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「勇者様ぁー」

 渚で巫女ちゃんがスイカ柄のビーチボールを抱えて、手を振っていた。ここは、異世界でも屈指のリゾート地、ヒョウタン湖であった。


「いいねぇ、こういうのんびりした感じ」

 俺は浜辺に設えたパラソルの下の影に横たわりながら、トロピカルカクテルのグラスを手にしていた。

「いいっすねぇ、勇者の旦那。姉御たちも楽しそうで何よりだ。白い肌が眩しいぜ」

 俺の横に同じように寝転んで、『スーパーオイル 10-10』の缶を片手にしているのは、ロボモードの流星号であった。この場にサンダーがいないのが、心残りだ。サンダーは無事でいるだろうか?


 うちの三人娘は、波打ち際でビーチボールを追いかけていた。

「若いって、いいっすねぇ、旦那」

 こいつ、この前ロボに改造されたばかりじゃないのか。中古バイクだったとしても、製造されて五年も十年も経ってないだろう。と、突っ込みをいれたくなるところだが、今日は許す。何せリゾートだから。

 だから、巫女ちゃんの投げたボールを、ミドリちゃんが遥か上空で受け止めようとも、シノブちゃんが沖に飛んだボールを取るために水面を沈むことなく走ろうとも、突っ込まない。そうだ、今日だけは突っ込まないんだ。だって、リゾートだから。だってリゾートなんだし。リゾートなんだよ、リゾート。だから……、これ以上、突っ込みどころ満載のビックリドッキリな言動を慎んでくれ!

 どうして俺のチームは、こんな異世界ドッキリ人間大賞みたいな奴ばかりになったんだ! 頭おかしくなって、夜明けの湖に叫びたくなるじゃないか。

 最初は巫女ちゃんと、ほのぼのお散歩デートみたいなのりだったのに、今じゃ異世界怪獣大戦争状態だよ。勇者は勇者でもRPGじゃなくって勇者ロボシリーズだよ。コンナワタシニダレガシタ。俺は今にも手にしたグラスを握り潰しそうだった。

 ふぅ、いかん、いかん。落ち着かなくては。何故ならここはリゾート地だから。俺は、さも落ち着きはらっているように、グラスの中身を一口含んだ。

「旨い」

 カクテルはこうでないといけない。俺は、束の間、落ち着きを取り戻す。

「ふぅ、旨いっす。オイルは、やっぱ『10-10』にかぎるぜ」

 突っ込まないぞ、絶対。絶対にだ。


 俺は、しばらく青い空を眺めていた。ふと、湖岸に目をやると、巫女ちゃんが何人かの男に囲まれていた。何か話しているようだったが、俺が見ているのに気がついた巫女ちゃんが、こちらに向かって叫んだ。

「勇者様ぁ。この方々が一緒に遊びましょうと言っているのですがぁ。どうしましょおぉ」

 俺は傍らの流星号を一別した。

「さて、絞めに行くか」

「オーケイ、旦那」

 俺は流星号を連れて巫女ちゃんの方に歩みを進めた。だが、半分も行かないうちに、男たちのある者は髪の毛を燃やされ、またある者は腕を有り得ない角度にねじ曲げられ、ほうほうの体で逃げ去っていった。

(スマン。俺たちがもっと早くに着いていたら、そんな不幸なことにはならなかったのに)

「きみたちが巫女くんに手を出すなんて、百万年早いんだよ」

「顔面戦闘力も大して無いくせに、巫女さん口説こうなんて片腹いたいわ」

 ああ、だからこの人たちは……。でも、今日の俺は突っ込まない。絶対に突っ込まないぞ。折角のリゾートなんだから。お願いだから勘弁して。


「あっ、勇者様」

 近づいた俺に最初に気がついたのは巫女ちゃんだった。小さなフリルの付いた、ピンクの花柄のビキニを着ている。長い黒髪は後ろで三編みにして束ねてあった。

「不思議です。下着は見せてはいけないのに、同じような形の水着は見せても良いのですね」

「はは、俺たちの世界では、裸で水浴びをしないから、水着を着るんだよ」

 俺は、さも落ち着き払ってるという態度で巫女ちゃんに応えた。

「巫女のお嬢、大丈夫でしたかい。リゾート地に来てまでナンパするとは不貞ぇ野郎だ」

 ケツばっかり追いかけてるお前が言うな、と流星号に突っ込みたくなるが、今日は突っ込まないんだ。だって、リゾートなんだから。

 そうするうちに、ミドリちゃんとシノブちゃんがやって来た。

 ミドリちゃんは真っ白なビキニだが、上も下も三角形の布に紐が付いただけの露出度の高いものであった。黙って立ってるだけなら、男どもが寄ってくるだろうに。

 一方、シノブちゃんの方は、真っ赤なワンピースだが、こちらもハイレグで腰から脇までは紐で荒く編んだだけの、これまた悩殺的な物であった。茶髪のロングヘアをいつものように髷のように縛っている。

「はっはぁ、うちらにかかれば、ナンパやろうがヤンキーやろうがいてこますぞぉ」

 あのぅ、あなたがたの方がよっぽどキケンなんですが……。とは、口に出さない。今日は突っ込まないんだから。だって、リゾートなんだよ。

「勇者さん、いっしょに泳がんか。身体鈍るでぇ」

「そうだよ、勇者くんもいっしょに泳ごう」

 しかし、返事をしたのは流星号だった。

「いやぁ、姉御たち、おいらは沈んじまうから、泳ぐのは無理ですぜ」

 誰もお前と泳ごうなんて考えてないだろう、と突っ込みたくなるが、今は止めておく。ところがシノブちゃんが、

「誰もお前と泳ごうなんて思っとらんわ。お前は、おとなしく荷物番しとったらええねん」

 と言ってしまった。

「そりゃぁないぜ姉御」

 そうは言ったものの、シノブちゃんの態度に変化はなく、流星号はトボトボと返って行った。ちょっと可哀想かな。

「勇者様も水に入りましょう」

 巫女ちゃんも、そう言ってくれた。折角だから泳ぐか。

「そうだな、俺っちも泳ぐとするか」

「せやせや。ほんなら沖まで競争や。行くでぇ」

 シノブちゃんはそう言うなり、水に飛び込むと、恐ろしい勢いで沖に向かって泳ぎ始めた。オリンピックの競泳で金メダルを取れそうな速さだった。

「くの一様は、泳ぎも得意なんですね」

 得意という範疇を通り越している、と言いたくなるが、今日は言わない。リゾートだから。

 ふと、気が付いたら、さっきまで近くにいたミドリちゃんも沖まで泳いで行っている。じゃぁ俺も泳ぐかぁ。

「巫女ちゃんは、泳げるんすか?」

 一応、念のために訊いておく。

「くの一様ほどではありませんが、泳げますよ」

 いや、あんなに泳げる人は何処にもいないだろう、と言いたくなるのをグッとこらえる。

「じゃ、泳ごうか」

「はい」

 俺は巫女ちゃんと一緒に、沖の二人のところまで泳ぎ始めた。


 しばらく泳ぐと、やっとこさ二人のいる沖までたどり着くことができた。

「遅いよ二人とも」

 ミドリちゃんが言った。

「あんまり遅いから、ボクたちだけで潜ろうかと思いかけたよ」

 潜る? こんなところで?

「ほな、魔法師さん、やってくんなはれ」

「じゃあ、皆ボクの近くに来て。魔法をかけるからね」

 俺たちは、ミドリちゃんに言われるままに、立ち泳ぎをしつつ、彼女に近づいて行った。

「じゃあやるよ。「シルドバルン」」

 ミドリちゃんが呪文を唱えると、俺たちは大きな泡に包まれた。泡はそのまま湖底へと沈んで行った。

「うわぁ、凄いですねぇ」

 巫女ちゃんが感嘆の声をあげた。かく言う俺も凄いと思った。

「潜水球みたいっすね」

 上を見上げると、水面が鏡のように光っていた。回りを見渡すと、魚が群れをなして泳いでいる。

「これなら、水中戦も不可能じゃないで」

「いや、偵察はできると思うけど、シノブちゃん、どうやって攻撃するつもりなの?」

「あたたぁ、それは考えとらんかった。う~ん、水中銃とか」

「そんな危ないものは、町には売ってなかったっすよ」

「うちだけやったら、一時間は素潜りできるんやどなぁ」

 何だよ、その桁違いの潜水時間。水遁の術か何かなの、と突っ込みたくなるが、ぐっとガマンする。

「何とか丘に引き上げられば、ボクらにも勝機があるんだけどね」

「網とか何かでとっ捕まえて、ブレイブ・ローダーで引っ張って引き上げてやったら、上手くいくんちゃうか」

「今、ブレイブ・ローダーのメンテナンスユニットで、牽引用のワイヤーや巻き取り器を組み立てているところっす。水中銃や水中用のロケット弾も作っておくようにプログラムしてきたっす」

「なんや、勇者さん気が利くやないかい。これで水中でも戦えるなぁ」

「水中用の探査機も作っているから、まずは偵察からだね」


 潜水球での湖底散歩は、いつの間にか作戦会議になっていた。

「今朝の探査機の空撮映像やレーダーによるスキャン結果では、前の遺跡の時のように、島に人間型の何かが配備されているようっす」

「またゾンビかなぁ、勇者くん」

「ゾンビってゆうたら、あの切っても撃っても死なへんどうしようもないやつやろ」

「まぁ、ボクの爆炎攻撃で燃やせばいいんだけど、正直、ゾンビはもう勘弁して欲しいよね」

 ミドリちゃんは、この前の遺跡攻略の時に、ゾンビ・ヘッドとのいさかいがあったから、実際やりづらいだろうな。俺は地底の反応について、自分の考えを言った。

「ここは湿地だから、ゾンビだと身体が腐っちまうと思うっす。ゾンビとは違った対人防衛用の妖怪だと思うっす。同じような反応が、湖岸にもあるから、結構難題っすね」

「湖の回りは開けているから、機械魔獣やラプトルのような魔獣は出ないと思うよ。実際、目撃例も報告されて無いしね」

 俺もミドリちゃんの言う通りだと考えていた。

 するとシノブちゃんが、

「だったら、ブレイブ・ローダーで島まで飛んで行ったらええねん。単純かつ効率的やないか」

「そう単純にすめばね。問題の水棲魔獣の正体がはっきりしないんだ。島では狭すぎてブレイブ・ローダーの動きが制限されるし、下手をすると、島と水中からの挟み撃ちになってしまうと、ボクは思うんだ」

 ミドリちゃんは、シノブちゃんとは違った意見のようだ。

「やっぱり情報が少ないっす。もしかすると、一度、偵察する必要があるかも知れないっすね」

「勇者さん、いやに慎重やないかい」

「俺たち、サンダー抜きでの本格的な遺跡攻略は、ほとんど初めてなんす」

 俺は抱えていた不安をぶつけた。そうだ、今回はサンダーがいないんだ。

「そっかぁ。うちも遺跡攻略は初めてやからなぁ。それ以前に、異世界に遺跡とかアマテラスとかおるっていうのを聞くのが初めてらからな」

 俺は水中散歩だということもあるが、何か背筋を不安のようなモノが走るのを覚えた。

「巫女ちゃん、まだ邪の物の気配は感じとれないっすか?」

 巫女ちゃんは少ししょんぼりして、応えた。

「はい、まだ魔法力が戻っていないので。すいません勇者様、今回はお役にたてなくって」

「でも、HPは回復したみたいっすね。今日は楽しかった?」

「はいっ。昨日の水着選びも、今日の水中のお散歩もすっごく楽しいです」

「せやな、こんな芸当ができるのは、魔法師さんだけや」

「そう言われると、ボクも嬉しいな」

 ミドリちゃんは、まんざらでもない、という顔をしていた。

「皆で勇気を持って力を合わせていけば、きっと大丈夫っす。これまでも、そうだったんすから」

「そうだね、じゃぁ、今日はゆっくり静養して、決行は明日だね」

「その通りっす。皆で頑張るっす」


 そうして、俺たちはそれぞれの手を重ね合わせると決意を固めたのだった。



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