コトバよりも大切な
「うわああああああ!!!!!」
フェイトが魔法をクラーケンとデビルフィッシュに撃ちこんでいる最中、レイは必死になって触手を捌いていた。
(本当に相手取り辛い、天敵っていうのも分かるわ)
触手一つ一つの速度や重さは、対応出来ない程のものではない。
しかし、透明で多量とあれば物理的に押し負けることもあるし、足元をすくわれる可能性だってある。
しかし、レイは本望だった。
フェイトが何を悩んでいたのか分からないが、レイにようやく言ってくれた。
まるで腫れものを扱うように大事な人を扱うフェイトは、正直に言ってしまえばレイが望んだフェイトではなかった。
フェイトはいつまでも自分の隣でパートナーとして戦っていた。
そして、これからもそうなのだとずっと自分の中で思っていた。
でも、フェイトはこれからは戦わないで欲しいと言いたいのだと思っている。
それはフェイトの我が儘、そして私には聞けない我が儘。
大好きな人が傷つくのを見たくないのは、女の子だって同じという事をきっとフェイトは知らないのだ。
だからこそ、無意識にでも私に託してくれたのは嬉しかった。
フェイトがずっと抑え続けてきた意識、本音、心のあるがままがさっきの無意識の一言に詰まっていると思った。
だってフェイトもそれが分かっていたからこそ、悩んでいたと思うから----
「ハッ!!」
剣を大きく横薙ぎに振るうと、次は袈裟切り、そして半端体を捻って触手をかわすとその触手へ追撃を掛ける。
背後から迫る触手は、更に体を回転させて避ければいい。
単調だ、いくら人間の天敵のような生物であっても攻撃自体が単調ならば戦闘も、それに応じて楽になる。
次は足が止まった瞬間を狙っての足狙い。
そんな自分が作った偽の隙にまんまと掛かるクラゲの触手は、どうしようもなく単調だった。
「だから、集中力も体力もまだ持つ、だからフェイト早く片づけて……!!」
レイは、背後にいる自分のパートナーへ向けてそう願っていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……」
意識を超越した怯えと恐れ、そして自分に対する怒り全てを八つ当たりに近い形でぶつけられた二匹は、海の藻屑へと化していた。
先のダメージの蓄積もあるが、何しろフェイトが魔法を乱射するスピードが早かった。
とにかく途切れないよう、且つ威力を落とさないよう。
それは焦燥によるものだったが、まるで雷撃と雷球で弾幕を作るかの如く連射し続けた。
そして----
ドッパーーーン!!!!
集中しすぎたエネルギーが逃げ場をなくし、膨張に膨張を重ねた結果ついに溜めこんだエネルギー全てを吐きだし、中心部にいる二匹もろとも弾け飛んだ。
「はぁっ、はっ……」
えらく息が切れているフェイトは、息を整える間もなく後ろを振り返る。
「レイっ……!!」
そしてそこには、まだ見えない相手と奮戦し、ただの一撃たりともフェイトに届かせなかった女騎士がいた。
ようやくフェイトが名前を呼び、向こうの決着が付いたのだと悟るレイ。
だからこそ、そろそろ限界だと判断していた思考に拍車がかかった。
「フェイト、そろそろ限界!早く退避させて!!」
「分かった、タイミングを見計らってバックステップで合図してくれ」
先と同じように、攻撃の手に隙が見えた瞬間に離脱すれば後は逃げ切れる。
だが、敵もそうそう隙を見せてくれるわけでもなく、先と同じように自分で隙を作るしかない。
「本当っ、しつこいわね!!」
切っても切っても襲いかかってくる触手の数は一向に減らない。
いくら触手が大量にあるとはいえ、この量は尋常ではない。
まるで切った傍から再生しているのではないかと思う程、敵の攻勢が圧倒的なのだ。
「くっ!!」
先に比べれば体力が落ちている分、余計に隙を作り辛い。
そして先に比べて距離が近くなった分、敵の攻撃速度と量が確実に増えてきている。
レイの頭の中には、すでに退却が不可能だと判断出来てしまう程に----
「フェイト、逃げて!!もう持たない!」
そう、大好きな彼を逃がすために自分が限界まで喰いとめることを誓った。
「ば、バカ言ってんじゃねえ!?レイを置いていけるか!」
そうは言うものの、フェイトは一向に手を出せない。
魔法を使えば吸収されるし、物理では拳で殴りかかるしか出来ない。
フェイトはあくまで騎士であるため、肉弾戦は普通程度でしかない。
前線に立たれれば間違いなく足手纏いになることは、明白だったためフェイトも唇から血がでる程強く悔しくて歯を食いしばっている。
今もフェイトは必死に何かを考えてくれているのだろうが、もう手遅れだ。
そう思ってしまったのは、ついに自分の腕が触手にまとわりつかれ、右腕の騎士剣を振るうことが出来なくなってしまったからだった。
「レイ!!」
一度捉えられてしまえば、もう後は呆気なかった。
すぐさま左腕、左足、右足と拘束されると本体の方へと引っ張られる。
食べられる……?
人間の天敵に進化したこの生物の主食は、想像するだけで恐ろしかったが、人間である可能性が否定出来なかった。
(私----食べられちゃうんだ)
以前もこんなことがあった気がする。
ああ、コンコルチェの町で銃弾の雨に襲われた時か。
あの時は運よく助けてくれる人がいたけれど、今回はそうも言ってられないみたい。
フェイトの魔法はアテに出来ないし、空中に居る私を助けられる人なんて----
だが、そんな想いは一瞬で砕かれる。
引かれる強さとは真逆の方向に力が加わっていることに気付く。
「フェイト!?」
フェイトが、防御も攻撃も何もかもを無視して自分の左足を抱えてこれ以上進ませないよう、繋ぎとめてくれていたのだ。
「止めて!そんなことしてたらフェイトまで……」
だが、忠告をする時間すらなく、今度はフェイトの腕が触手に絡め取られて、足も捕えられる。
「離せっ!レイ、レイ!!」
必死に手を伸ばして繋ぎとめようとしてくれるフェイトの想いも、ほんの一瞬の時間稼ぎにすぎなかった。
「……ごめんね」
それが、レイの最後に残した言葉であった。
「レイーーーー!!!!」
ドッパァーーーン!!!!!
「……?」
急に体を締め付ける圧迫感が無くなり、それと同時に浮遊する感覚も無くなり、海へと落ちていることに気付いた。
「な、なんで?」
もう少しであの怪物に喰われるかもしれない----そう思っていたのに、振り返れば怪物は透明ながらも散り散りに弾け、そこには光が一筋だけ残っていた。
「……<ロア>?」
不意に、ふわっと自分が空中に浮く感覚が甦ると同時、レイを優しく抱きしめる少年の姿があった。
「レイ、良かった……。本当にもうダメかと思ったよ」
「フェイト?一体どうなってるの?」
レイが疑問が解けぬまま、そう尋ねてみると、意外なことにフェイトは解答を知っていたようだ。
「九行なずな先輩、そっか時間には早いから先駆けてこっちに来てたんだな」
フェイトが指さす方向を見てみると、地上の浜辺に弓を構えている女性が小さいながらも確認出来た。
----あの人が?
「お礼に行かないとな、それじゃモンスター討伐も終わったことだし、後はディーバのライブだな」
そうして二人は、危うい所を元上級生、現在旅人の女性に救われた。
「先輩!助かりましたよ」
フェイトは浜辺へ帰るなり、早速なずにお礼を言っていた。
「礼には及ばない。私達の方がたくさんの恩と感謝を持っているんだ。気にするな」
「いえ、私からもお礼を言わせて下さい。
ありがとうございます、九行先輩がいなければ今頃どうなっていたやら……」
レイも最後には喧嘩別れのような別れ方だったにも関わらず、お礼を言う時等はとても素直だった。
本当、今日の主役の誰かさんにも見せてやりたいな、と思っているとその本人が登場した。
「……一応、お礼は言っておくわ。フェイトとレイを助けてくれてありがと」
「どう致しまして、でも気にしないで欲しい。私達に取ってもフェイトは大切な友人であるのだから」
そういうなずなはとても格好良く、長身も相まって大人だと錯覚してしまう。
横にいるシキブは、もう魔法を使える能力が消失しているので何も出来ないが、もし以前のままでも魔法である以上手助けは出来なかったため、なんだか歯がゆそうだ。
「とりあえず、時間になったら始めるからちゃんと見てなさい」
それだけ言い残して、ディーバはまた最後のチェックへと戻って行った。
■■■■■■
「それじゃ準備はいいかー?」
そんな掛け声と共に、騎士学校にいたディーバライブ観戦の生徒達は指定された場所から一歩も動かなかった。
「それにしても、フェイトの親父さんが出て来るとはな」
「そうね、しかも転送だなんて……本当に何物よ、あの人」
「それじゃ行くぞー??帰りも時間になったら迎えにいくから、待ってろー。
それと、各自この転送においての気分や何か気になったらすぐ報告しろー。出来ればレポートで」
いや、フェイトと徹底的に違うことは研究一筋ということだろう。
フェイトがお姫様一筋なことを考えれば、性格はとても良く似ているが、向いている方向性だけは間違いなく別だ。
「じゃ行ってこい、楽しい時間をな!!アディオス!!」
そうして、騎士学校在籍中の生徒、教師は全員が転送石によって遠く離れた海岸、リアロード海岸へと転送された。
「そろそろかな」
と、フェイトが呟くのを聞いていたレイは質問する。
「そろそろって?」
その表情には晴々としたものがあるが、それはそれ。フェイトの事だからようやく種明かしを出来るので嬉しくてたまらないのだろう。
「本当もうそろそろだから----来たっ!!」
フェイトが指さす方向につられてレイが見てみると----
光が集束したと思いきや、円状に拡散する様が見て取れ、そしてその中心からは--
「えっ!?嘘、ウチの生徒達じゃない!?なんで!!??」
と、予想した通りビックリした表情を引き出せた。
勿論演技で驚くレイでもないのだが、フェイトはその表情が見たかった、とばかりに解説を始める。
「つまり、父さんの作ってた試作型転送石が完成したから、そのお披露目とデモンストレーションも兼ねてってこと」
「すっご……」
言葉が出ない程驚いたレイに、柔らかな笑みを向けると、フェイトは満足そうに頷いた。
「そう言ってもらいたくて、ずっと内緒にしてたんだから。ようやく見れた」
えらく上機嫌になり、フェイトは心の底から楽しそうだった。
「よおーフェイト」
少し間延びした声でこちらを見つけ、声を掛けてきたのはゲイトとピアの両人にアマリリスを加えた三人だった。
「みんなお揃いで、どうだった?転送石?」
フェイトが父に代わって感想を聞きだそうとすると、
「確かに一瞬でこの場所まで飛べたのはいいんだが、どうにも馴染まないな。歩きでもなく車でもなく、距離を移動したという実感がないのが不思議で馴染まない」
「あ、分かります。特に足元が浮いたあの感覚とかフリーフォールにも似てますし」
「そうか、後で父さんに伝えておくよ」
「でも俺はいいと思うぜー?便利じゃん」
「サンキュ、でも感想は多ければ多い程いいんだ。次に何か実験する時の参考になるから」
そんな雑談を交わしつつ、フェイト達は合流した。
そして、開演まで一時間あったので先程の話をしていると----
「本当にお前はトラブルメイカーだな」
「好きでやってる訳じゃないやい!!」
「それにしても間一髪だったな。九行君達は?」
「あーっともう最前席でスタンバッてますよ。ディーバに散々挑発されたんで、意気込みの違いを見せてやるってそれはもう張り切っていて」
「意外だな、九行君がそんな性格だったとは」
「いえ、どちらかというとシキブなんですよね」
というのも、本当に今回蚊帳の外のまま終わってしまったシキブは、せめてライブを聞くに当たって気合を入れる、と言って聞かずにあの席でずっと待っている。
まあ、横になずながいるのでフェイト達は何も心配いらないと思って見守っているのだが。
「でも、あの位置だといいですよね。ディーバのマイクを通さない声も聞こえるんじゃないかしら?」
舞台が目の前にあるシキブ達の席では、ディーバの表情、目の動きですら追える程近いのだ。
その位置にて挑戦的に見つめるシキブはディーバに取ってプレッシャーでもあるだろう。
「竜虎相打つ、かな?」
「いんや、シキブじゃ虎にもならないだろ。ウサギ位で丁度いいんじゃないか?」
そんなフェイトの冗談になごみつつも、みんな思い思いに開演までの時間を過ごした。
開演まで後10分となり、フェイト達も席についた。
勿論、最前席にだ。
「シキブ、気合入れ過ぎだよ」
フェイトが苦笑しつつも話しかけると、シキブは唸り声でも上げそうな位の表情で見つめ返した。
「あれだけ言われて、言われたまま終わったりはしたくないの」
「察してくれ、シキブもこれで頑固なんだ」
苦笑で返すなずなには苦労が滲み出ているが、シキブの御守をするならばそんな気がしたので目でお礼だけ言っておく。
フェイトが着席すると、隣にはレイがいる。
「フェイト、このライブ終わったらちょっとだけ時間ある?」
「あるよ、どうした?」
「フェイト何を見せてくれるのかなーって思ってさ」
レイにしてはおどけた表情だが、何か考えごとかな?とフェイトは思った。
「ああ、でも多分見せたいものはそんな改まってじゃなくても見れると思う」
「??どういうこと?」
疑問には全部答えないまま、舞台の幕が上がっていく。
「いいの、ディーバにも言ってないんだから後のお楽しみってことで!」
そして、ディーバのステージでの歌声を初めて聞くフェイト達は静かにその幕が上がりきるのを待った----