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シスター達が殺されてから1度目の冬を跨いだあたりで、なんとか彼女の施設の経営が損益分岐点を超え、教会から、孤児院への事務手続きや、施設の委託、それに伴う権利者の変更や、家賃の一時的な遅延や、大人の理解者の発掘、ゼロベースからのこの国の法律の理解や、孤児達の世話。等、枚挙にいとまの無い課題が山積しており、如何に彼女が優秀だとしても、時間も、人も圧倒的に足りなかったのである。
彼女は先ずこの教会が誰の持ち物でどういう形態のシステムで、この国の法律がどのような法体系で運用されているのか?その法律がこの建物にどのように運用されていて、法律のキモは何処なのか?
何を、どう変えればこの建物を維持できるのか?の学習に始めの1ヶ月間は翻弄された。
唯でさえ、葬儀の準備やその手続き、慣れない子供達の心理ケアなど、次から次へとタスクは貯まる一方である。そして何よりも、仕事というのは優秀な人材に集中する。全体の仕事の80%は少数の優秀な人材(この場合エレノア)に振られ、残りの20%を80%のその他の人材が仲良く割り振る。これが彼女の肩に重くのしかかる結果となった。
さらに、人間性や感情に欠落があり、何でも一人で抱え込む性格の彼女は抜群に人を使う事が下手で、完璧主義者故に人に任せる事が出来ず、他の孤児などより堂々とした雰囲気や行動力に、周りの孤児たちは尚更萎縮し、彼女に決定権や選択を委ねると言う結果を招く事となる。
それでも、持ち前のマグロの如き努力と改善、工夫によって、最年長のスーザンやジョアンナ達の協力によって子供達の面倒から、教育の一部などを任せる事を覚えた彼女は子供達のケアを一時的に年長者に任せ、大人の協力者や理解者の発掘に奔走する事となる。
彼女は確かに優秀で有る事に依存は無いのだが、彼女は決して才能溢れる人材でも、いわゆる天才でも無い。やれば誰にでも到達できる類の優秀な人材で有る。
彼女が他の人よりも秀ででる部分はたった3つ。人並みや自分が努力できる範囲の努力ではなく、唯がむしゃらにマグロのように努力や訓練、改善を止めない気狂いの類の努力家で有る事。行動を起こし続ける事、諦めない事。常に考える続ける事。の3つだけで有る。
考え、努力し、行動する。 誰もが行うこのサイクルを彼女は意識的に、人の波梅も多くこなしてる為、初めは誰よりもトロく遅かったが異常な努力と執念によって誰よりも早く、深く、正確になっただけで有る。
学習や行動はすればするほど、過去の経験や知識の上澄みを使える為、1を聞いて10を知る事が、学習が更に進めば20を知る事も100を知る事も可能になる。加速度的に学習速度が上がるので有る。
学習と行動は車の両輪であり、学習だけ繰り返し、片方の車輪だけが肥大しても同じ場所をグルグル回るだけである。学習し、行動する。たったそれだけの事なのだが、世の中は学習だけ、行動だけの人材しかいないものなのである。
そんな大人顔負けの優秀さを誇る彼女でも年齢には勝てない(逆の意味で)。この施設を維持する為にはどうしても大人の名前と顔が必要なので有る。
信用という問題で有る。
どんなに優秀だとしても、その優秀さを見える形で見せる事はできない。新参者で幼子の彼女は信用から一番遠い場所に立っており、だからこそ彼女はコネクションを欲した。
権力者の子息でも、良い学歴も、誇れる実績も、金も、何も無い彼女にとって、信用や、実績を作るのはとても面倒な事であり、何年もかけて少しずつ実績と信用を積み上げていくしか無いので有る。
どんなに努力しても、どんなに優秀であろうと、人間は一年に一歳しか歳を取れない。どんなに優秀だとしても幼い彼女を信用する人間など居ない。よくある漫画や小説などのように権力者のチャンネルに到達することも、大人の信用を獲得することなどそう簡単にはいかないものである。
彼女の代わりに、矢面に立って、信用を勝ち取ってくれる大人、何か問題があった時に責任をかぶる大人が必要であり、何の実績も、メリットも提供出来ないこの現状において、そういった大人を発見するのに多大な労力を費やす事となる。
幸いな事に、ヘルヴェティア共和国は連邦民主主義制度を取り入れており、教会の帰属も、中央教会から地方自治体への貸し出しという形での運用をされており、家主である中央教会さえ落とす事ができれば問題解決できそうだとわかり、清掃ボランティアに始まり、地域や教会への無償の貢献、何度も足繁く自治体や教会へ通い認知と信用をコツコツと貯め、何ヶ月もかけてようやく彼女は何とか孤児たちが自主的にこの場所から立退ぐ、その為の執行猶予期間としての1年間の猶予を手に入れる事に成功する。
最悪のケースとして孤児たちの立ち退ぎに対する対策も視野に入れては居たが、彼女はこの場所を出て行く気など更々無く、彼女が行った行為は負債の先延ばしであり、この一年以内に何としても収益を生み出し、その資金を使って孤児院として運営権を獲得することが彼女の当面の目標であった。
こうして何とか教会から、孤児院へと形態を変更する事が出来た後、彼女は1年以内に6次産業の事業を軌道に乗せる事に成功し、地方自治体への税金を納める事で、貸し出しの権利を獲得、孤児院の永続的運営を可能にしたのである。
こうして、何度かの冬を跨ぎ、組織の運営が安定しそうな段階で彼女は当初から、喉から手が出る程欲しい娼館を手に入れる為の算段に移る事となる。
勿論3無い(金、コネ、実績)の彼女が正攻法で娼館を手に入れる事など不可能なので、絡め手を行うしか無く、彼女は北区の浮浪児たちに紛れて、彼らと同じ残飯を漁り、泥水をすすり、隙間風吹く路地裏にて寝泊まりし、お腹を壊し、病気にかかり何度か生死の界を彷徨いながらも
(めぼしい情報と物件を手に入れたらこの掃き溜めから出る!)
をモチベーションに何ヶ月もかけ地域に溶け込み、空腹に耐え、残飯を漁り犯罪に手を染めながら、地域の浮浪児達をまとめ上げ、彼らを使い、目ぼしい高級娼館を何軒かと、その経営者のリストと彼らや商品、従業員、客の生活習慣から、趣向、スネの傷からケツの穴のほくろの数まで丁寧に調べ上げたのである。
とりわけ彼女のお気に入りは、高級娼館の一つ、”バスタード”であった。
バスタードは一代でその地位を手に入れた新進気鋭の娼館であるのにも関わららず、帳簿上の経営上は極めて良好、顧客に対するサーピスも抜きん出でおり、客層も品の良い客しか相手にせず、高級娼館で唯一客を選べる立場の商売を行なって居た。
(皆さんは運命って信じます? この世は糞ったれな運ゲーなのにこれ以上神なんて言う不確定要素に私のパイチャートを圧迫させるマゾヒストになどなれないし、なる気もしない。だから私は祈らない。願わない。希望を持たない。)
(しかし、時々不確定要素が良い方向に重なる事が起こる。これを人は運命と呼ぶのかもしれない。)
ミンストリアーノが1代で築いた娼館バスタート、その現在の経営者のデリウス、そいつの脛の傷を見つけた時、クズのマクリードの裏側や、そのクズに融資した貸付け業者の胴元を探り財務管のフリオ局長にまでたどり着いた時、そいつの私生活から金の流れを洗った時
(余談だが、金の流れやその金の行き先、商品を知る事はその人物にリスクを犯して近くよりよほどその人物の人となりに近づけるので私は金の流れを探れるだけ探るようにしている)
鴨がネギを背負ってきているような、パズルのピースが独りでにやってきて、自ら答えを求めていたものに形作るような、そんな感覚に襲われた。
(何と言う事だ、全部出揃っているじゃないか!)
(あとは私が大安吉日をセッティングするだけの簡単なお仕事ではないか!)
エレノア小躍りしたい衝動に駆られるようなとても高揚した気分になった。それくらい運命や偶然の類が彼女に味方したのである。