登校
冬休みの残りの期間は受験勉強をしていたらあっという間に過ぎた。
「おはよう、お兄ちゃん。朝ごはんはサンドイッチを作っておいたよ。」
「いつもありがとうね。あと一週間したらお兄ちゃんが気合の入れた料理を作るからね。」
「うわー!お兄ちゃんの手料理楽しみだなぁ!ちょっと待ってて、コーヒーも淹れるから。」
そう言って、体の小さな柚子用に置いてある台を持ってキッチンに歩く柚子を見て自分の妹のすばらしさを改めて感じた。
専用の器具を使いこなし、コーヒー豆の粉もきちんと蒸らし、お湯を注ぐペースもいい、そんな風にドリップコーヒーを完璧に淹れる小学生がどこにいるのかと世間に向けて声高らかに自慢したい気分だった。
俺が生まれる前はお手伝いさんを呼んでいたそうだが、俺が生まれて男子のいる家に見知らぬ女性を入れるのはリスクが高いと、母さんがすべての家事をしていた時期もある。
その結果一度母さんが過労で倒れかけて以来、我が家の家事は当番制となった。
官僚の母さんや学業の傍らモデル業もこなす凛姉さんは多忙で朝早く夜遅いことが多いので、俺と柚子が家事をすることが多い。
俺が受験生の今、家事のほとんどすべてを柚子がやってくれていて、本当に頭が上がらない。
「いただきます。」
シャキシャキのレタスに濃厚な味のハムそれらを包み込むパンとマヨネーズの味、そして香り高いコーヒー文句なしに最高の朝食だ。
「すごくおいしいよ。」
「よかったぁ!結構味のバランスに気を付けたんだよ。」
「うん、シンプルで腕の良さがダイレクトに反映されるこのサンドイッチでここまでおいしいのはすごいよ。いつの間にか、めちゃくちゃ料理の腕上げたね。」
「でも今日本当に学校休まなくていいの?」
「うん、行くよ。彩桜志望者は別室で自習させてくれるらしいからね。ちょうどいい気分転換だよ。」
俺に褒められて両手で顔を挟んでくねくねと照れていた柚子だったが、一転して心配そうに聞いてきた。
確かにあとちょうど一週間で入試なのだから残りの期間、静かで集中できる家でラストスパートをかければいいが、それでも俺は残り少ない中学生生活も楽しみたいのだ。
それに彩桜志望を俺が公言しているせいでわずかでも可能性がある子は全員彩桜志望なのだ。
かなり背伸びしていて合格の可能性がかなり低い子まで必死になって勉強している。
そんな彼女たちにエールを送りたい。
朝の準備をし終えて少し経った頃、ピンポーンとインターホンが鳴った。
「多分、瑠璃だね。流石、いつも通りの時間だ。」
瑠璃は隣の家に住む同い年の女の子でいわゆる幼馴染というやつだ。
リビングのインターホンのモニターを見ると茶髪の髪をポニーテールにした快活そうな女の子が映っていた。
「おはよう、瑠璃。今開けるからちょっと待っててね。」
インターホン越しに話しかけると返事が返ってきたので、俺は急いで玄関に向かった
「あけましておめでとう。レインでもゆうたけど、今年もよろしゅう。この冬休み何しとった?ってお互いに受験勉強に決まっとるか。あ、そういえば一昨年の数学の過去問やった?二次関数の実数解の個数なんて完全に高校生の範囲やんな。丁寧な誘導のおかげで、あの問題は何とか解けたけど本番であんなん出たら完全にパニくってまいそうで怖いわ。」
「うん、そうだね。とりあえず学校に行こうか。じゃあってきまーす。」
「行ってらっしゃーい。」
瑠璃はすごいおしゃべりなので丁寧に対応していたら学校に遅刻してしまう。
ある程度、適当に流すのが彼女との会話のコツだ。
5分間、瑠璃はよどむことなくしゃべり続けた。
(瑠璃なんかいつもよりおしゃべりな気がする…あ!そうか。瑠璃と会ったのがクリスマス以来だからちょっと寂しかったのかもしれないな。そう考えるとかわいく見えてきた。)
「ん?どうしたん?いきなり笑って。」
ほほえましい気分で瑠璃を眺めていると、少しほほを赤らめながら瑠璃が聞いてきた。
「何でもないよ。」
「絶対嘘や。何考えとったん?正直にゆうてや。」
「いや、俺の幼馴染はかわいいなーって。」
自分の正直な気持ちを告げると瑠璃は顔だけじゃなく耳まで赤くした。
「ほら、かわいい。」
「からかわんといてや…」
そう言って、ほほをつつくと、その手を払いのけながら言ってきた。
真っ赤な顔でにらんできても全く怖くない。
学校までの残りの5分間、瑠璃は借りてきた猫のようにおとなしかった。
「西条先輩おはようございます。」
「おはよう。」
「キャー!やっぱり西条先輩かっこいい!私に向かって微笑んで挨拶を返してくれた!」
校門をくぐり教室までの間にこんなやり取りが何度も繰り返された。
(もー!誰にでも愛想振りまいて!ライバルが増えて困るのはこっちなんやからちょっとは抑えめにしてほしいわ。)
「ん?瑠璃なんか行ったか?」
「なんでもないわ!」
さっきまで照れながらもご機嫌だった瑠璃が急に不機嫌になった。なんでだろう?
なんて思うほど鈍感でも馬鹿でもない。
当然、不機嫌の理由もその裏にある俺への好意も把握している。
どう見ても俺の結婚相手筆頭なのにやきもちを焼く瑠璃がかわいかった。
教室に入ると全員の視線が俺に集中した。




