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1.縁談


その日も冷える夜だった。


今は暦の上では春だが、雪の降らない日はない。

皆、早々に家に帰り、暖を取る。


(はな)公爵の家も、例に漏れず煌々と火を焚いていた。

火を多く使えるのは裕福の証と言われるこの国で、ほぼ全ての部屋に二つ以上の火が灯るその屋敷は、裕福の象徴だった。

使用人まで温かく過ごせるそこは、庶民の間では人気の勤め先である。


そんな屋敷の中に、小さな火が一つあるだけの部屋があった。

その部屋はしかし、他のどの部屋よりも暖かい。


いや、熱かった。異様な熱気に包まれて。


「姉様!どうかしら?!」

「キャー!素敵素敵!その頬に触れる手が艶かしいわ!」

「だって、この間触れていらっしゃいましたわよね?」

「ええ、ええ!私の邪な目にしかと焼き付けておいたわ!」

「ああ、実物はもっと尊かったのだけれど」

「何を言うの、貴女の絵だけで妄想が10個は浮かぶわ!」

「さすがですわ姉様!ねえ、新作はまだですの?」

「うふふ、そう言うと思って持ってきたわ」

「嬉しい!」


良く言えば明るい、悪く言えば騒がしい二つの声が、部屋から漏れ聞こえる。

使用人達はその前を無の境地で通り過ぎた。

何も考えてはいけない。口を出してはいけない。そんなことをすれば魔の世界に(いざな)われる。


一人のメイドが、決死の覚悟で扉の前に立った。

彼女も関わりたくない。この扉を開けたくなどないのだ。だが、主人からの命令だ。背くわけにはいかない。


彼女は大きく息を吸うと、扉をコンコンと叩いた。


「失礼いたします!」


中の騒音が止む。

意を決して扉を開けると、じと目の美女が二人、こちらを見ていた。

メイドは慌てて頭を下げつつ震え上がる。

ああああ!だからお二人揃って呼び出す係なんて嫌だったのよ!


「何か?」


冷たい声がメイドの心を抉る。

メイドは心で泣きながらどうにか声を振り絞った。


「御当主様が、お二方をお呼びでございます」

「お父様が?」


先ほどの冷たい声から、少し刺が抜けた気がする。

メイドは少しの勇気が湧き、顔を僅かに上げた。


声を発していたのは、金茶の髪の美女だった。

腰まで届く髪は艶やかで真っ直ぐであり、世の女性が皆羨ましがるような美しさだ。

大きな瞳も、細く高い鼻も、彼女を華やかに見せる。

いるだけで目を惹く、そんな女性だ。


彼女は、麗香(れいか)

華公爵家の長女である。



その隣でにこやかに笑っている女性は、一見地味に見える。

だがよく見れば、黒に近い焦げ茶色の髪は麗香と同じくらい長く、美しい。

大人しい印象を受ける顔も、麗香に負けず劣らず整っている。

だが、目が笑っていない。その視線を真っ直ぐ見つめたら固まってしまいそうだ。


彼女は、清華(きよか)

華公爵家の次女である。



メイドは二人の視線に耐え兼ね逸らした先で二人の手元を見てしまい、口元をひくつかせてしまった。

いや、私は何も見ていない。

裸の男性が裸の男性にキスしようとしている絵など断じて!!



「お父様は、なんて?」


麗香に聞かれ、メイドは頭を急いで切り替えた。


「申し訳ございません。私はお二方をお連れするよう仰せ付かりましただけでございます」

「そう。まぁそうよね」


責め立てられなかったことにホッとする。

だが今度は清華が小さな声で呟いた。


「……姉様、嫌な予感がしますわ」

「あら、清華の嫌な予感は当たるのよね……」


メイドは冷や汗をかいた。

マズイ。これはバックレられる。


メイドは必ず、どんな手を使ってでも連れて来るよう言われている。

それが出来なければクビもあり得るのだ。

だから彼女は、奥の手を使った。


「いらっしゃらないと隠し棚を燃やされるとのことでございます!」

「「……っ!」」


効果は、てきめんだった。




□■□■□■




コンコン


「お父様、麗香です」

「清華です」

「……入りなさい」


麗香と清華は連れ立って、父である華公爵の執務室に入った。

そこには父だけでなく母もいたことで、二人はしばし顔を見合わせる。


「……麗香、清華、そなたらはいくつになった?」


二人は苦い顔をした。

年齢の話。それは二人が逃げ続けている話に直結しかねない。


だが、父の質問に答えないわけにはいかない。

麗香は小さく答えた。


「……21でございます」

「19ですわ」


麗香に続き、清華も答える。

年下の清華は少し余裕がありそうだが、もう彼女も適齢期。


「今度こそ、縁談を組むぞ」


予想通りの言葉に、二人はため息を吐いた。



「麗香、清華、私が嫁いだのは18歳の時ですのよ?」


母が静かにたしなめる。

清華に円熟さを足しただけの、若く美しい母だ。

彼女はずっと、姉妹の一番の味方だった。

だが娘達が自分が嫁いだ年齢を越えた頃から、苦笑いが増えた。


「……お母様、昔は嫁がなくても良いとおっしゃってくださったではありませんか」


麗香が不満げに言うと、困った顔をする。


「ええ、楽しく生きてくれたらそれで良いと思っていたのよ。でもねぇ……」

「年頃の娘が実家で怪しい声を立てているのを黙認できるか!」


父が割って入った。

そう、世間体を気にする父の入れ知恵なのだ。

自分は適齢期に嫁いでいるのだから娘も同じように嫁がせるべきた、と。


「そもそも穂花(ほのか)だろう!この()達に怪しげな本を渡したのは!」

「怪しげなんて人聞きが悪いですわ」

「そうですわ、あれは聖典でしたのよ」

「お母様のおかげで毎日楽しく暮らせているのですわ」

「あら、良かったわ」

「……やかましい!!」


父が怒鳴るも、母も娘達もどこ吹く風。

大きく長く息を吐いた。


「……まぁ、パーティーに出ても男に近付かないお前達だから、今回の話は通すことができた」

「「え」」


断れる見合いや縁談ではなさそうな雰囲気に、姉妹は声を揃えた。

これはまさか、逃げられないやつか?


果たして、父は言った。


「麗香は摂政の銀雪殿下との、清華は純陛下との、縁談だ」


二人は下を向いて沈黙した。


それに父は、逆に不安になる。

怒涛の文句を覚悟していたからだ。何を言われても覆す気はないのだが。


気まずい沈黙が流れる中、ぐふっという声が聞こえた。


「は?」

「お父様……それは、私達二人で、陛下と殿下お二人に嫁ぐ、と?」

「……そ、そうだ」


また、二人は黙る。

が、また、んふっという声が漏れた。


そして。


「やっぱり!やっぱりお二人は出来ていたのね清華!」

「縁談までお二人でだなんて!ああ、近くで絡みを見られるのですね姉様!!」


二人はひしっと抱き合うと、この上なく笑顔で父に向かった。


「「その縁談、お受けいたしますわ!」」


思い通りのようで思い通りでない展開に、父は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。



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