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消えた遊び人と、尻に空いた穴



 翌朝になっても、遊び人は帰って来なかった。


 二人で酒を飲んだ後、夜の闇の中に彼女が一人ふらりと消えてしまうことはこれまでも何度かあった。今にして思えば、彼女は俺と別れた後にあのカクテルバーに赴いていたのだろう。


 だが、朝になっても姿を見せないなんてことは一度もなかった。確かに、彼女は魔族との戦いにおいても一歩も引けを取らない実力を持っている。たとえそれでも、俺が彼女の身の安全を案じない理由には決してならない。彼女は一人前の戦士であると同時に、俺のハートを打ち抜いた類まれなる愛らしさを持っているのだから。


 日が昇ると同時に、俺は宿屋を起点に彼女を探し回ることにした。ここは、そう広くない村だ。そんな村を、彼女のような美人が、しかも白と黒のワンピースに、首元には赤いマフラーというまるで道化師のようないでたちをしていれば目立たないはずがない。


 彼女を目撃していれば、その身目麗しい姿を己が眼に焼き付けていることであろう。だが残念なことに、予想通りであったのは、この村はさほど広くないという事実のみであった。日がてっぺんに上る前には、俺は全ての住民に聞き込みも終えてしまったのだ。


 俺たちが千鳥足テレポートで飛んで以降、彼女の姿を見たものは誰一人としていなかった。



 俺は、宿屋にひとり戻ってきた。どんな精神状態であろうと人間、腹は減るものである。それに闇雲に探すだけでは、どうにも埒があかないと悟った俺は食事を済ませつつ状況を整理することにしたのだ。


 宿屋の主人に、声をかけ、俺は広間の一角に陣取った。


 これだけ探しても見つからないということから推測できることは2つだ。まず一つ目は、酔った彼女が何者かによってかどわかされたという可能性。だが、例え酔っていたといっても屈強な彼女を、しかも勇者である俺の目を盗んで攫って行くなんてことは不可能に近い。


 ならば最も可能性が高いのは、彼女が自らの意思で俺の前から消えたという推測だ。


 彼女が消える直前、俺たちは意見の相違にお互い歩み寄ることができなかった。故に、彼女が俺に愛想をつかし身を隠してしまったというのは十分にありえるのではなかろうか。


 であるならば、彼女の行方を捜すという行為は、振られた男が未練がましく女の尻を追いかけているという風に見えるのではないか。なんともみっともない話である。


 そんなことを考えていると、イライラがつのり、つい足が小刻みに震えてしまっていた。


 宿屋の主人が、食事を運んでくる。それに、何の配慮か俺にあの謎の自家製酒をすすめてきた。やはり、ひとりいらつく俺の姿は女に逃げられた情けない男に見えているのだろう。


 だが、見栄を張ったところで恥の上塗りになると思い素直に礼を言って酒を受け取った。


 謎の液体を、一息に胃に流し込む。相変わらず、きついだけで美味しさの欠片もない酒だった。しかしどういうわけか、不思議と足の震えが止まっていた。なんだこれは、これではまるでアル中みたいじゃないか。


 だがあらゆる毒ですら殺すことのできない、神耐性を保有する俺が中毒症状に陥るなんてことはありえない。


 ならば、先ほどの震えはなんだ。俺は何を恐れているというのだ。あの魔王とすら、たった一人で対峙した。世界で最も勇気あるものである俺が、何を恐れるや。


 答えは既にわかっていた。俺が恐れているのは、彼女との別れだ。生まれてこのかた、魔族と戦うことばかりに励んできた俺が初めてした恋だ。


 例え世界で最も勇気があると謳われても、俺はたったひとつ彼女との別れに臆しているのだ。何が勇者だ。ただの臆病者ではないか。


 だが、もう震えはとまった。あの謎の酒の力だ。たとえまずくても酒は酒。アルコールが脳をかき乱し、その恐れをかき消してくれている。


 そう酒の力を借りることで、俺は恋愛に関しても恐れなど知らない勇気ある者へと姿を変えたのだ。例え、どんな結末になろうとも彼女ともう一度話をしなくてはならない。たとえコテンパンに振られようとも、俺は耐性の勇者。その経験を糧に、さらに強くなるのだ。



 と、決意を新たにしたところで、この村には彼女の行方に関する手掛かりは皆無だった。ならば、頼る先はこの村にはない。秘密主義の彼女を辿るには、それを知り得る人を頼るべきだ。


 そう、『カクテルBar ゾクジン』だ。


 彼女が足しげく通うあの店のマスターなら。俺の知らない彼女の情報を、何かしら知っているかもしれない。もう一度、あの店に赴く必要がある。



――――――



 俺は、出された食事を手早く腹に収め、再び宿屋の主人に声をかけた。



「あの酒をもう一杯くれ」



 宿屋の主人は、機嫌よさげに「やっと俺の酒の味がわかる客が来た」と呟きながら店の奥へと消えていった。……あえて否定することもないだろう。今の俺にとって、その酒が旨いか否かは、問題ではないのだから。


 戻ってきた主人の右手には、水差しが握られている。中身は、推測するまでもなくあの酒なのだろう。



「このご時世だ、飲むなら自分の部屋で頼むよ」



 礼を言い、俺は二階の自室へと足を向けた。扉を固く閉じ、大きく息を吸い込む。なにせ一人で千鳥足テレポートを使うのは初めてだ。遊び人の前では嘯いて見せたが、何事も初めてというのは恐ろしいものだ。


 俺は、謎の酒を一息で飲み込んだ。強い眩暈が起こり、足元がふらつく。胃が、「こんなものを流し込むな」と拒絶反応をおこしている。


 昨日のカクテルに比べて、なんて飲みにくい酒だろうか。だが出来の悪い酒のおかげか、酔いは一気に回った。魔力を全身に巡らせ、呪文を唱える。



「千鳥足テレポート!」



 足元に浮かび上がった魔法陣から光が放たれ、そのあまりの眩しさから視界を奪われる。次の瞬間、俺は謎の浮遊感に襲われた。


 慌てて目を開けると、どういうことだ、足元にはあるはずの地面がなかった。足元を無意味にバタつかせてみるも、俺は重力に抗うだけの力はもっていなかったようだ。


 ひゅー。

 どぼーん。


 俺の落ちた先は、水の中だった。しょっぱい水が、衝撃で鼻から入ってきた。どうやらここは、どこかの海らしい。俺の鼻先を、魚たちが優雅に泳いでいく。


 慌てて、水面へと浮上して周りを見渡す。見上げれば空が、見下ろせれば海が、俺の周囲に一面の青を形成していた。


 やたらと、腰に付けた剣がやたらと重く感じられる。それなりの旅装備のまま水の中に沈んだのだから、そりゃあそうだろう。


 いつの日か、遊び人が言っていたが。確かに金づちの彼女が、今の俺と同じ体験をする可能性を鑑みれば、この魔法のリスクは相当なものだ。


 彼女からしてみれば、海に飛ばされるイコール死に直結するのだから。



 初めての千鳥足テレポートは、大失敗だった。俺は、必死に足をばたつかせ両手を頭の上に掲げ、そうして何とか、手を二回パンパンと叩いた。



 再び光にのみこまれ、目を開けるとそこは先ほど旅立ったばかりの宿屋だ。俺から流れ落ちた、水が足元に大きな水たまりをつくっている。階下へと降り、宿屋の主人にタオルを借りる。



「うお、兄ちゃん、びしょ濡れでどうしたんだ。それになんだか、なまぐせえぞ」



「魔法に失敗したんだ」



「……ほどほどにな」



 宿屋の主人に礼を言い、部屋に戻った俺は再び酒に口をつけた。初めてワインを口にしたとき、そのあまりの渋みと強い香りに絶句したものの。


 それでもなお、飲み進めるうちに、それらを楽しむ余裕が生まれてきたものだが。幾度の邂逅を果たそうと、この自家製酒には慣れそうにもない。



「千鳥足テレポート!」



 辿り着いたのは、ゴミ捨て場の中だった。俺は、ゴミに体を半分埋もれさせていた。二回目の千鳥足テレポートも失敗したようだ。


 早々に部屋へと帰還した俺は、訝しげな眼を向けながら鼻をつまんでいる店主に湯を借りた。こざっぱりとしたところで、再度、酒を口に含み挑戦する。



「千鳥足テレポート!」



 目の前に広がるのは、赤い海。否、ごうごうと泡を吹き上げているそれはマグマだ。それに鼻をツンとつつく、卵の腐ったような臭い。間違いない、ここは南の山岳地帯、火龍の住まう火山だ。


 ひどい熱気と、まずい酒のせいか頭がくらくらする。少し休もうと、手ごろな岩に腰掛けると、あまりの熱さにズボンが発火してしまった。慌てて、ズボンを脱ぎ火を消す。なんとか消火には成功したが、ズボンには大きな穴が開いてしまっていた。


 長居してもしょうがないので、俺は再び部屋に帰還した。


 度重なる失敗に俺がめげることなどなかった。うまくいかないなら、うまくいくまでやるだけだ。


 と、水差しから直に燃料を補給しようとするも当に空になっていた。いったい今日一日で何往復したかであろう、宿屋の階段を降りていく。



「おいおいおいおい兄ちゃんよ。あんたの魔法ってのは、失敗するたびに臭くなるのかい?」



 主人に言われて、自身の袖を嗅いでみる。腐った卵のような臭い。いわゆる硫黄臭いというやつだ。



「悪いが、酒を追加でくれないか?」



「あのなぁ兄ちゃん。何があったかは知らねえが、酒に逃げるのはあまり褒められたことじゃあねえぜ」



「ありがとう。でも逃げてるんじゃないんだ、追いかけるために酒が必要なんだ」



 主人は「ぬぅ」と喉の奥から声を出し、諦めたのか再び酒を持ってきてくれた。



「今日は、もうこれぐらいにしておけよ」



「あぁ」



 俺は、再び階段を上っていく。背後から「なんで尻に穴が開いてんだ」そう呟く宿屋の主人の声が聞こえてきた。


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