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どうにもこうにもしがたい、絶体絶命という言葉がある。
今現在、私とレイナが陥っている状況のことだと思う。
私達は、できるだけ目立たないように、人目のあるところでは何の問題もないパーティーを楽しんでいる客のフリをして通り過ぎ、人目のないところではできるだけコソコソと物陰に隠れながら万里香嬢を探していた。
否、訂正しよう。本人達は目立っていないつもりだったと。
万里香嬢をパーティーが中心で行われていた、庭の東屋で見つけると残念ながら用事が出来たのでこれで帰らなければいけないことを伝えると、残念がりながらも心良く了承してくれた。
どうやら、一緒にいる新垣大輔のこと以外は、割りとどうでも良いと思っていたのかもね。
あの二人の雰囲気は……。もしかしたら芸能ニュースを騒がしてしまうのか?
まあ、良いけどね。私とレイナの小物を入れたポーチやバッグはどうやら奥にある空いている部屋にまとめておかれているらしく、場所を教えてもらい自分達で取りに行った。
そして、私達は知ってしまったのだ。
奥の方の部屋の一室は、ある人達の秘密基地に改造されていたことを。
まあ、改造といってもパソコンや何かの機械が部屋いっぱいにあるだけなんだけど。
配線もできるだけまとめようと努力した後は、あっても最終的にはどうしようもできなかったほどの機械の数だった。
良く見たら、どれも画像は動いていて、その画像にはたった今まで、話をしていた万里香嬢や新垣大輔まで映っている。
「これって……」
「うん、もちろんこの家のあらゆるところに仕掛けた監視カメラの映像だよ。セリ」と説明してくれたのは、スーツを着こなしている私の婚約者の恐怖の恭太郎だった。
「監視カメラ……」
「もちろん誰にも気づかれないように設置してあるから、依頼主以外はこの家の住人でさえ知らないんだけどね。レイナ、ピンクのドレス似合っているよ」と爽やかに笑顔を見せながら現状を教えてくれたのは、レイナの婚約者の雅文さんである。
「あらゆる、ところってもしかしたらその……私とレイナが納屋から出てくるところとか見てたんじゃ……」
「違うよ。セリ。納屋から出てくるところからじゃあないよ。納屋の中にいて君たち二人が一生懸命にロープの結び目をほどいているところからだよ」
あ、もちろん納屋から出てきてここにくるまでの一部始終も見てたけどね。と続けられた時には、顔色が青から赤になっていたことだろう。
レイナと二人恥ずかしさのあまり顔を上げられなかった。あんなところとか、あんなところを見ていたのか。顔がっ顔が熱い。火を噴くよっ。
ところが鬼畜の二人は容赦なく責めつづけたのだ。
「僕達ね、君達がパーティーに来ているのは知っていたんだよね。で、わざと女性とイチャついているフリまでしてみせたのに……」恨みがましい声で恭太郎がつぶやけば
「嫉妬に駆られて飛びついて来てくれるかと期待していたのに……」雅文さんが残りの言葉を拾う。
君達ときたら、ぼくらを見たとたんに逃げ出そうとしたよね。あげく見てはいけない現場を見ちゃってさ。
で、僕は部下に命じて納屋に押し込んでおいたんだ。あそこだったら、安全を確保できるし僕達が見守っていれるしね。
なんてことを最もらしく言っているけど、実際に行われたことはかなりひどい。
「縛って拉致監禁したくせに!」
「そうよ、ひどいわ雅文兄様」
「おや、二人共反省が足りていないようだね?雅文、やっぱり君のあの提案実行するしかないかな?」
「ああ、報告も依頼主には済んでいるし、状況も把握済み。犯人グループも確保したし。後は撤収のみだからいつでも動ける」
悪党二人にしかわからない会話が続けられているけど、まったくもってわからないことだらけ。
せめて、簡単な説明をしてくれと言うと、後でと言われた。
恭太郎と雅文さんに抱えられるようにして、裏口から出されてしまう。
まあ、自分達の私物のバッグやポーチはしっかりと持っていたし、一応であるが友人へのあいさつも済んでいる。
疲れているし、帰るのは大賛成。
どうやら、鬼畜な婚約者様達は裏口から出入りしていたようだ。恭太郎のお気に入りの高級車、レクサスが停めてある。
隣で燦然と輝いているのは、雅文さんの愛車、ジャガーではなかろうか。
二人はそれぞれの婚約者の腕をしっかりと掴んで各自の車の助手席に有無を言わさずに座らせる。
シートベルトまで、しっかりと締めてくれる念のいれよう。
なんだかんだ言いつつ疲労しきった婚約者を家まで送ってくれるとは、以外と優しいんだ。とかこの時考えていた自分が呪わしい。
だから、甘いのだ。自分。世の中の、否、この二人の恐ろしさをいい加減で思い知れと言ってやりたい。と後で思ったけど。
ムナシイ。
とにかく、レクサスの助手席の乗り心地の良さは抜群だし、恭太郎の運転は安心できるし。というわけで私は疲れていたのか眠ってしまっていた。次に起こされた時には目的地に着いていた。
目的地……。恭太郎と雅文さんの目指した目的地は私とレイナの希望する目的地とははるかに違っていたけど。
「わあ、オシャレな別荘ね」こんな時でなければ、もっと喜べた。
「うん。周りも静かで……というか見事に何もないけど」とレイナが答えてくれる。
男達二人は、何故か沈黙を保ち、各自の車から旅行用のボストンバッグを取り出した。
ああ、着替えが必要なほどの日数を泊まり込んでいたのか。
それよりも、気になることがある。
何故、さっきから無言なのか。
そして、何故こんなところに来たのかである。
「二人共、疲れたでしょう?中に入って。コーヒーでもいれるから」
いかにも、親切そうに雅文さんが言いながら、ドアを開く。
明かりがついていたので、誰かいるとは思っていた。
中にいて待っていてくれたのは、管理人さんの夫婦らしく人の良さそうな六十代くらいの男女。
「若様、お待ちしておりました」嬉しそうに、手を休めて出迎えてくれた。
入って、すぐのところには、三畳くらいの玄関ホールがあって、一段高くなったところにスリッパが四人分揃えられていた。
雅文さんが前もって知らせてくれていたらしい。案内されるまま両開きの扉を開けるとそこには居心地の良さそうな大きめなリビングがあった。
リビングのもっと奥の方には、優雅な曲線を描いている階段がある。
どうやら、この別荘は新しい建物ではないような気がする。どこもかしこも古めかしさを感じるけど最近、改装した跡らしいものも伺える。
階段に行く途中の壁には、西部劇に出てくるようなスウィングドアがあって、どうやらそこはキッチンのようだ。
キッチンらしき方角から陶器や金属の触れ合う音が聞こえてくるし、コーヒーの匂いも漂ってくる。 考えてみれば、私もレイナもパーティーでは、ほとんど何も食べていない。
おそらくは、二人の鬼畜男性陣も同じだろう。
「中山さん、急な話なのに悪いね。近くまで来たものだから寄って行こうかと思ってね」雅文さんがいかにも爽やかな好青年を演じている。若様だものね。
「ああ、中山さん。奥さんにも紹介しておこう。彼は僕の親友の堂山恭太郎で彼女は僕の婚約者の堂山レイナそれに恭太郎の婚約者でレイナの親友のセリさん」丁度、キッチンの方から奥さんも気づいてやってきたらしく、優しそうな顔に似合わない腕力の持ち主のようで、大きな皿を軽々と持っている。
雅文さんが、私達のことを簡単に紹介してくれていたが、私としては奥さんの腕が持ち上げている大きな皿が気になっていた。
皿の中には綺麗に並べられたサンドイッチやチーズ、ハムといったすぐにでも食べられそうな美味しそうな物が彩りよく並べられていた。
奥さんは、ニコニコしながら、挨拶をしてくれて私達もつられるように挨拶をしていた。
「若様、電話でおっしゃられていたように、簡単につまめるものを用意しましたが、こんなものでよろしかったでしょうか」
「うん、美味しそうだ。もう遅いし食事は簡単にすまそうと思ってね。電話して頼んでおいたんだ。ああ、中山さん、こっちのテーブルに置いてくれ」
どうやら、雅文さんは管理人さん夫婦に別荘の中の清掃や食糧の用意をお願いしていたようで。
「では、若様。私達はこれで。何かありましたら電話をくださればすぐにご用意いたしますので」
「若様、コーヒーはキッチンの方に用意してありますので。では、おやすみなさいませ」
管理人さん夫婦がにこやかに挨拶をして帰っていくと、再び沈黙が始まった。




