第二話
カァン、カァン、カンカンカンカン。
薄暗い部屋の中、炎に照らされながら一人の少女が槌を振るう。目の前で熱をもった真っ赤な鉄の塊を、注文された通りの形にしている最中だった。
あと2日あれば、この刃こぼれのひどかった剣も、もとのような切れ味のよいものになるだろう。
「おおい、ヘイルス!仕事中に悪いが悪い知らせが入ったぞ!」
鍛冶屋の仕事場特有の熱がこもる店の中に、向かいの肉屋の親父が焦った様子で入って来る。多少の換気とばかりに親父と共に入ってくる空気は、少女ヘイルスの額に浮かんだ汗をとおして体を冷やしていった。
「何かあったんですか?兵士の方々がいらっしゃったんですか?それとも」
レジスタンス、という言葉は音にならず、ヘイルスの喉の底へ落ちていった。
「ああ」
肉屋の親父は落ちていった言葉を拾い上げるように察すると、神妙な面持ちで話をし始める。親父の額にも汗が滲み始めていたが、熱さのせいか、はたまたこれから話す恐ろしい事件のせいか区別がつかない。
「どうやらやつら、この地域に潜入しているらしい。前に、向こうの地域の鍛冶屋たちが消えたことがあっただろ?あれは、やつらの仕業らしいぞ」
このあたり一帯は、兵隊や国の重鎮の利用が多い店ばかり。そんな店だろうと、魔力をもつものは徴兵される。裕福で非力な私達と魔導武器を使うレジスタンス。捕まったら何をされるか容易に想像がついてしまう。
しかし、ヘイルスにとってはそのようなことは作り話のようで、すぐに作業に戻ってしまった。
「ヘイルス、お前は十分すぎるくらい注意しろよ。なんてったってお前はまだ十三歳だ」
「おじさん、私は先月十四歳になりましたよ」
「あんまり変わらんわ」
作業をしながら反論するヘイルスを無視して肉屋の親父は続けた。
「そして女の子だ。大人は汚い、幼くて無力なやつから狙う。国宝の剣に触れる唯一の鍛冶師の跡継ぎがそんな子だとわかれば、必ず殺される」
そう語る肉屋の親父の瞳は、過去を見ているようだった。
「じゃあな、お前はほんとに気を付けろよ。あと遅いけど誕生日祝いだ。ほれ、サービスするよ」
「ありがとうございます。昼休みに行きますね」
メモに『うさぎ肉二百グラム 無料券』と書き散らし、近くのテーブルに置いて肉屋の親父は出ていった。うさぎの肉は美味しいらしく兵士が買いしめなかったときくらいしか売っていない。そんなものをおいそれとあげて良いのだろうかとその事実を知っているものならば言うだろうが、ヘイルスはそんなことは梅雨知らず
、仕事をひと段落させるために作業を続けたのだった。