コッチを向いて?
さて、文化祭まで後一週間と迫った今週は各委員会所属者による直前ミーティングが開催された。
勿論フェイトとレイも出席者であり、参加しているのだが……
「今年の一番の目玉は何と言ってもディーバ姫のライブです!
……そしてそのコネクションを得たのもフェイト君で間違いありませんが、それでもこの段階になってもまだ移動手段を明かす気になれませんか?」
実行委員長である男子生徒の4年生がフェイトに問い掛けるが、フェイトには馬耳東風、全く耳に入っていない。
「ハイ、実際ディーバにもレイにも言っていないことですし、具体的な方法はまだ言えませんが、確実に大丈夫だと断言します」
いつものフェイト節絶好調だった。
本当にもう、フェイトは有名になりすぎた点を自分でも自覚してきたから性質が悪い。
こういった飛びきりの悪戯に付き合わされる委員長の身になって欲しい。
ジロリと隣のレイが睨まれるが、睨まれてもどうしようもないのだ。
誰にこのフェイトを御しきれようか?
もし可能ならば、それは相当にフェイトと面識がありつつも地位がある人でなければ叶わない。
例えばアルト王、例えばユキ姫、……無理だ。フェイトを説得するに当たってまず世界で最も有名な王と姫を説得する役目等誰が背負うものか。
結局会議は流れ、フェイトは鼻歌交じりに文化祭の事を楽しみにしているようだった。
「文化祭か……そうだな、私も出来ればディーバ姫の歌は聞いてみたいな」
そう言ったのはアマリリスだった。
普段の厳格な性格から考えれば、やや意外な感じもするがそれでも歌姫と評される者が間近で見られるならば好奇心を失くす方が難しいか。
「それじゃ委員長権限で先輩も最前列確保ですね」
ディーバのライブに関してはもはやフェイトの独断場であった。
教師陣から言えば、有力な貴族、また寄付をしてくれる団体の会長等を最前列に招く予定だったのだが、フェイトが強硬に潰した。
とにかく友人達には最前列を!と言って聞かなかったためすでにゲイトとピア、それに学外からはリードとアイリス、それにシキブとなずなの分までそこにある。
ディーバのライブを最前席というSSSランクの席のチケットがあれば、数億にはなるだろう。
だが、フェイトの打算のない行動力にディーバが魅かれたのであるため、その犠牲は止むをえない事情だったと教師側も納得せざるを得なかった。
「しかし夢のようだ、ディーバ姫の歌を間近で聞けるなんて」
アマリリスがうっとりとディーバのライブを想像しているが、その様子ですらとても高貴で美しいと思えるのだから反則だ。
レイも整った顔立ちをしているが、アマリリスの顔立ちは女神ではないかと見紛う程だ。
ちょっとだけ見惚れてしまったことに、レイは気付いていた。
「フェイト?」
口調も表情も優しい笑顔そのものだったが、実際背中をつねられていれば世話はない。
「いててて!?レイなんだよ!?」
当然のように抗議はするのだが、
「バカ!」
それで一蹴されて終わりだった。
そんな気の緩みを取り戻すためか、フェイトは再び訓練に戻る。
八岐大蛇のように切羽詰まった事情が無くなったため、もとのギルバード先生のカリキュラムとアマリリスの基礎を固める訓練へと戻っていた。
結局無茶の代償は大きかったため、フェイトも特に文句なく励んでいる。
いや、励み過ぎているとも言えた。
ブランクこそ埋めたものの、フェイトはまだ自分のことを過小評価しているフシがあった。
様々なものを失ったあの事件から学んだ事は、中途半端な強さで止まらないことだったのだと考えている。
下手に実戦に出れたために救いきれたものを手から溢してしまった。
初めから努力の方向をシキブを説得するという方向に持って行ったならば、騎士団は大隊二隊出陣させたかもしれないし、そうであればフェイトが入院することも、シキブが変な方向に堕ちることもなかった。
それに今尚自分の愛剣の中に存在しないサポートデバイスである、シンの不在もそうだ。
順調に復旧が進んでいるらしいが、未だ戻ってこないことは想像以上にフェイトにとって重荷となっていた。
もっとも、その気負いを全てトレーニングに真正面からぶつけることで力に変えようとしているのだから大したものだった。
だからこそ、アマリリスは積極的に訓練を厳しくするし、成長の相談にも乗る。
アマリリスからは以前フェイトから告白された事があるとレイに話したことがある。
当然例も驚いたが、当のアマリリスに関しては苦笑であった。
「私も本当にビックリした、だが今なら分かる。ディーバ様がフェイトから離れたように、私もフェイトの事は本当に好きだが、フェイトの理想の姫にはなれないと思う」
そう聞いた。
レイにはこの意味がまだ理解しきれていない。
ディーバもアマリリスもフェイトのためを思って離れたというのだが、何がフェイトのためなのかはついぞ分からないままだ。
いつかその答えを知る日が来るのだろうか?
しかし、その答えは表裏剥がれない現実を孕んでいることも、当然ながらレイは理解していなかった。
「たーだいま」
フェイトが普段通り訓練を終え、帰宅すると出迎えにパタパタ走ってくる軽い音、妹のアイリスの足音が聞こえた。
「お兄ちゃんお帰りー!お兄ちゃん、父さん帰ってきてるよ」
ん?
珍しい言い方をするな、と思い少し考えながら歩を進めると居間からは間延びした声で迎えられた。
「おー帰ったか。フェイト、ブレイヴフェニックスを預けろー」
その言葉で分かった。
「父さん!シン直ったの!?」
そう、フェイトの相棒であるサポートデバイスがついに復旧したという知らせであった。
「ああ、苦労はしたが記録データも復元しきれたみたいだし、剣を借りてデータを移せばまたシンがこの中に戻るぞ」
「よかったっ……!!」
本当にホッとしたのか、長い長い息を漏らしへたり込むフェイト。
その様子をカラカラと笑い飛ばしてくれたのも、父であった。
「なんだ、あれだけ口喧しい相棒から離れられたんだ、今の方が良かったんじゃないか?」
なんて意地悪を言ってくるので、フェイトもムキになって言い返す。
「父さんが勝手にあんなプログラムにしたクセに!!いーだ!!アイリス行こっ、庭に出てトレーニングすんぞ」
「フェイトご飯は?」
母がそう尋ねてくるが、
「後で食べる!アイリスの面倒見るって約束してたから」
「そんな約束したっけ?」
疑問顔の妹を追いぬいてさっさと庭に出るフェイト。
「アイリスー!遅い!!」
「お兄ちゃんヒドイ!?」
ちゃんと両親には伝わっていた。
フェイトがとても寂しくしていたことも、照れ隠しのためにわざわざ外で風に当たってきたい事も。
「素直じゃないな」
「本当、あなたそっくりですよ」
暖かい帰る場所は、いつでもフェイトに取って帰りたい場所であった。
さて、イキオイで飛びだしたはいいけれど実際何を教えようかと悩んでいたフェイトに、アイリスから提案があった。
「今日は新魔法を見て欲しいんだ」
「新魔法?」
今までにない魔法を編み出したというのだろうか?
そんなことが出来るのはリードか、王宮魔法師位なものだが、と思っていると、
「あのね、最近火と水が急激に上昇したって話したでしょ?」
「ああ、そうだな。具体的に言えば俺が入院した時期にか」
そう、別にトラウマやショックで目覚めたとは思えないのだが、どういった訳か本当に上達しているのだ。
学校の授業でもこんな目覚ましい進歩と遂げる生徒はいなかったようで、教師も戸惑っているらしい。
「そうだな、実際上級魔法を使ってるのをみれば認めざるを得ないし、いいぞ。試してみろ」
「ありがと、エヘヘ、それじゃ~ね。これいくよ!!」
そう言ってアイリスが始めたのは、右手に炎、左手に水という対極の魔法の創造であった。
フェイトであっても対極の魔法を同時に使うことはとても難しいが、今の妹を見る限り平然と出している。
「それでね、これをこうして……」
と見てて見れば、アイリスは左手で炎に水の魔法を被せている。
「?。同等エネルギーなら消滅するだけだろ?」
フェイトの疑問も耳に入っていないようで、そのまま近づけると----
バチバチバチバチ----!!
突如雷光さながらの放電現象が始まった。
「な、なんだこの現象は!?」
いや、放電だけに驚いている訳ではない。
魔力が、急速に膨張し弾けようとしているのだ。
「暴走してる!止めろ!!」
フェイトは失敗だと判断して直ぐにストップを掛けるが--
「もうちょっとなの!この先に何かあるのが分かるから----」
「何かってなんだよ!?駄目だ、中止しろ!!」
フェイトが手を伸ばしてアイリスの腕を掴もうとした矢先--
シャッ!
フェイトの指先が何かに切り裂かれた。
(なんだ、今のはなんだ!?電気?いや、まるでこれは引っかかれたような傷……?)
傷口自体はとても小さく、痛みも全然ないがそれでも何か、見えない何かがそこにいるような気がしてフェイトが踏み込む事をためらわせる。
「アイリス、止せー!!」
「きゃああああ!!!!」
ぽんっ
「…………」
「…………」
妙に静かに放電が収まったと思い、いやそれよりも変な音が聞こえたような気がしたので、恐る恐る目を開き確認してみると----
「クォ?」
小さなトカゲ……いや、赤竜というもっとも気性の激しい竜の幼生がそこに居た。
■■■■■■
「アイリス」
「なに、お兄ちゃん」
「聞きたいことがあるんだが」
「奇遇だね、私もお兄ちゃんに聞きたいことがあるんだ」
そこまで言い終わると、兄妹は先にどちらが質問するかでこの状況の解答を相手に押し付けようとした。
『これ何!?』
だが奇しくも、同時に発言したためこの勝負はノーゲームとなってしまった。
この場合は術者であるアイリスに聞くのが一番早いと思われる。
だが、年長者で魔法に長けている兄に聞くのも良い方法だと思われる。
だが、兄妹理解している。
どちらも、この現象には初めて遭遇したのだと。
まず、現実逃避したのはフェイトだった。
「俺、夕飯食べてくる」
そう言い残しアイリスに押し付けたまま、トンズラしようと思ったのだが、がっしりと腕を掴まれてはそうも行かなかった。
「……アイリス、話は聞いてやるから話せ。何でも聞いてやるぞ?」
「うん、話すね。お兄ちゃん、これ何?」
「…………」
「…………」
「クォ?」
意外に瞑らな瞳と、可愛らしい鳴き声で鳴く竜の幼生は、このまま成長しなければ可愛いもんだと思える。
しかし、現象については知らなくても、モンスターの知識としてそれを知っているフェイトがついに口を開くことにする。
「アイリス、それは赤竜の幼生だ。どうみてもな、トカゲであれば数千倍マシだったんだが……」
「そんなこと言わないでよぉ!!お兄ちゃん助けて!!」
そう妹に請われるが、助けてやりたいのは山々でも助ける手段が分からない。
「あのな、一番いいのは処分することだ。大きくなってからじゃ手が付けられん。参考までに父さんに預けてサンプル送りっていう手もあるが」
かなり現実的なラインで妥協したフェイトだが、アイリスには納得出来なかったらしい。
「……こんなに可愛いのに?」
「……クォ?」
(ぐっ……確かに可愛いじゃないか)
ちょっと高めの鳴き声といい、クリクリした瞳といい、なんだか愛玩動物の類しか連想させないそれは、殺処分するには少々見かけが可愛らし過ぎた。
「クォー」
ちょっとだけ鳴き声を伸ばして鳴く赤竜は、飛ぼうとジタバタ羽を動かすのだが、バタバタするだけで一向に飛びあがる気配がない。
「か……可愛い」
いかん、アイリスが堕ちた。
これは自分だけでも----
「クォー、クォォー」
ずっとジタバタと何かから逃れるように羽をバタバタ動かす赤竜の幼生。
「……もしかして、俺を怖がってるのか?」
考えてみればバタバタして必死に動いているのは、アイリスの後ろに回り込もうとしているからかもしれない。
というより、なんで羽を動かしているんだ?一応手足が付いているのに?
謎は謎だが、結局はフェイトも折れた。
「アイリス、いいか。交渉にはトラブルが付きものだ、何があっても折れるなよ?」
「イエッサー!」
さて、アイリスも突撃準備が整ったようだし、いざ自宅へ!目指すはこの家の主人である父親だ!!
「父さん!話がある!!」
トビラをバンッ!と開けて気合十分に乗り込む。
普段そんな仕草を見せないからか、父親もビックリしているがその隙に交渉を有利に進める!
「父さん、突然だがペットを飼いたくなった。理由は聞かないでくれ、可愛かったから。以上。いいだろ?」
「いいよ」
……あれ?なんでそんな簡単にOK?
拍子抜けしすぎたが、まぁこれで言質は取った。
「アイリス、それ見せろ」
後ろに控えていたアイリスが父親の前まで行き、肩にのった赤トカゲ、もとい赤竜の幼生を見せる。
すると、今までの朗らかだった顔から一転、険しい表情になる。
「父さん、さっき飼っていいって言ったよね?だから----」
「アイリス!その生き物父さんにくれ!!」
「駄目なんて----へっ?」
フェイトの言葉が見当違いな方向に飛んでいることに気付いて、自分で間抜けな声を出してしまった。
「それは赤竜の幼生だろう?なんと珍しい、いや、この国の生態系に存在しないのに何故……これは研究したい、くれ!!」
「嫌よ!!」
「当たり前だ!子供に向かってサンプル寄こせとかどんだけマッドサイエンティスト発揮する気だ、バカ親父!!」
結局飼うことには問題無くなったのだが、飼い主がアイリスということで不安が残った。
「ほーらおいでノア」
赤竜の幼生の名前だが、ノアと決まった。
特に意味はないが、アイリスが付けたので尊重することにした。
「クォッ!クォ!」
まだまだ飛ぶ事すら出来ないノアは、子供というより生まれたてだ。
本当に遠目にはトカゲにしか見えないのに、これが赤竜のように大きくなると……
その時は野生に帰すしかないな、と思う。
いくらなんでも飼いきれない、そういえば保護したモンスターの手続きとかいるんだっけ?
その辺りはどうせ父は上手くやってくれると思い、一旦考えないことにした。
「ノアいい子だね~ホラ、撫でてあげると喜ぶんだよ」
「クォ~」
ウムウム、なんだか知らないが懐いているようでなによりだ。
それで、だ。
「アイリス、問題はノアが、じゃなくてなんでノアが出てきたのかってことだ。あれじゃまるで----」
そう言いかけた時、フェイトは言葉を切って考えざるを得なかった。
まるで電流が体中を駆け巡ったかのように、その考えで痺れてしまった。
(あれじゃまるで、召喚士じゃないか?……まさかな)
召喚の術は秘匿とされており、受け継ぐ者は召喚士の里にいる者しかいない。
極稀に召喚士として才を発揮する者が稀に在野から出て来るというが、それに関して研究を進めたという話は聞いたことがない。
だからこそ、召喚士の存在は貴重であり、切り札にもなるのだ。
(もし、もしもアイリスが----召喚士だったら?)
自慢の可愛い妹、目に入れても痛くないような可愛がってきた妹が、国に要請され召喚士として命を懸けた戦に駆り出される----
そんな嫌な想像をしてしまい、思わずフェイトの背に冷たい汗が流れる。
「アイリス、あれもう絶対に試すなよ?今日だけでもうコリゴリだ。特に他人には絶対に見せるなよ」
「分かってるよー、暴走した時のこと考えてお兄ちゃんの居る時に頼んだんだから。人前じゃやったこともないよ」
その言葉に心底安心する自分がいた。
自分は命を懸けた戦いを経験しているからこそ思ったのかもしれないが、身近な大切な人がいなくなる悲しみ、引き離される苦しみはこんなにも辛いものだったのか----
「クォ?」
純粋な瞳でフェイトを見つめるノアに、フェイトは優しく微笑んでみる。
(ノア、何かあった時はアイリスを頼むぞ)
通じもしない言葉を、心の中だけで唱えてみるが、タイミング良く鳴いたノアにフェイトの心は少しだけ安心に包まれた。
遠くもなく、近くもない未来で待つ運命は、ただ静かに役者が揃いつつあることを感じていた----




