第三話
その日の夜のことを肉屋の親父に言ったら、「ほれ見たことか!だからあんなに気をつけろと言ったのに!」と叫ばれることだろう。
仕事の昼休みに肉屋でうさぎ肉をもらい、職場でおいしくいただいたあと、夜遅くまで仕事をしていたヘイルスの運は帰り道ですっかり尽きてしまったようだった。
すっかり人通りのなくなってしまった道を歩いていたところを、まんまと捕まり近くの茂みへ連れて行かれてしまったのだ。叫び声をあげたが口の中に布を詰め込まれ、しゃべれなくされてしまったため助けを呼ぶことすら不可能だった。
「いやあ、ちょうどよかったなあ。探す手間が省けたよ。ヘイルス……ええと?」
「彼女は貴族でないため、鍛冶屋ヘイルスのみでよろしいかと」
目の前でヘイルスよりも年下であろう、いかにも上流階級の家庭の少年と、路地裏に連れてきた人たちが話している。少年に少しの見覚えを感じたが、それ以上にこれから何が起きるのか混乱しすぎて頭が働かない。
「さて、鍛冶屋ヘイルス。君にちょーっと頼みたいことがあるんです」
「っひ……!あの……」
にこ、と擬音をたてながら口の中の布を引っ張り出して話を進める少年のマゼンタカラーの瞳は、どう見ても子供たちが持つ輝く瞳とは違っていた。ヘイルスの頭一つ分下にある口に含んだら溶けてなくなりそうな菓子のような少年の真っ白い髪がその瞳の不気味さを加速さている。
そして何より、ヘイルス唯一人に向ける絵画のような美しい微笑みは、虫がいっぱいついている石の裏みたいな気持ち悪さをまとっていた。
可哀想なことに今のヘイルスにはお腹の中の夕飯くらいしか出せるものはなく、初めて人の顔を見て吐いてしまいそうで、今にもと言った状態だ。
「うーん。想定した通りの人間だけど、ここで吐かれるのはまずいな。さっさと撤退しよう」
「了解しやしタァ!」
「え?」
少年の言葉に取り巻きの一人が返事をすると、手際良く麻袋に詰め込まれる。
「ちょ、ちょっと!一体何を…!?」
殺すならばこの辺りで殺しても別にバレることはないし逃げられるはずなのに、たった一人を誘拐しようとするのにヘイルスは声を上げた。
「運び始めるとうるさいタイプかな……まあしばらく寝てるからいっか。えいっ」
「へぷっ」