コクウを切るその手には……
昼過ぎに発生した二体の巨大海洋モンスター同士の争いは、時間が経つごとに激しさを増す体となってきた。
「……時間か、結局収まらなかったな」
フェイトとしては、どちらが勝利しても構わなかったのだが、手を出さなかった理由は咄嗟にとしか言えない。
(レイ、どうすりゃいいんだ)
フェイトは今回の戦闘が海上であることも踏まえて、連れて行く気はなかった。
しかし、レイは強行に着いてこようとしたために結果として様子見という性に合わない作戦を取ってしまったのだ。
そして、とうのレイはまだ不機嫌さを収める気配がなく、このままでは同行させた時に支障が出そうだ。
とはいえ、レイを連れていきたいかというとまた話が変わる。
レイをコイビトとして扱う以上、戦闘という最前線に出すのは気が引けるが、レイが騎士学校の生徒として常に自分の隣にいたことを考えれば、パートナーとしてこれほど相応しい相手もいない。
また、フェイトが剣を持ってきていないことからも、迎撃役が居てくれた方が助かるのも事実だ。
しかし、それならば敢えてレイを指名せずに他にいる上級生や教師と手を組んでもいいはずだ。
しかし、レイがいる中で他の人に頼りたくはない…………
そんな思考を一時間近く経っても答えが出せずにいた。
だが、いくら被害が出ていないとは言えここでディーバのライブを行う以上危険は排除するべきだし、視覚的にも宜しくない。
そういった訳で結局討伐は避け得ない、と判断したの教師であった。
「分かりました、では船で向かうには危険な相手ですので俺が行きます」
「私も」
そう間髪入れずに口を挟んできたのは、やはりというかレイだった。
「フェイト、いいでしょ?」
普段からも時折見せるが、レイもこう見えて意外と頑固だ。
こうなったらテコでも動かないという意志がありありと見て取れる。
「レイ、やっぱ留守番してくれ。俺一人で行く」
そう言うと、やはりレイは噛みついてきた。
「どうして?フェイト筋が通ってないよ。前衛が居た方がいいのは道理だし、私を遠ざける理由が分からない」
それは本気で言っているのだろうか?
フェイトとしては、これ以上ない程直接的に遠ざけているのだが。
「分かってくれ、レイ。俺はお前が前線に出て万一にでも何かあるのが怖いんだ」
「そんなのいつもの事でしょ?私だって死線を潜ったこともあるし、何よりいつも極限まで死なないための訓練を積んできたのを見てるのはフェイトでしょ?どうして!!」
「俺はレイに死んで欲しくないんだよ!!」
レイにつられて怒鳴るように叫んでしまったが、レイは引っぱたかれたような表情で顔を下げてしまう。
「そういうことだ、俺はレイに死んで欲しくない。だから俺が一人で行く」
言葉は、返ってこなかった。
それを了承と見たのか、フェイトは飛行魔法でモンスターの下へと向かおうとする--
「待って」
それを止めたのは、今日の主役ディーバであった。
「フェイト、レイを連れていって」
今まで一切口を挟んでこなかったのにも関わらず、ディーバはこのタイミングにて口を挟んできた。
それはどうして?
「ディーバ、もう決まったんだし俺一人で行く----」
「駄目よ、今日の私権限でフェイトがもし一人で行くようなら、私歌わないからね」
「ディーバ……」
一体ディーバはどこでそんな強さを身に付けたのだろう?
以前はこんな我が儘も言わなかったし、我が儘の通し方だって知らなかったのに。
「レイもそれでいいわね。フェイトの役に立って」
ディーバは言いたい事はそれだけ、と言わんばかりに振り返るとこちらを一瞥もせずに、ステージに向かって歩きだしていた。
「……それじゃ行くけど、あんまり俺から離れるなよ?」
飛行魔法の制御は難しい。自分にしがみついてもらえれば楽だが、それでは前衛を務めることが出来ない。
今回取るのは、フェイトから半径三メートル以内であれば浮遊状態を保てるという飛行魔法の応用だった。
「分かってる、それに危険を敢えて呼び込まないようにするのが、フェイトの仕事でしょ?」
「だな」
こういう所の息はピタリと合う癖に、どうしてさっきはあんなに衝突してしまったのだろう?
「それじゃ時間が勿体ないし、早速行くか」
「準備はOKよ」
「よし!!」
そして、フェイト達は空中よりモンスター討伐へと乗り出した。
速やかに現場に到着すると、早速フェイトは魔法を使う。
「中級魔法までしか使えないが、十分。レイ、出来れば弾いて、出来なければ早めに言ってくれ。高度の調節するから」
「分かった」
「それじゃ行くぞ、サンダーボルト!!」
開戦の狼煙と言わんばかりに、フェイトは早速雷魔法を二体に向けて撃ちこんだ。
すると、水生生物だけあって電気がよく効くのか激しく身をよじっている。
「なんだチョロイな。このまま連発するぞ」
そう言って、フェイトは雷撃を造りだしては投げつけダメージを与えるという単純明快な手段へと打って出た。
しかし、数発浴びても倒れる気配はなく、さすがに体長に比例して体力もあると思わせる。
「イカとタコの癖にしぶといな」
高度は十分に取ってあるため、相手が八メートルあろうがその触手を限界まで伸ばしても届かないであろう位置を取っているため、一方的な攻撃が続く。
「確かに拍子抜けね、これならフェイト一人でも確かに終わるかも」
既に観戦モードに入っているレイを咎めることなく、フェイトは魔法を放ちつつも相槌を打つ。
「だから言っただろう?所詮Cランクなんだし負ける訳ないって」
「そうね」
そんな状況だからこそ、油断というのは生まれるのだろう。
フェイトがふとした違和感を背中に感じたのは、反応するには遅かった。
■■■■■■
「……?っ!!レイ!後ろだ!!」
「えっ?」
レイの間の抜けた声は、間違いなく反応出来ていないものだ。
今からでは防御が間に合わない、回避?間に合うか?
「ぐああああ!!」
結果、フェイトが選択したのはレイの身代わりとなって、背後から忍び寄っていた触手の一撃を受けることだった。
「フェイト!!」
フェイトに抱えられるように庇われたレイから、悲鳴が漏れる。
「フェイト!!フェイト!!!」
「大丈夫だ、しっかり掴まってろ……」
フェイトは飛行魔法を加速させると、その場から離脱し次の一撃へと備えた。
「あれは……」
「空飛ぶクラゲか?」
フェイトが反応出来たのは、野生の勘としか言いようがない。
気配がなく、存在も透明、風に逆らうこともしないこの空飛ぶクラゲは、殺気すら放たずに先の一撃をフェイト達に振り下ろしたのだ。
「透明なのが厄介だな、目を凝らしても輪郭がボンヤリしか見えん」
「それよりフェイト!早く治癒を!!」
「そうだな」
ポウッ、とフェイトの身体を暖かな光が包むとフェイトの傷は瞬時に癒えていた。
「イカにタコにクラゲか。海の多足生物勢揃いだな」
「バカなこと言ってないで、来たわ!!」
レイがフェイトの前に立って剣を構え、迎撃の態勢を整える。
「違っ!!レイは後ろへ!!」
「なんでよ!?こういった時の前衛じゃない!」
レイはそう言いながらも、早速襲いかかってきた透明な触手を神経を研ぎ澄ませ、一本一本斬りつけて軌道を逸らす。
「相手が未知数だ!危ないから下がれ!」
「嫌よ!フェイトこそそんなの言ってる暇があったら魔法を使って!」
「くっ」
言い訳はしたくないが、レイの方が正論だ。
「でも、レイ!」
「フェイト、どうしたって言うのよ!!今まで何度もパートナーを組んで戦ってきたのに、なんで今更動きを鈍めるの!?」
女の子は守るもの、特に自分が愛そうとする者ならば、自分が命に替えても守らなくてならない。
それがフェイトの騎士道であり、騎士としての在り方だった。
だが、レイは戦える力があるために前線を引き受けてしまっている。
フェイトとして、自分より前に出る女の子というのを想像していなかったに過ぎないのだ。
だからこそ、今致命的に足を引っ張っているのは、フェイト自身に他ならない。
「フェイト早く牽制の魔法を!!」
レイとしても、姿が透明な相手をどれだけ止めていられるか自信がないのだろう。
「ええいクソっ!!」
そしてフェイトは吹っ切るように、炎の魔法をクラゲ相手に放った。
そして、二人が、いや誰もが予想もしなかった事態が起きた。
相手を燃やす火炎魔法は、半端な温度ではない、更には熱としてのエネルギー自体も相当に高いものだ。
----それにも関わらず、今目の前にいるクラゲは……
「魔法を……吸収した!?」
火炎魔法として放ったはずのフェイトの魔法は、魔力に依って引き起こされる事象である。
故に、核である魔力自体が飲み込まれた場合、炎は発生しない。
「コイツ、魔法を喰ったのか!?」
自然界にも極稀にいる魔法に耐性のあるモンスターはいるが、数が少ない。
それにそういったモンスターの殆どが、特殊な能力を有しているか、強力な力を秘めたモンスターであることが多い。
「よりにもよって、天敵か!」
現在攻撃手段としては、魔法かレイの剣技の他にはない。
だが、魔法を吸収されては剣に頼る他ない状況にも関わらず、その剣がもっとも相手にしにくいとされる、相手が透明であるということだ。
「最悪な特化モンスターだな、騎士団でも手こずる相手じゃねえか」
体長は計りずらいが、それでも五、六メートルは超えているだろうし、クラゲということから攻撃武器である触手は人間の両の手を遥かに超える数を有する。
ただでさえ相手しにくい相手が、自分より大きく、自分より手数を持っている等、対人間に特化した捕食生物にさえ思える。
「レイ、一旦引くぞ!こいつとじゃ空中戦をやっても不利だ!!」
今はレイが精一杯喰い止めているが、いずれ剣を取られてしまっては反撃も出来なくなってしまう。
今は引いて、地上にいる騎士学校の面子と協力するのが望ましい。
「分かった!すぐに引く!」
ザンッ!
と斬りつけて、触手を振り払ったレイはバックステップの要領でフェイトの後方に下がる。
「よし、一気に戻る----」
そして、フェイトの意識に今まで相手をしていた相手がようやく戻った。
「…………しまった!!」
フェイトが相手をしていた二匹は、フェイトに魔法を当てられた恨みからか地上を目指して泳いでいたのだ。
あの速度では、間もなく上陸されてしまうだろう。
上陸するならば、それこそ陸で戦える騎士の本領発揮の場であるが、その場合ステージの崩壊は免れない。
ディーバのライブを行うには、上陸前の撃破が必須----
「レイ、しばらくコイツを引き付けてくれ!俺がそのあいだ……に……」
「分かった」
……えっ?
「ち、違っ……」
押し留めようとした手は虚空を切り、レイには届かずに、レイは再び攻撃の矢面へと立った。
(俺は、俺はなんで今レイを前線に立たせた?)
姫を守る、常日頃から公言し、またそうであると振舞い続けてきた、赤魔騎士フェイトが今何を言った?
(レイは姫じゃ……ない?)
そもそも、姫であろうがなかろうが、女の子を前線に立たせたくないと、意識の底では思っている。
それを、レイは姫の肩書こそないが現在は自分の彼女、大切な人のハズなのに、何故俺は 今彼女を攻撃にさらす指示を出した?
「違う……」
レイは大切な彼女だ、間違いなく、間違いない!!
じゃあ、なんで今みたいな言葉をとっさに吐けるんだ?
それは----
「うわああああああ!!!!!」
訳が分からないまま、フェイトは叫んだ。
分からないまま、理解出来ないまま、フェイトは逃げ口を求めるように上陸を試みる二匹のモンスター相手に魔法を撃ち続けた----