2 計画の第一歩
他人サイドです。
ーーシュヴェアハルト
ーー王城のとある一室
「報告します。ハガルカ子爵が入室しました。魔術師は昨夜から部屋に潜んでいる者で五名、用心棒を兼ねた者で二名です」
部屋にいたほぼ全員の顔が一層引き締まっる。我々の仮説は肯定された。しかし、あまりにもこれは、
「粗末な頭ですね?」
ハロルドの茶化すような声。目は笑っていない。
「全く声も出ませんよ! このような者共が我が国で貴族を名乗っているとは。最後の最後に縋るのが、御伽噺も同然のーー」
「記録として」
全ての視線がこちらに向けられる。
「『召喚』は未だ正確なものはない。しかし『異世界人』は我が国でも確認されている。御伽噺で済むのなら、国際的に禁術と定めるはずはない」
「はいはい陛下ってば真面目なんですから」
参るよな、とハロルドの続けた言葉は、わずかに余韻を残して消えた。
習慣となってしまった茶番に、部下たちは更に顔を強張らせている。『異世界人』と改めて私が口にしたことで、これから取り掛かる仕事の重大さを再認識しているのだろうか。
国民の中に、ソレを見たものはもうこの世を去っているだろう。異邦人、来訪者などといった地方ごとの呼び名もあるが、皆はっきりとは口にしない。
ソレが恵みをもたらすとは、限らないのだから。
「報告します、呪文詠唱を確認」
椅子から立ち上がる。部下たちは一斉に動き出し、予定の位置についた。詠唱中に突入すれば、予想外の被弾を負うケースもある。魔力が収まるまでは待たねばならない。
「陛下」
「何だ」
「万が一召喚が成功していた場合、私が先に確認しますからね」
先ほどまでのふざけた様子はない。
「保証しかねるな」
「陛下っーー」
「そう怒るな。影武者には念のため準備をさせている。『シュヴェアハルトの第一王子』は死なない」
「本気で言ってます? ぶん殴るぞ?」
そこで私たちは爆発音を聞いた。目の前の扉は少し揺らいだが、ひしゃげるほどではない。
召喚が、成功したのだろう。
「突入準備、合図したら蹴り破れ。三、二、一」
部下の二人が扉に片側ずつキックを食らわせた。
報告通り、部屋にいたのは五人の魔術師と二人の用心棒、そして首謀者のみ。
「そこまでだ! 大人しくしろ!」
「何!?」
「どこから漏れ、がはっ」
「そこ、押えろ! あと対象を確保!」
対象に近い位置にいたーー恐らく始末する為ーー用心棒をハロルドが襲うのを横目に、私はソレの頭側にまわりこんだ。
ソレは魔法陣の中で、足をこちらに向けうつ伏せで倒れていた。やや長い黒髪と顔半分、初めて目にする白い服は血で汚れている。そしてーー両腕が、無い。力任せに千切られたような断面からの出血は、魔法陣を赤黒く染めていく。
死体をじっくり眺める趣味はないが、なんとなく私はソレを仰向けにひっくり返した。顔が見てみたかったのかもしれない。
そして驚いた。
ソレは瞬きをした。
「意識があるか、驚いた」
周囲に知らせるためにも言葉にする。意外にもしぶとい。ただし、触れた際の脈は静かで、こちらを見る黒い瞳孔も淀んでいる。
長くはないだろう。
「生きるか死ぬか選べ」
幸い、剣はある。その強度とハロルドの技量なら、一発で終わるだろう。
あるいは。コレが生を望んだならば。
薄く開いていた口が震える。
「五分だけ……あとで起こして」
掠れた少女の声。それきり、目を閉じて動きはしない。己の状態を正しく認識できていなかったのか。
やはり、コレは……。
「へ・い・か?」
顔を見ずとも分かる。怒りを滲ませたハロルドに、振り向かず命じる。
「彼女を私の部屋へ。それから、薬師に伝えろ。『例の試薬を持って部屋に来い』と」
「……あぁ、もう!」
矢継ぎ早に指示を出し始めたハロルドを無視して、試薬の情報を思い出す。
起こせと言われたからには、起こさねばなるまい。たとえ劇薬を用いてでも。
次回は主人公視点です。