灯り草
彼女は不快な感覚で目が覚めた。
目を開けると、いつの間にか日も落ちて辺りは暗闇に包まれている。
「寒いわ…。」
ブルリと震わせると、そう呟いた。
眠る前に水の大樹から降り注ぐ雫を全身で受けた為、日が落ちて気温が下がると一気に体温が奪われたようだった。
水の大樹も今は雫を落とす時間を過ぎたらしい。
彼女は静寂が支配する夜闇の中に、そっと足を踏み出した。
ぴちゃ
大樹の根に躓かないように、用心しながら踏み出した場所にはぬかるみが広がっていた。
流石の水の大樹も、乾ききった荒れ地をぬかるませる事までしか出来なかったらしい。
彼女は自身と同じ様に冷たくなったぬかるみに身を竦めながらも、泥を跳ね上げながら大樹の生い茂った葉の下から抜け出した。
寒さに震えながら空を見上げると、黄色の月が赤い小さな月と一緒に上がってきているのを発見した。
「…なんか、可愛い…。」
暫く見上げていた彼女がそう呟いたのは、黄色の月の周りを赤い小さな月がクルクルと回っていたからだ。
「黄色いお母さん月の周りを赤い子供月が踊っているみたい。」
そうひとり呟いて周りを見渡す。
何か体が暖かくなるものが欲しいと思ったからだ。
そうはいっても、自らが創り出した水の大樹以外のものは相変わらず何も存在しない。
彼女は腰に下げた小袋に手を伸ばした。
「暖かくって元気が出る様な…夜を照らすお花がいいかしら。」
今が夜で、周りが暗いから…と呟きながら中身を探る。
小袋から取り出したのは赤い種が二つ。
それを両手にもって再び力ある言葉を唱えた。
「温もり、温もり。心に灯る温かき光。数多の灯でこの地を照らせ。」
その言葉が終ると同時に、柔らかな赤い光が一瞬辺りを照らし、彼女の手の中には溢れんばかりの小さな小さな種が生まれていた。
両手の中から零れおちそうなそれを、彼女は口元に寄せるとフーッと息を吹きかけた。
彼女が息を吹きかけた種は、綿毛を広げてふんわりと飛び上がる。
それを見送ると彼女は冷え切った大地にぺたんと座りこんで手の平を地面に押し当てた。
「大地よ大地。命育むその力、新たな命に分け与えよ。」
座り込んだ大地を優しく撫でるようにしながら再び力ある言葉を唱えると、大地が微かに震える。
大地の震えが収まると、辺りには柔らかな光を放つ赤い花を鈴なりに付けた草むらがあちこちに出来ていた。彼女がその草むらに近寄ると、その辺りだけはふんわりと暖かく、ホッとした笑みがその顔に浮かんだ。
「私も、ここに混ざらせてね。」
そう草むらに向かって語りかけると、彼女はそこに座り込んだ。
心地よい温もりに体を包み込まれると彼女は嬉しそうに微笑んで、大きな欠伸を漏らした。
「なんだか眠くなっちゃった…。」
呟くと同時にごろんと仰向けに倒れ込む。
先ほどまで眠っていた水の大樹の窪みよりもずっと寝心地がいいそこに、嬉しそうな微笑を浮かべるとゆったりと目を閉じる。
「おやすみなさい。可愛いお花さん。」
程なくして聞こえ出した寝息に呼応するかのように、赤い花の葉がふんわりと揺れ、空の上では月の親子が可愛らしい踊りを披露した。