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終末世界の聖女なりそこない

作者: 藤白

世界は長い間荒廃を続け、正体不明の怪物シレによって人類は壁に囲まれた小さな都市の中に引きこもりながら生きていた。

都市の維持には怪物の一部が必要で、一定の距離が離れていないと怪物の取り合いで、都市の維持に支障が出るため、協力関係は希薄。

都市や人を守るだめに護民団と言う組織が、日々怪物狩りや交易の護衛を行っている。

浄化された都市の内側以外では、右を見て左を見たあともう一度右を見たら怪物がいた。となってもおかしくない、そんな世界。




 見渡す限りの地平線。そこにいたるまで荒涼とした大地が広がる世界。


彼方に霞む霊峰山脈がなければ自らの位置さえ見失いそうなほどに寒々しい。


生命の痕跡は下草一本にいたるまで消え去り、枯死した樹木の名残が辛うじて初めから「そう」であったのではない事を主張している。




「パトリシア、どうだ?」


 そう声をかけられて意識が現実に引き戻された。私は声の主に首を振ることで答える。


「やはり、この辺りには現界するほどに活性化した澱みはありません」


「ちっ」


「……ガンド」


「ああ、わるい。しかし、こうまで獲物がかからねぇとなるとな」


 この場にいる3人のうち、ガンドと呼ばれた男性が舌打ちをこぼし、私ではない女性がそれをたしなめる。彼らは夫婦であり、彼らの息子も含めて一つの護民団を組んでいる。総勢は私を含めて4名、護民団としては最小ではないだろうか。


「確かに異常です。シレを生んだ痕跡もない。いやな予感がしてしまう」


 ガンドのこぼした呟きに頷いて、感想を述べる。


「聖女の予感とはずいぶんとおっかないね」


「出来損ないですが」


 クツクツと笑いながら妻のミザリーが答えるが、荒野を見据える目は笑っていない。彼女も感じているのだ。ザワザワと感情の、大地の、本能の奥底から這い寄る不気味さを。


「あんた、どうするんだい。このままだと赤字だよ。食いもんもそろそろ少ない」

 

「わーってる、仕切りなおしだ。ジョイスが戻れば一度水場にもどって野営だ。日の出前に今度は北に進路をとって大回りしつつ町に戻る」


 今回の遠征は失敗だ。言葉にはせずとも、そうと知れる声色だった。だが、そこに諦観の色はない。私がこの護民団に加入して2年、この程度の失敗はそれこそ何度もあったのだ。ただ、それは立ち回りによる稼ぎとしての失敗であって今回のようにそもそもシレにもほとんど出会えないというのは初めての事だった。


 荒野でシレに出会えない。


本来なら出会わないことを祈りながら進むはずの荒野で、シレに出会えないことを嘆くとは随分と皮肉な話だ。


その後、周囲の探索に出ていたジョイスが戻り、馬を荷車に繋ぎ直して出発した。




 ジョイス、ガンド夫妻の息子。たしか17歳になったところだったはずだ。夫妻の良いところを混ぜたような好青年で、男臭い父をベースに母の涼しげで切れ長の眉目を引き継いでいる。体躯もガンドにしごかれているせいで均整の取れた長身だ。


 そんな青年にどうやら異性として意識されているらしい。両親は面白がっているが、隙あらば何かと絡みたがる彼の扱いに困っているのだ。

 こんな30前の終わった女など相手にせずとも町で声をかければ着いてくる娘には困らないだろうにとため息がこぼれる。


「どうしました?疲れたんなら馬車に乗りますか?あ、お水いります?クッキー残ってますけど一緒にどうですか?」


 ため息一つでこの始末だ。


「あ、ああ。ジョイスありがとう。でも大丈夫よ、ちょっと考え事をしてただけなの。水も自分のがあるから」


 別に嫌っているわけではないのだが、聖女になれず別院を放り出されて以来、色恋を切り捨てた身としては、そのまっすぐな視線だけで心苦しい物があるのだ。だからそんなしょんぼりとした顔をしないでほしい。

 あと、夫婦そろって笑っていないでほしい。




 聖女、聖者。この荒廃した大地に恵みをもたらす者。澱みの浄化によって汚染された大地を作物の実る肥沃な物へと甦らせることのできる者。

 聖女の浄化なくして、人々はすでにこの荒廃した大地ではただ生きていくことさえ困難な状況に追い込まれていた。

 そのため全国から素養のある者は中央聖堂院に集められ、聖者となるための修行に勤めることが義務付けられている。もっとも集められるといっても、私の在籍していた時期でさえ最大でも10人に満たない数しか修行に従事していなかった。それほど貴重な人材なのだが、実際に聖者として浄化の力を振るえるようになるまでなる物は半数をやや超えるくらいか。


 そんな中でも私は力も弱く、落ちこぼれていた。不真面目であったことはない。実直に勤め、いつかは私も先達のあとを継ぎ、聖者として人々に恵みをもたらさんがために真摯に修行に明け暮れた。

 自分よりも後に入った子達が何人が聖者として独り立ちしていったことからだろうか。周囲の視線が変わり始めたのは。早い子で数年、遅くとも10年以内で見切りを着けるのだそうだ。

 私が別院に入ったのは12歳のころ。気がつけば25になっていた。聖女になれなければただの無駄飯ぐらいでしかないと気がついたのも同じ時期だった。そんな「気づき」を知られたのだろうか。そんなある日、一人の司祭に私室へと呼びだされた。進退についての話だと覚悟をして赴いた部屋で迎えた司祭は、ガウン姿であった。


 怖気が走った。べたべたと身体に触られながら、あれこれとよく回る口であったが、つまり情婦にでもなれば今後の生活を面倒見てやるという事なのだと。ベッドにいざなわれ、圧し掛かられたところで悲鳴をあげた。

 それからはあまり記憶が曖昧であったが、そばにあった燭台で豚のような司祭を殴り倒して師匠の所に駆け込んだ。

 師匠はその場で私に破門を言い渡し、わずかな路銀を持たせ別院を出させたのだった。後に知ることになったのだが、司祭を殴り倒した罪は破門によって贖われたため、これ以上の罰は必要なしと収めてくれたらしい。




 一般の常識などはあったが、10年以上修行に明け暮れた私に多少の路銀はあれどもなにかの職につくことは難しかった。司祭の一人ににらまれていると言うのも、中央では厳しい条件だった。


 故郷はあまりに遠く、手に職はない。縁故もないとなって、冷静に手持ちの貨幣と今後を考えれば、もう選べる選択肢はあまりなかった。容姿については多少の自負があったが、10代での婚姻が常識のこの世の中では人の妻となるにはとうがたちすぎていた。

 それでも一夜限りとなれば需要はあるだろう。少なくとも、追い出されて以来取っていた宿で声をかけられるくらいには。


 それを嫌って逃げ出したのに、それくらいしか取れる選択肢がなかったことがひどく悲しかった。


 せめて、せめて自分を知る人のいない場所でと思い、中央を離れる決心をした。




 町を移動する馬車に乗り込み地方へと流れる。転機が訪れたのはその道中だった、本来散発的であるシレの気配が大きく動くのを感じたのだ。聖者としての修行の成果の一端ではあったが、これを御者と護衛の護民団へと伝えたのだ。大規模な襲撃の可能性があると。

 その際、同性だからと声をかけた、その護民団士がミザリーだったのだ。


 事前に十分な準備を整えて迎え撃った護民団は通常であれば最悪壊滅も覚悟する規模の襲撃をたいした被害もなくやり過ごし、臨時ボーナスを得たと喜ぶ彼らを見ながら、もしやあのまま黙っていれば、そのまま終わることができたのではないだろうかと考えて。この道が続く先にある私の人生を思うと、胸の奥に穴の開いた気がした。


 しかしそうはならなかった。この察知能力を買われてミザリーとガンド、ジョイスの護民団一家に拾われることとなったからだ。それ以来、私は護民団士として生きている。


 あの日の諦観をそのまま胸に残したまま。




 翌朝、地平線の白む前に身支度を整えて湧き水を樽に補充して荷馬車に積み込んで出発した。この水場までは馬車でもおよそ二日。大回りをして帰るのなら三日をみる必要があるだろうか。一頭とはいえ馬もいることを考えれば無補給でのギリギリだ。

 来る時に通った南回りのルートであれば川があるため水の心配はなかったが、ここから北周りのルートには水場どころか武装農場の集落すらないのだ。そのため護民団もあまり寄り付かない。手付かずのシレが残っていることだろう、という予想は裏切られた。


「なんで北ルートにもほとんどシレどもがいやがらねぇ」


 ガンドの苛立ち、ジョイスの困惑、ミザリーの不安。そんな視線を受けても首を振るしかできない。

 少なくとも、私の感知範囲には前日までと同じ結果しか感じない。


「足を止めることになりますけど、もっと広範囲に術を広げて見ましょうか?」


 そう切り出せば、悩む夫婦。一時期多用していたがそれに伴い私の体調が加速度的に悪化していったからだ。それ以来この術の運用は禁止されていた。もともと聖者用の術なのだ、なりそこないの私が多用できるたぐいの物ではない。


「一度くらいなら大丈夫ですよ。最近体調も安定していますから」


 約一名ほど猛反対があったが、体調によってはまっすぐ町に戻ることを条件にして、昼食をとったあとで行うことになった。


 


「では、始めます」


 私はそう言って、意識を広げていく。つらい作業ではあるが、私はこの術が好きだった。別院の中に篭り続けて修行に明け暮れた日々の中で町を越えて意識が大地の彼方まで広がっていく感覚が、こう、開放されている様でいて心が躍ったものだ。


 意識が波となって大地を広がる小さな澱みや、小規模なシレの群れを幾つか見つけてこれらを狩れば赤字くらいは何とかしのげるかな?と思った矢先に波の終端で一つの大きな反応に気がついた。

 そして、おそらく相手のほうも私の術に触れたことに、気がついた?


 そのことに気がついた瞬間ゾワリと肌が粟立つ。コレはよくない物だと本能が訴える。


「すぐに町に戻りましょう」


「どうした?体調になにか……」


「違います、明らかにおかしな反応がありました。私の術に反応してこっちに向かってきます。感じた力だけでも通常のシレの数倍はありました。それでいて個体なんです」


 一番反応が早かったのはミザリーだった。


「ガンドッ」


「おう、ジョイスとパトリシアは馬車に乗れ」


 一言、それだけで通じた二人に押しやられるように荷馬車に押し上げられ、ジョイスが手綱を握り馬を走らせる。ガンドとミザリーは重量のある武器だけを馬車に乗せて並走する。


「噂の、大型って、やつ、かしらね」


「南のクレタプールを更地にしたって話だぜ」


 大型のシレの噂はほぼ確実な物として認知されていた、出会ったという人にあったことはないが、南にあったクレタプールという町がまるごとひっくり返されたような惨状だったこと、足跡など明らかに通常のシレより大型の物が見つかっており、出会えば生きては帰れないと言われていた。そういう相手の可能性があるのだ、今の私たちに取れる手段は逃げの一手だ。


 町に向かって一直線、何度か馬の休憩と車上の交代をしつつ荒野を駆け抜ける。空が薄暮に染まるころ、馬の体力もそろそろ限界が見えきた。


「パトリシア、どうだ」


 まだ追われているかという問いだろうが、術を解いている今それを知る手段はない。もし、もう一度使って位置を補足されたら今度は本当に逃げ切れない。

 それを告げると、ガンドは苦々しい顔をしつつ、ここで夜営することにした。ただし荷は降ろさず、すぐに動けるようにしたままでだ。


 馬には優先して水を与え、飼葉をたっぷりと食わせる。重量が減って彼も楽ができることだろう。私たちも軽い食事をし交代で睡眠をとったが、緊張からかほとんど目を瞑っていただけのように感じた。

 一夜明けても心配していた追跡者の影は見えなかった。

 皆、一様に安堵の息をつき、それでも急いで町への帰路をたどる。




「慌ててケツまくったおかげで予定より早くベッドで寝れそうだな、おい」


「たしかにね、それくらいしかいいニュースがないのが困ったもんだけどね」


「しょうがねぇ、英気を養うってことで、ロッソの店で羽目はずすか?」


「あんたが小遣いから出すならね」


「うげぇ」


3人の笑いが起こる。そんな冗談が出るくらいには状況は落ち着いていた。相変わらず移動は急ぎ足だが昨日ほどの焦りは皆になかった。


 朝食もまともに取らず駆け抜けたため、昼食は火を起こしてのものにした。やはり暖かい食事はそれだけでありがたい。食後のお茶で今回の愚痴を飲み込んでいたところで、最初に気がついたのはジョイスだった。


「なんだ、あれ?」


「どうした?」


 3人で彼の指し示す方を探る。地平の先に何かが砂埃を上げている。それ以外に何もないからこそ気づける程度の目標は平時に私が得られる感知範囲のわずかに外だった。

 しかし、4人の思いは一つだった。


((((追いつかれた))))


 恐らく相手の探知範囲は私のそれよりも広いのだろう。こちらに向かう動きに迷いがない。あの速度であれば、馬車を全速で動かしても追いつかれるのは時間の問題だろう。


「ジョイス、パトリシアと町へ救援を呼びに行け」


「親父っ」


「まったくうちらもヤキが回っちまったもんだねぇ。ジョイス早くおし」


「ま、待てよおふくろも」


「私は行かない方がいいですね。きっと私を目標にしていますから、逆にお二人が行ったほうがいいのでは?」


 おそらく、あれは術の残滓を追ってきたのだ、つまり私を追っているのだ。ならば私が残れば追跡はここで終わる可能性がある。


「なに言ってんだ」


「そうよなに言ってんのかしらこの子」


 そう言われた瞬間、頭と背中に強い衝撃を感じた。とても痛い。

 ガンドとミザリーに平手で思いっきり引っぱたかれたのだと気付いたのは、その手を振り抜いた姿勢を見たからだった。ミザリーは拳骨だった。ひどい。


「痛いんですけど」


 そんな抗議はあっさりと黙殺されてしまう。


「パトリシアさんが行けないなら俺がいっても意味ないですね」


 こんな状況でなぜか嬉しそうなジョイスはきっと馬鹿なのだろう。かわいそうな事だ。かわいそうなことだ。

 ただ、ジョイスの言葉に4人の意思が固まったのは事実だった。



「迎え撃つぞ」



ガンドの号令で一同が動き出す。3人は装備の点検と馬のケアを。私は長い修行経験で得た小手先の技で罠になりそうなものを周囲に仕込んでいく。ゴリゴリと精神力が削れて行くができることは全てここで出し尽くすつもりで仕込んでいく。




「あと一時間ほどで来ます」


 散々、術を使い尽くして倒れた私を馬車に寝かせて3人が身構える。ジョイスは馬車の守りだ、なくなれば町に帰ることもおぼつかなくなるだろう。万が一勝てたとしても、荒野で野垂れ死にしては意味がない。

 ガンドは大ぶりの斧を持ち前衛で正面から受け持つようだ。ミザリーはハルバードを足元に置き、始めはスリングでの牽制を狙っていくようだ。




 細かな打ち合わせと確認をし、その時が来た。




 大筋での姿は通常のシレと大差がない。どう繋がっているのか不明だが、人骨を思わせるフォルムに牙や角が生えている。違うのはそのサイズ、骨の一本一本が分厚く太くなっており、身長に関しては通常のシレが2m前後であるのに対し3倍はあろうかという長身なのだ。


 初手はミザリーのスリングによって放たれた拳大の石だった。十分な勢いと大型の速度とあいまって直撃した頭部に大きなひびを入れるが、そんなもの大した事ではないと言わんばかりに、まっすぐこちら、私の横になった馬車に向かってくる。


「そうはっ、いくかあぁぁっ」


 ガンドの雄たけびと共に横合いから地面と水平に振られた大斧によって脛を削られて転倒する。さらにスリングでは効果が薄いと判断したミザリーのハルバードによる追撃が打ち込まれる。

 欠け、ヒビ、いくつもの傷は入れども致命傷には程遠いダメージしか与えられないまでも、転倒したシレの足や、起き上がろうと付いた腕を払いつつガンドとミザリーは優位と言える立ち回りで翻弄している。


 翻弄しているかに見えたのはそこまでだった。起き上がることを諦めたシレが四つんばいのままで反撃を始めたのが四足の獣のように這い蹲ったままで繰り出された攻撃に二人はあっさりと距離をとった。


 相対するシレも同様に大きく後方に跳び退る。


「今っ」


 最初の突撃で見事に隙間を縫って突撃されたときには察知されたかと思ったが、たまたまだったのか下がったシレは私の仕込んだ罠に自分から飛び込む形になった。その瞬間を逃さず術を起爆する。

 通常なら澱みを払ったり簡易の結界を張ったりとするための術式ではあるが、範囲内にシレを入れて発動させれば弱いシレなら一瞬で昇天させることもできる術式である。いかな巨大シレといえど、無傷とは行かなかったらしく、初手でガンドに傷つけられた右足が傷の位置から吹き飛んだ。その他の傷もひび割れ範囲が大きく広がる。


「オオオォォオオオオォオオオォォォォ」


悲鳴の様な絶叫を上げるシレに対し、二人の動作は迅速だった。予め打ち合わせたかのように二つの太刀筋が左右から重なり、ひび割れた右腕に叩き込まれる。堅牢な骨格といえども、ひび割れた状態で一点を同時に叩かれては耐え切れる物ではなかったらしく、異音を響かせながら破断させる。


 あとはもう消化試合のようにチクチクと四肢を削り取りながら時折罠に誘導して満足に動くこともできなくなったシレの、弱点とされている頭部を叩き割っったことで大型のシレは活動をとめた。


 シレの頭部には霊石と呼ばれる部位があり、護民団の収入になるのが主にこの部分だ。大抵は頭部の内側に張り付くようにあったり、頭骨の一部が霊石化していたりする。大きさは大体、指の爪程度か、大きくても握りこめる程度までで拳サイズになれば値段は天井知らずらしい。それは豪邸が建つとかではなく、文字通り都市が作れるのだ。聖者の術に用いて澱みを払えば、後は維持するための術で永続して安全なシレの発生しない肥沃な土地を作ることができる。


 そして、今回の大型シレの霊石はといえば、拳大どころではなく人の頭部ほどの大きさもあった。

 ほじくり出したガンドも期待に胸を膨らませていた他の3人も、思わず歓声を上げるよりも笑いがこみ上げて来るほどの上物だった。


 ひとしきり4人で笑いあった後で他の部材を回収した。シレの骨はそれだけで丈夫な骨材となるのだ、馬車に乗るだけ乗せて帰還の途に付くことに反対は出なかった。


「今回は大当たりだったなぁ、おい」


「昨日とは言ってることが真逆じゃん」


「まぁ二度とごめんだけどね、あの手足が掠めるたんびに生きた心地がしなかったよ」


「だなー何よりかてぇし、斧でもまともに割れねぇのは小物使ってる連中じゃあ太刀打ちできん」


 シレの特性上、武器は大体が鈍器を用いるのが主流だ。取り回しやすいメイスと小盾の組み合わせは人気が高い。ガンドのように私では持ち上げることもできないような重量武器は少数派で、ミザリーのようなポールアームに分類される長物使いは中間といったところか。


 ちなみに私はメイスもまともに振れない為、破門にされた際に返しそびれた術具一本である。探索役として働いているので殴りあいは勘弁してもらいたい。


 ジョイスに関してはいろいろ練習中といったところか。


「そうね、ジョイスもちいっと力が足りないだろうねぇ」


「獲物さえあったら俺でもいけるってっ」


「まぁあれをやれたのはパトリシアのおかげだな。一発入った後は目に見えて動きも悪くなった」


「そうだよ、パトリシアさんの術すごかったー、足なんて吹き飛んでたし、やっぱり聖女様の力が一番!ズバーって光って、こうっドーンって」


「そんなことないです。お二人のつけた傷を少し広げたくらいでした」


 そこからは謙遜とおだてあいの繰り返しだった。術の多用で気分は最悪だったが、それでも気分は最高だった。




 町に帰還後、巨大霊石は即座に神殿に奉納された。通常の霊石ならば組合を通して売買されるのだが、このサイズであれば神殿に奉納され、新都市の作成に用いられる。そして報酬は新都市での要職であったり、市長として赴任したりといった形で支払われる。今回の場合かなりの大都市になることが予想されるため、市長は貴族の中から選定されて名誉職に近い職務を与えられることになるだろう。

 これが大規模護民団であれば、そのまま都市警備隊などに割り振られるのだろうが、4人という最小単位の護民団である。おいしいところだけでもお腹いっぱいになることだろう。




 当日、翌日は手続きなどでてんやわんやして、翌々日。

 私たちはガンドたちの昔なじみだというロッソ・カルディナーレとかいう自分の名前をそのまま店の名前にしたというハイセンスな御仁のお店で祝勝会と称して大騒ぎをすることになった。

 随分と豪勢な宴となったが、税収から収入が得られるようになるには当分先なのだが大丈夫なのだろうかと思いつつ、普段よりいいワインに舌鼓をうつ。


 付き合いのある護民団や商人、町人なども入れ替わり挨拶やゴマすりにやってきたりもしたが、縁故ばかりで失敗した市長が、その権限を没収されることは稀にあるらしく、説明をしてくれた役人が口をすっぱくしてくれたおかげで、普段はきっぷのいいガンドも少々財布の紐が硬くなっているので、あれならば大丈夫だろう。

 大変そうなのはジョイスで、すでに姿は姦しい群れの向こうに消えてしまってしばらく姿か見えない。時折悲鳴が聞こえてくるがいったい何をしてるのか。

 まぁ、聞こえてくる悲鳴が彼のものであるうちは大丈夫だろう。


 私は私でちょくちょく声をかけられるものの、となりに座るミザリーと「彼ら」の奥様方のおかげで随分と平穏だ。


「それでパトリシア、うちのジョイスとはいつ引っ付くんだい?」


「ブフゥッ」


 顔中からワインだ噴出した。


 咳き込みながらいったい何を言い出すのかと見上げれば、ニヤニヤと見下ろすミザリーと爛々とした目の奥様方。


「私は、もうこの年ですし、一人でいいかと思っているんですが」


「まぁまぁ、何を言い出すのかしらこの子は」

「ほんとよね、こんなプリプリの肌してるくせに」

「ジョイスちゃんあんなにラブラブ光線出してるのにかわいそう」

「歳だなんていう歳でもないでしょうに」

「そうよ子供だって大丈夫よ。うちのばあさんなんて自分の孫より若い子供生んでるんだから、今からなら10人は産めるわよ」


「いや、そういう、えっと」


「うちのは嫌いかい?」


「いや、嫌いではないですけど」


「じゃあ好きなの?」


「いや、そういう単純な話ではなくて」


「もー、好きか嫌いかで言えばどっちなの」


「どっちかといえばすk」


「ジョーーイスッ、パトリシアがあんたのこと好きだってーーー」


「えっちょっ」


 ミザリーの大声に狩猟者の群れが掻き分けられて、少々くたびれたジョイスが顔をのぞかせる。


「ほんとに!?」


 その子犬のような顔と勢いに思わず首を横に振ってしまう。

 一瞬にして絶望に染まった表情が狩猟者の群れの中に消えていく。

 だって、周りの子の視線が怖かったんだもん。


 元凶とその周辺は爆笑である。


「まぁ、徐々に落として行こうじゃないか」


 笑いながらジョッキにワインがなみなみと注がれていく。あぁ、もったいない、そう言う風に飲むお酒じゃないのに。

 なにより、体内毒素を浄化できる聖女、のなりそこないに取っては少々飲みすぎたところでどうと言うことはないので蒸留酒のちゃんぽんはやめてくださいおねがいします。




 何度目かのお手洗いから戻ってくると店内は惨状と表現するほかない様相となっていた。さすがに吐瀉物はないものの、似たり寄ったりのものはそこら中にみられる。


「あれだけ飲まされて、自分で歩けるってのはたいしたもんだな」


 食べ残しや散らかったものを片付けながら赤毛の男性が声をかけてくる。店主のロッソさんだ。そう言う自分もガンドに付き合って樽で測れそうな量を飲んでいた気がするのだが。


「ある程度以上は自動的に分解しちゃうので、その分トレイが近くなっちゃいますけど」


「なるほど、便利なもんだ」


 ロッソさんは片付けの手を止め、身振りでカウンターを勧めてくる。


「もともとは毒殺対策用の術らしいですけど」


「そ、そうか」


「昔は多かったらしいですけど、最近は覚える聖者もほとんどいないです。わたしは修行期間が長かったので、覚えられるものは端から覚えていったんですよねぇ。結局、肝心なのは使えなかったんですけど」


「そうか」


 おそらく、席を離れている間に用意してくれていたのだろう、ちょうどいい温度に温まったホットミルクが出てきた。

 お礼を言って、一口ほどを飲み干す。なんともまったりとした空気が流れるが、


「ちょっと、うちの嫁なんだから手ぇださないでよね」


 床からゾンビのように這い上がってきたミザリーがとなりの席に座る。


「とらねぇよっ、てか、俺はかみさん一筋なのっ」


「ひひひひ、こんどロベルタに言ってやろう」


「おまっ「あたしにもほっとみるくほしーなー」……へぃへぃ」


 ゴトリと片手鍋に入ったミルクがそのまま出てくるが、ミザリーはかまわず鍋ごとアチチと、ふちに息を吹きかけながら啜る。


「ふーふー、それにしても」


「ん?」


「孫の顔見たいなー」


「もぅ、まだ言ってるんですか、今日当たり2~3人仕込んでるんじゃないですか」


「残念、さっき一人で部屋に上がってったよ」


「そうですか」


「みたいなー」


「そうですか」


「つれないなー」


「そうですね」


「つれないなー」


「人生はままならないものです」


「つれないなー」


「そういうものです」






 そう、人生とはままならないものなのだろう。宴から三日後、幸福に満ちた平穏はその揺り返しを受けたかのような悲劇によって破られた。


 ここよりも南方に位置するクレタプールという都市を壊滅させたという大型のシレ。私たちの討伐したものがそうだと、何の疑問もなく信じていた。

 しかし現実はどうだろうか、私たちのたおしたシレが子供に見えるサイズのシレがこの町に向かっているのだという。その周囲には私たちが倒したサイズのシレも引き連れて。


 私たちはその「中型」のシレを倒した方法を聞きたいと護民団の組合に呼び出されていた。早ければ数時間でこの町に到着するだろうといわれている「それ」にたいしてできうる限りの対策を採りたいと。

 私たちはその全てを話した。だが聖者の術が必要なのだ。町の教会につめているのは、あくまでも教会職員であって聖者ではない。対抗手段がなかった。


 たった一人のなりそこないを除いて。




 もとより逃げ出す選択肢はなかった。有事の際、前線に立つことを受け入れたからこそ、町の中で住居を持つことを許され、日々霊石を集めることで結界の維持に従事することで食事の配給も優先されるのが護民団である。たとえ、別の都市への移住が決まっていたとしても、今はこの町の護民団であった。




 今日、一つの町が消えるだろう。




 きっと、これを運命と呼ぶのだと、胸の奥でなにかが囁いた気がした。













 数年後、この地方に一つの都市が生まれた。この地で猛威を振るった大型シレに対抗することを是とした都市だった。

そのシレによって滅ぼされた都市の人々が集まってできたその町は、霊石を奉じた創業者3名によって、本来ならば聖者と呼ばれることはなかった未熟なものたちを集め、これまで生み出されたことのない大型の弩や投石器などを用い、未熟な術を効果的に運用することで誘導し罠にかけて中型、大型のシレに対抗し、ついには駆逐することに成功し、それは同時にこの地方の完全な浄化を成し遂げる契機となった。




 その都市の名は「トリッシュ」と名づけられていた。



当初、トリッシュなんて町は出てこない予定でした。

書いてて、最後は一つの町が消えて、これからもがんがん消えていくんやでっていう感じの終わりにするつもりだったんですが、なんとなく指が動いてしまったのでこの形で終わります。

それにあわせて、主人公のパトリシアも元は違う名前だったんですが変更になりました。

彼女の愛称を町の名前にするためにって感じです。彼女は町の住人を逃がすために単身たぶん馬とかに乗って術を全開にしながら囮になった設定です。死体は見つかっていないはずなので、もしかしたら……なぜか魔王になって大型武器と未熟な聖者を足がかりに生存圏を広げ始めた人類の前に立ちふさがるかもしれません。……なんでや

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