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コスモスの心

 ついにステージの幕が上がり、ディーバの公演が始まった。

 一曲目に選んだ曲は、ディーバの代表作でありデビュー作でもあった「真の希望」が歌われた。



 「すっご……」

 


 そう感嘆し、恍惚とした表情で息を漏らすのは隣にいる少女達であった。

 レイも、シキブも共に感想を共有している。いや、この歌を聞いている者全てがこの感想を共有していたと思う。



 疾走感を極限まで突き詰めた曲でありながら、詩は全て繊細な女の子の気持ちを綴り、ディーバが至高の歌声で謳う。

 Aメロにおいては少女の声だったものが、Bメロには女性の声となり、サビに入れば男性も女性も超越した誰にも出せない至高き声によって歌を成し、曲自体の疾走感も合わせてたった数分で1000人以上の人を虜にした。




 そして流れる曲は、CDで発売されたものにはまるで劇を思わせるような転調があるが、ライブでは一切謳わない。

 ただただ気持ちを込め、等身大の女の子の叫びとして声を震わせ、観客を奮わせる。

 誰もが周知したこの曲は、二番も通して聞いた場合の解釈は日記帳、ライブで編曲された場合の解釈は成長となるのだから面白い。

 ディーバもその多種ある解釈が面白いからこそ、好んで謳うと言った話もあったぐらいだ。




 ----!!





 一曲目が終わり、まだまだ疾走感を引きずっている観客に対して、ディーバが煽る。


 「まだまだ行くよ、私の熱い気持ちはこれ位じゃ消えないから!!」


 続いて流れる曲はロックを重視した曲であり、ディーバは先ほどの技術を極限まで高めた歌を披露するのではなく、自分の声を信じて魂で謳うのだ。


 「∞%(インフィニティ・パーセント)」


 技術はいらない、ただただ声の限り力の限り言葉を吐きだしているだけなのに、それが荒々しく聞こえないことも、歌姫としての彼女の本領であった。

 この世界の不条理なことをあげつらい、それと同時にそれを解決出来る人間の無限の可能性をディーバは心の底から望み、皆に届けようと叫び謳う。




 言葉は要らない

 歌姫のライブで必要なものは声でも、感想でも、記憶でもない。

 心に刻まれる、それだけで十分、それ以上の与えることはこの世界では不可能だからだ----





 フェイトもディーバの歌を、生のコンサートやライブ形式で聞いたのは初めてであり、気付いた時には既に中間、折り返しに来ていた。


 「みんなー、楽しんでもらえてるかな?」


 ディーバがMCとして歌姫以外の声を出したことによって、ようやく皆の意識が夢から戻ったのだ。

 ディーバには失礼この上ない話だが、開演から折り返しまでの間の記憶は殆どない。

 ただ、心には充足、満足、歓喜、喜び、励み、渇望、優しさ、愛しさ、勇気、希望等まだまだ言葉にしきれないだけの感情が在る事を感じた。



「ま、皆こんなもんだよね。さて、それではここで新曲を発表したいと思います」





 不意に、会場全体がざわついた。

 それもそうだ、歌姫ディーバの新曲を先行披露してもらう等王侯貴族ですら適わない報償なのだ。

 誰も口に出さないが、フェイトへの感謝を連ねていることだけは、まず間違いない。


 「では謳います、曲の名前は『small world』。私を見つけてくれた騎士が教えてくれました。

 まだまだこの世界には私が知らない事がたくさんあって、そして彼も同じように知らない事が多いと言う事を」






 視線が、会場全ての視線がフェイトに集まった。


 (さ、さすがにこれは予想外だ、というよりこれだけ自分に視線が集まると恐い!?)


 生涯全部含めても、これだけ多くの人の視線を集めることはないだろうと確信出来る程に視線を浴びせられたフェイトは、グッタリしそうになった。


 「それでは謳います、フェイト?私の騎士だった貴方がこんな事位でへこたれないで」


 サラッとこちらを煽り、先以上に視線が鋭くなったのは気のせいではあるまい。




 だが、フェイトの心は


 (参ったね、騎士として指名されてちゃみっともない格好見せられないじゃないか)


 フェイトは、この曲を聞いている間だけでも、ディーバの騎士だった事を思い出し、あの時ディーバに与えた問題の答えを聞く義務があった。

 お互い未熟同士だった姫と騎士が、半年を経てどれだけ成長出来たのか、見てもらい、見せてもらうためのステージが、今日だったのだから。



 「ディーバ、聴かせてくれ。ディーバの詩を!!」







 曲はまるでありふれたファンタジーをイメージしていたが、それに対するディーバの詩は----



 『知っていきたい』


 

 という答えだった。





 自分は物語のお姫様のように最後にハッピーエンドが欲しい訳ではなく、自分で自分を知り、自分で世界を知り、その上で自分がこれから進みたいと考えた事だった。

 自分はもう結末を決められた物語の登場人物ではいたくない、自分で知り、選択し、掴み取って行きたい、という前を向く決意の詩だった。



 「そっか、それがディーバの答えなんだな----」



 思えば、ディーバに半年振りに会った時から思っていたあの変革は、自分で知りたいと思い、自分で選択してきた結果なのだろう。

 与えてもらうのではなく、自分で見つけだそうとするならば、とてつもない大きなエネルギーが必要となる。

 受け身ではなく、能動的、つまる所今まで満足してきた与えられるものに納得出来ないと感じ、間違ってもいいから自分で動くと決めた。

 それがどれだけ大きな変革だったのかは、今のディーバを見ていれば分かる。




 以前のように与えられるものだけに縋っていたディーバでは、得られないものだったのだから、まず自分を変えなくてはならなかった。

 行動する自分、そう変えるだけにどれだけ大きなエネルギーが必要なのか想像も出来ない。

 時間も、体力も、人脈も、知識も、心も、意志も全てを駆使してようやく、『知っていきたい』ディーバに生まれ変われたのだ。




 「ディーバ、すごいや」




 自分が焦って空回りしていた間、ディーバは忙しい毎日に愚痴をこぼすのでもなく、それら全てをひっくるめて、新しいディーバに生まれ変わる素材としてきたのだから。







 曲が終わり、まるでディーバが採点を待つ子供のようにこちらに目で問い掛けてきた。

それは、この変化がどうだったのかずっと聞きたかったのであろう。



 自分は間違って進んでいなかったか?

 フェイトに認めてもらえる成長が出来たのか?

 皆にもらったチャンスを活かせたのか?



 それら全てを採点出来るのも、フェイトだけなのだからずっと不安だったのだろう。

 だからこの曲を歌い終わるまでは、ディーバは良い変化だったのか?とは一度も聞かなかったのだ。

 そんな不安がっている、歌姫であり、成長したお姫様でもあって、フェイト達の親友のディーバにフェイトは運命のジャッジを叫んだ。




 「ディーバ!!お前はさいっっっこうの歌姫で、俺達の掛け替えのない大切な親友だ!!!!」






 フェイトの愛の告白のような(?)叫びによって、ディーバの新曲の余韻は殆どの人が消えたが、ブーイングを鳴らすものは皆無だった。

 そんな勇気がないというのもそうだが、何よりもフェイトの裏表のないディーバの事を想う気持ちが、皆に伝わったからである。





 ライブはその後も順調に進み、皆の心に忘れられない思い出を刻み、ついに最後の曲となった。

 すでに夕日も暮れ、夜の闇と僅かばかり残る赤い日差しが海岸を照らす中、スポットライトも無しに歌い続けた歌姫から最後の言葉になった。


 「今日は皆来てくれて本当にありがとう、私も自分で一番最初に選んだ仕事がこの騎士学校で文化祭に参加する、ってことだったからそれがやり遂げられて、とても嬉しいです!!」




 ディーバは涙を見せない、本当は感極まって泣きそうな事をフェイト達は知っている。

 あの日、フェイト達はディーバを送る時に散々泣き顔を見て来たのだ。

 隠し事が出来ない仲のフェイト達には苦笑で迎えられながらも、ディーバは最後の曲名を口にする。


 「最後のセットリストの曲は……『コスモス』

 これは誰にか、というと女の子で初めて友達になってくれた女子騎士に聞いて欲しい曲です」




 今までとは違う雰囲気になった。

 今まで、指名するとしてもそれはフェイトであり、観客も、フェイト達ですら指名するとすればフェイト以外はいないだろうと思っていたのだから。


 「聞いてね、レイ?考えてみれば三歳年下なんだから、色々青春があると思うの。

 だから、レイも考えてみて、もっと素敵な女性になれるように」



 突然指名されて、一番驚いているレイを尻目にディーバは詩を謳う。








 ----考えてみれば、そんな予感はあったのかもしれない。


 フェイトが探し求めているのは、お姫様であって、彼女ではないこと。

 そして、そのお姫様でさえとても高い理想と夢を持っているということ。

 現に現在最高峰のお姫様である歌姫ディーバも、国に名高い騎士姫アマリリスも、過去を背負い苦痛に耐えてきた清楚なる巫女姫シキブでさえ、フェイトには届かなかったのだ。





 彼女達も、結果としては自分から皆身を引いていた。

 フェイトから直接言ったのはアマリリス、そして私だけだった。

 それでも、アマリリスは断り、私はただただ盲目にフェイトを信じていた。



 勿論フェイトと居る時はずっと楽しかったし、嬉しかった。

 とてもドキドキしたし、胸が高鳴って、ああこれが恋なんだ、そう思った。



 でも、フェイトが戦闘に立った時に全てが幻想で、盲目だった事に気付いた、気付かされた。


 フェイトに取って私は、パートナーであり、親友であり、……戦友なのだ。

 フェイトが私に傷付いて欲しくない、と戦線から下げたのはフェイトの理想の中に戦う女性が存在していなかったため。

 そして、フェイトが無意識に私に前衛を任せてくれたのは……自分がそのお姫様ではないため。





 ディーバはフェイトを傷つけないよう、身を引いた。

 

 アマリリスはフェイトの理想に届かないから、身を引いた。


 シキブはフェイトと交われない立場になったから、身を引いた。




 なら私は----?



 私は、フェイトと一緒に居たいから----




■■■■■■




 『コスモス』という、ディーバの新曲が再び披露される中、ようやくレイは合点がいった。

 今までフェイトに関わってきた姫達が何を思って、フェイトから身を引いたのか。

 やっぱり、皆恋愛経験はなくとも、人生の経験は多かったということだった。

 レイ一人だけ経験の無さに振り回され、恋に盲目になり、溺れていた。




 幾多の予感も気のせいで済ませ、きっとこれからも矛盾に目を瞑りながらフェイトの彼女として過ごして、最後に何が残るのだろう?

 きっとフェイトは自分を愛してくれる。フェイトはそういう性格だから。

 でもきっと、彼の中には一番の空席が出来たまま生涯を終え、二番の席に座った私を愛し続ける。



 本当に、本当にフェイトの事を想っているのならば----

 

 そして、本当に自分に言い訳をしないで誇れるのならば----






 レイは、謳い終わったディーバに目を合わせ、会話する。


 (私、決めた)


 そんな瞳に、ディーバは優しく、そして悲しそうに微笑んだ。


 (ごめんなさい、レイを傷つけてしまって)


 そう言っている表情だったが、レイは首を横に振って否定する。


 (ううん、気付かせてくれてありがとう。--きっとディーバの歌じゃなかったら、私に一生届かなかったから)


 それでも、失恋するのは、苦しくて、辛くて、……悲しい。


 だから、ディーバは----





 「ディーバ!!アンコール!!最後に、アンコールのもう一曲を頼むぜ!!!!」






 そう、叫ぶフェイトの声が聞こえた。

 予定には無かったものだ、いやライブを組む以上大体の歌手がアンコール用の曲を用意しているのが常だが、それにしても唐突だった。



 まあ、確かにディーバも無言になっていたし最後の曲の意味がお姫様達と、レイにしか通じなかったとはいえ、しんみり終わらせたくないというフェイトの想いなのだろう。

 だから、私も苦しくたって、悲しくたって、その声に合わせて叫ぶ。


 「アンコール!!アンコール!!」






 ----レイがそう言ってフェイトの言葉に被せるようにしてからは、あっという間に広がった。



 『アンコール!!アンコール!!アンコール!!』



 会場全体を空前の熱気が包みこみ、皆がディーバを求める。

 もっと聞きたい、もっと歌って欲しい、もっと心に刻んで欲しいと。




 その熱気にあてられ、ディーバがマイクを握り直すとディーバはレイだけに向けていた瞳を、改めて会場全体を眺めるように上に戻す。


 「分かったわ!!皆、アンコールありがとう!!」


 舞台袖に引っ込み、休憩を挟むことなくディーバは謳うことを決めた。


 「それじゃなんだろ……どのナンバーがいいかな?リクエストとかってある?

 用意されてるなら、どれでも謳うわ」



 思いの外大盤振る舞いのディーバに、会場中が沸き立つが、そのリクエストを唱えるものはいなかった。

 皆、謳って欲しい曲等千差万別、多種多様にあるのだろう。

 ディーバの持ち歌でもいいし、ディーバが知っている曲でもいい、そしてディーバさえ知っているのならば自分が一番好きな歌を歌ってもらうことさえ出来る。





 けれど、皆それをしなかったのはそのリクエストを答える権利があるのは、この会場でたった二人しかいないということだったからだ。

 たった二人、暗に指名された二人は顔を見合わせて頷きあう。




 言葉は要らない、自分達はそれだけ近くにいたし、心も近い。

 だからこそ、次の言葉は同じものだった----




 『笑顔をくれたあなたにありがとう!!』






 ディーバの持ち歌の中でも、特に愛らしい歌詞と謳い方が特徴のこの歌は、世界平和を謳った曲だった。

 世界政府が定めた政府公認の曲であり、全世界に知られている歌と言ってもいい。

 教科書に指定されるのも勿論、小さな子供や、老人の方でさえつい口ずさんでしまう曲で、皆が大好きな曲だった。



 吟遊詩人が旅をして、歌を知らない国の子供達に教えるのもこの曲だという。

 世界の垣根を越え、言葉の違いを乗り越え、それでも心に響かせるのがこの曲であり、この歌なのだから、ディーバも勿論、皆も知っている曲であった。




 「分かったわ、それじゃお願い。----よし、謳うわよ!!」


 息を吸いなおし、全世界に響く平和の歌を改めて謳おうとするディーバに、ここでフェイトからのサプライズが届いた----








 「----っ!!」


 謳い始めようとした矢先、フェイトが撒いた風により砂が舞うと、皆目をやられないように手で覆う。


 「フェイト何を!?」


 隣のレイが叱咤するが、フェイトはそれに答えない。

 風は数秒で収まり、皆風が収まり砂が飛んでいないことを確認しようと目を開くと----







 辺り一面、ホタルの蛍光緑色で埋め尽くされていた。



 「----すごい」



 既に日が沈み、夜闇で視界が覆われる中にこれだけの緑の光が灯れば、それは幻想郷と言っても差し支えなかった。

 皆も、レイも、謳うはずのディーバでさえ息を飲んでこの光景を見守るなか、BGMだけが流れ続ける。


 「----これがディーバとレイに見せたかったもの。

 ……砂蛍っていうんだって、普段は砂の下に隠れているんだけど、突風とかで砂の表面が無くなると出てきて、これだけの景色を創ってくれるんだ」





 そのために風の魔法で砂を捲り、蛍に出て来てもらったのだ。

 蛍には悪い事をしたが、どうしてもこの景色を見せたかった人がいたのだ。

 心の中だけで謝りながらも、フェイトもこの光景に見惚れていた。


 「あの時は偶然見れたんだけど、良かった。まだこの海岸にいてくれて」



 蛍というのは環境に敏感で、水が汚くなったり自然が少なくなると消えてしまう儚い存在なのだ。

 この海岸も自然が破壊されていたり、海の水が汚くなっていれば姿を消していたであろう。





 「ディーバ!」


 フェイトが声を上げ、ディーバも意識を切り替えてフェイトを見つめる。



 「笑顔をくれたあなた ありがとう」


 サビの歌詞に合わせ、そうフェイトはディーバに感謝を伝えた。

 歌姫は、瞳に涙を浮かべながらもサビの締めを自分で歌う。



 「私達 これからも前を向いて生きていきます」





 騎士学校ナイツォブラウンド、文化祭におけるディーバのライブ。

 初年度は、大成功により大歓声に見送られながらの終幕となったのだった----

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