続けてくれていた。僕のために……アルカの理想の存在が持つ生体データの予測をね。アルカの理想の男がもし遺伝子を持っていたらどんな遺伝子だろうか? 肉体の発達具合は? 脳の発達具合は? 思考の癖は? それを、導き出してくれた。アルカはこの世界で生体データを提供してくれていたから、それは、できてしまうんだよ!」


 妄想から生命体を生み出す……? こいつが言ってるのはそういうことだよな? そんなのまるで、神の御業じゃないか。


「さぁ、僕の感情データを糧に、あいつの計算結果をここへ持ってくるんだ! ミスリルドラゴンロード!」


 モラルスが叫ぶと同時に、周囲の空間が黄金に輝き、俺たちの頭上に巨大な黄金のミスリルドラゴンが現れた。


 ミスリルドラゴンがモラルスに手をかざすと、モラルスからどす黒い、エネルギー体が溢れ出て、ミスリルドラゴンに吸収されていった。


 ……あいつの計算結果をここへ持って来い、モラルスはそう言った。だとすれば、あのミスリルドラゴンは……やつが生み出した神のなり損ないではないってことか? それに、出来てしまったって言い方だった、偶然生まれたってことか?


「はは、ははは、うまくいったよ。感情データの不足を、僕の生体データで補えた。機械的なコレと融合してしまうと、少し気分が悪いけど……些細な問題だよ」


 モラルスとミスリルドラゴンが……一体化した。ミスリルドラゴンがドロドロに溶けて、モラルスの体に染み込んでいった……モラルスの皮膚に、黄金のラインが浮かび上がる。


「再構成と行こう。今までの僕の全てが消え、新たに生まれ変わる。魂だけが、引き継がれ、幸福の未来を謳歌する! アルカと共に!!」


 モラルスが自分自身を抱きしめる。すると、モラルスの胸が強く、黄金に輝いて、モラルスがドロドロに溶けていく。黄金の泥は渦を巻き、雷を帯びて、目まぐるしく形を変えていく。それはまるで、何千年、何万年という世代交代が、瞬時に行われていくかのようだった。色んな人の顔がいくつも、いくつも見えた。


 やがて──顔は一つの形に定まり、黄金の光は消えた。そこには一人の男がいた。


「……その顔……まさか……アルーインさんの……プレイヤーキャラクター」


 アルーインさんとそっくりな見た目の男がそこにいた。そうか……アルーインさんは、理想の男の姿でロブレをプレイしていた。だとするなら……当然、計算されるアルーインさんの理想の相手の姿は、アルーインさんのプレイヤーキャラクターとなる。


「アルカ……私は、なんということを……彼らを蘇生しなければ……【リバース・プロトコル】!」


「は……?」


「え……?」


 姿を変えたモラルスはどういうわけか、蘇生魔法を発動した。守護連合の仲間達、ダクマ、エリアちゃんが蘇生される。予想外の展開に、俺もアルーインさんも困惑する。


「──【ダーク・バインド】! すまない、拘束はさせてもらう。殺されるわけにはいかないのだ。アルカ……ああ、元の私はどこまで馬鹿なのだ……このようなことをしておいて、彼女に愛されるわけがないというのに……」


 落ち込んだ様子のモラルス。アルーインさんそっくりの顔と灰色の長髪、見ていると脳が混乱してくる。


 言っていることも、いや意味は分かるんだけど……どう受け止めればいいのか。感情が追いつかない。


「そうね、わたしがあなたを愛するわけがない。だって、魂はあのキモイストーカーと同じなんでしょう? 見た目が変わっても、性格が変わっても、魂レベルで無理なのよ。あなたのその体は、わたしが好きなんでしょう? だって、わたしの理想の男だというのなら、愛する相手のことをどこまでも思うはずだから。わたしを愛するようにできているはず……けれど愛せない。気持ちが悪くてかなわない……今すぐに、この世界から消えろ。わたしを愛すると言うのなら」


 えっ……!? 流石に酷すぎないか!? アルーインさんて、こんなにも残酷なことを感情的に言える人だったのかよ……こわ……


「あ、ああ……そんな、嘘だ。嘘だと言ってくれ、私の魂は、君と、君の未来のために全てを……それ以外には何もないんだ!」


 モラルスの精神が崩壊している。当たり前か……肉体、精神、全てにおいて、アルーインさんを愛するようにできているというのなら、アルーインさんからここまで強烈に拒絶されてしまうと、それこそ世界の終わりのような感覚だろう。


「はは、はははは! あなた、大概にしなさいよ。わたしの理想、夢まで穢そうと言うの……? 最高の料理に汚泥をぶち撒けられたような気分よ。それと、お前が計算させた、わたしの理想だけど、もうなんの意味もない」


「え……?」


 アルーインさん突き放されたモラルスはついに涙まで流した。


「わたしの理想は変わった」


「え……? 待て、どういうことなのだ……! アルカ!」


 アルーインさんが魔法の鎖の拘束を打ち破り、歩き出した。アルーインさんはすたすたと、俺の眼の前までやってきた。


 拘束を打ち破った……もしかして、精神的なショックでモラルスの力が弱まったのか……? だとするなら、状況を打開するために、アルーインさんはわざと強い言い方を──


「──むっ!?」


「──ぷはっ……こういうことよ」


「いやどういうことだよ!!」


 何が「こういうことよ」だ! アルーインさんに突然キスされて、俺は思わずツッコミを入れてしまった。


 すると、アルーインさんは少しむくれた。


「モラルス、いや流戸。あなたはわたしが人を好きになれないと思っていたようだけれど、それは違う。わたしが何者にも穢されることのない、純粋で、清純な、機械天使か、処女の女神か何かと思いたかったみたいだけど、そうじゃない。今のわたしが、あなたにはどう見える? あなたには特別な世界が見えるんでしょ?」


「……う、嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ!! 君が、そんな……ただの人、ただの女の形をしているはずがない!! 君の魂は間違いなく天使だった! 今だって……ああ、嘘だああああああああ!!」


「天使なんてどこにもいない。わたしはずっと、ただの人でいたかった。それが難しくて……でも、そんなわたしでも、ただの人でいられる場所がある。わたしがかつて思い描いた理想は、出会ってしまった最愛と比べれば、無価値に等しい。理想とは、自分が思い描く想像の内でしかない。今目の前にいるこの人は、わたしの心を誰よりも強く揺さぶって、わたしを嫌な人にする。独り占めしたくなって、逃れられない。自分の心に逃げ場はないから──」


 ──チュッ、チュウウーー!


 ──っ!? な、ちょ!? 口づけってレベルじゃないぞ……貪り食われている、俺、アルーインさんにしゃぶられてるぞ? ど、どういうことだよ! 何が起こっているんだ……! け、けけけ、けど……アルーインさんが言ったことが本当なら……アルーインさんは俺のことがどうしようもなく好きってことになる……そんな、俺……エリアちゃんのこと好きなのに……なんで、これはこれで悪くないって思っちゃってるんだ……


 俺、アルーインさんのことも好きだったってこと……? 二股野郎じゃないか……いやいや、そもそもエリアちゃんとはそういった関係じゃないし、アルーインさんとだってそういう関係ってわけじゃ……まぁ現在進行系で、ちょっとやられちゃってるわけだが……


「真っ赤になって、そんな恥ずかしがらなくてもいいのに。わたし達、もっと先のことまでしたでしょ? わたしの初めて、君に奪われちゃったんだよ?」


「は……? 初めて……? えっ……?」


「う、うわああああああああああああああ!!? ああああああああああああ!?」


 モラルスが発狂して、爆発した。比喩でもなんでもなく、モラルスが爆発した。




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