コノ海の記憶
ついに文化祭前日となり、フェイトは嬉しさで弾けていた。
「レイ、んじゃ明日は午前中だけでも色々みておこうな」
電話越しの相手は勿論レイだ。
「分かったわ、でも午後からステージの調整とかスタッフとの兼ね合いがあるからすぐに戻るわよ?」
「分かってるって。それにディーバも午前中はこっちにいるみたいだし」
「そっか」
一応声を潜めたつもりだが、フェイトは気付いてしまっただろうか?
一緒に回りたい気持ちはあるが、それでもフェイトと二人きりで文化祭を回りたかったと思うこの気持ちは、果たして気付かれていないだろうか?
「ディーバにとっては初めての文化祭なんだ、学生の楽しみってやつを教えてやらないとな」
「そうね、ディーバってなんだかんだ世間知らずなんだから」
裏表のないフェイトに魅かれたのがレイならば、ディーバも同じように魅かれていたのだろう。
少しだけの嫉妬は抑えるとして、今は友人としてのディーバを迎えよう。
「それじゃ明日、職員室で」
「分かったわ」
そして電話を切り、フェイトは明日を思って想像を馳せた。
「ディーバ、喜んでくれるかな?レイも騎士学校にきて初めての文化祭だし、二人共楽しめればいいな」
そしてフェイトは、父に明日の件について念押ししておくことにした。
そして当日--
騎士学校年一回の文化祭が開催された。
この日は一般の人にも公開され、各部活毎に出し物をしていたりする。
有名な所で言えば、騎士剣部の焼きそば、細剣部のホットドッグ、そしてピアも所属している双剣部のクレープだ。
代々受け継がれてきたその味は後輩に確かに伝えられ、噂が噂を呼んで期待値以上の集客をしているようだ。
ピアも勿論売り子として駆り出され、ゲイトとは現在離れて行動している。
ちなみに、二日間に渡って開催されるため、初日に拘束されたのならば翌日はフリーのはずだ。
そんな中職員室を集合場所にしたフェイトとレイは
「久しぶり!」
快活な声でこちらに親しげに話しかけてくる、歌姫ディーバとの合流だった。
「ディーバ久しぶり!なんだか雰囲気変わったな?」
フェイトとしては本当に久しぶりだろう。
実に半年振りに再会したディーバは、なんだかとても女性らしさに磨きが掛かっているようだ。
前までは女の子らしさ、という幼さを残していたのだが、今は女性として華開く直前のような朝露の如き麗しい輝きを放っている。
「当たり前でしょ?女の子が半年も経っていたら、それはもう進化なのよ?」
自慢げに微笑み、快活さを滲ませるディーバにはもう心配はいらないようだ。
「それにしても、それってレイ達が上げた服だろ?やっぱり似合ってる」
桜色と若葉色の絶妙な取り合わせで編まれた、春の豊穣を表すようなフレアスカートと、体のラインを良く表すようで、上品さも忘れない白のトップスとジャケット。
そしてフェイトが送ったルビーのペンダント。
忘れもしない、思い出の一品だ。
「覚えててくれたのね、そこまで朴念仁じゃなかったことに安心したわ」
ディーバがフェイトだけにはにかむと、それは天使の微笑みのようだった。
横からたまたま見えてしまった男性教師でさえ、見惚れているのだから直接その笑顔を向けられたフェイトが照れて硬直するのは無理もなかった。
「フェイト~?」
けれど、そんな夢心地の時間が続くわけもなくレイに背中を抓られて現実に帰される。
「いやははは、ディーバ似合ってる。な、レイもそう思うだろ?」
一応レイもいることを思い出したのか、フェイトが無理やりにだがレイにも話を振ると、なんだか一触即発のような雰囲気を感じる。
「……レイ?どした?」
「ディーバ、可愛くなりすぎ!私じゃ勝てないじゃない!」
逆ギレであった。
「ふふん、レイ?フェイトを取られたくなかったら精々努力を怠らないようにね。出ないと----」
「わーー!わー!なし!!ディーバお腹すいてない?ほら、文化祭始まってるわよ、行きましょ!!」
ディーバの口を塞ぐかのように唐突な話の転換に、フェイト達はいささか面食らうばかりだが、敢えて逆らうこともせずにそのまま一緒に外に出る事にした。
「これが文化祭なのね、本当、みんな生徒がやってるわ」
「当然だろ?どっかの国の露天だ祭りとは違って学生主催なんだから。ほら、俺達は時間もないし、お勧めだけ巡ってすぐ移動するぞ」
「ハーイ。あ、レイクレープだって」
ディーバは知らないはずなのに、早速お勧めのクレープを発見したようだ。
「さすがね、しかもあそこにはピアもいるわ。丁度いいし、冷やかしていきましょっか」
「冷やかすって……」
姉妹で何やってんだか、と思いつつもフェイトは黙って女子二人についていった。
「いらっしゃいませ!当店三種類のクレープがございまして、それぞれ----って、なんだ姉さんとディーバじゃない」
「バカっ!?」
フェイトが気付いても、もう遅かった。
並んでいたお客さんも、クレープを作っている生徒達も皆一斉にディーバに注目した。
「……冷やかしは成功したわね」
「そうね、ねえピアクレープ頂戴。お勧めの?」
しかし、ディーバはまるでうろたえず注文をする。
「いいよーうちのならストロベリークッキーだから、姉さんもそれでいいよね?フェイトは?食べる?」
勿論ピアも今更ディーバに会ったと言って騒ぐタイプでもないので、平然と売り子を続ける。
実際フェイト達のグループから言えば、もうディーバは歌姫という括りではなく、友達という括りなのだから問題なかった。
「あー俺は生クリームやつ」
「へぇ?珍しい、甘党なんだね。ハーイ、ストロベリー二つ、クリーム一つ」
ピアはテキパキとオーダーを取って流すと、会計に移る。
「それじゃ代金ね」
「待て待て待て!!ディーバ様からお代を頂くな!?すみません、勿論無料でございますので--」
そう止めたのは、男子5年生のホライズン先輩だった。
しかし、手で制したのはディーバ。
「私は客としてきているの、客にタダであげるのかしら?それとも相手が貴族か乞食かによってあなたは差別するの?」
痛烈な一言で、苦渋の面持ちになるとすごすごと引き下がった。
というより、嫌われたくなくて逃げたというのが正解かもしれないが。
「ハイハイ、先輩苛めないで。それじゃディーバは300ビザね。姉さん達も同じく300ビザよ」
(1ビザ=1円)
妥当な値段に納得しつつ、ディーバ達は代金を支払い出来上がったクレープを受け取った。
「毎度あり!宣伝してきてね~」
さりげなくディーバを広告塔に使おうという魂胆のピアに、若干呆れながらもディーバはこれ見よがしにクレープを見せびらかして食べて歩く。
「ディーバ、もう周りが気付いているからってそんなあからさまにやんなくても、十分目立ってるわよ」
そもそもお勧め店に入るクレープ屋なのだから、宣伝は実績で十分とも言える。
というより、この勢いで今いる客全員が買い求めに走りそうで、そうなれば材料不足が必至だ。
「そうね、もう食べ終わっちゃったし」
ペロリとクレープを食べ終わり、ディーバが満足そうに微笑む。
「美味しかったわ、それに意外な発見。フェイト甘党なのね」
そんなからかい混じりの言葉には、フェイトも少しだけ口を尖らせて反応する。
「いいだろ、好きなんだから」
と言ってクリームたっぷりのクレープにかじりつくフェイトは、女の子から見ても可愛いと思わせる反応だった。
「満足満足、それじゃ次行きましょ」
スキップでもしそうな勢いで、ディーバが先導する。
「ディーバそんなに慌てて転ばないでよ」
「全く、レイより私の方がお姉さんなんだからねー。過保護過ぎよ」
飛びっきりのウインクでこちらに親愛を示すディーバは、それはそれは可愛かった。
道端で立ち止まった男子生徒が何十人もいたのは、きっと気のせいではない。
「あ、ゲイト発見」
「おやおや、あれはしかもリードもいるじゃないですか」
「本当だ、ゲイト、リード久しぶり!」
手をブンブンと振りまわして近付くディーバに、ゲイトもリードも顔を緩める。
「お、ディーバ久しぶりだな」
「ディーバ、久しぶり」
「こんにちは、それで早速ゲイトは二股?」
とんでもない爆弾サラっと投下したディーバに対して、ゲイトは即否定を入れる。
「違う、ただしリードから食べ物をせがまれていたのは否定しない」
「ゲイト、美味しそうなの、持ってたから」
「そうなのか」
見てみれば、ゲイトは焼きそばと確保しておりそれにつられてどこからかリードが迷い込んできたのだろう。
「なんだ、残念。全くあなた達ズルイわよ。仲良く四人でくっついちゃって」
あれ?レイがもう話したんだ、と思ってレイを見てみると首を横に振る。
「え?私言ってないけど?」
なんて言うと、ニヤリと不敵に微笑むディーバ。
「カマかけただけ、全くなんで教えてくれないのよ」
「そ、それは、そのー……」
なんて、レイがうろたえる。
最近、レイがこういった表情をみせることが多くなった気がする。
「まあいいわ、レイも経験よ経験」
?
ディーバが意味深なことを呟くが、聞き返そうと思う前にディーバはリードに向き直っていた。
「ねー私リードとくっつこうかしら、リードは私と組まない?」
「私、一人がいい」
意外とそっけなく断られてしまったが、ディーバは気にした風でもない。
「残念、でもライブは来てくれるんでしょ?」
とディーバが誘うと、リードはコクンと頷く。
「行く、ディーバの、見たい」
「ウン!楽しみにしてて!!」
あちこちで宣伝しているようで、ディーバは顔なじみの集客を確認すると次へ向かっていった。
■■■■■■
「あ……」
そんな中、突然ディーバの表情が曇り、それどころか嵐のように表情が険しくなっていったのは、まさに青天の霹靂であった。
「あちゃー」
レイは分かっているようだが、フェイトにはその時の迫力は分からない。
この状況を強いていうならば、目の前にシキブとなずながいることだが--
「行きましょ」
フェイトの腕を無理やりに引っ張り挨拶もせずに立ち去ろうとするディーバに、フェイトが口調を正した。
「ディーバ、何があったかはレイから聞いたけど、その態度は宜しくないぞ」
さすがのディーバもフェイトに言われると弱いらしく、引っ張る力が弱まった。
「シキブも九行先輩も来てたんだ、九行先輩はともかくシキブはどう、楽しんでる?」
あえて世間話から入ってみたが、ディーバは結局目も会わせずにそっぽを向いたままだ。
そんなディーバがいるせいか、シキブもなずなも歯切れが悪い。
「え、ええ。楽しんでるわ」
「ああ、退学した身だが連れていこうと思ってて、な」
どうにもこういった空気は嫌いだ。----こうなったら
「二人共、夕方のライブ来てくれよな」
こう切り出すしかない。
ジロリ
案の定ディーバから睨まれるが、気にしない。
「二人にも聞いて欲しいんだ、ディーバは感情表現下手かもしれないけど、歌に感情乗せるのはすごいから」
「ちょっとフェイト、さり気なく私をバカにしないでよ」
そう突っ込みが入るが、それも無視。
「というわけで、絶対来てね。集合場所とかパンフに乗ってるし、席はなんとでもなるから」
そう強引に誘っておいて、フェイトはこの場での会話を切り上げた。
二人を置き去りにして、フェイト達が移動するとフェイトはディーバに向き直った。
「あのな、ディーバ。俺は二人を恨んでもないし憎んでもいない。だからいい加減許してやれよ」
「イヤ」
ああ、前言撤回だ。ディーバの頑固さは直っていなかったようだ。
「これから努力するって方向は?」
「ないわね」
「ディーバ、俺から頼んでもダメか?」
こうなったらと、泣き落しを早々に掛けるがディーバは全く動じなかった。
「私はね、あの二人の責任の軽さに怒っているの。でも今日の歌を聞かせるのはいいわ。私の歌は、丁度いいかもしれないし」
今日ディーバがどんな歌を歌うかは知らされていない。
ディーバ専属のスタッフが音響を担当しているので、こちらはノータッチなのだ。
「分かった、でも俺は歩み寄ってくれるのを願うからな」
それだけ話して、フェイトはこの会話を切り上げた。
しばらくして、時間となりフェイト達も会場入りする時間となった。
「俺達は普通に飛行魔法で行くよ」
と、いつもの通り飛行魔法で三人はリアロード海岸へと飛んでいった。
海岸のステージは完成しており、後はディーバが音合わせを行って終了の予定だ。
「ねえ、フェイトが見せたいって言ってたものって何?」
それは前に約束したものだが、フェイトはまだ明かす気はなかった。
「まだダメ。ちゃんと時間になれば見せるからさ」
「……分かったわよ、それじゃレイ、フェイトとしばらくの散歩を楽しんできたら?」
「ディーバ!」
なんてからかわれて、レイは顔を赤くしながらもディーバは飄々とステージへと向かった。
とはいえ、確かに時間が余っていたため、フェイトはディーバの言葉に従う訳でもないがレイと一緒に海辺の散歩へと繰り出す事にした。
「そういえばディーバに言ってたものって?」
レイも聞いてみるが、回答が得られるとは思っていない。
「ああ、俺がこの海岸で見せたいものがあるって言って誘ったんだ。レイにも見て欲しい、俺が子供の時の話だけどさ、すっごくキレイだったから」
「へえ、なら楽しみにしてるわね」
穏やかな波、寄せては返す波を眺めながらの散歩もまた風流であった。
「夏なら泳げたのにね」
そうレイが口ずさむと
「そうだな、今だともう遅いな」
自然と息の合った会話へとなる。
穏やかな時間、これがずっと続くのもいいのかもしれない----
そんな静寂は、突然の襲来者によって崩されることとなった。
「沖にクラーケンが出たーー!!」
そう、会場スタッフからの叫び声が聞こえたのだ。
「クラーケン?」
確か8メートルもある大型のイカモンスターだったはず。
そんなものが間違ってでも上陸すれば、ステージは目茶苦茶になってしまう。
「なんだってこんな時に--」
フェイト達が急いで会場に戻り、目撃談を聞こうと思っていた所に、第二の叫びが聞こえた。
「デビルフィッシュまでいるぞ!?」
「デビルフィッシュまで!?」
デビルフィッシュとは、タコの大型モンスターである。
大きさもクラーケンとさほど変わらず、何故沖に出現する?と疑問に思うようなモンスターでもある。
「フェイト・セーブ参りました。情報を」
目撃したのは、ディーバ側のスタッフだったらしい。
一応騎士学校の生徒と先生も数名いるが、沖にいるモンスター相手にするのは難しい。
船で近寄るには、あまりにも危険な相手だったからだ。
「そ、それが二匹がまるで喧嘩でもしているように、互いを攻撃していて」
「なんだそりゃ?」
フェイトが知る限り、二匹が争ったこと等聞いたこともない。
クラーケンが北極、デビルフィッシュは中央海とテリトリーが別れているためだ。
それにそもそも深海の生き物である二匹が、こんな陸地側にいること自体異例だとも言える。
「分かりました、俺が出ます」
「私も」
そうレイが言うが、フェイトは首を振る。
「駄目だ、船は出せないし俺は魔法で応戦するつもりだ。レイは騎士剣だろう?接近戦は海の魔物相手に危険だ」
「でも、フェイトまだブレイヴフェニックスがないじゃない」
確かにそれは痛い。
父に預けたままなので、今日はまだ手元にないのだ。
「Cランクの魔物だし、なんとかなるって」
ちなみにヘカントケイルや、八岐大蛇はSSランクの魔物だ。
「連れてって」
言い出したら聞かない頑固さで、レイが押してくる。
「……しばらくは様子をみる、こっちに近づくか時間が経ってもどかないようならまた考え直す」
それはフェイトもレイも互いに感じた、初めての不協和音であった----