撃て!正義の矢
なずなは不意をついて一気に<ロア>の矢を三本編み出し、一斉にシキブへと解き放つ。
シキブにしても三本の矢は魔力流だけでかき消すことは出来ないとみたか、左手より水流を打ち出す。
なずなの一本一本の矢はそれぞれ大木を撃ち抜く威力を持つはずなのに、シキブの水流は意にも介さず丸飲みにし、尚こちらへの勢いを失わない。
「くっ」
なずなはギリギリの所で回避に間に合い、態勢を整える。
弓使いが単独で敵に立ち回るには、相当の修練が必要になるのだがなずなも学校で弓一筋で四年間耐え抜いてきただけはある。
決して踏み込み過ぎず、かといって距離を空け過ぎない、まさに中衛の鑑のような洗練された体裁きをみせる。
一方のシキブは相変わらず余裕を見せたまま、こちらへ積極的には攻撃してこない。
こちらの全てを引き出させて、その上で心を折るのが至上の楽しみと言わんばかりに余裕の表情を崩さない八岐大蛇は、心の底から軽蔑した。
(三本でも駄目か……ならばやはり編み込むしかない)
同時に三本ならば<ロア>で造り出せる。しかし、<ロア>を束ねて一本の威力を出そうとすれば相応の時間が必要となる。
援護もなしに出来るか?
否、やらなくてはならないのだ。命を懸けて。
スゥ
なずなは少しだけ呼吸をして酸素を十分に取り込むと、第二幕へと続ける。
「まだまだっ!!」
一方、なずなの切り込みによって難を逃れたフェイトは、リードに呼ばれ地上へと降りていた。
そして先ほどリードがなずなにした話をフェイトも聞き、フェイトは思案顔で耽る。
「……俺の判断か」
なずなが命を懸けてこの選択肢を選ばせる時間を造ってくれている。一秒たりとも無駄には出来ないが、即断出来る程フェイトも図太い神経をしているわけでは無かった。
「フェイト、シキブ、助けない、の?」
リードは不安そうな顔でこちらを見つめてくる。
普段の天真爛漫なリードをして、ここまで不安にさせてしまっているのだ。
それがどんな理由であれ胸が痛む。
だが、その表情を見てフェイトは吹っ切ることができた。
「リードのこんな表情させちゃ駄目だよな。……同じようにシキブだってこんな表情させたい訳じゃないんだ。
------決めた、俺はシキブの騎士だ。俺が全部何とかしてやる!」
フェイトが声高らかに宣言すると、早速水を差す者がいた。
「フェイト?無茶言って、現在騎士団が本体と交戦中ですがその騎士団が負ける可能性はハッキリ言えば高いです。その時騎士団大隊で勝てなかった化物をあなた一人で打ち勝つと?
勝算の無さ、無鉄砲振り、全てただの感情任せになっています。ご再考を」
思えば今回はシンと意見がぶつかってばかりだった。最初にシキブを守ると決めた時から既に意見が食い違っていたのだ。
「シン、どうしてもこれは譲れないんだ」
フェイトは諭すように語りかけるが、逆にシンも諭すような言葉遣いでフェイトに話しかける。
「フェイト、本体をリードが封印すれば連なってシキブに宿る八岐大蛇も消え去る可能性は非常に高い。そうなればわざわざ自分から勝機を潰すことになります。
それでもシキブを救いたいのですか?」
それはシンが心の底から聞きたかった問いなのかもしれない。
シンに心があるのかどうかは分からない、学習プログラムの非常に高度な機械であるシンだが、心、という人間と同じものがあるのかは分からない。
--でも、今この瞬間は信じられる。シンにも心があって、フェイトの心に眠る夢を聞きたがっているのだ。
だからこそフェイトは、時間が惜しいとは思わずシンに真面目に答える。
「--シキブが探していた理想のお姫様か、それは……分からない。
でも、俺が契約したお姫様を救えなかったなんてことは一回たりとも無しにしたいんだ。
……一回でも許せば、俺は、二度と夢を追う事が出来なくなる」
ディーバの時は危なかったが、最後には良い結果が待っていたしギリギリセーフともいえようが、今回シキブを助けられないというのは問答無用で失敗だ。
「それに、シンは可能性については詳しいけど、可能性は可能性って分かってるだろ?八岐大蛇を騎士団が倒せるかもしれない。封印に成功してもシキブの身体に取りついたものが堕ちるとは限らない。
……悪いけどシキブの身体に取りついた八岐大蛇を確実に消しさせれるって保障出来るのはリードの封印だけだ。
俺は、姫様に対してだけは可能性の80%では妥協出来なくて、100%を求める」
それがフェイトの答えだった。
しばらくの間無言だったシンだが、やがて
「はあああ」
と大きくため息をついてみせた。
「分かりました、マスターが無茶な人だからこその私なんですが、100%を求めるって機械に宣言されては私もそれに答えるしかないじゃないですか」
「シン!それじゃ--」
「ええ、フェイト。あなたの考えを全力でサポートします。ただし、万一の時はあなたに世界を救ってもらいます。
----それが、あなたの背負う覚悟と責任です」
不思議と寂しそうに、今にも涙を流しそうな声でシンがフェイトの背中を押す。
「----ああ!俺は俺に出来ることの全てを出し尽くす、それが赤魔騎士フェイトの全力だ!!」
フェイトがコクンと頷くと、横にいたリードが顔を僅かに綻ばせて説明に移る。
「それじゃ、説明。よく聞いて」
フェイト達は今はただシキブを救う事だけを考え、それだけに全力を注ぎ込むことに決めた。
タタタッ
なずなは走りながらシキブの隙を伺い、同時に<ロア>を束ね編み上げて矢を造りだそうとしていた。
しかし、それは簡単にはいかなかった。
シキブだけを見ていたら気付かなかった、足元の緩い川のような水。
それらは本来山を下るだけの水に過ぎなかったものだが、なずなが近寄った瞬間に突然弾けた。
「なっ!?」
あまりの出来ごとになずなは<ロア>を編み上げることを中止し、即座に回避行動に移る。
だが、地雷を踏んでから避けるのが不可能なように、なずなの回避も間に合わず被弾をする。
「ああぁっ!!」
とっさに顔と胸を腕でガードすることだけは間に合ったが、それでも飛びかかった水しぶきは散弾もかくやという威力を持ち、ただの一撃でなずなの体力をごっそりと奪っていった。
「くう……」
あまりの損傷になずなはその場で膝を着きたくなる。
致命傷こそ避けたもののあちこちから出血をしており、早急に病院で手当てしなければ命に関わるだろう。
それでも、なずなは膝を決して着かない、意地だけで踏みとどまる。
先輩としての意地、親友としての意地、何より劣等生だが騎士という誇りの意地が、戦地でのなずなの挫けぬ心を生み出していた。
だが、傷の深さを見てシキブは底冷えする声で笑いかける。
「なんと痛ましき姿か……そしてなんと無様な姿か。その程度の魔法を見抜くことも出来ず、避けることも出来ず、防ぐ事も叶わない。
本当にお前は足手纏いだな」
シキブの姿をした八岐大蛇が、なずなの心を抉るよう圧倒的上の立場から愉悦を隠さずに語る。
「我と死合う?それは過去誰にも不可能だった事だ。あの忌々しい人間ですら策を用いて我の首を一つ斬り落とすのが精一杯であった。まだあの男の方が評価出来るというものだ」
それは彼の須佐之男命を指しているものだろうか?
だが、そんな歴史に名を残すような偉人と比べられても自分は誇れるものなど、生憎持ち合わせていない。
「策を練るのも下手、力も及ばず、更にはあの剣すら持ち合わせていない。
そんな無いもの尽くしのお前がどうやれば我と渡り合えるというのだ?」
うるさい……言われなくても分かっている。何も持っていないなら、賭けられるものなんて命の他ないじゃないか。
なずなは、弓をシキブへ構え直した。
「なんのつもりだ?この距離、先ほどの距離の取り方を見ても雑としかいえない。この距離では我が魔法を使わずとも、切り裂いた方が早いということすら分からんのか?」
まるで助言のようなことを仄めかし、なずなに勝機を与えようとしている。
--だが、この竜を知っているものならば誰だって分かる。
ただただ、嬲るためだけにわざと希望をちらつかせているのだ。
希望を抱いた後に絶望に落とすためだけに。
その言動、いや、数々の所業の全てがなずなにはもう許せなかった。
ただ言葉に逆らうように弓を引き絞り、<ロア>を編み込む。
「……フン、興が削がれるような事をする。所詮お前はそこまでということか」
そんな呟きの間にも、なずなは決して意識を途切れさせず<ロア>を着々と編み込み続ける。
「時間の無駄だ、引導をくれてやろうぞ。……去ね」
八岐大蛇はシキブの身体を操ったまま、親友であり、姉妹のような二人を引き裂くこの世で最も卑劣なシキブの右手でなずなを刺し貫いた----
「ガハッ!!」
腹部を右手にて貫かれ、呼吸もままならず激痛が意識をかき消し、痛みが神経を尖らせ、神経が熱を放ち消えかけた意識にありったけの痛みを訴える。
常人ならば、いや例え騎士であっても耐えきれないこの致死の攻撃によってなずなは完全に沈黙せざるを得なかった。
親友の、姉妹の手によって貫かれるという最も考えたくない一撃によって----
「ふん、本当に時間の無駄だったな。さて、残るは二人か」
シキブは右手を引き抜こうとして、初めて違和感に気付いた。
「……ん?」
弓を引き絞った態勢で、隙だらけだった腹部へと一撃刺しこんだ。そこまではいい。
弦が絞られたままなのは死後硬直だとして考えれば問題ない範囲だ。
----だが、<ロア>が編み込まれた矢が消えずに、いやそれどころか光を増して輝いているのは何故だ?
<ロア>はみたまま生命エネルギーそのもので、肉体が死ねば、意識が途切れれば、すぐさま霧散する儚いエネルギーのはず。
それは王者たる、格上と慢心した故の油断だった。
ことここに到ってようやく八岐大蛇は理解した。
「……貴様!!死んでいないのかっ!!」
その言葉を聞いて、痛みで顔を歪めていたなずなが僅か、本当に僅かに勝ち誇った笑みを浮かべる。
「死ぬ訳……ないさ。なあシキブ?お前本当に消えたのか?操られているだけなのか?
……私は、お前が消えていないと信じている」
「くっ」
慌てて右手を抜き、距離を取ろうとするシキブに対しなずなは、この状況にまったく沿ぐわない、優しい微笑みを浮かべた。
「お前は……優しいもんな。安心しろ……必ず……助けて……やるから!!」
何故腹部を貫いたのか?本来ならば胸を貫く方が正着、人間の急所は心臓なのだから。
だが、何かの拍子か、それとも無意識下で何かあったのか、その狙いは僅かに逸れて腹部を貫くこととなった。
--それを、なずなは信じたのだ。
「八岐大蛇、防げるか……?防げるものなら、防いで、みろ!!」
「やめろぉぉーーー!!!!」
シキブは咄嗟に左手に魔力を集中させ、何らかの魔法を放とうとしている。
(間に合ってくれ……生身じゃ、シキブの身体が消し飛ぶからな)
シキブの左手に僅かに水が見えた気がした、いやそれは発動の兆候を捉えた本当に僅かな瞬間だったのかもしれない。
だが、後が無いなずなに取っては逃しようもない瞬間だった。
「ギガインパクト!!!!」
そしてシキブの水防御魔法と同時に、なずなが何重にも編み込んだ最強の<ロア>の矢が放たれた----
「ぐっ……うおおおおおおおお!!!!!」
あの短い間によくもこれだけの魔力を集め、魔法の発動にしたものだと感心出来る水の障壁だったが、それでもなずな最強の一撃の前で万全の盾ではありえなかった。
八岐大蛇の全力の魔力を持ってすれば防げただろう一撃だが、あの瞬間に発動出来た盾ではみるみる内に削られ、ついには水の盾はバチンという音とともに弾け飛んだ。
「ば、ばかな!!!!」
なずなの最強の矢は、八岐大蛇と化して強大な防御力を纏った鱗すら吹き飛ばし、ついにシキブを戦闘不能に陥らせることに成功した。
「ガハッ!!」
地面に倒れ込み、腕を伸ばそうとしても持ち上がらず、その場に倒れ込んだシキブ。
そしてそこにフェイト達が駆けつけた。
「シキブっ!!」
フェイトはすぐにリードと共にシキブに駆け寄る。
八岐大蛇のような化物では、回復能力も早い。今この絶好の機会を逃せば次のチャンスはないかもしれない。
「リード!!頼んだ!」
コクンと頷き、リードは樫の杖をシキブにかざす。
「我、魔導を探求するものなり。我が探究心こそ世界の壁を塗り替え、規則を破る翼。高次の神よ、我が願いを聞き遂げ、今この世界に新たな魔導を導き賜え!!」
「封印、封爆、封滅!!」
リードの聞いたことのない魔法詠唱と共に、シキブが横たわる地面に魔法陣が浮かび上がり、激しく光を放ち始める。
目の焼けるような赤、夜闇に溶けるような青、天界を思わす黄色がそれぞれ周期を繰り返すように輝き、シキブの周りを覆う。
「なんだ、なんなのだ、この術は!貴様ら、そこの男といい何者なのだ!!まさか、貴様らこの世界と----」
そんな最後の負け惜しみにも聞こえるような声は、唐突に途切れシキブの表情から険しさが抜けて、みるみる内に鱗も消えてゆく。
やがて、光が収まると同時に、シキブの身体はトサッ、という音と共に地面へと柔らかく落ちた。
その様子の一部始終を見守り終えたフェイトは、リードに言葉を返す。
「……これで、終わったのか?」
そのまだ不安げな表情から抜け出せないフェイトに対して、リードはえっへんと胸を張って答える。
「終わり、シキブ、元通り」
その言葉を聞いてようやく安堵の表情に戻れたフェイトは、
「良かったぁ~」
心底安心した表情と声で、ようやく緊張の糸を緩めた。
「シキブ、どうなるかと思った……」
フェイトはシキブの右手を両手で優しく包みこみ、じっと見つめる。
……鱗はもうない。禍々しい魔力の渦も収まっているし、もう心配ないだろう。
ようやく一息つける、そう思った矢先くいくいっ、と袖を引っ張られる。
「ん?」
振りかえってみると、リードが空いた左手でなずなの方を指している。
「あっ、やべっ!!!」
フェイトは瀕死のなずなの存在を忘れてしまっていて、急いで駆け寄った。
■■■■■■
結果から言えば、治癒魔法によってなずなも無事一命を取り留めた。
というより完治したので、戦闘こそさせられないものの既に歩ける程だ。
三人はシキブの側に腰を下ろして、ようやく振りに息を吐いて落ち着いた。
「はぁー、しっかし疲れた。まさかシキブと戦うことになるとはね」
本来フェイト達は騎士団の援護のはずだったのが、まさかの内輪で戦うことになっていて援護所の騒ぎでは無かったのだ。
「良かった、……本当に良かった」
涙を流しながらシキブの手をもう離さないとばかりに握っているのは、勿論なずなだ。
本当に良かった、というならばなずなの方だと思うのだが……という突っ込みは敢えてしないでおく礼儀さは持ち合わせているフェイトだった。
「さてと」
フェイトが重い腰を上げると、リードも立ち上がる。
「……行くの?」
それは確信した問いだったので、フェイトも簡潔に答える。
「行くよ、リードの封印がなくなった、って伝えなきゃ。その義務がある」
それに騎士団が現在どんな状況かも気になっている。
意識の殆どをこちらに向けていたが、時折聞こえる咆哮は激しさを増すばかりだったからだ。
「リードは九行先輩と一緒に居てくれ。封印を使っちまった以上、リードが今回出来る事はもうない。三人で無事な所まで避難してくれ」
その言葉に逆らう者はいなかった。
リードも、なずなも自分の実力を弁えている。それにシキブは元に戻ったとはいえ意識がまだ戻っていないので誰かが付きそう必要もあるのだ。
「無事帰ってきてくれ」
「フェイト、約束」
ちょこんと差し出された小指は、指きりだろうか?
子供っぽいリードがやると、本当に子供の約束に見えてしまうが本人は到って真面目なのだろうから茶化すことはしない。
「ああ、約束」
フェイトも小指をリードの小指に絡めて、指きりをする。
「帰って、きて」
今日はなんでこんなに悲しい表情ばかりするのだろう?まるでリードには先が分かっているように……
「必ず帰るさ、それじゃ----」
言いかけた言葉は、突如襲った轟音と激しい揺れによって最後まで言い切ることが出来なかった。
「地震!?」
自分達が相手していたのは八岐大蛇の一つ首。
あれだけの魔力を持ち、噴火のような水を操り、散々苦戦しても一つ首だったのだ。
本体は八つ首…………今の地震といい、本体はそれこそ天変地異を起こす程の怪物かもしれない。
「リリアウト!!」
フェイトは飛行魔法を唱え、最高速で現場まで向かうことにした。
「フェイト……」
だが、その背中を悲しく見つめる瞳には、最後までフェイトは気付かなかった----
時を少しだけ遡り----
パニックに陥ったルーファン率いるローウェン騎士団は、騎士50人の内、30人を一挙に失っていた。
「ば……ばけもの」
そう隊長ですら漏らさずにはいられなかった凄惨な状況だった。
奴は--八岐大蛇はずっとこの機会を窺っていたんだ、最初に言ったあの程度の攻撃と言った通り。
奴は全く問題にしていなかった、首の四つを犠牲にしてもこちらに心理的絶望を植え付けることを優先して、結果見事この有り様を招いてしまった。
すでに騎士部隊は半壊、魔法師部隊も恐怖で詠唱できるコンディションにはすぐには戻らないだろう。
----事実上、騎士団は壊滅させられた。
あまりのショックに膝を着きたくなるが、それでも自分だけは、自分だけは諦める訳にはいかない。
そう強い意志で心こそ折れ無かったが、それでも単純に勝機が無くなったと言わざるを得なかった。
なんとかして攻撃に移ろう--そう考えた矢先、
「う、うわあああーーー!!!」
残った騎士の内一人が八岐大蛇へと無謀にも突進してしまった。
「バカ!やめろ!!」
確かまだ若い騎士だったか、場数が足りずにこの恐怖に飲まれてしまってもしょうがないだろう。
だが、その行動だけは止めて欲しかった----
願い虚しく、視界が極端に狭くなったパニック状態の騎士は飛び上がると同時に、首の一つになぎ払われ、無残にも紙屑のように飛ばされる。
(これで、攻撃の芽も潰された……)
パニックに陥っても、態勢を立て直すことさえ出来れば攻勢に出れたものを、一度は騎士団の半壊、二度目は人が紙屑のようになぎ払われればもう誰も突撃しようという気力を失う。
誰も死にたくはないからだ、あんなにアッサリとやられてしまうのならば、次は自分も……と考えてしまう。
それは残った19人の内、戦えるのが2人になったという計算だった。
(ここは……)
ルーファンの意志にもう迷いは無かった。
「全軍撤退!!直ぐに後方部隊へと合流し、この状況を本国へ通達、残りの二大隊の出動を要請しろ!!」
それしか、もう残されていなかった。
その光景に満足したのか、八岐大蛇は満足げな声を出す。
「だから言ったであろう?小さき人間よ。無駄だと」
妖しく光る八岐大蛇の眼は、睨まれればそれこそ蛇に睨まれた蛙だ。
このままでは撤退命令にすら支障が出るかもしれない----
「アレク!!私とお前で殿を務める!!魔法師部隊!最後に風の魔法を詠唱し、撤退せよ!!種類は暴風!!」
魔法師部隊も下げる事にする、騎士部隊も重要だが、魔法師の価値はそれ以上だ。
それがなくてもこれ以上部隊の傷を広げる訳にはいかない。
「アレクいいな!!命を懸けて部下を逃がせ!!」
その言葉に青ざめた表情ながらも、頷いてくれた。
(今自分は、隊長としてもっとも酷い命令を下した----私は地獄に落ちてもいい、だからお前は天国へいけ)
残った騎士部隊19人が潰走を始めた所、魔法師部隊が上級風魔法を唱え終わった。
魔法師部隊も既に限界だったのだろう、魔法の精度に荒が非常に目立つがそれでも無いよりはいい。
(お前達は生きて、逃げてくれ)
その言葉は決して声には出さず、代わりに声に出したのは、国王直属騎士団隊長としての言葉だった。
「八岐大蛇!!このままではすまさん、貴様の首、後四つはもらっていくぞ!!」
それは斬り落としかけの首四つ。
捨て身でいけばアレクと合わせて四つは斬り落とせるだろう。
残りは……残念だが、後詰の部隊に任せるしかない。
だが、二大隊が四つ首の相手ならば勝てるだろう。自分達の役目は捨て石となり、未来への道を切り拓くことなり。
「行くぞ!!我が誇りと生涯を乗せた命の剣を受けてみよ!!」
そしてルーファンとアレクは暴風に乗って飛び上がった。
暴風が追い風となっている以上、並の炎もブレスも魔法も届かない。
だがこちらには追い風であるため上昇速度、跳び込む速度が飛躍的に増している。
これなら----
「喰らえええ!!!」
自分の全て、二刀だけでも振り抜ければ自分の全てを失ってもいい覚悟で振り抜いた捨身の一閃は、見事に八岐大蛇の首を斬り落とした。
「ギャオオオ!!!」
「ウオオオオオオ!!!!」
更に烈豪の気迫により、斬り落とした首を踏み台に、もう一つの首を目指す。
ほんの一瞬アレクが視界に入ったが、どうやら向こうも上手くいったようだ。
次の首を斬り落とすころには暴風も止み、隙だらけとなった自分達もやられるのであろう。
それも覚悟の上、特攻を挑んだのだ。
「ゼアアアアア!!!」
そして二の太刀いらず、防御も何もかもかなぐり捨てた捨て身の一撃で二つ目の首を斬り落とすことに成功する。
(ああ----これで任務終了だ)
間もなく暴風は止み、待ち構えていた残りの首が襲いかかる。
そして、予想された一撃によりルーファンの鎧は砕かれ尚、致命傷を負わされた。
崩れゆく意識の最中、ルーファンは二度目の絶望を味わう。
自分が死ぬのは構わない、だが、だが----
(部下だけは、部下にだけは手を出さないでくれ!!!)
激しい地鳴りと共に、先行していた部下の騎士達に対し地が牙を剥いた。
足元を簡単に掬われ、隆起と震動を繰り返す強固な地はもはや兵器と呼べるような代物であり、逃げ道全てに巻き起こされた局所大地震は絶対の暴力を持って逃げる騎士達を一人も逃さずに喰らい尽くした----