3 起きたら異世界
放課後の教室。文化祭を控えた校舎内は、まだ生徒が活動している。驚くほど作業が進んでいない私たちのクラスも、装飾や組み立てで阿鼻叫喚としている。
何やら絶叫しているリア充を呪いながら、友達と手を動かす。早く帰りたい。キラキラ☆青春☆文化祭とか、最初から期待してないので。あぁでも友達のコスプレ(注・茶道部)とか男女装コンテストとかは楽しそうだな。ソシャゲ友達のいる演劇部公演もーー。
「明日は来ないよ」
新手の愚痴かと友達を見ると、
「明日は来ないよ」
ーーーー顔が、真っ黒に塗り潰されている。
「ギャーーーーーーーー!!!」
誰かが叫んだ。それにびっくりして、私は起き上がる。……あれ、叫んだの、もしかして私?
なんだか嫌な夢を見た気がする。具体的な内容はあっという間に薄れて消えたけれど、その感触と寝汗は残っている。気持ち悪い。とりあえず着替えようーーというところで気がついた。
ここ、私の部屋じゃない。
寝ていたのは私が二人寝られそうな大きいベッド。天蓋付きで、真っ白の布が柱に巻きついている。枕は頭から上半身まであって、フカフカだ。
夢かな? と思ってもう一度寝たくなるが、この異常事態で完全に目が覚めてしまった。さよならお布団。ベッドから這い出し、きょろきょろする。
なんだこの豪華さは。
汚れひとつない白い床。革? で覆われているらしい高価そうなソファ。手前にはガラスのローテーブル。更に奥に、やたらと紙が乗っけられた立派そうな机があった。他にも色々なものが視界に入るが、私はそれよりも重大なものに気がついてしまった。
ベッドを出て左手にあった、これまた巨大な鏡である。
そして、そこに映っている私がーー髪が、真っ白になっていたのだった。
「ギャーーーーーーーー!!!」
「気がついたか」
「ウギャーーーーーーー!?!?」
びっくりした。それはもうびっくりした。
だって想像してみてほしい。男の人の声が聞こえたと思ったら、私の顔の横ににゅっと顔を出してきたのだ。しかも鏡で見てしまった。何その高速移動。ホラーか。ホラーなのか。
男の人が姿勢を正す。
「……言葉は喋れるか」
振り返って再確認したその男の人は、デカかった。私は今年の健康診断で一六〇センチを突破した女なのだが、この人、二メートル超えてない? 首が痛いよ? 顔見えないよ? それと服装的にその、どこの軍人さん?
「聞こえているのか?」
「あ、はい、聞こえてます、ごめんなさい!」
「……謝る必要はないのだが」
そこでバンッ、と奥に見える扉が開いた。
「陛下! 勝手に動かないでくださいよ! さっきから本当どうしたんですか!?」
ツカツカと男の人に近寄ってきたのも、これまた軍服姿の男の人だった。私よりちょい年上、大学生くらいに見える。
というか待って。今なんて言いました?
『陛下』って呼びかけました?
「あと対象、完全に怯えてるじゃないですか! そこのソファで待っててくださいよ、状況説明と診断があるんですから……」
大男さんを叱ると、男の人はこっちを向いて、
「ごめんなー。このオニーサン、気に入った奴に対しての距離感ぶっ壊れてるんだ。お茶とお菓子あるから、それ食べながらちょっとお話ししよう、な?」
なんか、子供扱いされた……。
淹れてもらったお茶は紅茶だった。それもティーバッグじゃなくて、茶葉で。用意されたお菓子は焼き菓子だった。クッキーぽいけど、普段食べるものより倍の大きさだ。
そして、これらを、なんとメイドさんが用意してくれたのである。
「あ、りがとうございます」
思わずお礼を言ったら、微笑んでくれた。おねショタとか百合はこんな笑顔から物語が始まるんだろうな。貴族がメイドに一目惚れの身分格差もの……あとでメモしよ。
そんな現実逃避を交えつつ、改めて周囲を見る。お茶も一口。お、良い香り。
「苦手じゃない? そうか良かった」
私の隣の椅子には、大学生くらいの年齢に見える男性が座っている。明るい茶髪で、三白眼だけど口元は優しそうに三日月を描いている。気さくな近所のお兄ちゃんポジションだな、これは。あとでその真っ黒の軍服、撮影させてください。
そして、私の前方にあるソファに腰掛けているのは、『陛下』と呼ばれていた推定身長二メートルの男性。黒髪に切れ長の金色の瞳。そして整った顔。無表情で焼き菓子を口に運ぶ仕草も、どこか優雅だ。
どこかで見たような気がする。何だろう。覚えがあるってことは、あまり推しではなかったけど隠しルートのために攻略した乙女ゲーのキャラクターに似てるとか? まあ、いっか。
「まずは自己紹介しよう。俺はハロルド・アッカーマン。ハロルドさんとか、お兄ちゃんって呼んでもーー」
「ヴィクトール・シュヴェアハルトだ」
「おいちょっと」
「この国の第一王子でもある」
「待てやヴィクター君」
どうしよう、漫才が始まってしまいそうな空気だ。ラノベで主人公と取り巻きがよくやるやつ。
そしていくつか、頭が痛くなりそうなことも分かった。
ここ、日本じゃない。
というか、下手したら、地球じゃない。
王子様って何それ。仮定すら受け入れたくないけど、タイムスリップだとしても納得がいかないのだ。だって綺麗すぎる。世界史を選択した私は、資料集のおまけコーナーやその他諸々による情報で、「中世は意外と物理的に汚い」ということを、まぁざっくりと覚えたのだ。仕方ないよね、水洗トイレとかないもんね。
あと考えられるとすれば、いや普通ありえないけど、でもアレしかないよね。
「おーい、聞こえてる?」
とりあえず、行動あるのみ。
「あ、はい、田所晴海と申します。不躾ですが、ここがどこなのか、教えていただけませんか?」
王子様と恐らくその護衛ーーやっぱり貴族なんだろうなーーは、一瞬互いに顔を見合わせた。
あ、待てよ、もしかして不敬すぎた? 首チョンパされる?
「……話が早くて助かる」
でもなんか王子様笑ってるし大丈夫かな? 護衛の人は後頭部をガシガシしてるけど。
「ここはシュヴェアハルト王国の王城だ」
シュヴェアハルト。うん、聞いたことなかった。覚悟決めよう。
「そして、君は我々に召喚された『異世界人』というわけだ。ようこそ、我が国へ」
これ、異世界トリップだ。
「タドコロ、とは変わった名前だな」
「あ、いえ、名は晴海で、姓が田所なんです」
「では、ハルミは貴族なのか」
(テンプレの予感……!)