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カクテルBar 《ゾクジン》



 目を開けると、そこには俺の胸の高さほどのカウンターがあった。

 そして、そのカウンター越しには壮年の男が一人。



「みぃぃぃつぅぅぅうぅけぇぇぇぇたぁぁあぁあ」



 思わず歓喜の声が出てしまっていた。それどころか、顔中の表情筋が全てにおいて緩んでいるのがわかる。まさか俺がここまで表情豊かな男であったとは自分でも驚きだ。


 目の前の男は、褐色の肌に銀色の髪を持ち。額からは二本の角が生えている。その姿は、かつて剣を交えた魔王その人であった。


 しかし、逃亡生活の疲れのせいか大分やつれてしまっている。哀れには思わんぞ、今度こそトドメを刺してくれる。俺はゆっくりと剣の鞘に手をかける。



「剣を離して」



 遊び人が声をかけてきた。珍しく声が震えている。



 ……なんだって?遊び人は何と言った。

 『剣を離して』だと?



「マスター、貴方もよ」



 マスター……目の前の男のことを『マスター』と呼ぶのか? すなわち、魔王が『ご主人』であると言うのか?遊び人……君はいったい?


 俺の意識が、魔王から遊び人へ移ったその一瞬。魔王の右腕が尋常ならざる速さで動く。その手に握られているのは針状の武器。暗殺等に用いられる暗器だ。



「……っ!?」



 なんとか反応し剣を引き抜こうとするが、剣は抜けなかった。剣の柄を握った俺の手に、遊び人が手を重ね押さえつけてきたからだった。


 俺は、死を覚悟した。



 しかし、暗器が俺に向けられることはなかった。魔王は満足そうにニンマリと笑うと、何処から取り出したのか左手の上に氷をのせ、その暗器で砕きだした。


 かっかっかっと刻みよく氷が削られていく。呆然として魔王を眺めていると、見る見るうちに綺麗な球体がその手の上に作り上げられていった。


 魔王ができあがった氷の球体を、透明なグラスへと放る。氷がグラスを叩く乾いた音がカランカランと鳴った。その音を福音とし、俺は正気を取り戻した。



「ど、どういうことだ?」



 遊び人に問いかけるが、彼女は答えずにカウンターに並べられた椅子へと俺を促した。

 魔王はひとまずのところ、俺を殺しにかかってくる様子はない。ならばと、俺は椅子に腰を下ろす。



「ここは?」



 再び遊び人に問いかけるが、答えは正面から返ってきた。



「いらっしゃいませ。ここは、バー『ゾクジン』でございます」



 独特の低さを持ちながらも透き通った力強く優しい声。



 違う……姿かたちはよく似ているが、声が違う。あいつの、魔王の声はもっと威圧感に溢れ。まるで自らの力を誇示するかのようなものだった。ならば目の前の、魔王によく似た男は魔王と同族。もしくは、魔王に近しい親類といったところだろうか。



「お前は何者だ……?」



「マンハッタン」



 俺を無視して、遊び人が謎の呪文を呟いた。

 隣を見ると、彼女は気だるそうに頬杖をつき指を一本立てている。



「『いつもの』ですね、畏まりました。それで、そちらは?」



 こいつら、俺の質問に全然答える気がないんじゃないかという怒りもあるが、状況を理解していないのはどうやら俺一人であることを考えるに。今は、状況に流されるのが正解への近道だろう。


 というか、『マスター』って店の主人って意味かよ……!


 勘違いからくる若干の恥ずかしさに頬を染めながらも、俺は男の言葉を無視して部屋をぐるりと見渡す。俺たちがいる部屋は、それほど広くなくカウンターに席が6つほど。俺の後ろには、小さな丸机と椅子が二つ。


 席が埋まったとしても8名しか客が入らない。どうやら、かなり狭い店らしい。

足元すら怪しい暗さであるが、僅かな光によって作り出される影が妖しく室内を飾っているのを見るに意図的に照明の数を減らしているのであろう。


 カウンターの向こう、魔王によく似た男の背後には見たこともない多種多様な酒瓶が並んでいる。。そのほとんどは、未知の言語で書かれたラベルが張り付けてある。


 今まで、さまざまなスピークイージーを見てきたがこんな奇妙な店は初めてだった。



「彼、バーに来るのは初めてなの」



「おや、もしかして彼が……?」



「そう、例のお友達」



 ……察するに、遊び人はここの常連らしい。時折、魔王探索とは別に一人で千鳥足テレポートで飛んでいくことがあったが、ここに来ていたのだろうか。


 店の主人との親し気な具合が実に腹立たしいが、年齢的には爺さんと孫ぐらいだろうか。恋仲というわけではないだろう。

 


 だが、それでも俺の知らない彼女を『マスター』が知っている様子にどうも嫉妬を禁じ得ない。



「そうでしたか。それでしたら、何か飲みやすいものでも如何でしょうか」



「俺を舐めるなよ。何か強い奴をくれ」



 妬みからくる敵意むき出しな俺に、遊び人からの抗議の視線が届く。が、俺は気づいていないふりをする。



「それでは、スクリュードライバーでもお作りしましょう。少し強めに致しますね」


「二杯目からは、さらにお好みに沿うようにお作りできるかと思います」



 マスターの『作る』という言葉に、俺の頭上に再び疑問符が浮かび上がった。酒を『出す』ではなく『作る』とマスターは言った。ここは、酷く狭い店に見えるが裏に醸造所でも兼ね備えているのだろうか。



「遊び人、ここは醸造所なのか? スピークイージーかとも思ったが、店主は酒を造ると言ったぞ?」



「ああ、ごめんね。説明不足だったわね。ここはカクテルバー」



「酒や果汁なんかを混ぜてつくる、カクテルを飲ませる店よ」



 いい加減、俺の問いかけに一つにくらい答えてくれないだろうかという淡い願いを込めた質問に。


 彼女は素っ気なくも、ようやく一つ答えを返してくれた。



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