(3)
俺達は、魔獣の残骸で起きた大規模な土石流に巻き込まれて、サンダーと離ればなれになってしまった。
「サンダー、サンダー、応答するっす。サンダー!」
俺はレシーバーで懸命にサンダーを呼んだが、雑音ばかりで、返事は無かった。
「俺が、安易に上空の魔獣を迎撃しようなんて考えたから、サンダーと離ればなれになってしまったっす。俺のミスっす」
離れてみて初めて、サンダーの重要さが分かったような気がする。
何とかしてサンダーを探さないと。
「探査機だ。ブレイブ・ローダーの全探査機を飛ばして確認すれば、見つかるかも知れないっす」
しかし、それに待ったをかけたのは、ミドリちゃんだった。
「勇者くん。少し落ち着いたらどうだ。闇雲に探査機を飛ばしても、広大な範囲に広がった土砂の中から、サンダーを見つけ出す確率は低い。それよりも、ここを脱出して、早く安全地帯に避難する方が先決だ」
「でもサンダーが……、サンダーが」
俺は、サンダーがいなくなったことに狼狽えていた。
すると、ミドリちゃんは俺の頬をバチンと叩くと、こう言った。
「落ち着いてくれ、勇者くん。君はリーダーなんだぞ」
「ミドリちゃん……」
ミドリちゃんに言われて、俺は少し冷静さを取り戻した。そうだ、俺はリーダーなんだ。
これからどうすれば良い。まずはここを脱出することだ。これは、ブレイブ・ローダーの自己修復が完了すれば可能だ。
次は、サンダーの行方だ。サンダーはアマテラスの神が、異世界に呼び込んだ勇者ロボットだ。そう簡単に破壊されやしないだろう。無線が通じないから、一部機能が損傷している可能性はあるが。
もし、サンダーが健在なら、今回の目的地のヒョウタン湖に向かうに違いない。であれば、俺たちもブレイブ・ローダーでヒョウタン湖を目指した方が、再会する確率も高くなるはずだ。
「勇者さん、何かあてはあるんかいな」
シノブちゃんが話しかけてきた。
「まずは……、まずは、ブレイブ・ローダーの修復を待って、ここを脱出するっす。脱出したら、俺たちはこのままヒョウタン湖を目指そうと思うっす」
「ほな、サンダーさんはどないするんや。はぐれたまんまやないか」
「ええーっと、サンダーが無事なら、同じようにヒョウタン湖を目指すと思うっす。だから……、だから俺達もヒョウタン湖に向かえば、再会することが出来ると……思うっす」
俺は、確信は持っていなかったが、今の時点で可能性の高そうな事を喋った。
「でも、サンダーさんが壊れて動けなかったら、どないすんねん」
それは、俺が一番考えたくなかったことだ。どうすれば……。
「大丈夫だよ、くの一くん。サンダーはそんなに柔じゃない。きっと、何処かで生きているさ」
俺が未だ不安でいることを察したのか、ミドリちゃんはそう言ってフォローしてくれた。
巫女ちゃんも、
「サンダーは強いロボットです。きっとどこかで生きています。もしかしたら、先にヒョウタン湖を目指しているかも知れませんね」
と言って、ニッコリと笑った。
「そうかも知れへんな。でも、ヒョウタン湖の水棲魔獣って、どんなんやろ。あんなクラゲみたいなヤツやったら、今度の仕事、しんどくなるで」
シノブちゃんは、少しシビアな考え方をしているみたいだ。肉体を駆使して戦ってきた人って、こんな風に思うんだな。
(ヒョウタン湖の水棲魔獣。一体どんなモノだろうか)
その頃、サンダーは、何処かの土石流の中でもがいていた。
「うおおお、やっと地面の上に出られたでござる。勇者殿、勇者殿、応答するでござる。……応答がない……でござる。拙者の無線機が壊れてしまったようでござるな」
サンダーは、自己メンテナンスプログラムを起動した。
・ロボ形態の関節駆動部、泥と砂により駆動不良あり
・ダンパー、オートバランサー、高荷重により一部変形、通常使用には問題なし
・多元駆動システム、プログラム再起動の後、キャリブレーションの必要あり
・独立連動システム、各部ネットワーク、ともに重大な問題なし
・光学センサー、サブカメラ、光軸にずれが生じるも、大きな問題なし
・レーダー、測位計、異常なし
・通信系統、破損
・インターネット・データリンク、不良
・変形機構、当面の問題なし
・一次装甲版、椀部と脚部に歪あり
・音声認識、音声合成発音機、同期周波数発振器の再調整が必要
・冷却水パイプに損傷、十パーセントの漏れ
・排熱口、二番、七番、十五番、汚泥による詰まりあり
・ナビゲーションシステム、基本機能に問題ないが基本マップのアップデートが必要
・サンダーフレイム発火装置破損、使用不能
・メインメモリ、R13~V08まで使用不能、代替領域を確保
・一部記憶データに欠損あり、バックアップより補完
「取り敢えずは、動けるでござるな。さて、これからどうしたものか。まずは、この泥の海を抜け出すことでござるな」
サンダーは土砂の流れた形状とかろうじて残っていた付近の地形データを照合して、最も最短で脱出できるルートを推論した。
そして、そのルートに沿って、えっちらおっちらと歩き出した。
一方、俺たちはブレイブ・ローダーの修復を待っていた。
「勇者様、ブレイブ・ローダーの修復率、85パーセント。移動が可能になりました」
巫女ちゃんが、ローダーのコックピットからそう言った。
「そうっすか。なら、すぐにここから脱出するっす」
いつまでも、こんな泥の中で足止めされる訳にはいかない。チームのメンタルにも影響するし。
「わかりました。駆動輪が泥で滑って機能しないので、ホバーリングで脱出します。少し揺れますよ。シートに着くか、何かに掴まって下さいね」
皆は巫女ちゃんの指示に従って、シートに着いた。
「行きます」
巫女ちゃんがそう言うと、<フィーン>という音がして、ブレイブ・ローダーが揺れ始めた。
「あらあら、泥にくっついてますわ。上手く上昇しません。えーと、浮遊魔法を併用してみます」
すると、音は揺れとともに更に大きくなり、室内にもガタガタという振動が伝わり始めた。
しばらくすると、<ズルッ、ズルッ>という感触の音が室内に響いたかと思うと、急にシートに押し付けられるようなショックを感じた。抜けたか?
「勇者様、脱出に成功しました。主翼を開きます。ブレイブ・ローダー飛行モード」
巫女ちゃんはそう言って、機器を操作していた。正面のフロントモニタに、高みから見下ろす泥の海が見えた。それは、果てしなく地平線まで繋がっているかのようだ。
「巫女ちゃん、空撮画像を出してくれないっすか。現在位置を明確にしたいっす」
「わかりました。探査機の空撮画像に地形図をリンクします」
すぐに、フロントモニタが空撮映像に切り替わる。それに重なるように、等高線と地図記号が描かれていた。
(ふむん。泥の海は、ほぼ円形に広がっているな。えーっと、地形図が確かなら、南東方向に大きく流されたのかな)
「この映像からすると、南西の山岳地帯を避けて、取り敢えずは北に向かうしかなさそうだね」
ミドリちゃんは、画面を見つめながらそう言った。
「そのようっすね。巫女ちゃん、北へ飛んで欲しいっす。それから、念の為に、探査機は飛ばしたままにして欲しいっす」
先手を取られたからな。念には念を入れ、だ。
「あのう、勇者様。今、上空にある探査機は、燃料がもうありません。一旦回収して、別の機体を打ち上げることになりますが……。よろしいでしょうか?」
操縦席の巫女ちゃんは、申し訳無さそうにそう言った。
「そうっすか。……うん、それで良いっす」
この状況だ。仕方ないよな。
「でわ、発進いたしますね」
フロントモニタがまた外を映し出したのと同時に、俺はシートに背中を押しつけられる感じがした。ブレイブ・ローダーは、今、泥の海からの脱出をしようとしていた。
一方のサンダーも、泥の海を抜け出そうとしていた。
「やっと、しっかりした陸地が見えてきたようでござる。あと少しでござる」
サンダーが辿り着いたのは、南西の山岳地帯であった。
「この崖を越えれば、ふぅ、平地でござる。地面の上であれば、ビークルモードでヒョウタン湖を目指すことが出来るはずでござる」
サンダーは、今度は岩山を登り始めた。
「勇者殿達は無事でござるかな? ブレイブ・ローダーは、頑丈に出来ているでござる。きっと勇者殿も、ここを脱出して、ヒョウタン湖に向かっているはずでござる」
果たして、俺達はヒョウタン湖で再会できるのだろうか。