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人間、信じられないモノを見ると、ショックが大きい。私とレイナも例外ではなかった。たった三ヶ月前に婚約発表なんてものをした婚約者に浮気の現場らしきシーンを見てしまう。
二人はどちらともなく、顔を見合わせると静かに、その場を移動する。
相談しようにも、周囲には知り合いが多すぎた。近くにいる人に聞かれてしまう。
それだけは、避けなくちゃ。二人の考えはそんなものだった。
静かな誰も居なさそうな、地味なハーブが植えられているところにいこう。
花とかが、まだ咲いていなさそうなところなら……。
そんな地味で静かな場所を探していたのにどういうわけか、パーティーの主催者である万里香嬢に手招きされてしまった。
「新垣大輔さんよ。新垣さん、二人共貴方の大ファンなのよ」
う~~ん。万里香嬢……一時間イヤ三十分前なら大喜びだったこの紹介は、今やかなり辛いものになりつつある。
それでもしっかりと躾けられているレイナの笑顔は崩れなかった。鉄壁の笑顔だね。レイナ凄いよ。
「こんにちは。はじめまして新垣様。私、堂山レイナと申します」
「こんにちは。日向セリと言います。新垣様の映画出来上がるのを楽しみにしています」
どうにか笑顔を作り、必死に挨拶をする。
その間にも万里香嬢は、他にも多勢のゲストを迎えて挨拶を交わしていた。
見事なホステスぶりだわ。まさにパーティーの主役。この庭の薔薇も万里香嬢にはかなわないね。
新垣大輔は、テレビで見るよりも人間くさくて、現実感があったけど、私はイヤじゃない。
むしろ、私的にはリアルな新垣大輔の方が格好良いとさえ思う。
彼はこれからどんどん、実力をつけてグレードアップしていきそう。私のこの手の感はわりと当たる。
どういうわけか、人気が出そうなアイドルや俳優は何かが違う。
そのどこか、人を惹きつけるオーラに集まってきたのか、周囲が女性で固められていた。
私とレイナは、少しづつ、その輪から抜け出して今度こそ誰もいない場所を目指す。
そして、それを見てしまうのだ。できれば私もレイナも見てくはなかった。
薬物の取引の現場を。
何の薬物かは知らないけど、そのいかにもこそこそした様子といい。やり方といい何もかもが安っぽい。
だって、こんな素人の小娘にも分かってしまうほどの取引って……ナイワー。
しかも、こんな分かりやすい取引のくせに一応、見張りを置いているって……なんなの。それに後ろにいるなんて……卑怯じゃないのよ~~。
って思い切り叫んでやるつもりだったけど。暴れる暇も与えられずに両手を掴まれてロープで縛りあげられた。
そして、精密機械を扱うみたいにそっと納屋の床に下ろされる。
確かにさっきまで人のこなさそうな場所を探していたけど、これは違う。違うよね。
私とレイナは、騒がないでおとなしく捕まったおかげか、怯えるお嬢様二人と認識されたようだ。
納屋には鍵がかけられているし、両手ときたら縛られている。
でも、見張りはつけていない。これって信じられないほどのチャンス。
レイナと二人でいるんだし、恐いものなんてない。縛られている縄はほどけばいいだけだしね。
ほどけなかったら、切ればいいだけ。
レイナは生粋のお嬢様なので、こういった誘拐されて拉致監禁されるというシーンを常に想定されて育てられた。つまり逃げるための知恵や技術は中々なのよ。
そして、小さな頃から一緒にいることが多かった私も自然と覚えた。
サバイバルなら、ちょっとしたもの。逃げる自信はもうバリバリ。
「レイナ、どう?」
私の縄をほどくべく、レイナが頑張っていてくれている。「う~~ん。あともう少し」
あともう少しか……こんな女子高生が簡単にほどけるような結び方をするってことはやっぱり、あの人たち……。
とか、考えていたらレイナが私の手首を縛っていたロープをほどいてくれていた。
さっそく、お返しとばかりにレイナの手首のロープを今度は私がほどく。
「ねえ、レイナ……あの人たちってさ、絶対に悪い人じゃあないよね」
「うん、縛り方もゆるいし、この納屋に閉じ込めたのだって多分……自分達の仕事の邪魔っていうよりも私達が危険から守るためかもね」
どうやら、レイナも気づいていたらしい。あの人達の仕事とかここにいる理由とかに。
「やっぱりさっき見たわざとらしいほどの薬物の受け渡しっぽいことに関係していると思う?」と、私が聞けば、「うん、そうね。実は私あの人達のスーツのポケットに入っていたバッジを失敬しちゃたの」
レイナはどこに隠し持っていたものか、ほっそりとした指を開いてバッジを見せてくれた。
「何だか、このバッジ見たことあるわ……。確か雅文さんのスーツの襟にたまについていたものに似ている気が……」
「ええ、そうなの。雅文兄様の会社の社章よ。つまり……」
「つまり、雅文さんの家の経営している警備保障の会社の人達ということだよね」雅文さんの家は明治時代に創業した警備保障の会社を経営している。
雅文さんは、若くても実力を認められている現場を取り仕切ることもある役員といったところだ。
警備保障の専門家と薬物に詳しい専門家が顔を揃えているということは、プライベートでなければ、目的は一つ。
依頼主が映画監督の父親か大女優の母親かは知らないけど。とにかく私とレイナが最優先ですべきことは、逃走。
何が起きているのかを正確に知る術もないし、知る必要があるとも思えない。
所詮、私たちは単なる女子高生なのだ。
それよりも、あの二人の鬼畜は私とレイナがここにいると知ったら何をするかわからない。
一見爽やか系の雅文さんも、どう見ても草食系と言われる優しげな顔をした恭太郎も。
さっきまでは、てっきり浮気の現場を見たと思ってそれなりに強気でいたのに。単に顔を見たくない一心だったのが今では、非常に危機感を覚えている。
一刻も早く、この納屋から出て、家に帰りつくことしか考えられなくなっていた。
とりあえず、手首を縛っていたロープがなくなったことにより、動きやすくなったのは嬉しい。
納屋には、鍵はかかってはいなかったし、簡単に出ることもできた。
見張りの人数もさいていないことで、いかにも小娘を納屋に押し込んでおけばもう安心といった彼らの心情がわかる。
確かに、普通のお嬢様ならばロープを自分でほどくという発想はないかもしれない。
私は、彼らができれば、捕獲した女子高生の存在をすっかりと忘れてくれていることを願った。
そうでないと、雅文さんに報告でもされたら、気づかれそうである。
感がやたら良さそうなんで怖いのよね~~。
レイナと二人、庭の木陰や薔薇を盾にしながら、パーティーの主役である万里香嬢のいそうな場所に近づこうと努力をしていた。
黙って帰るのは、マナー違反になるので、一言だけ挨拶をしようということになったのだ。
それに小物を入れておいた、バッグも万里香嬢のプライベートルームに置き忘れてきたようだし。
確かにたいしたものは入ってはいないけど、女の子はこれがないと困るといった小物がたくさん必要なのだわ。
それにどちらにしろ、レイナの運転手さん付きの専用車を呼ぶのにも電話が必要。ということでもしかしたらあの鬼畜コンビに見つからないように気をつけながら、行動していた。
まあ、ドレスは多少汚れてはいたけど、軽くはたけば目立たなくなったし。怪我もしていないので私達は、パーティー客に堂々と紛れ込める格好である。
逆に人目があるところの方が危険が少ない気がして、なるべく同じような年頃の女の子のいるところを選んだ。
万里香嬢の友達、それほど売れていないけど芸能界のアイドル予備軍みたいな感じの女の子も男の子もすごくいて、目の保養になる。
「ホントに凄い人脈」レイナも感心しているのか呆れているのか分からない口調で見渡していた。
「うん。でもこれってレイナの家のパーティーとかと違ってセキュリティチェックとかが甘そう」私が感じたことを言うとどうやら同じことを思っていたらしく、ニヤリとされた。
レイナ、お嬢様なのにその笑顔はどう見ても悪人だよ。
以前ムーンライトさんの方に投稿した「草食系は切れると危険」の続編でした。投稿先を間違えたようです。でも直せないようなのでこのまま投稿をすすめます。よろしかったら最後まで付き合ってください。