食料の木
朝日の眩しさに、彼女は不快そうな唸り声を上げながらその目を開いた。
起き上がって目をごしごしと擦っていると、腹部から抗議の声が上がった。
彼女はお腹を押さえると、視線を周りに巡らせた。
誰も、その腹部からの抗議の声を聞いていないのを確認してから、ため息をつく。
「そういえば、ここには誰も居ないのね…。」
昨日、いつの間にかこの場所に居る事に気が付いてから生き物と呼べるものを見ていない事に彼女は気が付いた。気が付いたからと言って、生き物が出てくる訳でもない。
考えても無駄かと首を振ると、周りを改めて見回した。
「荒野だったんだから当たり前だけど…本当に何もないのね。」
そう呟いて、水の大樹の元へ向かうと大樹は朝日を浴びながらその雫を大地に落とし始めていた。
昨日出来たぬかるみが、今日はもう少し深く広くなっているように見える。
彼女は手を碗の形にして雫を集めると、渇きをいやし空腹を紛らわす為にそれをゆっくりと飲んだ。
とはいえ、水で空腹が満たされる訳でもなく、仕方がないのでまた腰の小袋を使う事にして今回は黄色の種を二つ取り出した。
「ごはん、ごはん。暖かく美味しい力の源。この地に沢山実りなさい。」
取り出した種を握りしめ、欲求のままに力ある言葉を唱えるとホカホカと暖かい子供の拳ほどの大きさの種に変化していた。
彼女は早速それを水の大樹から少し離れた地面に置いて、今度はそれを育てる為に力ある言葉を唱えた。
「大地よ大地。命育むその力、新たな命に分け与えよ。」
ホカホカの種は、少し湿り気を帯びた土に根を張るとすくすく育って大きな丸い実を付けた木になった。一番下にある枝に生った実なら、彼女にも何とか手が届く。
「これじゃ、上の方の実はとれないわね…。」
それを見上げてしょんぼりと肩を落としたものの、後でとる方法を考える事にした彼女は早速一抱えもある丸い実を採ろうと手を伸ばした。
伸ばした手は、しかし実に触れた瞬間に即座にひっこんだ。
ひんやりしているかと思っていた実が、どういう訳か熱かったのだ。
だが、彼女はひどい空腹で、その実が食べれるに違いないと確信している為、ひっこめた手を再度恐る恐る伸ばし直し、今度はさっきよりも慎重に触れてみた。
その実は皮が思ったよりも硬く、その事に驚きつつもさっきは熱いと感じた温度は少しの間なら持っている事が出来そうな程度だった事に安堵しつつ、落とさないように慎重にその実をもいだ。
長く持っているのには熱いその実を平らな地面に置くと、カチリと硬い音がした。
「どうやって食べればいいのかしら…?」
彼女は呟くと、その実をつつきながら開け方を探った。
黄色く丸いその実はカプセルの様にも見える。
試しに熱いのを我慢しつつ、上になった方だけを捻る様にすると実が二つに分かれて、美味しそうな匂いが彼女に襲いかかった。
「ふわぁ…」
喜びに頬を緩めて抱え込んだ実を覗き込むと、そこには調理された様にしか見えない食べ物が詰まっていた。ホカホカと湯気の立つそれは、とてもじゃないが素手では食べられない。
実の中にあったその食べ物は、どう見ても『卵焼き』だった。
仄かに漂う匂いからすると『出汁巻き卵』。それが収穫した実の中で湯気を立てて鎮座している。
外れた方の実にはなにも入っていなかったので、そのままポイっと投げ捨てると、中に入ったものが冷めるのを彼女は待った。
正座をして、「待て」をされた犬が涎を垂らしながら待っている姿を彷彿とさせながら待った。
「卵焼き、美味しぃ…」
やっと、手で摘まめる位の温度になったそれを早速手に取り頬張ると、彼女は恍惚とした表情を浮かべながら頬を抑えた。
始めて採った実の中のそれを食べつくすと、彼女は人心地ついたのか手を洗ってから木陰でまた丸くなった。