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これからの二人

 ディーバのライブが大成功の内に終わった後、フェイトとレイは二人で夜の海岸を歩いていた。

 二人で砂浜を歩き、波の音に耳を澄ませながらも、どこかフワフワとした足取りなのはライブ帰りだからだろうか?

 あれだけ心に響いた音楽を聞いた後、独特の高揚感の余韻を引きずりつつも、覚ますよう二人はゆっくりと歩き続けた。




 夜の海岸は灯りがなく、暗く足元が分からない。

 もしかしたら、すぐそこまで波が迫っていても気付かないのではないというような闇の中、それでも二人は焦ることはなかった。

 お互い手を繋ぎ、互いが逸れないよう繋ぎ止めているのだ。

 自分達は二人だからこそ、闇の中でも不思議と落ち着いていられた。




 会話はない。

 しかし、嫌な沈黙でもない。

 ただ余韻を共有していたい二人は、しばし熱が冷めるまでの間ただひたすらに前だけを見て歩いた。




 そして、そう長くない海岸の端が見えた時、レイが重たい口を開いた。


 「あのね、フェイト……フェイトには本当に申し訳ないって思うし、私の我が儘だって分かってるんだけど」


 そう、前振りをして中々本題を切りださない辺り、大分真面目な話だと思いフェイトも歩みを止めレイの方へと振り返る。





 闇の中でも見失わない、パートナーとしての顔を間近で見つめながら、フェイトは答えを待った。



 「ごめんね、私、フェイトの恋人ではいられないみたい」




 不思議と予感はあった。

 レイとの付き合いも長いし、お互いがお互いを大事だと想っている。

 そこにすれ違いはないし、この世界の大半の人間より大切だと言い切れるだけの仲であるとも確信している。




 それでも、別れの予感はあった。

 どちらが悪い訳でもないのに、まるで運命に引き裂かれるかの如く、フェイトの安住の地はまだまだ先であると残酷に教えるように。



 「そっか……」




 悲しみがないと言ったら嘘になる。

 そりゃ、女の子から振られて悲しくならない人間がどこにいるというのだ。

 それも自分が好きな相手からだ、しかもとても可愛いレイという美少女に。




 でも、フェイトはそれを受け止める。

 他の誰でもない、フェイトのためを以ってこの話をしてくれたレイに対する礼儀として。

 きっとフェイトからでは、永遠にこの話は出来なかっただろう。

 女の子を守る存在のフェイトが、自ら女の子を傷つけるのは、自らに課した騎士道に反してしまうからだ。





 レイも、ディーバのライブで歌われた「コスモス」によって理解した。

 誰よりもフェイトの側に居たいと思うからこそ身を引く決意を、優しすぎた自分の彼氏のためにレイもディーバに倣い、突き放した。




 「フェイトも分かってると思うけど、私はお姫様じゃないの。前に出たがるし、フェイトが危ないなら助ける事を厭わないくらい」


 「そうだな」


 「どっちかというと、私アマリリス先輩の立場に近いみたいね。もうすでに守る方法を知って、守る力も手に入れた。

 だから私はフェイトの後ろでただ守られているだけの御姫様にはなれないの」


 「……」




 フェイトからは口数が少なく、傍から見ればそれこそレイの独り言にも聞こえるが、レイは理解してくれている。



 フェイトは、悲しさと、苦しさ、そして涙を堪えるために口数が少ないんだと。



 逆にフェイトもレイを理解している。



 普段より口数が多く、明るい声を出しているのも、無理やり空元気を引き出しているだけで、本当は今フェイトよりも泣きたくて、涙を堪えているんだと。





 「フェイトはきっと理想のお姫様を見つける。これはもう確信。運命に導かれるんじゃなくて、フェイトは自分から探しに行っちゃうから」


 「……そうだな」


 「そしてもし、私でもピアでも、ゲイトでも隣にいるんだとすれば、それはフェイトの友達として、戦友としてなの。

 フェイトの事が大好きな私達だけど、フェイトの理想には近づけないから」


 「……俺、意外と孤独だったんだな」





 ふと漏らしたフェイトの震えた声に、レイはフェイトを抱きしめて耳元で囁く。


 「違うよ、私達はどんなフェイトでも見捨てないし、側にいる。----ううん、側にいたいの。

 例え学校を卒業しても、フェイトが理想のお姫様を見つけても、私達も側にいて一緒に笑っていたいの」



 二人は抱き締め合っているため、互いの顔は見えない。

 けれど、声の震えと僅かに背中に落ちた水滴で、フェイトの今の表情は想像出来た。



 「思い出をありがとう、フェイト。短い間だったけど、貴方のコイビトで居られたことがとても嬉しかったわ」




 紛い物の恋人

 お姫様にもなれず、恋人にもなれなかった少女は、今気持の全てを伝えフェイトとの夢を終わらせた----







 「なあ、フェイトとレイどこに行ったか知らない?」


 ゲイトが隣にいるピアに尋ねるとピアも首を横に振るだけだ。


 「姉さん達どこ行ったんだろ?--まあフェイトの魔法があれば取り残されることはないからいいけど、転送石は結局使わず仕舞いね」



 公演が終わったということで、フェイトの父がまた迎えに来ていたのだが、そこに友人達の姿がないことで随分と気にしていた。



 「っても、あの二人、ってか特にレイが思い詰めた表情してたからさ、何かあったのかなって気になるじゃん」


 「そうだったの?……それはいいとして、姉さんも友達だってことは認めるけど、彼女以外の女の子の表情をそこまで理解するほど知ってるってどういうことよ!!」


 何故か、ピアの八つ当たりによって被害を受けたのはゲイトであった。




 「ちょ、なんで俺が怒られてんの?!あ、ディーバ!!丁度良かった助けて!!」


 ゲイトがディーバを見つけ、助けを請うたのだが--



 「い・や。二人していつの間にかただのバカップルになってて……恋人がいないこっちの身になりなさいよ!!」




 あれだけ女の子の恋の歌、女性の失恋歌等、多彩に謳い尽くすディーバだったが、現在18歳ながら、恋人経験無し。




 「そんなこと言わず--いて、いてっ!?ピア、叩くの止めろー!!」


 「フンだ」



 微笑ましい、犬も食わぬようなバカップルを見捨ててディーバも転送石で帰るために集合していた。

 と、そこへ----




 「ディーバ、悔しいけど完敗よ……貴女には負けたわ」


 突如敗北宣言をしてくる、自分と同い年位の少女がいた。


 「そ、格の違いってやつが分かったかしら?これにこりたらフェイトにちょっかい掛けないようにね」



 不機嫌なままのディーバは、サッと話を終わらせるが、シキブの視線は強いまま揺るぎなかった。


 「嫌よ、フェイトは私の命の恩人なんだから、ずっと奉仕するの!負けを認めても諦めないんだから!!」


 そう言って立ち去る元巫女姫シキブ。





 相変わらず、フェイトの周りにはお姫様やら美少女が多いものだ。



 そんな感想を抱きつつも、レイに今頃振られているだろうフェイトを思うと、少しだけ胸がチクリと痛んだ。

 敢えてレイに教えなくても良かったにも関わらず教えて傷つけてしまった理由、それはディーバもフェイトが好きだからに違いない。

 レイを傷つけても、フェイトを守ろうとしていたディーバも、間違いなく恋する少女のそれであった。



 「まったく……どれだけ罪作りなんだか。早く身を固めてもらわないと、こっちが吹っ切れないじゃない」




 歌姫らしからぬぼやきは、幸い誰にも聞こえなかったようだ。

 翌日にはまたこの国を離れる予定のディーバだが、今回は見送ってもらうつもりはない。

 また、来年来る約束があるのだし、会おうと思えばいつでも会える。

 だからこそ、しばしの別れでまた涙ぐまれてはディーバの方が涙を堪えられない。



 「バイバイ、さいっっっこうの文化祭だったわ」



 また来年、そう歌姫、観客全員に思わせた文化祭は大成功だった。




■■■■■■




 「フェイト、少しだけ落ち着くまで話聞かせて」


 あれからどれだけの間、二人重なっていたのだろう。

 まるで大きな一人の影のように見えたシルエットは、今初めて二人だったと思わせるために、一人の影から二人へと隔たれた。


 「話ってもな……」


 フェイトの方はレイに抱きしめられた事によって、落ち着いたようだが、一方のあやしている側のレイはまだそんな気持ちにはなっていなかった。

 フェイトの顔には、もう涙もないし、声が震えることもない。



 だから、今度は交代。




 「この海岸に前に来たことがあるって言ってたでしょ?その話、聞かせてよ」


 そうレイは表情をフェイトに見せず、下を向いたまませがんだ。

 その仕草全てに気付きながらも、フェイトは気付かない振りをして、過去を思い出して話始める。



 「そう、あれは8年前か」






 フェイトが当時7歳の頃、家族と共にこの海岸を訪れた。

 当時は両親共に現在よりも忙しく、研究所で地位を築くために色々苦戦していた時期だ。

 その忙しさを子供ながらに知っていたフェイトは、妹のアイリスと遊ぶことが多かった。



 もともと人見知りが激しいアイリスは、学校でも仲の良い友達が多くなく、更に良い事か悪いことか、フェイトにべったりで友達と遊ぶよりもフェイトと遊びたがった。

 当時は、友達がいないから、だと思っていたが実際は違ったようだ。

 本当にフェイトが好きで好きで、いつでも構って欲しかった甘えん坊な妹だったということだ。




 そんな仕事が忙しい両親が、久しぶりに休暇を取って家族サービスに勤めてくれたことは、兄妹に取ってとても嬉しいことだった。

 いつも二人で駆けまわっていたことも、フェイトが読書をするのに釣られてアイリスが読書するのも、両親のいない寂しさを紛らわせるためだった側面もあるからだ。

 父は、普段使わない車の運転に苦戦すると知っていても、車を使って海に行くと言いだした。

 母は、リフレッシュのためだと思い水着を用意していたが、実際は今の季節と同じなので秋の暮から冬になる季節、普通海では泳げない。





 頓珍漢な準備をする両親は、相応に世間知らずであったことが伺えるが、それだけ研究だけに打ちこんでいたとも言える。

 よく天才は奇妙な行動をするというが、家の両親が正にそれだった。

 とはいえ、そんな両親でも折角の休暇を使っての遠出なので皆楽しみにしていたことは間違いない。



 両親だって研究が大好きだが、それと同時に自分の子供達も愛していた。

 どんなに研究が忙しくても必ず家に帰ってきたし、どんなに研究が煮詰まっていても、家族に当たることはなかった。

 怒ることこそあったが、八つ当たりはただの一度もない本当に家族を大切にする家だった。





 そして当日、よく晴れた日に出掛けたフェイト達は散々道に迷いながらもようやく、リアロード海岸に辿り着いた。

 予定では昼前に着くはずが、昼過ぎになっていたのに、誰も文句は言わない。

 父が、苦手な車を走らせていたことは知っているし、そこにはレジャーセットを持ちこむために車を使っていた理由も知っている。

 だから、最初は皆で父を労った。



 「お疲れ様」



 その後は遅めの昼食を取って、早速海に足を着けた。

 全身で入れば心臓麻痺だが、足だけならば冷たいと思うだけで、十分海を感じることが出来る。

 その後は皆でビーチバレーにいそしみ、日が暮れる頃には、皆ヘトヘトになった。




 本来、そこで帰る予定だったのだが車が故障したため、近くの宿に急遽泊まることになった。

 父は休暇延長の電話をいつの間にかしてきたようで、そんな素振りをフェイト達に見せることは無かったが、後で考えてみれば絶対にそうだったと思う。

 ホテルでの料理に舌鼓を打ちつつ、夕食の席で父が提案した、



 「花火をしよう!!」



 という発言は、まるで子供のそれだった。

 しかし、反対どころかその意見に賛成するのもまた子供である証拠であった。



 花火を仕入れ、いざ海岸で花火をしようと思った時----




 砂蛍が舞ったんだ





 俺達は見惚れていた。

 どれだけの時間見惚れていたのかは分からないけれど、短くは無かったと思う。






 「そうだったんだ」


 ここまで、長い話だったがレイは黙って聞いてくれていた。

 いや、もしかしたら口を閉ざして感情の整理をしていたのかもしれないけれど。


 「そう、それで砂蛍の事を調べたんだ。習性とか、分布とか」


 「その頃から勉強家ね、フェイト」


 「うーん、やっぱ調べ物は調べないと落ち着かないっていうかさ、これ絶対親の影響だけどね」


 

 二人、優しい笑いが零れてようやく自然に笑えるように回復していた。






 「それで、花火はどうしたの?」


 レイが続きを聞きたがっていたので、話す。


 「花火は中止、父さんが生態を知っていたのか知らないけど、「花火はいかんな、蛍がこの浜に帰ってこなくなっちまう」ってさ」


 「そうなんだ、いいお父さんだよね」


 「そうかな?海岸とかだと結構看板あるよ?花火とかバーベキュー禁止って看板」


 「へえ、私海は初めてだから知らなかった」


 「レイ、の意外な一面だな」


 「そうね」






 これからも、こうして知らない二人の過去や生活を知る機会は多くなっていくだろう。

けれど、その踏み込む関係は二度と変化しない。

 恋人として知りたいと、友達として知りたいでは度合いが違うのだ。

 勿論知れれば嬉しいし、知ってもらえるのも嬉しい。


 でも、二人はそれにお別れをする。






 最後に、レイが砂浜に座ったまま首を傾げてお願いをする。


 「フェイト、最後にもう一度だけ、思い出をもらってもいい?」


 「?」


 返事も待たず、レイは唇を寄せるとフェイトの唇と重ねた。




 重なったのは一瞬

 けれど、熱く、優しい、涙の味がした。






 これが不用意に人を好きと言ってしまった代償。

 本気なのだが、理想を座らせる空席を用意したままレイに好きと言ってしまった代償は、あまりにもしょっぱい味だった。







 レイもこれで終わり、とばかりに立ち上がる。


 「さ、フェイト。戻ろう。----私達の場所へ、私達の元の関係へ」


 さっきのキスで思い出を止めようとしたのだろうが、あまりに悲しいキスの味にレイも涙が隠せなかった。



 代償としてツケを背負うのは自分だけでいい。









 「レイ」


 フェイトもレイにつられて立ち上がり、レイの左手を右手でしっかり握り、左手はレイの腰へと回し、今度は自分からレイに口づけた。




 抵抗は、無かった。

 フェイトは薄く目を開くと、ギュッと閉じたレイの瞳からは溢れる涙が見えたが、きっとそれは悲しいからじゃない。

 不意打ちで驚いたのと、今まで自分から口づけたことしかなかったレイに取って、初めてフェイトから求められた嬉しさからだった。




 両手が塞がっているため、レイの涙を拭ってやることが出来ないから、フェイトも目を閉じる事にした。

 そして、レイと恋人であれたことを自分の心に刻みこみ、誇りに思おう。





 優しい抱擁によって生まれたキスは、もう涙の味はしない。

 甘く、ひたすらに優しい、コスモスの蜜の味だった----

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