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 俺は、ひょんなことから異世界に呼び出された『勇者』だ。


 勇者というからには、美女を守って妖獣や悪党と戦い、王様から褒められてご褒美をもらう。


 この異世界では、そんなイカれた妄想は通用しなかった。何故なら、守るべき美女は、何かしらの異能を備えた女傑たちだった。


 まずは、魔法師のミドリちゃん。超強力な爆炎魔法をはじめ、分子分解から飛行術までを使いこなす無敵の魔法使いだ。勿論、俺如きが守ってあげられるような『か弱い女の子』ではない。下手をすると、こちらが丸焦げにされかねない。

 そしてお次は、くの一のシノブちゃん。その名の通りの忍術使いであり、ミドリちゃんと違った意味で、最強のパワーファイターだ。その強靭な筋肉から繰り出されるプロレス技は、数多の盗賊達の骨肉を砕き、葬り去ってきた。敵にしたくない人物の筆頭に挙げられるだろう。当然、俺なんぞが守ってあげられるような玉ではない。

 そして三人目。巫女ちゃんは、その名の通り『アマテラスの巫女』だ。彼女だけは二人と違ってか弱い美少女……のハズだったのだが。この世界の神の加護を受けた巫女ちゃんは、大事な時には、いつも俺を導き勇気づけてくれた。そして、俺が元気に戦えるように、『精のつく珍味』を半ば無理やり食べさせてくれる。ある意味、三人の中で一番(たち)の悪い()だ。勿論、神様に守られた彼女を、俺なんぞが守ってあげる意味はない。


 三人の美女に囲まれながら、勇者としての俺の出る幕はほとんど無いに等しい。


 その上で紹介しよう。俺の相棒──勇者ロボの『サンダー』だ。普段は自動車形態に変形して俺達の足となり、ピンチになればロボとなって機械魔獣すら打ち倒す頼れるヤツだ。その上、サポートメカの『ブレイブ・ローダー』と合体して、ウルトラマンサイズの超大型勇者ロボ『ブレイブ・サンダー』となれば、その力は無敵。巨大な石のゴーレムすら、一刀両断にしてしまう。サンダーさえ居れば、俺の出番なんて無いのと同じ。敵が倒れていくのを片手団扇で眺めていればいいのだ。

 更に、俺のチームに、もう一体の勇者ロボが加わった。シノブちゃんの相棒のバイクロボ『流星号』である。シノブちゃんの機動力を支えるバイク形態と、近接戦闘用のロボモードに変形できる洒落たやつさ。その上、シノブちゃんの必殺技までインプットされているんだ。その辺のチンピラ戦闘士など敵いっこない。


 このお歴々を前にしたら、成りたて勇者の俺の存在感は霞っぱなし。

 まぁ、楽できるんだから良いんだけどね。


 そう言うわけで俺が異世界で体験した事は『勇者が格好良く活躍する話』ではない。

 ここで、「思っていたのと違う!」と感じた人は、後悔する前に引き返しましょう。そうじゃない人は、俺のグダグダ感を、番茶でも飲みながら眺めてくれ。



「勇者くん、何をブツブツ言ってるんだい」

 そう話しかけてきたのは、緑色のミニスカートの美少女だった。

「ああ、ミドリちゃんすか。何でもない、何でも無いっすよ」

 俺は慌てて彼女の方に向き直った。

「もう、勇者くんたら。ちゃんとしてよ。今度は何処へ行くのかを、皆で相談してるんだぞ」

 俺は、広げてあるマップを眺めると、自分の考えを口に出した。

「うーんと、今度は、この『ヒョウタン湖』っていうところに行ってみようと思ってるっす」

「『ヒョウタン湖』? リゾートで有名なところだね。文字通りヒョウタンのような二つの円形の湖がくっついたような形をしているらしいけど。しかし、何でまたそんなところに?」

 俺は、ヒョウタン湖付近を拡大した地図のページを開いた。

「ヒョウタン湖は、水が綺麗で泳ぐこともできる湖っすが、それは南側の方だけ。北側の、より大きな方の湖は立ち入り禁止になっているっす。理由は、そこに『水棲魔獣』が潜んでいて危険だからとのことっす」

 俺の解説に、ミドリちゃんは少しムッとした様子だった。

「そうだよ。これは昔から知られていることだよね」

 もうちょっと説明しなくちゃならないかな。

「俺っちは、北湖の中央の小島が気になっているっす。水を木に置き換えると、アマテラスの祭壇の位置構造と同じになるっす。航空写真によると、小島の中央に、石造りの『遺跡』のようなものが確認されているっす。その上、付近から電力を採取できることも共通項っす」

 俺は、自分の考えを話した。

「なるほどね。マウンドの中央に石造りの遺跡。それに電力源。確かにアマテラスの祭壇と同じ構造だ。しかも、ここから一番近い」

 ミドリちゃんは、やっと感心したように頷いた。

「そう言う事っす。その上、リゾート地だから、近くに小さな町もあって食糧や物資の補給もできるっす。巫女ちゃんの回復にもピッタリな場所と思うっす」

 俺は巫女ちゃんの方を見ると、そう付け加えた。

「わたくしの事まで考えてくれて、ありがとうございます」

 彼女はそう言うと、深々と頭を下げた。

「巫女ちゃんは、俺達の中では『邪の者』の気配を感じられる唯一の人っす。まずは、ゆっくり静養して、力を回復してもらわないと、この先の旅は続けられないっすから」

 巫女ちゃんは前回の盗賊との戦いで、大怪我をした自警団のために、限界を越えて治癒魔法を使ってしまったのだ。そのため、今の彼女は魔力を失って探知魔法が上手く使えない状態だった。

「勇者くんの言う通りだね。巫女くんには、ボクもゆっくりしてもらいたいと思ってたところだよ。ヒョウタン湖なら、大型トレーラーのキャンピングカーでやって来る人たちもいるから、今回みたいにブレイブ・ローダーを置いておく場所にも困ることもないしね」

 ミドリちゃんが、そう付け加えた。

「なら、行き先はヒョウタン湖に決まりやな」

 そう言う快活な声の持ち主がシノブちゃん。ピッタリとしたライダースーツが、その豊満な肢体(からだ)の線を余すことなく露わにしていた。

「それより、もう昼飯時やな。勇者さん、飯、どうする?」

 俺はそう訊かれて、

「適当に何か食ったら、その足で町を出ようと思ってるっす」

「そうかいな。なら、何を食いに行こか?」

 あいも変わらず関西弁であけすけに聞いてくる彼女には、何か考えがある……とは到底思えなかった。ここは、俺が頭を捻るしか無いだろう。

「そうっすねぇ。俺っち、二日酔いがやっと治ってきたばかりだから、あっさりしたものがいいっすよねぇ」

 そうなのだ。街を守って盗賊団に勝利したは良かったが、凱旋後の祝賀会で、俺は死ぬほど呑まされてヘベレケになった。その挙げ句、今朝は二日酔いで、さっきまでゲロを吐いていたのだ。

「ボクも同感だな。ざる蕎麦とか素麺とか……が食べたいかな」

 ミドリちゃんが提案した。蕎麦かぁ。それもいいなぁ。

 すると、シノブちゃんが、

「うちがええ店知ってんがな。すぐ近くやで。歩いて行けるから、連れてったるわ」

 と、言ってくれた。さすがは地元だけあって、よく知っている。

 というか、せっかくの異世界なのに、蕎麦が喰えるのだ。なんとはなく残念なような、違和感のような、そんな感じがした。まぁ、それが異世界と言うものなら、そうなんだろう。

「じゃあ、そこにするっす。皆もいいっすか?」

「ボクはいいよ」

「わたくしも構いませんよ」

 皆の合意がとれたので、シノブちゃんお勧めの店で昼食を摂ることにした。

 蕎麦を食べられないサンダーと流星号は、駐車場で留守番だ。


 通りをしばらく歩くと、シノブちゃんが言ったように蕎麦屋が見えた。彼女は、先頭に立ってガラリと店の引き戸を開けると、

「おっちゃん、うちや。ざる蕎麦四人前、頼むわ」

 と言うなり、ズケズケと中に入って行った。馴染み客のようである。

「おう、シノブさんかい。昨日は頑張ってくれたね。勇者さん達も一緒かい。なら、いっちょう腕を振るわせてもらおうかな」

「おっちゃん、頼むでぇ。ほら、勇者さん達も、こっち来て座ってえな」

 シノブちゃんは、呆気にとられている俺達を誘うと、座敷の席を陣取った。

「ふうん、いい雰囲気だね」

「いい香りがしますわ」

「おっちゃん自慢の『手打ち蕎麦』や。美味いでぇ」

 そうか。異世界に手打ち蕎麦もあるんだ。というか、蕎麦屋のおっちゃんも元勇者(・・・)である。

 魔法の眼鏡で確認した情報を話したりして、俺達は蕎麦が出来るまで雑談をしていた。


 しばらくすると、蕎麦が人数分やって来た。

「巫女ちゃん、これがざる蕎麦だよ」

 俺達とは違って、生粋の異世界人である巫女ちゃんは、ざる蕎麦を知らない。

「以前、勇者様といただいたパスタと似てますわね」

 目の前のざるを見ながら不思議そうな顔をした巫女ちゃんに、シノブちゃんが否を唱えた。

「蕎麦とパスタを一緒にされちゃあかなわんわ。蕎麦はこうやってなぁ、ツユに薬味をドバッと入れて、ざるに盛ってある蕎麦をちょこんと浸けて、ズルズルズルってすするんや。うん、おっちゃん、今日も旨いでぇ」

 シノブちゃんが巫女ちゃんに説明したあと、厨房に向かってそう言うと、店主から、

「ありがとよ」

 と、声が返ってきた。

 巫女ちゃんは、シノブちゃんに言われたように、ネギとワサビをツユに入れようとした。

「あ、巫女ちゃん、それは入れない方が……」

 俺は、巫女ちゃんがワサビを入れるのを阻止しようとしたが、間に合わなかった。

「勇者様、どうなされたのですか?」

「いや、ワサビは辛いから、やめといた方が良いと思ったんだけど。まぁ良いか」

「せやせや、このワサビのツーンと効いとるのが旨いんや。遠慮せんと食べな」

 シノブちゃんは、相変わらずのマイペースで巫女ちゃんを引っ張って行こうとしていた。

「おいおい、くの一くん。巫女くんは、ボクらの食文化には慣れていないんだぞ」

 ミドリちゃんは、巫女ちゃんを気遣っていたが、シノブちゃんは全く気にしていなかった。巫女ちゃんは、

「はい、いただきます」

 と、ニッコリ笑うと、蕎麦を箸で持ち上げてツユに浸ける。それをシノブちゃんの真似をしてすすった。箸の使い方も、ようやく慣れてきたようだ。

「あら、これはさっぱりして、美味しいで……んんんんん」

 最初は美味しそうに頬張っていたのだが、案の定、鼻を摘まんだ。言わんこっちゃない、ワサビがきたようだ。

「巫女くん、大丈夫かい。これ、お水」

 ミドリちゃんが、巫女ちゃんに水を手渡していた。彼女は、水を少し飲むと、

「か、辛いのがツーンと来ました。これは、わたくしには少し辛すぎるようですぅ」

「そうか? 残念やな。旨いのに」

 一方のシノブちゃんは、全然責任を感じていないようだった。

「ほら、巫女くん、ボクのとツユを取り替えよう。念のために、こっちにはワサビは入れてないんだ」

 さすが、ミドリちゃん。先読みしてサビ抜きのツユを準備していたのか。巫女ちゃんは、ミドリちゃんとつゆを取り替えると、今度はワサビ抜きで蕎麦をすすった。

「あ、これなら大丈夫ですわ。ワサビ抜きでも、蕎麦って美味しいんですね」

「あたりまえやがな。皆、どんどん食うてんか」

 俺もネギとワサビを入れると、蕎麦をすすった。

「旨いっすね。異世界に来て、ざる蕎麦を食えるとは思わなかったっす」

「せやろ、勇者さん。呑んだ次の日の蕎麦は、最高やがな」

 そうか……、そうだろうね。俺は、今更ながら忍者の体力に感心していた。

「そういや、次行くヒョウタン湖の事、もっと教えてぇな」

 そうか。シノブちゃんは、あんまり詳しくないんだな。

「ふ~ん、リゾートねぇ。で、うちらの行くのは、北か? それとも南側か?」

「本命は北湖っす。でも、ここらでリゾートも良いかなって思ったんすよ」

 シノブちゃんはそれを聞くと、

「やっぱ、北が気になるわな。うち、ヒョウタン湖は初めてやねん。ごっつ楽しみやなぁ」

 それを聞いたミドリちゃんは、

「おいおい、くの一くん。北湖には、水棲魔獣がいるんだぞ。リゾートはついでだ」

 シノブちゃんはこう言われて、

「分かってまんがな。今度の相手は水棲魔獣やろ。今から楽しみやなぁ」

 そう言いながら蕎麦をすすっていた。

「相変わらず物騒だな、キミは」

 と、言いつつもミドリちゃんも蕎麦をすすっていた。



 蕎麦屋での昼食を終えると、俺達はサンダーの待っている駐車場に戻った。

 シノブちゃんは流星号の変形したバイク。残りはサンダーに分譲すると、駐車場から発進した。


 さぁ、次のポイントへ出発だ。



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