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(2)

 俺達は、次のポイントである『ヒョウタン湖』を目指していた。


 青空の下、荒野をブレイブ・ローダーを牽引しながら走るサンダーの右を、シノブちゃんの乗った流星号(りゅうせいごう)が疾走していた。


「勇者殿、気象観測レーダーによると、この先に雨雲が広がっているでござる。たぶん、雨になると思うでござる。くの一殿達は、ブレイブ・ローダーに入ってもらった方が良いと思うでござるが」

 サンダーは、カーナビの画面に、レーダーの観測画面を映しながらそう言った。

「じゃぁ、シノブちゃん達には、中に入ってもらおう。シノブちゃん、聞こえたっすか。もうすぐ雨になるらしいっす。念のためにブレイブ・ローダーに入って欲しいっす」

 すると、シノブちゃんは、

「オーケイ、こっちのレーダーにも雨雲がわんさか映っとるわ。すまんが、一旦乗っけてもらえんか」

「了解っす。サンダー、車を停めてくれ」

「心得た」

 サンダーが停車すると、シノブちゃんは少し追い越したところでUターンをした。そのまま、俺達の方へ戻って来る。

 俺達も、一旦サンダーを降りると、前方の雲を眺めた。

「雲の動きが早いな。ぬかるみになると、図体の大きいブレイブ・ローダーは足をとられる可能性もあるな。ここは、ボク達も一旦避難した方が良いかも知れないね」

 少し小高いところに登って先を眺めていたミドリちゃんも、避難を推奨した。

「サンダー。もっと詳しい事は、分からないのか」

 俺は、脇に停まっている自動車に呼びかけた。

「航空写真か衛星写真があればいいのでござるが。この世界には、気象衛星は飛んでないようでござる。雷で大気が乱れている所為か、ネットワークの接続も不調でござるので……」

 ふむ、そう言うことか。

「なら、それだけ強烈な低気圧ってことっすね。今のうちに準備をしといた方が、良さそうっす」

「せやな。流星号、お前はロボットに変形しとけ」

「分かったぜ、姐御」

 シノブちゃんの命令で、流星号はカシャンカシャンと変形して、ロボモードになった。

「そいじゃ、ちょっくらごめんなすって」

 流星号はそう言いながら、シノブちゃんの後に着いてブレイブ・ローダーに乗り込んだ。

 これでしのげればいいと思っていた矢先、予想以上に空模様(そらもよう)は急激に変わり始めた。辺りが暗くなり、ポツポツと雨粒が地面に黒い染みをつけ始める。

「ヤバい。もう来たか。皆、ブレイブ・ローダーに乗り込むっす」

 俺の指示で、巫女ちゃんやミドリちゃんもサンダーを降りて、ブレイブ・ローダーに走り込んだ。皆が乗り込んだ事を確認して、俺も乗り込む。

 俺達が雨宿りをしているローダーを、無人のサンダーがゆっくりと牽引して走っていた。


 そのうち、回りはほとんど視界のきかない程の土砂降りになっていた。

「やれやれ、危ないとこだったっす。サンダー、外の様子はどぉっすか?」

 俺は、空模様をサンダーに確認した。

<物凄い土砂降りでござる。このまま走るのは、危険でござる。どこかで停車して、退避した方が賢明でござるな>

「分かったっす。停まる場所は任せたっす」

<心得た>


 しばらく黒く濡れた道を進むと、竹林が茂っているところに出た。

<この辺で、雨をしのごうと思うでござる>

「了解。サンダー、雲の様子はどうっすか?」

<相変わらずでござる。雲が通り過ぎるまでは、しばらく動けないでござるな>

 ブレイブ・ローダーのスクリーンに映る気象画面では、あまり広範囲に雲があるわけでは無さそうだ。局地的なゲリラ豪雨だろう。そう思っていた。


 しかし、三十分経っても、雨は止まなかった。一時間、二時間。遂に、三時間が過ぎたが、豪雨は依然続いている。

「勇者くん、何かおかしくないか。もう、随分経つのに、雨が降り止まないなんて」

「せやな。うちも、わりと長い事異世界を回っとったけど、こんなんは初めてや。このレーダーに映っとる雨雲、もしかして全然動いてないんやないか」

「俺も、そう思っていたところっす。サンダー、この三時間の雲の動きを、アニメーションで再現してくれないっすか」

<了解したでござる>

 すると、モニタ画面に雲の動きが映し出された。

「おかしいぞ。ここ三キロ四方にだけ雨雲が集中発生して、全く移動していない。ボクの経験上、こんな小さな雨雲なら、すぐに移動するか、雨で水分を失って小さくなるはずだ。意図的な何か(・・・・・・)が介入している可能性がある」

 ミドリちゃんが指摘した通り、どこか変である。

「うちも、こんな大雨なんか聞いたこともあらへんわ。そもそも、この異世界に大雨が降ること自体、珍しいことやで」

 経験豊富なはずのミドリちゃんやシノブちゃんがそう言うのだ。警戒しなくては。

「サンダー、周りに気を付けるっす。何か嫌な予感がするっす」

<心得た。レーダーの他にも、赤外線や他の電磁波センサーを使ってみるでござる>

「頼むぞ、サンダー」


 俺たちは、そうやって、しばらくサンダーの解析を待っていた。

<勇者殿、赤外線センサーに感ありでござる。何者かに囲まれているでござる>

「何だって! サンダー、変形してブレイブ・ローダーの上へ避難するんだ」

<了解>

 数秒ほどすると、天井でドスンと音がして、サンダーがローダーの上に避難したことが分かった。

<赤外線映像を映すでござる>

 サンダーの声と同時に画面が白黒になり、薄く白い人間の姿をしたようなモノが映った。

「何だこりゃ。人間? でも、こんな強い豪雨の中、俺達だって動けないのに……」

 もしかして、『邪の者』か? 俺が訝しんでいると、

「『水人間』だ」

 と、ミドリちゃんがモニターを見て、呟くように言った。

「『水人間』? それって、何すか?」

 ミドリちゃんは、少し思案しながら記憶を辿っていたが、すぐに思い出したようだ。

「昔、どこかの町で聞いたことがあるだけなんだけど。人間のような姿をしているが、そのほとんどが水で出来ている妖怪だそうだ。雨の降る日や大きな沼の近くに出没するけれど、人に危害を加えた例は、無かったはず……。一説には、水中に適合したゾンビのようなモノとも、水棲の魔獣の端末とも言われている」

 マズイな。巫女ちゃんは、今、魔法力を失っていて、『邪の者』の気配を明確に探知することが出来ない。これが奴らの先兵だとしたら、危険だ。

 俺達がどうすることも出来ないままでいるうちに、ブレイブ・ローダーが外から揺さ振られているような感じがしてきた。

「な、なんやコレ」

「きゃぁぁ」

 揺れは、次第に大きくなっていった。

「皆、落ち着くんだ。巫女ちゃんも、こっちに来て何かに掴まって。サンダー、外の様子はどおっすか」

<ブヨブヨした、人の形をした妖怪が、ブレイブ・ローダーを揺さぶっているでござる。何体かは、ローダーに登ってきたでござる。拙者は、迎撃に入るでござる>

 雑音混じりの声が、そう告げた。

「サンダー、無茶はするな。決してブレイブ・ローダーから降りるんじゃないぞ」

<心得た>

 この言葉と同時に、ローダーの天井がドスンドスンと音をたて始めた。サンダーが戦っているのだろう。

<勇者殿、こいつらは何でござるか。銃もナイフも、全く受け付けないでござる。殴っても腕がすり抜けるだけで、全く手応えがないでござる。ま、まるで、ゼリーのような軟らかいモノと戦っているようでござる。捕まえて、ひねり潰しても、すぐに元に戻ってしまうでござる。手の打ちようがないでござる>

 切羽詰まったようなサンダーの声だった。


(『水人間』……。きっとクラゲみたいに、99パーセント水で出来ているに違いない。形がある以上、完全に水だけじゃないはずだろうが。力技が効かない以上、手の打ちようがないな)


 俺が思考を巡らせていると、

「勇者くん、この画像を見て!」

 と、ミドリちゃんが叫んだ。

 そこに映っていたモノは、恐ろしく大きなクラゲのような形の物体だった。画面のスケールから判断して、直径三キロはありそうだった。

「な、何すか……、これは」

「気象レーダーと、各種の電磁波センサーの反応を重ね合わせたものだよ。このクラゲのような奴が、ボク達の真上にいて、この雨を降らせているんだ。それからこれ。さっき打ち上げた、探査機の空撮画像だ」

 ミドリちゃんは、てきぱきと機器を操作して、スクリーンを切り替えた。

 そこに映っていたのは、青空の下に浮かぶブヨブヨとしたクラゲのようなモノであった。中心部に薄いオレンジ色の核のようなものが見える。こいつが雨を降らせていたのかよ。

「多分、この核のようなものを叩けば、この魔獣にダメージを与えられると思うんだが」

 ミドリちゃんは、現状得られる情報から、そう判断をしていた。

「魔獣? これも、魔獣の一種なんすか?」

「それ以外に何があるんだよ、勇者くん。とにかく、事態は急を要する。あの魔獣(ばけもの)を何とかして、この豪雨から脱出しないと」

 彼女の判断は、的を得ている。

「分かったっす。サンダー、これから敵の本命に攻撃を仕掛けるから、ブレイブ・ローダーの上に掴まっているっす」

<しかし、登ってきた妖怪どもは、どうするのでござるか?>

「クラゲみたいな水人間くらいなら、超金属で覆われたブレイブ・ローダーもサンダーも、大したダメージは受けないっす。近づいてきたモノだけ、払い落とすっす」

<心得た>

 サンダーに言い聞かせてから、俺は迎撃の指示を出した。

「よし、プラズマアローの発射準備だ。巫女ちゃん頼むっす」

「わかりましたぁ。プラズマアロー発射準備、エネルギーチャージ開始。砲身、仰角九十度。真上の魔獣の核を狙います」

 この前の訓練の成果だろう。巫女ちゃんは、テキパキとコンソールに指を走らせると、武器の準備をしていた。

「巫女くん。ボクから探査機やレーダーの情報を送る。照準誤差を補正するんだ」

 情報機器を操作していたミドリちゃんが、巫女ちゃんをサポートしていた。

「わかりました。誤差修正、左1.2度、仰角0.5度。エネルギー充填、百パーセント。プラズマアロー、発射します」

 そう言った巫女ちゃんがトリガーを引くと、低い音がしてプラズマアローが発射された。

 俺達は、スクリーンに映る探査機の空撮画像を、じっと見ていた。すぐに、魔獣の中心核にプラズマアローが命中した画像が見えた。

「やった! 命中したぞ」

 魔獣の中心核は『雷の矢』に震えると、水玉がはじけるように爆散した。

「やったぞ巫女くん。命中だ」

「ありがとうございます。……ふぅ」

 俺達が魔獣の撃退に喜んでいる中、探査機はとんでもない映像を送ってきた。

 魔獣が形を失って、高度を急速に下げていた。つまり、直径三キロの巨大な水の塊(・・・・・・)が、上空から降ってきているということだ。

 俺は真蒼になって、叫んだ。

「まずい。皆、何かに掴まるんだ! サンダーもブレイブ・ローダーにしがみつけ!」

<分かったでござる>

「巫女ちゃん、ブレイブ・ローダーの魔法防御を最大に」

「わかりました。防御魔法を最大」

「来るぞ、勇者くん。衝撃に備えて!」

 ミドリちゃんが大きな声を出したのと、水塊に衝突したのは、ほとんど同時だった。

 ドンと音がして、ブレイブ・ローダーが激しく揺れ動いた。スクリーンは真っ黒になり、ローダーの外壁は、ゴンゴンと何かがぶつかるような音をたてていた。

「うわぁぁぁ」

 俺達は激しい揺れに振り回されていた。俺は、掴まっていた椅子から跳ね飛ばされて、何かにぶつかって意識を失ってしまった。



 どのくらい時間が経ったのだろう。俺は薄暗い部屋の中で意識を取り戻した。

「皆、大丈夫っすか?」

 ガンガンする頭を押さえながら、俺は皆の無事を確かめようとした。

「う~ん、痛てててて、後頭部打ってもうたわ。……クソッ、なんか重いと思たら、お前か! この腐れロボット」

「うひぃ。姐御、大丈夫ですかい」

「大丈夫な訳あらへんわ。うちの心配してくれるんなら、はよどけ」

 すると、ガッチャンガッチャンと音がして、流星号が立ち上がった気配がした。

 あの様子なら、シノブちゃんは大丈夫だな。もっとも、アレくらいで怪我をするような鍛え方はしていないだろうし。

「巫女ちゃんと、ミドリちゃんは大丈夫っすか」

 それよりも、他の二人だ。彼女達は、シノブちゃんと比べたらか弱い。

「ああ、ボクは大丈夫だよ。巫女くんもボクの近くにいたから、防御魔法で一緒に覆ったから怪我はないよ」

 巫女ちゃんは、ミドリちゃんに守ってもらったらしい。なら、無事だな。

「そうっすか。良かったっす。でも、何でこんなに薄暗いんすか?」

 俺の疑問に巫女ちゃんが応えた。

「今、非常電源に切り替えるところです。水の魔獣が落ちてきて、大量の土石流が発生しました。さすがのブレイブ・ローダーも、土砂と一緒に流されてしまったようですわ。ローダー自身も、少なからず損傷しています。今、復元魔法で故障個所を修理しています。勇者様、もうしばらくお待ち下さい。そうすれば、電気系統が復元するはずですので」

 巫女ちゃんが言った通り、しばらくすると室内が明るくなった。

「床が斜めになってるっすね。派手に流されたようっす」

「ええーっと……、ブレイブ・ローダーの全機能が復元するには、一時間くらいでしょうか。主な機能が回復すれば、泥の海を脱出できるはずです」

 巫女ちゃんは、光る計器類を見ながらそう言った。

「巫女ちゃん、外へは出られそうっすか?」

 俺は、巫女ちゃんに訊いてみた。外がどうなっているかを、一応確かめたかったからだ。

「先に射出した探査機が、まだ生きています。上空からブレイブ・ローダーの様子を空撮した映像を出しますね」

 巫女ちゃんがそう言うと、スクリーンに泥の海に埋もれたブレイブ・ローダーが映しだされた。

「あのぅ……、出入り口の部分は、泥に被われていないようですが。……開けますか?」

「ああ、すぐに開けて欲しいっす」

 俺は、何かに駆られていた。何か……、何か嫌な予感がしていた。早く外を確認したかった。

 プシューと音がして出入口の扉が開くまでが、待ち遠しかった。外を覗くと、差し込む日光がまぶしい。

「うわっ、すっげえ臭いだな。これって、魔獣の体液の臭いっすかねぇ」

 俺は、急いで外に足を踏み出そうとした。ところが、誰かに襟首をつかまれて引き戻されてしまった。ミドリちゃんである。

「勇者くん、そのまま外へ出たら、泥に埋まってしまうぞ。ボクが浮遊魔法をかけるから、ちょっと待つんだ」

 そうだった。うひぃ、助かった。

「あ、ありがとうっす。じゃぁ、お願いするっす」

 ミドリちゃんは、<ふぅ>と溜息を吐いた後、呪文を唱えた。

「フロール」

 ミドリちゃんが唱えると、俺は宙に浮き始めた。やっぱ、魔法はすごいなぁ。

「これ、どうやったら移動出来るんすか?」

 慣れない浮遊感に、俺は戸惑っていた。

「行きたい方向に、体重をかけるんだ。最初はちょっと難しいけど、すぐ慣れるから」

 俺は言われた通りに、前向きに体重をかけた。すると、フワフワと身体が宙を移動していった。

 ミドリちゃんも、後から空中を浮遊して着いて来る。

 だが、そこにあったのは、画面で見た以上に凄まじい光景だった。

 外は一面泥の海。大きな岩や大木までなぎ倒されて、流された跡が痛ましい。外から見たブレイブ・ローダーは、斜めになって泥の海に突き刺さっていた。空を見上げると、雲一つない青空に、探査機が浮かんでいる。さっきの豪雨が嘘のようだ。

「凄いことになってるっすねぇ」

「ホントだね、勇者くん」

「少し時間がかかるみたいっすが、ブレイブ・ローダーの修復が終わったら、この泥の海を抜け出すっす。地面を走れなくても、ブレイブ・ローダーなら、空を飛ぶことも出来るっすからね」

 俺は、この惨状をどう取り戻すかを考えていた。いや、それに考えを集中させていたんだ。もっと大事なことを考えないように。

 なのに、ミドリちゃんの言葉が、俺の耳に響いた。

「あれ? サンダーは何処に行ったんだ?」

 そうだ。サンダーは……。

「えっ? そういや、サンダーの姿が見えないっす」

 俺は今更気がついたように、慌ててレシーバーをオンにすると、サンダーを呼んだ。

「サンダー、サンダー。応答するっす。どうしたっすか? 俺っちの声が聞こえてるっすか?」

 しかし、何度呼び出しても、レシーバーからは<ザーザー>と言う雑音しか聞き取れず、サンダーの声は聞こえなかった。


──まさか、あの土石流でどこかに流されてしまったのか?


「サンダー、返事をするっす。サンダー、サンダー!」

 俺は何度も呼びかけたが、サンダーは応えてくれなかった。無事なのか、サンダー。




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