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禁酒法下の乾杯は、黄金色の酒で



「ほら、アンタも何か頼みなよ! あ、お姉さーん、私はビールね!」



 彼女の朗らかな声が、酒場に響き渡る。


 この女、荒くれ達に囲まれているというのに臆するところ一切ない。逆ナンするだけあって遊び慣れているのだろう。


 だが、彼女の流儀に載ってやる必要は無い。


 

「俺は、酒は飲まない。それに、この国では飲酒及び酒類の販売は禁じられているのを君は知らないのか」


  彼女が、異質なものを見るような目で見つめてくる。

 


 ――5年前、俺は単独で魔王を半殺しにこそしたがトドメを刺す前に逃亡を許してしまった。言い訳をするつもりはない、間違いなく俺の未熟さ故の過ちだった。俺は、勇者に課せられた使命を達するため、必死に魔王を追った。


 しかし、魔王の動きは迅速かつ巧みで俺の追撃の手を悉くかわし。

 遂には生き残った幹部、魔物達をまとめ上げ地下に潜ってしまったのだ。


 そうして、表向きには世界はつかの間の平和を手に入れた。


 それまで国防に費やされていた資金は、魔物によって蹂躙された各地の再建・発展へと使われ。

 その軍事的利用の為、国が包括的に管理していた魔法使いや錬金術師たちの知識が市民へと解放されたことで世界は大きく変わった。


 魔法と科学がもたらす奇跡は、主要産業の工場化を推進させ人々の生活水準を飛躍的に高めた。その異常な変革のスピードは、昨年まで伝令に走っていた馬たちが、今日ではラジオに置き換わっているほどのものであった。


「王国建国以来1000年の発展を全て足しても、このたった5年の変革には及ばないであろう」

 とある歴史家にそう言わしめたほどの急激な変革は、生活水準の向上、そして産業の工業化によって人々の消費を大幅に上昇させ。その需要にこたえた商人たちは、結果として巨大な資金力を背景とした政治的な影響力を持ち得ることとなった。


 莫大な力を急激に手に入れてしまった商人たちに対し、王国執政府は対応を迫られる。彼らは、絶対王政という権力構造にまで、商人たちの変革の手が及ぶことを恐れたのである。


 そうして執政府が導き出した策とは、ありとあらゆる手法、詭弁をもってして人々の持ちうる権利を制限することで変革を遅らせるというものであった。


 禁酒法も、そうした混乱の中で作られた法の一つであった。



「酒が禁止されているだって? もちろん知ってるさ。だから私たちは、こんな窓もない倉庫みたいなスピークイージーで飲んでるんでしょうが」



「スピークイージー?」



「もぐり酒場のことよ。だいたい、酒場まで来ておいて酒を飲まないなんて何を言ってんのよ」



「俺は、酒を飲みに来たわけじゃない」



「……ははあ、さてはナンパ目的だねお兄さん」



 彼女の言葉に、俺はすこしムッとしてしまう。先にナンパしてきたのはお前じゃないか。

 


「俺の目的はナンパじゃない。魔王の行方を追っているんだ」



 彼女は、少し驚いた表情をみせる。



「……なるほど、それで酒場で情報収集ってわけね。この悪法の中、ムーンシャインを店に卸してるのは魔王の一味って話だしね。さすが勇者様、目の付け所がいいじゃない」



――そう、魔王健在の頃、酒は人々から不安を拭い、恐怖から目をそらしてくれた。


 そんな、人々の生活に根差した酒を、法で完全に禁止するなど無理な話だったのだ。


 現在、酒造りは地下に潜り、秘密裏に製造されラムランナーと呼ばれる密輸業者によって、彼女の言葉を借りるところの「スピークイージー」こと、もぐり酒場へと流されている。


 禁酒法制定前まで多くの真っ当な商人によって支えられてきた巨大な酒の卸売市場は、法を犯すことを厭わない者達の手へと渡った。


 そして、その新しい裏市場の担い手の中でも最も知られたる組織こそが、酒造りと時同じくして地下に潜った犯罪集団魔王一味なのである。



「君は、何か知らないか? どんな情報でも構わない」



「それに答える前に一つだけ言わせて。アンタは、酒を注文するべきだ。魔王の行方が知りたいなら、なおさらね」



 そう言いながら彼女は、ウェイトレスの手によって届けられたビールを口にする。

 液体が喉を通る音が、ゴクッゴクッと聞こえてくる。



「なぜだ?」



 彼女の飲みっぷりに思わず、俺の喉も鳴ってしまう。

 なんていい音をさせてやがる。



「酒場で一番信用でされない奴は、素面の男さ。そんな奴に、誰も情報は渡さない。もちろん私もね」



「……」



 彼女の言い分は、尤もらしく聞こえた。


 現に、5年を費やし必死の探索を行ったにもかかわらず。俺が得ることができた情報は、魔王の居場所には程遠いものばかりであった。


 俺は、今年で22歳を迎える。

 この国では、禁酒法制定前から未成年の飲酒は禁じられていた。そして俺は、齢17で禁酒法を迎えて以来、一滴も酒を口にしたことが無かった。



 俺の喉が、再び鳴る。

 これは、俺にとっての転換期なのかもしれない。



「……そういえば、喉が渇いたな」



「へえ、それなら声を張って注文するといいよ」



「君は、酒に詳しそうだな。俺は酒を口にするのは初めてなんだ。お勧めを教えてくれないか」



「へえ、初体験ってわけか、そいつはいいや! そうだなあ……ん、そう言えば喉が渇いたと言ったね」



「ああ」



「それなら決まりだ! 喉の渇きを癒すならビールに限る!」



 ビール、それが全ての始まりだった。



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