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騎士学校の俺と俺だけの姫様  作者: スピキュール
呪われた巫女姫
44/58

一番長い夜の始まり

 フェイトは夜からの決戦に備えて一時帰宅をしていた。

 シキブが体を乗っ取られていないと判断したため、一度休憩と準備のために戻ったのだ。


 「今夜ケリが着く……」


 その興奮は胸の内に秘め、今はただ集中して事に当たるのみだ。


 「あれも持っていこう」


 そう決心し、タンスから持ちだしたのは以前アルト王より『赤魔騎士』の称号と共に授かった貴重品、『妖精のマント』だ。


 「どれだけ役に立つかは分からないけれど、後悔だけはしたくないからな」


 決意と共にフェイトはマントを羽織り、時間を待った。





 時刻は午後8時。

 復活は恐らく午前零時だろうが、待ち侘びているだろうシキブのためフェイトは早めに家を出た。



 九頭竜神社の入り口には、なずなが待っていてくれた。


 「フェイト、騎士団の皆様はもう現場に向かった」


 「そうですか」


 いつ復活してもおかしくない、この緊迫した状況からか騎士団も既に厳戒態勢に入っているようだ。

 と、なずなの後ろから影を覗かせているちょこんとした少女は、やはりリードだった。


 「リードじゃないか!良かった、今日間に合ったんだな」


 昨日連絡が付かなかったので、どうしたものかと思ったがリードはきちんと駆けつけてくれた。


 「ごめん」


 一言謝られたが、特に怒っている訳でもないので首を横に振る。


 「いいさ、それより二人して出迎えてくれたのは何かあったの?」




 そう尋ねてみたものの、別段理由は無かったようだ。

 単純にフェイト待ちだったようで、シキブは現在も部屋にいる。


 「それじゃシキブも呼んでこよう。現場にあまり近付かない方がいいと思うけど、離れ過ぎていてもリードの封印の時に援護出来ないからな」


 そしてフェイト達はシキブの部屋へと向かった。





 それから時間は刻々と流れ、山のふもとの町がどんどん静けさを醸し出し、人の往来の気配も、話声も聞こえない程静寂に包まれた。

 そんな中、余計にふもとの様子が分からない現場のルーファンと騎士団は緊張を崩さぬまま見張りを続けていた。


 「……勝てると思うか?アレク?」



 ルーファンは隣にいる大男に話しかけると、アレクと呼ばれた熊のような男性が答える。


 「隊長、勝てるか、なんて聞かないで下さいよ。もう零時まで30分切ってるんですよ」


 それは副隊長なりの叱咤激励であった。

 隊の長ともあろう人が不安では、下の部下達はどれだけ心配になることか。


 「すまない、今日は夢見が悪かったものでね」



 嫌な予感は僅かだがあった。自分の実力、隊の実力は信じているが、文献をひっくり返してみればそれは化物と言わざるを得ないし、どうにも不吉な気配がこびり付く。

 この気配は、一度敵の実力を見誤り大怪我を負った時に感じた気配と酷似している。

 夢見、等と方便を用いなくても素直に吐露すれば良かったものの、そこはやはり隊長として見栄を張ってしまった。



 「大丈夫ですよ、隊長の右腕が誰だと思ってるんですか?」


 頼もしい限りだ、このアレクという男は口先だけではないことを幾多の戦いの中で知っている。


 「時間がくれば嫌という程活躍させてやるさ」


 フッと口元だけ綻ばせたルーファンの意図に気付き、アレクは大笑いした。





 神社の境内から進む事5分、現場まで10分という距離を置いたままフェイト達四人は待機していた。


 「時間まで後5分」


 手元の時計を確認して皆に告げるフェイト。

 今の所皆落ち着いているようだ。少なくとも震えている者は誰一人としていない。

 フェイト、なずな、シキブは実際に戦えば切り札を持って八岐大蛇を怯ませる位は出来るだろうし、リードの封印魔法は完璧だと本人から申告があった。

 準備は万端だ。


 「フェイト?そのマントは?」


 なずなが気になっていたのか、フェイトのマントについて聞いてきた。


 「これですか?これアルト王から頂いた貴重な品で妖精のマントといいます」


 「妖精のマントか。効果の程は知らないが彼のアルト王から授かった物とは……本当にお前の人脈には驚かされる」


 騎士なら誰でも憧れるアルト王から直々にペンでも貰えれば、家宝としたい騎士は大勢いるだろう。

 しかし、フェイトは家宝として飾るのではなくこうして赤魔騎士として立つ時のため持ちだした。


 

 それは、騎士としての誇りを忘れない事。誰かを守るという決意を誰の目からも明らかにすること。


 「俺もどんな効果とかは聞いてないですけどね。少なくともなんらかのマジックエフェクトは期待してますが」





 残り1分。


 緊張のためかシキブは部屋から出る時から口を開いていない。

 前々日もそんな様子だったし、やはりシキブに取ってこの場にいるのはプレッシャーの他何でもないのだろう。

 ふと、シキブの足元が揺れた事にフェイトだけが気付いた。

 本当にたまたま見た時だったから、フェイトも駆けつけてシキブが崩れ落ちる前に抱きとめる事が出来た。


 「シキブ!?」


 とっさに抱きかかえ、頭を打たないよう気を付けて受け止める。


 「シキブ!?」


 続いてなずなもこちらに駆け寄ってきて、シキブの心配をしている。


 「……フェイ……ト」



 シキブが苦しそうに息を吐きながらも、必死の声でフェイトの名前を呟いた。


 「おいっ!おい!しっかりしろ!シキブ!!」


 呼吸が荒い、ついにプレッシャーに負けて心が折れてしまったのか。

 これではシキブは戦力にはならないし、何より自分で動けないのならば誰かに預けなくてはいざという時に身動きが取れない。


 「シキブ?おい、しっかりしろ!今お前の部屋まで----」


 「死んで」



 ドスッ------





 フェイトが咄嗟に反応出来たのは、心の奥底、意識の底の1%疑っていたからかもしれない。

 しかし、シキブが無事だと確認してしまった以上、自分の姫を疑いたくなくて盲目的に信じ込もうとしていた。


 それを、完全に突かれた形だった。



 そして時を同じくし、千里に渡って響くような神獣の咆哮が長い夜の決戦を告げた。






 「出たな化物!魔法師部隊、詠唱待機しておいた魔法一斉掃射!!騎士部隊は私に続けーー!!!」


 封印が破られ、視界が赤一面の光に染まり、思わず目を瞑ってしまいそうな所をルーファンは決して目を逸らさずに指示を飛ばした。

 向かう敵の姿はまだ圧倒的な光量の中で掴めない、しかしこの圧倒的な存在感、鼓膜が破れる程つんざめいた大きな咆哮、それは今まで相対してきたどんなモンスターよりも威厳を持ち、まさしく神話の化物だと畏怖した。



 だが、ルーファンは臆さない。彼の部隊も同様に誰一人として臆す者はいなかった。

 誇り高き騎士団、国直属の部隊に選ばれた名誉を誰もが噛みしめ理解しているからこそ、市民の平和を乱す怪物に立ち向かうのだ。


 「ウォォォォォ!!!!」


 詠唱待機していた魔法師部隊の呪文が一斉に炸裂する。

 用意していた呪文は雷だ。


 水害を起こした神獣として伝えられているのだから、妥当に考えた結果雷だった。

 魔法師50人からなる上級雷魔法を受け、八岐大蛇から悲鳴が上がる。


 (まだだ!)


 それでも決して効いた等と楽観はしない。隙が出来ただけだと割り切るべきだ。

 ルーファンが八岐大蛇の気配を頼りに間合いを詰めた所でようやく光が収まり、その全貌が誰の目にも明らかなように映し出された。




 その瞬間、自分達はなんと愚かな事をしていたのだろう、と後悔したくなったがルーファンは攻撃を止めず八つの首の内の一つに自慢の騎士剣を深々と斬りつけた----






 「がはっ!」


 シキブの右手がフェイトの左肩を貫いた事は、なずなとリードの目にもしっかりと映った。



 あり得ない。


 そんな感想を漏らす暇もなく、フェイトは飛び退り剣を抜く。


 「先輩!リード!シキブは敵だ!--まんまと騙された……!」


 悔しげに叫ぶフェイトだが、フェイトの口からも血が吐き出され、肩口の出血に到っては致命傷だ。

 だが、なずなは弓剣正宗を構え、シキブを睨みつける。

 リードは後ろに飛び下がり、距離を開ける。

 シキブは追撃のチャンスをみすみす逃したまま、こちらに向き直る。


 「思えばシキブは普段通りの時間に起きたのがおかしかったんだ」




 あの時点で既にシキブの意識がなく、乗っ取られていたのだ。

 それをシキブの声でさもシキブの振りをした八岐大蛇の演技に、見事に嵌ってしまった。


 「くはははは、どうだった愛しき女に刺された気分は」


 そう笑いながら、シキブは右手に付着したフェイトの血を舐める。

 その光景にフェイト達はおぞましさよりも、怒りが先だった。


 「ふざけんな!シキブをかえ----」


 ゲホッ、ゲホッ!!



 言葉途中に激痛と、血の逆流によってむせこむフェイト。


 「貴様ぁ!」


 怒りに燃えたなずなが正宗で、シキブの形をした八岐大蛇に斬りかかる----




 しかしシキブはフェイトを貫いたと同じく、右手で正宗の軌道に合わせると、あろうことか素手で剣を止めてしまった。


 「何っ!?」


 なずなの剣はやはり親友で姉妹のようなシキブの形である人に対し、手加減が生じてしまっていたのだろう。

 とはいえ全力ではないが、それでも剣を生身の人間が素手で渡り合えるはずがない。


 考えられるのは、強大な魔力を身に纏い体自身を強化しているか、それとも--



 「鱗!?」


 シキブの身体は本格的に八岐大蛇になってきているようだ。

 数時間、いや数分前まで鱗等なかったはずが隠す必要がなくなったためか、表面に出してきている。


 「小娘、死ね」



 再び遠慮のない手突でなずなまでも血に染めようと、唸りをあげてせまる鋭い手を突如襲った雷撃が止める。


 「ぐっ!」


 魔法を放ったのは勿論リードだった。

 恐らく中級程の魔法だが、怯ませる位の効果はあったららしい。

 その隙になずなはバックステップで一気に距離を空ける。


 「邪魔が入ったか……」



 だが、シキブは悠然とした余裕を崩さない。

 それは自らが捕食者であり、その地位が逆転しないと確信しているものの目であった。





 その余裕の源はフェイトの重症であろう。

 最も厄介に見えるフェイトが戦闘不能であることをみれば、なずな達に反撃の手筈はあるとは誰も思わない。

 だからこその余裕だったが、生憎とフェイトはそんな余裕をさせておくほど人が良くは無い。


 <エデン>より引き出した治癒魔法により、フェイトは瞬時に体を癒すとブレイヴフェニックスを両手で持ち構える。

 その驚くべき光景に、シキブは余裕を失い半笑いだった表情を収め、睨みつける。


 「貴様……何奴?」


 そんな問いに答えなければならないのは、シキブの意識が欠片もないからだろう。

 だからこそ、フェイトは声高らかに宣言した。



 「赤魔騎士、フェイト・セーブ。巫女姫シキブとの契約によりお前、八岐大蛇を討つ者だ!!」



 封印が解かれ、今ここに九頭竜とのバトルが開幕した----



■■■■■■




 全長おおよそで15m。

 胴から生える八つの竜の首は、まさに神話に出て来る畏怖されたそのものの姿であった。


 これら一つ一つの首が意志を持ち、こちらを品定めするかのように十六の目が見下している。

 その竜の口から吐き出されるのは炎か、はたまた水流か吹雪か。

 それらのブレスがあろうがなかろうが、蛇のようにうねり、鞭のようにしなる首から繰り出される攻撃は簡単に地を抉る威力を想像させる。





 そんな光景にルーファンは気持ちを強く持ち、立ち向かった。

 ルーファンが飛びあがると同時に一つの首を斬りつけると、背後から押し寄せる部下の騎士達も怯まずに突撃してくるのが気配で伝わった。

 ルーファンは一撃加えたので、すぐさま八岐大蛇の間合いから離れる。



 モンスター相手の連撃は危険、熟練者なら誰でも知っていることである。

 続けて突撃する騎士達も、ターゲットに動きがあると察知すれば即座に攻撃を中断するであろう。

 だが、雷撃の魔法が思いの外効いていたのか八岐大蛇は一切身動きをしないまま50人の剣や斧、槍等を受けきった。


 よし、いける!


 そう、騎士団も魔法師も確信したその瞬間、再び鼓膜を破るようなつんざめく咆哮がこだました。

 怯みそうになる気持ちを叱咤し、ルーファンは声を出す。



 「魔法師部隊!もう一度だ!!すぐに詠唱をやり直せ!!」


 安全にいくならば魔法を受けて硬直した隙を狙えばいい。

 その考えのもとルーファンは声を張り上げたのだが、その場に恐ろしい声が響いた。


 「それで全力か?」





 考えたくはない、いや、人語を操れるのは前から知っていた。

 何せ自分の復活をこちらに知らせる位余裕があり、知能も高いのだ。

 だが問題はそこではない。人語を介しこちらに低く、脳や神経、骨まで染み渡るように響いた声は、それだけでも恐怖だ。

 そこに、先ほどの攻撃が全く効いていないと分かると、それはまるで呪いだった。

 体がその呪いで縛られてしまったような感覚、あまりにも人智を超えた化物だったことに恐怖する。



 だが、ルーファンは瞬時に意識を戻し檄を飛ばす!!



 「怯むな!!我らローウェンの誇り高き騎士団なり!!我らの後ろにはか弱き国民が在る!!臆すな、効いていない事は無い誘導に過ぎん!!

 もう一度我らの力を示し鉄槌を下そうぞ!!!!」


 ルーファンは正しく隊長であった。この場で必要なのは率先した攻撃ではなく、皆を活かすこと。

 場の空気に飲まれ実力の半分しか出せなければ、騎士団の負けだ。

 それを分かっているからこそ鼓舞し、恐れを取り除き、前を向かせる。


 「もう一度だ!魔法師部隊用意!!騎士部隊!敵を近寄らせるな!!」


 的確な指示を出しルーファンも率先して敵の注意を引くべく、八岐大蛇に向かって駆けだす。




 それを遮ったのは、八つの首の内一つが吐き出した炎の息であった。

 いくら鎧に身を包んでいようが、高熱の火炎の中では重度の火傷を負ってしまう。

 だが、飛びだしたからには引くことは適わない、避ければ後ろの部下に当たるのだ。


 「クォォ!!」



 ルーファンは裂帛の気合と共に瞬速の剣撃を二振り交差させ、十字を描く。

 高速で振り抜いた剣の衝撃は風を、炎を切り裂き空気の道を作る。

 分散した火炎程度ならば、部下も大丈夫だろう。

 そう判断し、跳び上がってゆらゆらと動く首の一つを狙う。


 「ハッ!」


 一番手近な首に斬りかからんとした時、ルーファンは後悔した。

 二番目に近い首が空中に飛び上がったルーファンを叩き落とそうと、砲弾のように迫ったのだ。


 (しまった……)


 そう思うのは後の祭りで、ルーファンは空中で態勢すら変えられない、ただの的と化していた。





 「隊長!!」


 それは地面に叩きつけられるルーファンを案じた声だったが、実際にはその結果は回避された。


 「ヌエエア!!」


 アレクも飛び上がって砲弾のように迫る首に向けて斧を振りかぶっていた。

 そしてルーファンに首が届く前に自慢の怪力による斧で、大蛇の首とぶつかり勢いを相殺した。


 「助かったぞ、アレク!!」



 ところが、ルーファンは助かった形だが、アレクは無事では済まなかった。

 隊一番の怪力で知られるアレクの一撃ですら、完全な相殺とはいかずに力負けした分だけの勢いで地面へと叩きつけられたのだ。

 肉体の丈夫さも折り紙付きなもので、あれしきでは簡単に参らないだろうがこれは計算違いだ。



 アレクで勝てないならば、誰がやっても一対一で首と渡りあうのは不可能である。

 ルーファンは深々と斬り込む予定だったがとっさに変更し、鼻を切り裂いて着地した。

 これ以上空中にいるのは危険と判断したからだ。


 向こうは八つ首がある、今アレクが防いだものと自分が火炎を防いだ首を除いてまだ六つもあるのだ。

 それら全部がさっきルーファンを狙っていたならば……死んでいたかもしれない。





 幸いにも敵はまだまだ余裕を見せて、隙だらけで追撃の意志を薄いので助かったが戦闘が激化すればそんな隙すらみせず、一網打尽にされてしまうかもしれない。


 「騎士部隊は小隊毎に動け!!絶対に先走るな!絶対に単独行動に走るな!!皆、生きて帰るぞ!!」


 まだまだ余裕を見せ、笑ってすらいる八岐大蛇に対して再び上級雷撃魔法が纏って、押し潰すように降り注いだ。


 「突撃!!深入りは絶対にせずに各々でベストを尽くせ!!」




 長い、長い夜は始まったばかりだ----

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