8.知らせ
華公爵は、その手紙を神妙な面持ちで封筒から取り出した。
娘には安心するよう伝えたが、王と摂政とはこれからも顔を合わせるのだ。
断られて気まずくならないはずがない。
だが、そもそも、今回のことは見合いだ。お互いに利益を考えて行う結婚だ。
麗香と清華は失敗したと認識しているが、もしかすると、もしかするかもしれない。
諦めの中に、期待が入り混じる。
中の手紙を机の上に置き、息を吐くと、もう一通の封筒に手をやる。
どうせなら、二通同時に結果を知りたい。
華公爵は、机の上に二枚を裏にして広げた。
ゆっくりゆっくり深呼吸する。
よし、見るぞ!
勢いよく、二枚の紙を表に返した。
読む。もう一通を読む。
……もう一度読む。二通目にも目を通す。
……三周目を読む。
そこでようやく華公爵は顔を上げた。
「……っ!良かった……!」
手紙には、純陛下が清華と、銀雪殿下が麗香と、婚約を結びたいと書かれていた。
華公爵は安堵し、背もたれにもたれ掛かる。
本当に、良かった。
娘達は周りの目を気にしていないし、華公爵や跡を継ぐ息子も二人を養い続けることが嫌なのではない。
裕福な華公爵家なのでそもそも金銭的には余裕があるうえ、娘達は怪しい薄い本を売って小金を稼いでいるのだ。問題はない。
だが、それでも世間の目は厳しくなる。
どこか問題があるのではないかと、社交には呼ばれなくなるだろう。
娘達は気にしないのかもしれないが、世界を狭めることはしたくなかった。
それこそ狭い世界なのかもしれないが、それでも世間並の幸せな生活を送ってほしかった。
王家に嫁ぐことで、辛いこともあるかもしれない。
だが王家に嫁いだ娘という名誉は貰える。贅沢も出来る。何より、彼女達がよく話題にする王と摂政の近くにいられる。それは、彼女達の幸せになると信じている。
華公爵は、しばらく幸せに浸っていた。
娘達の嫁入りはどうなるだろうか。花嫁ドレスは美しいだろうな。ああ、涙が溢れそうだ。子供が産まれたら、私はおじいちゃんか。じいじ、とか呼ばれるのだろうか。
一人、ニマニマする。この父あって、あの娘達あり。
華公爵の妄想を止めたのは、ノック音だった。
「父上、課題のご報告に参りました」
「ああ……入りなさい」
入ってきたのは、華公爵と麗香によく似た美少年だ。金茶の髪は短く切り揃えられているが、端整なその顔立ちはとても華やか。しかし、よく見ると顔の輪郭は清華とそっくり。
彼は、光雅。華公爵家の長男で、麗香と清華の弟である。
「光雅。領地はどうだった?」
「王都より寒いですね。雪が腰の高さまで積もっていましたので、溶かして来ました」
「ご苦労。レポートも貰おう」
光雅は次期華公爵だ。まだ16歳ではあるが、たびたび課題を与えている。今回は一人で領地に行き、領地や領民の様子を見て問題点や改善点、どう発展させるのが良いかレポートを書くという課題だった。だが、未来だけでなく現在も救って来たようで何よりだ。
「お前も火の精霊と契約できて良かったよ」
華公爵は火の精霊と契約しているため、火魔法が使える。
夏以外は雪の降り続けるこの国で、その力は重要だった。華公爵領は、公爵が定期的に雪を溶かすことで豊かな穀物を保っている。
それが次代も約束される。幸せなことだ。
「母上のように木の精霊とも契約できていたらもっと栄えさせられたかもしれないですが……」
「なに、木の魔法は虹公爵家のお家芸だ。お株を奪わなくて良かったよ」
「それは、そうかもしれないですが……」
光雅は不満顔だが、この状態が良いのだ。
華公爵家は火。虹公爵家は木。雪王家は水。
分かれているから平和になる。
世の中、何事も欲ばりすぎてはいけない。
そこまで考え、華公爵はふと思った。
娘を二人も王家に嫁がせるのは欲ばりなのかもしれない……。
いや、お飾りの嫁に嫁がせるのだ。欲ではないから問題ない!
「父上?」
華公爵はごほんと咳をした。落ち着け。
「いや、光雅にも知らせておこう」
華公爵は二通の手紙を光雅に手渡した。
光雅は訝しみながらもそれを受け取り読んでいく。
みるみるうちに、光雅の顔は明るくなった。
「父上!これは本当ですか!」
「ああ。お前が領地に行っている間に見合いを組んでな」
「そうなのですね!ああ、やっと姉上達が嫁いでくれる!」
「こら」
華公爵は苦笑しながら軽く叱る。
気持ちは分かるため強くは言わない。
姉弟仲は悪くないのだが、姉達が強すぎるのだ。光雅はオモチャにされることもしばしばだった。可愛がられていることも分かっているため、強く出られないのも弟の性。
「では、本日はお祝いですね!」
「そうだが落ち着け」
キラキラと目を輝かせる光雅に言いつつ、あれ、と思った。
自分も端から見たら同じだったのでは……。
自分に似た光雅に、いつも自己反省させられる華公爵である。
「まだ麗香と清華には伝えていないから、静かにな」
「はい!」
その返事が静かでない、と華公爵はまた叱った。自分の心も痛かった。