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絶対に魔物に勝つ方法は、トイレ強襲が最適解



 目を開けると、鼻先には地獄の赤鬼。であったらどれだけ良かったであろうか。少し皺が寄り黒く太い毛が大量に茂っているそれは、地獄のサルの「赤尻」。でもなく、誰とも知れぬ汚い生尻であった。その様相からして間違いなく、彼女の尻ではないことだけはわかる。彼女の尻が、こんなにオゾマシイものであるはずがない。



「きゃあああああああああああああああああああああああ!」



 尻の持ち主が、まるで女みたいな悲鳴をあげる。あくまで「女みたいな」悲鳴である。その実、尻の雄々しさに違わぬ、酷く低いしわがれた声だ。

 しかし無理もない。勇者たる俺であろうとも、突然尻の先に見知らぬ男が現れたら恥も外聞もなく黄色い声を上げるであろう。


 というか、むしろ叫びたいのは俺のほうである。こちらからしてみれば、鼻先に突然見知らぬ尻が現れたのだ。

 見知らぬ男と、見知らぬ尻なら間違いなく見知らぬ尻のほうが恐ろしいではないか。かろうじて俺が声を上げずにいられるのは、この汚い尻を前にして口を開けることが至極恐ろしかったからである。


 尻から距離を取るべく、足に力を入れるが徒労に終わる。

 身動きがとれない。重力を頭上に感じる。どうやら俺は、ひっくり返っているらしい。



「あ、こいつ魔王軍幹部だ! 捕まえろ勇者!」



 どこからか、遊び人の声が聞こえてきた。

 声の反響具合から、この部屋の大きさがおおよそに知れた。


 狭い個室、尻を丸出しにした男、察するにここは厠だ。できれば、察しないままでいたかったが。



「拘束魔法 フリーズ!」



「さ、させるか! 反射魔法マジックミラー!」



「詠唱封印 サイレント!」



「効かぬわ! 獄炎魔法 ヘルファイア!」



遊び人の詠唱を皮切りに、俺たちと魔王軍幹部との戦闘が始まった。



――――――



「魔王はどこにいる!?」



 体術の使えない狭い厠で二対一での魔法の打ち合いともなれば、結果は語らずとも明らかであろう。


 縄で後ろ手に縛られた魔王軍幹部が、神妙に首を垂れている。あまりに可哀そうだったので、ズボンだけは俺が手ずから上げてやった。



「……」



俺の問いかけに、魔王軍幹部はその面を上げる。赤みがかった肌に、額に生えた日本の角からは東の国で語られる地獄の獄卒を彷彿とさせられる。


 赤鬼の目がギョロっとこちらを向いた。その漆黒の瞳には俺に対する強い敵意がこもっている。


 排泄中を急襲されたのだ、怒髪天になるのも無理もない。だがしかし、誰が好んでおっさんの排泄シーンを急襲するであろうか。不可抗力である。責任の所在は、少なくとも俺のところにはない。



「勇者。こいつは、魔王軍四天王がひとり炎魔将軍。魔王の側近中の側近だよ。」



「こいつがそうなのか?」



 再び鬼の顔を見る。なるほど、魔王軍残党の中でも極めて高い戦闘力を誇ると言われる炎魔将軍、別名『黒き炎』の人相書きにそっくりだ。



「お前の二つ名が『赤尻の男』なら、もっと早く正体が割れていたんだがな」



 部屋の中が、冬の澄み切った朝のような静寂に包まれる。幾分か、赤尻の男の殺気が増したように感じる。どうやら、冗談の通じる相手では無いようであった。



「私が話すから勇者は少し離れていてくれないか」



 遊び人の声は、いつになく冷ややかなうえに更には冷たい視線まで俺に送ってきている。その原因に一切の見当もつかないものの、母親に叱られる子供のように俺はつい「はい」と答えてしまっていた。


 彼女と炎魔将軍から幾分か離れたところで俺は振り返った。声は届かない。だが、会話の内容を読み取る方法なんていくらでもある。俺は、目を凝らし彼女たちの唇を読む。



「ねえ魔王がどこにいるのか教えてよ」



「知っていれば教えているさ。本当に知らないんだ」



「うそね」



「本当さ」



 二人の問答は、街角で出会った友人同士が交わすあいさつのように淀みないものだ。一見すると日常にあふれるような様相であるが、その日常的なことが問題だ。その日常性そのものが、まったくもって異常なのだ。


 これまでも、遊び人は魔物たちから巧みに情報を引き出してきた。彼女の問いかけに、彼ら魔物たちは常に誠実に答える。少なくともはた目からはそのように見える。


 俺が問いかけても無視をするか、罵詈雑言を浴びせてくる連中が彼女の前では尻尾を振る犬の如しである。


俺は当然、彼女のことを疑った。


「魔王軍と何らかの関りがある」まではいかなくとも、禁じられた拷問魔法や自白剤の類を魔物た ちに使用している可能性は十分にある。できれば、そのような真似を彼女にはしてほしくない。


 というわけで俺は、彼女の疑いを晴らすべく彼女と魔物たちとの会話を盗み聞くのが習慣となっていた。


 残念なことに、もしくは喜ばしいことにその成果は一切にあがっていない。

 彼女と魔物たちとの関係性は謎のままであるし、彼女が何らかの非倫理的な手法を用いている証拠も見つかっていないのだ。いまのところは彼女はとてつもない聞き上手である。もしくは魔物たちは美少女に弱い。と自分に言い聞かせ無理やり納得するしかない。



「しかし、胸もなかなかに膨らんでてしっかり大人の女の子だねえ」



 魔王軍の黒き炎改め、赤尻エロ将軍の唐突なセクハラ発言に右腕が反応する。気が付くと、俺の手は既に鞘から剣を抜きかけていた。



「……話をそらさないで」



 俺は二人の間に割り込んでエロ親父を成敗してやりたい衝動に襲われる。



 遊び人の厳しい目が、炎魔将軍に突き刺さる。まるでその眼差しに耐えられなかったかのように、炎魔将軍がぽつりとこぼした。



「なあ、見逃してはもらえぬか?」



「魔王の居場所を教えてくれたらね」



「それはできん。殺せ」



 炎魔将軍の表情は真に迫っている。ブラフではない、本当に死を覚悟している者の顔だ。すると今度は、遊び人の表情に困惑が浮かんだ。



「そんな物騒なこと言わないでよ。だいたい、私のナイフは全部貴方に燃やし尽くされちゃったのよ」



 炎魔将軍の目がギラリと妖しく光る。



「それに、魔力だってほとんど残っていないんだから」



 そこからは一瞬だった。炎魔将軍の輪郭が揺らいだかと思ったら、彼を縛り上げていた縄が燃え上がり彼の手には炎によって作り上げられた刀が握られていた。



「遊び人、離れろ!」



 叫ぶと同時に俺は体当たりで、遊び人を吹き飛ばす。つい数瞬前まで彼女の首があったところを、炎の刃が通り過ぎた。



「あ、ありがとう、勇者」



 彼女の言葉には答えず、炎魔将軍の攻撃に備えて抜刀する。

 しかし、黒き炎の影は既に消え去っていた。



「怪我はないか?」



 彼女の顔を見た瞬間、俺の血が沸騰した。

 右頬に一筋の黒い線。間に合わなかったのだ、黒き炎の刃は確実に彼女の右頬を切り裂いていた。


 頬の傷からは血が流れていない。炎の刃故なのだろう。切り裂かれたと同時に炎に焼かれ血が止まっているのだ。


 彼女の顔から眼をそらす。彼女の事を見ていられない。

 ふつふつと怒りが湧いてくる。



「――いつか必ず報いを受けさせる」



「落ち着いて。勇者」



 遊び人が、俺の口元に手を寄せる。

 何事かと思えば、彼女は自身の袖口で俺の口を拭った。


 どうやら、怒りのあまりに唇を噛んでしまっていたらしい。

 俺の血で彼女の袖口を汚してしまっていた。



「ありがとう、勇者。君の助けが無かったら、喉を切り裂かれてた」



 再び、彼女の顔をみる。



「俺たちが相手しているのは、魔族だということを忘れたのか? 迂闊にもほどがあるぞ」



「もう戦う意思はないと」



「君は魔族に優しすぎる。その結果がこれだ、見てみろ」



 いや、見れるわけがない。見れるわけがないのだ。俺としたことが冷静さに欠けている。



「来てくれ……回復魔法をかけるから」



「ありがとう」



 彼女に、回復魔法をかける。頬の傷がみるみるうちに塞がっていく。

 そう、傷は塞がるのだ。塞がっていくだけ。



「次に会ったら、奴は絶対に殺す」



 思わず出た言葉に、自身が思っている以上に怒りに囚われていることにハッとする。


 俺の口からつい出てしまった言葉が、遊び人に恐怖の表情を浮かばせていた。


 これはいけない、かなり感情的になりすぎだ。



「ひとまず、街に帰ろう」



 部屋の小窓から差し込んでいる赤い夕陽が、俺たち二人の影を長く伸ばしていた。



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