地の果てを求めて
その頃、彼女が知っている世界は水の大樹から丸一日歩いた程度の距離の間のみ。
その先は水の大樹の足元に広がる水場から流れ出した小川に程近い場所に、わずかながらに草木が生え出しているだけである。
お出かけと言っても賑やかだった急に一人きりになるのは寂しくて、彼女はそこを拠点にして少しづつお友達の子供達を根付かせて歩く。
そしてその一人きりでの遠出は、それほど長い事続かなかった。
「~♪~~~♪♪」
「ご機嫌ね。」
彼女は足元を共に歩くお友達の姿に、嬉しげに目を細める。
今は当然の様に一緒に居る彼等はパッと見では歩いている様には見えない。
彼等の足は、その身を預けた草花の根なのだ。
本来ならば土の下で水や、水分に融け込んだ栄養を取り込む根っ子は、まるで最初からそう言う役目を持っていたかのように地面の上で歩を進めている。
ちょっとシュールなその光景を見ながら、彼女は彼等が自らを追いかけてきてくれた時の事を、楽しげに奏でられる音楽に耳を傾けながら思い出す。
彼等がやってきたのは、彼女が遠出を始めてから二十日は経った頃だっただろうか。
その日も彼女は、お友達の子供を地面に植えていた。
ちょっぴり懐かしい音楽が耳に届いたのは、日が暮れはじめた頃の事。
自らが後にしてきた方角から聞こえてくるその音に、友人達が楽しく歌い踊る姿が思い浮かび、思わず彼女は微笑を浮かべる。
たったの二十日ほどと、思う人もいるかもしれない。
それでも、今までずっとずっと長い時間を彼等と一緒に過ごして来ていたのだ。
彼女はその頃、少しホームシック気味だった。
遠くに聞こえるその楽の音に、『帰りたい』と言う気持ちが強くなる。
――明日になったら、一度帰ろう……。
すっかり郷愁の思いを強くした彼女がそう心に決めたのは、大しておかしい事でも無かっただろう。
しかし、その予定は実行される事はなかった。
可笑しいなと思ったのは、その音が段々と近づいてきている事に気がついたせい。
既に、気軽に水の大樹のある最初の場所へと戻るの為には三日はかかる場所に居たから、彼等がどんなに大きな楽団を結成して楽の音を奏でたとしても届く訳が無いのだ。
訝しく思いながら、そちらの方を振り返る彼女の目に映ったのは手に手に楽器を鳴らしながらこちらへ向かってやってくる小ぶりな草花の群れ。
「え……?」
一瞬訳が分からなかった。
彼等は彼女に気がつくと一斉に演奏を中断して、走り出す。
その口からは声にならない歓喜の声が上がっている。
「「「~~~~~~~!!!!!!」」」
「みんな……?! どうして???」
返ってくるのは、『会えてうれしい』と言う気持ちの溢れた満面の笑顔。
クルクルと彼女の周囲を回りながら嬉しげな声を上げる彼等の姿が、何故か滲む。
気が付いたら彼女は地面に膝まづき、彼等を一人一人抱き上げて頬擦りをしていた。
今となっては少し気恥かしいが、その時は本当に嬉しくて幸せな気持ちで胸が一杯になって、そうせずには居られなかったのだ。
そうして彼女はまだまだ果ての見えない土地を、今日も彼等と共に旅をする。
一体どこまで続いているのか、ソレが今の彼女の楽しみだ。