最終回 スキル『炎の矢』
下校時間になった。
俺は帰宅部なので即刻家に帰る。この辺りは前世とあまり変わらない。玄関で靴を履き替えていると、下駄箱の向こう側にいる女子達の会話が自然と耳に入ってくる。
「お昼休みに学園のイケメンTOP2の御二人が中庭で対決してらっしゃたの!凄いことよ」
「西郷さんは大久保さんを慕ってらっしゃるの。素敵ね」
「大久保さんは、木戸さんと大久保さんのどちらの御仁を選ぶのかしら」
──そうだった。学年で噂になっていたんだっけ。えらいこっちゃ。
校門を出ると、文華が待っていた。
「今日は一緒に帰りましょう。なんだか木戸様が心配なんです」
「あ……ああ」
高校に入ってから文華と一緒に帰ることは何度かあったし。お互いの家にだって行き来する仲である。だが一昨日まではこんな感情はなかった。要するに俺は激しく照れている。
「西郷君はなんて?」
「あ〜。なんか期末テストで勝負するとか言ってたから、丁重に断った。アイツ賢いじゃん。まあ前回は俺が勝ったんだけど……今は負けるよね」
照れを誤魔化すべく、ぶっきらぼうに返事をしている。
「うふふふ……」
文華が笑った。
「どうした?」
「なんか木戸様がいつもと違っていて。普段はもっと気品があって超然としているお方ですのに。昨日からずいぶん親しみやすいお人になられましたね」
前世の俺の記憶強し。現世の俺のキャラを遥かに凌駕しているようだ。今まで築き上げたものを全部崩壊させそうな予感もするけれど……。
「あのな……文華。変なこと言うけどさ」
「はい」
「俺って……前世はスタックワルドに住むジャクソンていう男だったんだよ。毎日、プテラノドン・ケチャップを作ってて、原材料のキノコトマト昆布と向き合い……」
「文華をからかってらっしゃるんですか?」
真剣に打ち明けたのだが唐突すぎたらしい。まあいいか、この話は。プテラノドン・ケチャップの味は伝えようのない奇妙なものだし。伝えなくても何も困らないし。
「……ありがとうな。心配してくれて」
一瞬、呆然とする文華。いきなり俺の額を触った。
「なんだなんだ?」
「熱は……ありませんね。じゃあ今の木戸様の言葉は本当に私に……」
文華は頬を染めて微笑む。
「今日は変ですよ木戸様。感謝なんていりません。私は貴方の許嫁なんですから」
──め……めっちゃいい奴じゃないか。文華って。
というわけで、とってもいい雰囲気になってきたのだが、残念なことにここで邪魔が入った。
「おい。お前ら宰財学園の連中だろ?」
髪を金、銀、赤、青、緑とカラフルに染めきった不遜な輩が、路地から5人ばかり出てきて、俺たちの前に立ちふさがる。危険な空気を察した文華は俺の背後に隠れた。
「木戸様!」
道行く通行人たちは「関わってはいけない」と見ないふりして往来している。世知辛いね。
「聞いてくれよ兄ちゃん、俺の親父が危篤で大変なんだ。ところが俺たち電車賃がなくて困ってんの。どーしても5人で今すぐ帰らなきゃいけないんだ。悪いけど電車賃を貸してくれない?絶対に返すからさ」
赤色の頭をした長髪の男は、俺の肩を力強く掴みながら、ずいぶんと身勝手な理屈を述べる。
「ほら出せよ。早くしねぇと俺の親父が死んじまうだろ。死に目に会えなかったらテメェ絶対に許さねえから……」
「そりゃ大変ですね」
俺は奴の手を振り払うと、ポケットから手を出し、手のひらを連中に向ける。
「あん?金が入ってねえぞ、電車に間に合わぇだろ!親父に会えなく……」
「あの世で親父と感動の再会させてやるから、感謝しろよ」
不思議そうに俺を見つめる文華。
──どうされたのかしら木戸様は。いつもなら躊躇わずに支払いになるのに。それから国家権力を通してキッチリ回収なさるのに。
人差し指を路面に向け、俺は目を閉じて念じる。
「精霊よ。大地の精霊よ。炎となりて我が指先から飛べ」
「?」
次の瞬間、指先から凄まじい勢いで炎の矢が飛び出す。
「き……木戸様!?」
撃った3本の炎の矢はチンピラ達の足元に刺さる。
「なっ!」
炎の矢はあっという間に炎の壁に変化して、円上に連中を包囲した。もう逃げ場はない。
「げぇ!?」
外から見ると、巨大な円柱状の火柱が、回転しながら激しく燃え上がっている。中にいる5人はそれはそれはパニックだ。
「ぎゃあっあちちち!」
「死ぬ死ぬ死ぬ!助けてぇぇ」
「この金持ちやばすぎるぞ!躊躇なく火炎放射器を使いやがった。軍隊かよ」
「お前ら、押すな!もっと真ん中に集まれ。俺が火傷しちまう。ぐああああっ!」
俺は笑顔で、文華の肩に手を乗せた。
「さ、帰ろうか」
彼女は両頬に手を当てて驚いている。
「文華は夢でも見ているの!?木戸様の指先から業火が飛び出るなんて」
「気にするな。誰にでもある話だ」
優しい彼女は連中の心配をしている。
「ところで木戸様。あれを放っておいて宜しいんですか?」
「ああ、1時間ほどすれば炎は消えるだろうから問題ないよ」
「それ……死にません?」
※※※
俺たちは、アホ達を置き去りにしてこの場を立ち去った。
サイレンが鳴っているのが聞こえる。消防車を出動させ、結構な騒ぎになってしまったらしい。まあいいか。万が一警察沙汰になっても証拠がないからなんとでもなるだろう。
「さっきの不気味な超常現象は一体なんですか。私に説明してください」
帰り道、文華は色々と問いただしてきた。当然だろう。あのスキルはニホンでは魔法のような奇っ怪なものだから。
しかし……「炎の矢」は前世界のスタックワルドではごく普通のスキルだ。プテラノドンケチャップ工場では、お湯を沸かすのにも必要なスキル。因みに俺は二級の資格を持っていた。
──ああ、煮えたぎるキノコトマト昆布の酸っぱい香りを思い出した。時々、大鍋で沸騰して溢れて腕を火傷したっけ。
苦労した思い出を噛み締めつつ、文華にわかりやすく解説する。
「プテラノドンケチャップ工場では入った大鍋に火をかける際に、ボミットガスに点火するスキルが必要なんだ。簡単に言うと、そういう技だ。でも今考えると凄まじく効率が悪い。ニホンの圧電式の方がよほど進んでるな」
「木戸様の仰る意味が、微塵も理解できないです!」
実を言うと、現世の記憶を幾ばくか失った代わりに、前世のスキルが戻ってきたということだ。
しかし……「炎の矢」は圧電式、連続火花方式の点火方法が普及しているニホンでは、悪漢退治以外には使いようのないスキル。あとはバーベキューで炭に着火する時ぐらいか?
いや、まてよ。もうちょっと熱量を絞れば光熱費の削減に使えるかもしれん。しかし火災のリスクの方が大きいか……などとくだらないことを考えていると、文華は呆れたように呟いた。
「まあいいでしょう。木戸様の話を信じるなら、貴方は転生者なんですね。はいはい分かりましたよ」
心なしか彼女は怒っている。小馬鹿にされたと思ったのだろうか。
「本気で打ち明けたんだけどなぁ……」
理解されずにガッカリしていると、文華が俺の肩に頭を寄せニッコリと微笑んだ。
「私もいつか、そのプテラノドン・ケチャップとやらを食してみたいです」
というわけで2人は熱々のまま家路についたのであった。転生バンザイ。前世の俺の苦しみは、現世で報われようとしている。
ただ……スキルが復活したところで、勉強の方はサッパリになってるから問題だ。西郷に負け続けるのもシャクなので、文華にご教授してもらおうかな。(終わり)