(4)
俺たちは、泥の海を脱出すると、陸路でヒョウタン湖を目指していた。
「サンダーさん、大丈夫かなぁ」
と、シノブちゃんが呟いた。
「サンダーの旦那なら心配いりませんぜ。おいらが保証しますぜ」
シノブちゃんのバイクロボ『流星号』である。
「お前みたいなクサレロボットに保証されても、信じる気にならへんわ」
「まぁまぁ、くの一くん。サンダーはきっと無事だよ」
ミドリちゃんである。
「魔法師さんには、何か確信があるんかい?」
「う~ん、ボクにも確信がある訳じゃ無いけどね。何となく、何となくだよ。それに、あのムッツリスケベが、こんな可愛い女の子三人を残して死ぬなんてあり得ないと思ってさ」
「わたくしも、サンダーは無事だと信じています。この世界は勇気が無限の力を産み出すのです。ならば、信じる心も何かしらの力を持つのだと思います。だから、わたくしは信じます。サンダーとは、きっとヒョウタン湖で会えると」
「せやな。巫女さんの言う通りや。うちらが信じてやらんでどないすんや、ってことやな」
巫女ちゃんは、「ちょっと違うんだけどなぁ」というように首をかしげたが、
「まぁ、そういうことですわね」
と、シノブちゃんに応えていた。
そして、もうすぐ夜になりそうな時間になった。
「巫女ちゃん、そろそろどこかで停まって休憩しよう。敵の魔獣は水系だから、できれば川や沼のないところが良いと思うっす。本当は、ブレイブ・ローダーを洗ってやりたいとこっすが、それは明日にしようと思うっす」
「分かりました。では、その先の広場でローダーを停めますね」
「了解っす」
俺たちは、一旦ブレイブ・ローダーを停めて、野営することにした。
食料は、この前の町で買ったものがあるから、しばらくは狩りなどをしなくても大丈夫だ。
シノブちゃんは、流星号と一緒にブレイブ・ローダーを降りると、
「よっしゃ、流星。うちと組手せんか。魔獣と対決するときに、腕がなまっとったらあかんからな」
「オーケイですぜ、姐御。でも、おいらの身体は金属で出来てて硬いから、防具を着けた方が良いと思いますぜ」
「何アホなこと言うてんねん。うちはそんな柔やないでぇ。お前こそ、ボッコボコにぶっ壊されんように、しゃんとせぇよ」
「分かりやしたぜ、姐御」
そうして、シノブちゃん達は、少し離れた広場で、組手を始めた。
ミドリちゃんはといえば、細い木の棒のような物の束を持つと、ブレイブ・ローダーを囲むように地面に突き刺しているところだった。
「ミドリちゃん、何をしてるっすか?」
「ん? 探知用の結界を張るんだよ。夜中に襲われても、すぐ気が付くようにね」
ミドリちゃんは、木の棒を淡々と地面に突き刺しながら、そう応えてくれた。
そうだよな。今はサンダーがいないから、何から何まで俺たちでやらないとダメなんだ。俺は改めてサンダーの重要さを知った。
「俺に、何か手伝えることは無いっすか?」
するとミドリちゃんは、少し頭をひねると、
「うーん、巫女くんの夕食作りの手伝いをするくらいだな。あとは、気晴らしに素振りでもするとか、かな」
と応えた。
「そうっすね。じゃぁ、俺も少し身体を鍛えることにするっす」
俺はそう言って、ブレイブ・ローダーから少し離れると、勇者の木刀で素振りを始めた。今更やっても付け焼刃かも知れないが、俺も少しは強くならないとな。
しばらくすると、巫女ちゃんが夕食の準備が出来たと言ってきた。
「もう、そんな時間っすか。シノブちゃん達も、中に入るっす。夕食の時間すよ」
「もうそんな時間かい。流星、なにそんなとこで伸びてんや。さっさと行くで」
流星号は、シノブちゃんとの組手で、相当痛めつけられたらしい。
「さっすが、姐御だ。おいらをここまで痛めつけるとは。姐御、おいらは外でメンテナンスをしてるぜ」
「おう、しっかり直しとけや。せやないと、いざという時、しっかり働けんからな」
シノブちゃんの格闘術は、ハンパじゃないようだ。即席とは言え、勇者ロボ第二号を素手でボコボコにしてしまった。くれぐれも敵にしないようにしなくては。
俺たちは、大事をとって、ブレイブ・ローダーの中で夕食を摂った。今日の献立は、イグアナの肉団子汁、根菜の煮付け、目玉焼きにライ麦パンだった。
「なぁ、巫女さん。煮付けに入っとる、この丸いもんはなんや? 肉団子とも違うけど」
シノブちゃんが巫女ちゃんに訊いた。
「それは、イグアナのキン[ピー]ですよ。とても精がつくのですぅ」
ああ、やっぱりソレは外せないのね。俺とミドリちゃんは顔を見合わせると苦笑した。
「そうなんか。うちは好き嫌いなく何でも喰えるからな。キン[ピー]でもチン[ピー]でも、精がつくんなら、ぎょうさん喰わんとな。んぐんぐ。おっ、旨いやないか。勇者さんも、しっかり喰っとかなあかんで」
「そ、そうだね、シノブちゃん」
さすが、シノブちゃん。食べるのも豪快である。
俺とミドリちゃんも、目の前の煮物の器にたじろいでいたが、覚悟を決めて食べ始めた。所々に突っ込みたくなるような形状の具材があったが、それには目をつぶることにした。なんつったって、ここは異世界なんだから。食えるだけで、満足しなくては。些細な部分は、これから慣れていくしかない。
そうして俺たちは、束の間の平和と共に夕食を平らげ、眠りに落ちたのだった。
いつの間にか、ピーピーという音が鳴っていた。
俺は、その音で眠りから引き戻された。
「ふぅわぁ、何だ」
俺の問いに応えたのは、ミドリちゃんだった。
「敵襲だ。機械魔獣四体。ブレイブ・ローダーの前方七百メートルに展開中」
その声で、眠気が一気に吹き飛んだ。俺は、勇者の木刀と高速のサンダルだけを身に付けると、
「分かった、迎撃に出るっす」
と言って、ブレイブ・ローダーを飛び出した。
「うちも出るでぇ。来い流星!」
「がってんだ姐御」
流星号もそう言ってバイクに変形すると、シノブちゃんの後を追った。
シノブちゃんは流星号が近づくと、そのまま走っているバイクに飛び乗った。目を見張る身体能力だ。
「おっ先にぃ」
シノブちゃんは、バイクになった流星号に乗って突っ走って行った。
「ボクも出る。巫女ちゃんはブレイブ・ローダーで待機していてくれ。「ハイフロール」」
ミドリちゃんはそう呪文を唱えると、空を飛んで機械魔獣の迎撃に出た。
最初に機械魔獣に接触したのはシノブちゃんだった。
「流星、パイナップル持っとるか」
「勿論でさぁ姐御」
流星号がそう答えると、<ポン>と音がして、手榴弾が飛び出した。シノブちゃんは、空中に浮いたそれを片手でひっつかむと、
「行くで流星、覚悟はできてるか?」
と、バイクに訊いた。
「姐御、こんなやつら相手に覚悟なんて、ちゃんちゃらおかしいぜ」
「上等。それでこそ、うちの流星号や。行くで」
「がってんだ」
シノブちゃんは、フルスロットルで機械魔獣の一匹に近づくと、その手前の岩場を利用して、空高くジャンプした。空中にいる間に手榴弾のリングを口で引っ掻けて抜くと、大きな口を開けて迫ってくる魔獣に近づいた。そのまま手榴弾を魔獣の口に放り込むと、絶妙なハンドルさばきで、魔獣の頭を通り越すと、鮮やかに地面に着地した。その瞬間に、手榴弾は機械魔獣の口中で爆発し、その頭を吹き飛ばしていた。
「一丁あがり」
シノブちゃんはそう言うと、次の機械魔獣にめがけて突っ走って行った。
「シノブちゃん、やるっすね。俺も負けてはいられないっす」
俺も高速のサンダルで機械魔獣の一匹に駆け寄ると、その前に立ち塞がった。
「雷よ!」
俺は『勇者の木刀』を天に向けると、そう叫んだ。すると、天空からすさまじい稲光が木刀めがけて落ちてきた。勇者の木刀は雷のエネルギーを帯び、長大な長さの光剣と化した。
「必殺、天空雷鳴切り!」
俺は叫びざま、木刀を機械魔獣めがけて降り下ろした。
長大な雷の刃に、機械魔獣が真っ二つに切断されると、大爆発を起こして粉微塵になった。あと二匹。
他方、ミドリちゃんは、空中を飛びながら機械魔獣の一匹と並走していた。
「なるほど、口の中が急所か」
彼女はそう呟くと、魔獣の目の前で静止した。
「エレブラウワー」
ミドリちゃんがそう呪文を唱えると、人の頭程のサイズのプラズマ球が両手の間に発生した。機械魔獣が彼女を噛み砕こうと巨大な口を開いたところ、彼女はプラズマ球を口に放り込むと、後方へ下がった。
そのとたん、機械魔獣は目と口から火花を飛び散らせると、そのまま横倒しになって動かなくなった。
最後の一匹。シノブちゃんは走っている流星号から飛び降りると、機械魔獣に向けて疾走した。流星号もロボに変形して、シノブちゃんのすぐ横を走る。
「行くで流星」
「おうよ、姐御」
二人はそのまま機械魔獣の足元に接近すると、その両足に突進した。
『ダブル・ハイパー・ラリアット』
二人の打撃を浴びて、機械魔獣が前のめりに倒れ込んだ。
「勇者さん、トドメやで」
俺はシノブちゃんたちの作った好機を逃さなかった。
「喰らえ、一刀両断切り」
次の瞬間、木刀が機械魔獣の首を胴体から切り落としていた。切り口からはバチバチと火花が散っていたが、それもすぐに消えて、魔獣はその動きを止めた。
四体の機械魔獣を倒した俺たちは、お互いを見やると親指を立てた。
「やったな、勇者くん」
「やったで、勇者さん。流星も、よう頑張ったで」
「照れるぜ姐御」
俺は皆を見回すと、
「皆よく頑張ってくれたっす。ありがとうっす」
と言って激励した。
「これからヒョウタン湖までは、長い道のりになるっす。でもこんな風に、皆で勇気を持って戦えばきっと乗り越えられるっす」
「その通りですね、勇者様」
いつの間にか、巫女ちゃんが車内から出てきていた。
「せやな。……クシャン。おわ、冷えてきよったわ」
そう言えば、シノブちゃんの出で立ちは、短いタンクトップにサイドストリングのパンティーだけだった。ミドリちゃんも、下着の上にダボダボのTシャツ一枚の姿だった。俺はというと、トランクス一枚である。そりゃぁ、まぁ、冷えるわな。
「皆さん、ブレイブ・ローダーに暖かいお茶を沸かしておきました。冷えきってしまう前に、暖まって下さいね♡」
さすが巫女ちゃん、気が利く。
「それじゃぁ、皆。風邪を引く前に、ブレイブ・ローダーに入るっす」
こうして俺たちは、第二の刺客を撃退したのだった。