(6)
二日後、俺たちは、ヒョウタン湖の南側の小さな町に到着していた。
途中、二回ほどラプトルタイプの魔獣の攻撃を受けたが、俺たちは辛くもこれを退けていた。
俺たちは、ブレイブ・ローダーを町に隣接する駐車場に駐めると、手荷物だけを持って宿をとった。急な宿泊と駐車料金で、結構な出費だが……。まぁ、金ならいっぱいある。気にしてはいけない。
こんな時にサンダーが居れば、町のネットに接続してチョチョイのチョイなんだが……。流星号の処理能力では、無理なんだって。シノブちゃんにはナイショだよ。という事で、流星号はバイクになってもらって、ブレイブ・ローダーの見張り番をしてもらうことにした。
宿の大部屋──じゃなくって女子部屋に集まった俺たちは、これからの相談をしていた。目的の遺跡のあるのは、北湖の中央の小島だ。俺は、ゴムボートや救命胴衣なんかが要るなと思っていた。
「勇者くん、買い物! 買い物行こう」
「せやせや。折角町に着いたんやから、はよ見に行こ。ショッピングや、ショッピング」
いつになくはしゃいでいるのは、ミドリちゃんとシノブちゃんである。まぁ、リゾート地に着いたんだから、当然の反応ではあるけれど。しかも、金持ってるし。
「ほら、巫女くんも行こうよ。ボクが可愛い水着、選んであげるからさぁ」
リゾートの意味がよく分からない巫女ちゃんを、ミドリちゃんが誘惑しようとしていた。
「いや、ここはセクシーに決めなあかんところやで。巫女さんは魔法師さんとちごうて、立派なもん付いてんやから。ホンマ、勿体ないでぇ」
異を唱えたのはシノブちゃんだった。
「む、貧乳で悪かったな。ものには、バランスというものがあるんだぞ。そうだよな、勇者くん」
「え? へ……」
いきなりお鉢が回ってきて、俺は狼狽えた。
「う、うん。まぁ、形は大事ってことっすね」
俺は、取り敢えず、そう返事をしておいた。しかし、コレがまずかった。
「ほら見ろ、勇者くんもああ言ってるぞ」
ミドリちゃんはこれ見よがしの態度で、シノブちゃんに意見した。対してシノブちゃんは、
「そうはゆうても、やっぱりオッパイは大きい方がええよな。なあ、勇者さん」
そう言われて、俺も反射的に、
「まあ、小さいよりも大きい方が良いけれど」
と、つい反応してしまった。それが、ミドリちゃんの怒りを買ってしまったのだ。
「勇者くん、いったい、キミはどっちの味方なんだい」
「あ、うう……」
俺は言葉に詰まった。
「い、い、い、い、いや、男と女の関係は、む、胸の大きさだけじゃないから。いや、こうゆーことは、本人同士のフィーリング、ってのが大事じゃないかなって……」
「ムゥ」
ミドリちゃんは、立ち上がると、あからさまに俺を見下したように見ていた。そのまま、俺の手を取って立ち上がらせると、出入り口まで引っ張っていかれた。そして、そこから廊下に追い出されると、
「ボクたちが出てくるまで、入ってくるんじゃないぞ」
と念を押すと、目の前で<バタン>とドアを締めてしまった。
(うわっ、とうとう追い出されちまった。ど、どうなるんだろう)
廊下に一人取り残された俺は、不安になってきた。悪いとは思ったが、ドアに耳を押し当てて、なんとか中の様子を探ろうとしていた。
しばらくして聞こえてきたのは、シノブちゃんの悲鳴だった。
「な、な、こんなことがあってええのか。この大きさで、この張り。形も完璧やないかい。負けた。かんっぺきに負けた。さすが異世界人。巫女さん、どないしたら、こんな大きくて立派なオッパイになるんや。うちは、この極意を教えて欲しい」
いったい、あいつらは何をやってるんだ? 廊下にまる聞こえだぞ。
「あのう、特に極意とかぁ、秘伝とかぁ、無いんですけど……」
巫女ちゃんの困ったような声が聞こえる。そうだよなぁ。俺も、そんなもんは無いと思うが……。
「嘘や。きっと、異世界秘伝の秘密の極意があるに違いあらへん」
「くの一くん、そんなに悲観することは無いよ。ボクだって、初めて見たときの敗北感ていったら……。底知れなかったけどねぇ。は……ははは」
「み、巫女さん。どないしたら、こんな立派なオッパイになるんや。うちは、その真髄を、どうしても知りたいねん」
「え、えと……。本当に、特に極意なんて無いんですけど。思い当たるとしたら、新鮮な食材を新鮮なうちに美味しく食べる事ぐらいでしょうか」
「そんなん普通の事やんか。そうやって、美しい大きなオッパイで、勇者さんを独り占めするつもりなんや~」
「くの一くん、勇者くんはそんなことで、女の子を分け隔てしたりしないよ。あの、優柔不断さからいって、誰にも決められないんじゃないかな」
「そんなん、信じられへんわ。男は皆、オッパイ星人なんやど。犬ころやって、旨い餌の方になびいてくやないか!」
なんて会話してるんだよ。俺は、その辺の犬と同じなのか……。
「うう、そうかも知れないが……。いや、ここは異世界だ。一夫多妻制が許されるかもしれないよ」
「グスン。そやったら、やっぱり第一夫人は巫女さんやなぁ」
「そうだね。あの勇者くんなら、最終的にそうなるよねぇ」
「いえ、勇者様なら、皆さんを分け隔てなく愛して下さいますわ」
巫女ちゃんのそれは、「そんな事はあるはずがない」という自信を持った言い方だった。
「そこや! 巫女さんの、その良い子ちゃんなとこが、男の気を引くんや。しかも巫女さんは、それを天然でやってるんや。そんなん、うちらが敵うわけあれへんがな」
何、この流れ。う~ん、俺って、なんか鬼畜扱いされてないか。それに、いつの間にかハーレムフラグ立ってるし。俺、異世界に来る前は、全然モテなかったのになぁ。これも異世界だから?
でも、基本的に住人は、異世界に呼び込まれた元勇者だろう。もしかして、過酷な異世界生活と勇者を辞めるような挫折感で、感覚が狂ってきているのか?
そういや、俺だって、平気で人を切り殺したりしてるよな。相手は悪い盗賊だったけど。わざわざ調べなかったけど、あいつらも元勇者なんだよな。
冷静に考えたら、俺って、スゴく非道じゃねぇ。勇者だから何でも許される、ってのは変だよね。
俺が改めて異世界生活の矛盾に悩んでると、ドアが開いた。
そこから出てきたのは、シノブちゃんだった。肩をがっくりと落としている。
「い、いったい、……何が、あったんすか?」
大体の流れは分かっていたが、敢えて俺は彼女に尋ねた。
すると、シノブちゃんは半泣きで俺に抱きついてきた。いや、これは羽交い締めだ。俺の骨格が、ミシミシと悲鳴をあげる。
「勇者さんは……、勇者さんは……、うちのこと、見放したりせんよなぁ」
「ギギャーー、ゆ、許して。見放さないから、許してくださいいぃ」
更に、俺の背骨が悲鳴を挙げ続ける。
「勇者さんには、いっぱいおるけど、うちには勇者さんだけなんや。「こうやって勇者さんに触れたらあかん」てゆわれたら、どないしたらええんか分からんねん」
「ーーーー」
俺は、口をパクパクさせながら、瀕死の状態だった。その時、巫女ちゃんとミドリちゃんが駆けつけて来てくれた。
「くの一くん、冷静になれ! 勇者くんが、死んじゃうじゃないか」
「あっ……」
そうして、俺は、ようやくシノブちゃんの『鯖折り』から解放されたのだった。
「大丈夫かい、勇者くん。ボクは巫女くんほど上手じゃないけど、治癒魔法を施してみよう」
うつ伏せになって魔法治療を受けている俺の視線の向こうに、泣き崩れるシノブちゃんが居た。
「堪忍、堪忍な。うち、いっつもこうなんや。大事な人ができるたんびに、こうやってその人のこと、傷つけてしまうねん。うちが、住む町を転々としてるんは、大事な人が出来んようにするためやねん」
何か本筋と台詞が噛み合っていないようで、突っ込みどころが満載なんですが。
でも、シノブちゃんはシノブちゃんなりに、悩んで傷ついてるんだよなぁ。ただ、そのリアクションが極端なだけで……。
「し、シノブちゃん。俺もう大丈夫だから。そんなんで泣かないでよ」
「勇者さん、ほんまに堪忍な」
ミドリちゃんの魔法のお陰で、だいぶん痛みも引いてきた。俺は身体を起こすと、
「シノブちゃん。もう泣かないで。俺、皆のこと好きだから。もちろん、シノブちゃんのことも大好きっすよ。だから、早く町に買い物しに行くっす」
「……勇者さん。うちのこと、許してくれるんか? うち、ガサツやし、すぐ物壊したりするし。なぁんも、ええとこ無いんやで。それでも、そう言ってくれるんか?」
「俺っちは、そんな些細なこと気にしないっす。そんな細い神経してたら、この異世界で生きて行けないっすからね」
俺は、シノブちゃんにそう言って、「ははは」と笑って頭を掻いた。
「くの一様、落ち着きましたか? わたくしに水着を選んでくれるのでしょう。早く町に行かないと、日が落ちてしまいますわ」
「そうだよ、ボクだって、くの一くんと一緒に買い物したいもの」
「やっぱり巫女さんは、誰にでも優しいな。優しすぎて痛いくらいや。おおきにな、巫女さんも、魔法師さんも」
ようやく、シノブちゃんも落ち着いたようだ。
「それじゃぁ、皆、準備はいいっすか。これから町へ買い出しっすよ」
『オーケイ』
そうして俺たちは、荷物持ちの流星号を連れて、皆で町にショッピングに行った。俺は、ゴムボートの他に、替えのパンツとサロンパス©、及びバンデリン©を調達したのだった。