裏通りでの邂逅
スタンッ、と中空から裏路地に着地したフェイトの前には、上空から見た通り2人の男女が隠れていた。
今広場に集まっている魔力の流れは例え一般人で魔力について分からなくても、単純に嫌な空気が渦巻いていると知覚できる程圧倒的なものだ。
ただ隠れているだけでやり過ごす事は出来ないと思い、この2人も逃がそうと思って着地したのはいいが
----一切の隙が無かった。
腰に提げた剣や装備しているマントを見るからに、男性はおそらく騎士かそれに近いものである事が分かったし、その奥に庇うように隠されている女性はきっとこの男性にとってとても大切な人なのだろう。
(気配の探り方が尋常じゃない)
かつてどんな相手と対峙した時にも感じなかった戦慄が、この目の前の男性から発せられているのだ。
緊張に緊張が重なり、声の掛け方を忘れてしまったように喉が震え、唇は張り付いてしまったかのように決して開かない。
何故こんな圧倒的なオーラを持つ男性がこんな所にいるんだ?疑念は留まる事を知らず肥大化していき、焦燥だけが募る。
と、そんな折、向こうから声を掛けてきた。
「その制服を見るからには、君は騎士学校ナイツォブラウンドの生徒だと思うのだが、間違いないな?念のため聞くが飛行魔法まで使い私の目の前に来たという事は君は敵か?味方か?」
男性から発せられた鋭い問いかけに、フェイトは驚きを通り越して絶句してしまった。
制服が有名なのは分かる、だがこの男性の問い掛けではまるでこの騒ぎの中心が自分達である、と言を裏返せば言っているようなものだ。
本当に一体この男性は何物なんだろう----?
フェイトはそこまで考えた上で警戒を持ちつつ、薄暗い通りに佇む男性を注視した結果、
「ま、まさか……騎士王、アルト・アヴァロン?」
その答えに辿り着いた。
アルト・アヴァロンは騎士王として世界的に有名だが、それでも顔を知っていたのは一重に騎士としての憧れに他ならない。
騎士学校の生徒はおおよそ騎士王アルト・アヴァロンを崇拝しているが、それでもフェイトの崇拝具合は他生徒を凌駕する。
何せ幼い頃より焦がれていた理想の人物、絵本の中で夢見た理想の騎士、フェイトが目指す遥か遠き理想という名の目標。
その全てを集約し、過去未来全てを含めた上で世界最高と呼べる騎士がアルト・アヴァロンなのだ。
そしてフェイトの驚愕に満ちた表情や、その言動から敵であるという可能性が極小まで減り向こうも警戒を緩めてくれた。
「いかにも、アルト・アヴァロンだ。内密の公務によりこの地に来ていたが、この通り巻き込まれて、いや違うな。むしろこの町を巻き込んでしまった。すまないが手を貸してもらえないか?」
あの騎士王が自分に手を貸してくれ、と言っているのだ。これは我が国ローウェンの騎士隊に任命されることよりも、ましてや国王の護衛を拝命するよりも高貴で名誉あることかもしれない。
フェイトは一にも二もなく膝を付き頭を深く垂れた。
「ハッ!不詳フェイト・セーブ、騎士王アルト・アヴァロン様の命を我が全霊を懸け尽くすことをここに誓い、我が身に拝命致します!」
運命というものがあるのならば、運命の神に感謝をしたい。
騎士学校の一生徒の身分である自分が、任命されたのだ。もはやこれは家訓として後の世まで受け継がせたい程の誉れだ。
「あまり固くならないでくれ、ここは戦場だ。礼よりも皆が命を大切にする場面だ、なればこそ力を尽くしてもらいたい」
「ハッ!申し訳ありません!」
「……」
アルトも後ろにいた女性もやや呆れ顔でため息をつきそうになったが、その瞬間、膨大なまでに高まっていた魔力が一条の光となり天と地を繋ぐ光の柱を広場に顕現した。
「ついにきたか」
「あれが……」
「召喚獣ヘカントケイル、ですね」
召喚獣ヘカントケイル、最大の武器はその巨大さであり、歴史上確認されたものは200mを超えるものもいたと言われる巨人族だ。
もっとも、今回召喚されたものは過去最大規模のものではなく50m程と最悪は免れているが、それでも50mである。
一般に大きいと言われる動物でキリンの全長はおおよそで3.5m、巨大と言われるモンスター類ではボッカという大口竜が10m程、ブラキオレイドスと呼ばれる古代恐竜種が25m程と現在確認されている大型族でもこの巨人と比べれば半分程でしかない。
その巨大さに見合う剛腕や、一度踏みつけられればひとたまりもない巨足も全てが武器であり、防具であるとも言える。
あの巨大さと構成される筋肉のぶ厚さは、厚鋼ですら話にならない程固いであろうし、巨人族は魔法が使えない代わりに、魔法に対する抵抗力を神族としてのステータスにおいて底上げがされ効き辛くなっている。
巨人族が何故神族に分類されるのかというのは、一説には神の忠実なる僕であったから、と言われているからだ。
召喚獣の名に恥じない化物を呼び出してきた相手は、紛れもなく一流の召喚士だ。
やはり、召喚前から判っていたことだが到底勝てる相手ではない。
正式にこの御二人をこの町から無事退避させることこそが、任務であり最上の策でもある。
御二人が町から離れれば、ヘカントケイルもこちらを追わざるを得ない。
そのため町の復興等はこの際二の次で、ヘカントケイルを一刻も早く町から引き離し、町の人の命が半数以上助かればまさに全霊を賭した結果とも言える。
そう覚悟を決め、召喚獣ヘカントケイルからアルトに視線を戻すと既にアルトはフェイトの方に視線を戻していた。
「時間がないから手短に作戦を伝える、私が囮になり時間をかせぐからその間にフェイト、君はユキ・アヴァロンを飛行魔法を使いなるべく遠く、出来れば国の保護を求められる地まで護衛し、然る後討伐隊の編成を直訴、この事態の鎮圧に向けてくれ」
やはりと言うべきか、アルトの後ろに隠されていた女性はユキ・アヴァロンその人だった。
グランドプリンセスと呼ばれ、姫の中の姫と世界から羨望を集める神秘と清純の象徴。
その圧倒的カリスマは彼の聖母マリア、聖女ジャンヌダルクと比較される程尊き存在なのだ。
「ではアルト様は?貴方は本当に無事に帰ってこれるとお思いなのですか?」
アルトは無言を貫き、それが肯定を示すことは明白だった。
国を挙げて討伐すべき存在なのだ、いかに彼のアルト・アヴァロンとはいえたった1人では勝機すら見えない。
それにユキの悲痛な叫び、それはアルトが負っている傷のことだ。
自分を庇ったがために負った銃傷は、まだ治っていないどころか止血すらしていない。こんな状況では普段の力の半分が出せればいい方だろう。
それでもアルトは揺るがない。その意志、その在り方、その雄姿、その魂の全てが彼を戦場へと駆り立てる。
『王女を守れ』と
「作戦は今言った通り変更ないし、異論も挟ませない。では時間だ、……フェイト君、ユキを頼んだぞ」
そう言い残し絶対の信頼という呪いに近い宣告を残し、アルトは通りを抜け召喚獣ヘカントケイルを迎え撃とうとする。
----だが、俺は、
「間違っている!」
そう叫んだ。
■■■■■■
「予想以上に数が多い、100……は絶対に超えているわね」
ゲート前に先回りしたレイとリードは東ゲートに立ち塞がる敵を一様に観察し、純粋に戦力を測っていた。
敵兵は積極的に町の住民を攻撃はしないが、ゲートに近づく者に対しては容赦のない銃撃を浴びせるため、町の人々はゲートから距離を取りつつも外に逃げだすことが適わなかった。
敵はあくまでも住民には興味はなく、ターゲットのみを逃がさない構えなのだ。住民の列の後方ではきっとパニックが広がっているだろうが、それでも前方は前に押し出されたら銃弾にさらされるのだ。
命の綱引きであれば、絶対に前に出ようとはしなかった。
だが、リードが察知してくれた召喚の気配は今も濃厚に高まってきている。先までは気付きにくかったが、今では気付ける程に。
それは時間が残されていない証でもあった。ゲートは四方東西南北に存在するが、フェイトが向かった西方面は残念ながら手が足りないし、そこにいる住民を逃がすことはできない。
同じように南北のゲートも自分達のように騎士候補生や魔法師候補生、もしくは軍隊やギルドの人達がたまたま町に来ており、ゲート解放に向かってくれていると信じる他はない。
今、東のゲートには私とリードしかいないのだ。
「レイ、レイ。中規模範囲、の、地表荒削隆起魔法、『アースクエイク』なら、使える、よ」
と、隣から思ってもみない言葉が飛び出してきた。
先ほど攻撃魔法は苦手、と言っていた彼女からどんな心変わりでこの言葉が出てきたのか心情の変化を察するには余りあるが、今この状況で言えばその攻撃魔法は救世主とも言える程逆転を狙える。
「分かった、詳しくは後で聞かせてもらうから今は魔法の説明だけして。発動までのラグと問題点は?」
レイも有名な魔法についてならば基礎的な知識を修めてはいるが、それでも自身が魔法師ではないため詳しくは知らない。
アースクエイクが本来上級魔法に入ることも、それが範囲系魔法でみれば威力に優れていることも分かっているが、発動手順、発動秒数、リスク等については知識がない。
「この魔法、は、魔力をたっくさん、使う。多分、こっちの、存在に、気づかれる。銃、で撃たれたら、ドッカーン。ゲームオーバー」
やっぱりリードは天才でもあるだろうが、それに際してなのか言動の不可解さや行動が幼い感じが見受けられたりする。
これからも付き合いがあるのならば、熟知しておいた方がよさそうな性格だ。
「それで?」
「完成までの、20秒、守ってくれれば、あの門の、前にいる人達は、全員、やっつけれる、よ」
20秒、詠唱に集中しているリードを守れば勝ちだ。
……しかし20秒でもある。おそらく5秒は魔力集束のため敵も見つけられないからおよそ15秒が本来のタイム。
しかし、15秒間敵勢100人以上の銃弾を捌ききる等不可能だ。
ゲートが見える位置で発動しなければ最悪ゲートごと倒壊させ本末転倒になり得るし、かと言って詠唱中に動かせば集中が途切れまた一からやり直しだ。
そうなればここから導き出せる作戦は一つ。
「私が囮になって引き付ける、だからあなたはなんとしてでも詠唱を完成させて殲滅して。--そして出来れば町の人の避難を手伝ってあげて」
そう、レイが覚悟を決めるしかなかった。
「いいの?」
それは当然の問い、だがリードも深く反対しているわけではないので形式的な問い、というのが本当の所だろう。
それ以外に手段がないならば、それが騎士を目指した少女の覚悟ならば、それに答えるのが魔法師である。
騎士と魔法師が積み重ね、今では数多くのパートナーが結成されている騎士と魔法師の関係。
騎士が守ってくれるから、魔法師が力を振り絞れる。
魔法師が決めてくれるから、騎士が命を懸けられる。
それは騎士が姫に、主に忠誠を誓う事とはまた違う次元の、忠誠にも似た信頼という絆。
今、彼女達の間には熟練したパートナー達が辿り着く極みのような場所に身を置いていた。
「任せた」
「任された」
それはどちらが先に言葉を発したのだろう?だが、どちらが先でも同じ言葉が紡ぎだされ、繋がれたことだろう。
そして騎士たる少女は敵に向かい鮮烈な赤を刻むべく駆けだした。
「フッ!」
先制の一撃でまず敵の意識をこちら側に全て向け、他方面の意識を刈り取る。
囮の基本戦術だ。
懐から今日買ったばかりのダガーを鋭く投擲し、喉をかき切る。
突然の敵襲だが、敵の修練度もさしたるもので、レイに視線を向けるや否やすぐに迎撃の構えへと遷す。
この間僅か3秒、……まだたったの3秒しか稼げていないのだ。完成にはおよそ7倍、後17秒かかる。
撹乱したため魔力集中しているリードを見つけ出すのに多めに見積もって5秒、と踏んでもあと12秒は自力で稼がなくてはならないのだ。
それなのに----
こちらに向けられた銃口は無機質に、そして残酷な死の運命を告げる悪魔の武器でしかない。
その数は100以上となれば運命の女神と奇跡の女神を連れてこなければ生き残る事は話にならないだろう。
だが、レイはそれでも焦らない。焦りは過剰な緊張や余分な力を生む元ともなるし、何より自分には運命の女神よりも奇跡の女神よりも、信じるべき自身の血の滲む修練の積み重ねがある。
例えあと12秒の時間が必要だろうと関係ない。今、自分が出来ることをやるだけだ。
「土竜!」
レイは自分の騎士剣を地面へと強く突き刺し、その勢いにより土砂を巻き上げる。
銃弾数発ならばこの土砂の盾により一時的に凌げるし、何よりこの土砂により相手からの目を少しの間だけ眩ますことができる。
今は恥も何もない、もとより騎士とは泥に塗れるものなのだ。現実と理想は違うと認識しているからこそ泥に塗れることにもレイは躊躇しない。
「どこだ!」
そして目論見通り敵の視界は奪った。……だが、まだ10秒以上ある、絶望的に、足りない。
レイは次策以降も持てる力の全てを発動し続けなければ生き残ることは到底適わないのだ。
「閃昏一擲!」
土砂の盾を左に迂回し、今度は騎士剣を高速で振り抜くことによる空気中の衝撃波、すなわち鎌鼬を生み出し敵を襲う。
まだレイでは膂力が足りず、剣の振り抜き後に硬直が残るがそれでも騎士として剣を扱う者の中では貴重な遠距離技だ。
レイがまだ騎士学校1年とはいえ、卓越した剣技を持つ事は本人の努力の集大成であろう。
敵軍は鎌鼬を受け確かに態勢を崩したが、それでも全体を襲うことは出来なかったため無傷の部隊は尚もレイを銃口で狙い続ける。
「まだまだ!風神!!」
レイは騎士剣を右手で持ちその場で大きく、そして高速で回転し始める。
その剣によって真空の渦を作りだし、たった今放たれた弾丸を弾き飛ばす。
だが、風の力によって弾き飛ばしてはいるものの、弾丸が当たる度に風の防御膜は薄くなるし、全部を弾ける訳でもないのでこの2秒程の間にすでに十数度は弾丸がレイを掠めている。
そして一つは左の腿へと貫通し、軸足の負傷はこれ以上の回転を続けるにはもたず、終息を見せ始めていた。
ここまで稼いだ総合計時間が9秒、まだ、まだ足りない。
だが、もうレイは限界だった。足に銃弾を受け走ることは叶わない。さすれば銃弾を弾くしか道はないが、秒間100発は下らない銃撃の中生き残れる程、もう体力はない。
ならば、最後の技を放つ他選択は残されていなかった。
「!!っ、雷神!!」
そしてレイが最後に放った技とは、風神により加速、遠心力を増していた自らの分身とも言える騎士剣を敵目掛けて全力で投擲した。
その破壊力は手榴弾にも相当するエネルギーが詰まっており、剣が敵地を貫いた瞬間、ついに敵陣を崩すことに成功した。
(これで12秒----あぁ、後3秒足りなかったな)
確かに敵陣を崩すことに成功はした、だがそれでも一部の兵はまだこちらに銃口を構えたままだ。
そしてその引き金に力が入り、弾き絞られる様をレイは遠く、ゆっくりとした時間の中眺めていた。
(なんでこんなにゆっくり見えるんだろう?あんなに敵が引き金引くのが遅いなら私全員切り倒せ----違うか、これが噂で聞く走馬灯ってやつなのかな)
人は、死の間際あらゆる時がゆっくりと流れ、それでも意識だけははっきりしているためこの時間は生者に残された最後の時間、とも言われている。
人によっては無限にも感じ、人によって過去を思い出す等様々な事象が報告されているが、どれにも共通しているのは「考えている」、ということだった。
記憶を思い出していることも、無限の時間を使い自らの想いを纏め上げることも、全て自らの脳が限界まで性能を引き出した思考力の他ならないためだ。
そして、死に際のレイが考えたこととは--
(死にたくない、……死にたくないよ!私はまだ騎士になってもいないし、ピアはもっともっと騎士には遠い、守ってあげなきゃいけない妹なんだから!!…………?あれ?……あぁ、そっか、ピアへの本当の気持ちって守ってあげなきゃいけない、そこから、始まったんだっけ。----いつからかな、いつから気持ちがすれ違って歪んでいったのかな?……ピア、……ピア!!ごめんね、こんな、……こんなダメなお姉ちゃんで、本当に、ごめんね----)
そして、無限は終わりを迎え無慈悲な死神の銃弾がレイの意識を刈り取った----