隠し事をしたまま……
シキブへの正式な契約も済ませた以上、フェイトに残された時間の一ヶ月は全て鍛錬に注ぎ込むべきだった。
しかし、シキブのあの様子では夜毎の付き添いが必要だろうし、なずなだけではフォローしきれないと判断したため、夜の付き添いに関してはフェイトも同行することになった。
深夜過ぎ、いつものように歩むシキブの左右にはそれぞれフェイトとなずなが共に居る。
道中の話しは弾むことこそ無かったものの、沈黙に包まれるということもなく、シキブに取って少しでもプレッシャーの軽減になっていればいいと願うばかりだった。
「俺の友達にさ、ディーバって子がいるんだ。多分知ってると思う、歌姫の」
「……あんたの話は本当に与太話染みてるわよね。歌姫と知り合いなんて」
「だが、事実らしいぞ。ディーバの護衛権を賭けて教師と派手にやりあった実績まであるからな」
「九行先輩、そこは伏せておいてくれると助かったんですが……」
「なによフェイト、あんた教師とバトルなんてバカな真似したの?ほんっとうにバカね」
「バカバカ言うな!好きでやった訳じゃないやい!」
「まあまあ、で話を戻すと?」
なずなの修正にまだ不満顔だったフェイトだが、表情を戻しコホンと咳払いをすると。
「ディーバは秋の文化祭に来てくれることになってるんだ」
「嘘っ!?あの歌姫が!!?」
シキブの表情は興味深々といった様子だ。
「そ、だからシキブも文化祭来いよ。九行先輩と一緒なら迷わないだろうし、こんなチャンス滅多にないじゃん」
「そうだな、基本的には開かれた祭りだがシキブだったら迷うかもしれないからな」
「なずな~私方向音痴じゃないわよー」
と軽い講義は姉妹のじゃれ合いといった様そのものだが、フェイトとしては失言を見逃さなかった。
「へぇーー、シキブ方向音痴か~」
明らかにからかい顔のフェイトに、あくまで強気な表情で迫るシキブは、
「違うって言ってるでしょ!私が方向音痴だったらこんな夜の林を突き切れる訳ないでしょ?」
フフン、と勝ち誇った笑みを浮かべフェイトの挙げ足とりを避けたつもりのシキブだったが、
「違うぞ。ほら、蛍光塗料を幾つか塗って迷わないよう私が矢印描いたからじゃないか」
身内の裏切りにより、アッサリ勝ち誇った笑顔はひび割れた。
「~~~!!!なずなっ!!!」
こんな会話がずっと続けばいい。
今も、明日も明後日も。……一ヶ月後も。
そして今夜もいつも通りの三時間に及ぶ儀式を終え、出血をし疲労困憊のシキブを自室へと運んだ。
「……フェイト、毎夜付き合う必要はないんだぞ?」
なずなからの申し出があったのは、言外にフェイトの調整の事を指しているのだと分かった。
「大丈夫ですよ、やれることはやっています。--俺達は負けない、シキブは一ヶ月後も生きていて、一緒に文化祭を回る。
そうでしょう?」
フェイトも言外にそれまでシキブの心が壊れないかを心配していることを伝える。
「……分かった、なら一緒に居てくれ。フェイトがこんなにもいい人だとは思ってなかったよ」
なずなの苦笑にフェイトも苦笑で答える。
(シキブがお姫様じゃなかったら……?どうしてたんだろうな、俺)
自分の問いに答えられる答えは、フェイトの中には存在していなかった----
翌々日、また学校が始まったがフェイトの鍛錬の質は決して落とさなかった。
課せられた訓練メニューをより厳しくしてから二ヶ月耐え抜き、加えてアマリリスからの特別訓練のおかげもあって見事成長しているフェイトは、教師からも注目の的だった。
「ギルバード先生はいい生徒をお持ちでいらっしゃる」
アンフォルという老獪な教師がギルバードを持て囃す。
「いえ、まだまだ子供です。精神面を本当は鍛えてやりたかったのですが」
「そうですなー。魔法を扱う上で重要なのは精神面ですからな」
違う、といいたかったがギルバードは反論せずにおく。
確かに教師の注目を集め始めたが、それは今になってのことではない。
もともと魔法が使え、アルト王から騎士の称号を授かったとなれば注目はとうの昔からされていた。
なのに今更注目されるのは、肉体面での成長が著しく、伸びだけで言えば最優秀のレイより伸びている。
既にレイを最優秀生徒とみなしているのは、教師の中でも闇騎士フェイスだけだ。
だが、担任であるギルバードはフェイトの内面の危なっかしさを十二分に理解している。
「……魔法を鍛えても、それは今のお前が求める真の守れる力ではないんだぞ」
遠く郷愁を馳せるギルバードの呟きは、誰に届くことなく宙へと消えた。
「はよ、相変わらず眠そうだなフェイト」
そう言って自分も眠そうに欠伸をするのは親友のゲイトだ。
「お~う、やっぱ座学に寝るしかないよなー」
一応座学も立派な授業である。2年生への昇格試験には実技と筆記が必要なので普段の勉強も疎かにしてはいけないのだが、毎年試験の範囲が変わらないので対策さえしていれば落ちる事がないともっぱらの評判だった。
とはいえ、将来的に知識として蓄えていた方が騎士として優秀でもあるので座学を真面目に受ける生徒は7割程だ。
残りは後で自習する派、そもそもギルドに所属したいので勉強より実践派、テスト直前に友達のノートに頼って暗記する派、といった所だ。
フェイトは親が研究者のためか、勉強は嫌いではない。ただし、知ってる知識に関しては興味なさげに船を漕ぐ事もしばしばだ。
「全くもう、男子は欠伸が遠慮なく出来て羨ましいわ」
そう言って会話に入ってきたのはピアだ。
「おはよ、ピアも欠伸位すればいいじゃん?」
とフェイトが軽い調子で言うと、
「女の子が欠伸すると絵にならないのよ、フェイトもそろそろ女子のデリカシーを学び直してみたら?」
ピアの指摘は相変わらず女の子視点だ。
やはり直した方が将来のお姫様のためにもいいのだろうか?
「無理無理、妹がいてこれじゃ直らないって」
と身も蓋もないことを言うのはゲイトだ。
「女心が分かるお前が羨ましいよ」
こうして、フェイトは親友達に黙ったまま日常を送っていた。
悪いと思ったことは何度もある。
正直に話したいと思ったことも何度もある。
しかし、今度の話は規模が規模だけに手伝ってという訳でもなく、教えても悪戯に不安を煽るだけだったので話そうと思えない。
しかし、レイだけは違った。
何度も気のせいと話を畳んできたし、レイ自身しばらく言いださなかったので納得したのかと思っていたが、今日はまた聞かれてしまった。
「フェイト、今日の剣の鋭さ、らしくなかった」
模擬実戦が終わり、汗を拭っている最中話しかけられた。
「そりゃ人間だしな、体調の上下位あるだろ?」
「つまり寝不足?その割には動きが固かったけど」
レイもさすがに毎日のように剣を合わせているだけあって、指摘が鋭い。
動きが固いのは練習する時間が短かったから、寝不足なら練習をしていたはず、それなのに寝不足を理由に剣が鈍かったのは何故?
「あー、アイリスの魔法みてやってたしな」
嘘はない。しかし普段はその最中でも自分の訓練をしているためレイの指摘に昇る程の鈍さにはならない。
アイリスからも最近よく言われるのは、『無理して見なくていいよ?もっと時間のある時でいいから』
アイリスはシキブの護衛を受けているのを知っているので、最近こう言うようになったの だが、可愛い妹を放りたくはない。
「嘘、ねえフェイト。本当に話せないの?」
レイがこんなにも懇願するように聞いてきたのは初めてだった。
どれだけ不安にさせているのだろう?……いっそのこと話してしまいたい衝動に駆られる。
もしかしたら、レイも話せば聞きわけよくフェイトを待っていてくれるかもしれない。
--しかし、そんな考えは捨てた。
レイの性格から言えば、間違いなく手伝うと言うはずだ。
下手をすればアマリリスまで巻き込む結果にもなる。
無事に終わって欲しいし、終わらせるつもりだからこそ余計な心配をかけたくない。
レイは話してくれない、という心配を背負っているだけで、フェイトが生死を賭けた戦いに臨む、という心配を背負っている訳ではない。
それならば、心配は心配でも軽い方がいい。
フェイトがフェイトなりに考えた結論は、レイの懇願でも覆らなかった。
「何もないって、それより今日はまたアマリリス先輩との組み手だし気合いれようぜ」
そう言って話を畳むフェイトは、本当に女心が分かっていなかった。
「それじゃ今日は組み手だな、掛かってこい!」
そう合図するや、フェイトは魔法により加速したままアマリリスへと距離を詰める。
もうこの三人にはお馴染となった光景だが、フェイトはひたすらに自己加速魔法を併用した。
理由は単純にアマリリスに勝ちたい、ではなく遥か格上をイメージした戦いの練習だとアマリリスには見て取れた。
前から別段加速魔法と技のコンビネーションは悪くはなかったが、良いとも言えなかった。
それはキャロルルに負けたことからも容易に指摘できる。
だからこそ、フェイトがこの二ヶ月で伸ばしたのは魔法を使った上での格上をイメージした実戦だった。
格上相手には初めから全力を尽くすしかない。地道に訓練で追いつくという時間的に道が残されていないことから、フェイトは手っ取り早く実戦が出来る技術を求めた。
だからこそ、普段のトレーニングでも魔法を使っている。
成長伸び代が良く見えたのもそのせいだった。
フェイトは二ヶ月を使って実戦に耐えうる肉体と技術の会得を目標にし、その目標は見事達成されたと言っても過言ではない。
しかし、ギルバードやアマリリスが求めたものは純粋な基礎、下地だった。
魔法と複合させ実戦技術を伸ばすのはいつでも出来る、現に今も有言実行された。
しかし、極限まで基礎と下地の肉体を身につけてから訓練した方が最終的な仕上がりは早いし、出来も上になる。
知っているからこそ、そんな方法は取って欲しくなかったのだが、鬼気迫る表情で訴え掛けられたら無下に拒否することは両者とも出来なかった。
■■■■■■
「ハッ!」
剣を素早く二連横薙ぎに払うフェイトに対し、アマリリスも剣にて応じる。
(随分と強くなった、今の状態でキャロルルと当たらせれば勝つのはフェイトか)
そうアマリリスが内心で評価を下してみるが、フェイトに取ってそこは通過点である。
騎士団が出て来る今回の件でならば、最低でも騎士と呼ばれる人の実力に追いついていたい。
身近で言うならば、クロやマキ、エンドルフィ等5年生がそうだ。
しかし、フェイトにも分かっていたが後一月では絶対に追いつけない。
アマリリスに追いつきたい、と言っている訳でもないのに目標とした5年生達は努力すればするほど時間の関係で、追いつけないと悟ってしまう。
ましてアマリリスは----
「ハァァァ!!」
魔法も使わず、<ロア>も使わず、筋力だけでフェイトの剣より重いクレイモアを、フェイトより速く鋭く振れるのだ。
攻撃が通らず、今度は大型の生物を狙うかの如く高く飛翔し、その勢いのまま剣を振り下ろすが----
ギィン!
やはりクレイモアにて簡単に弾き返されてしまう。
高さ、魔力を加えて尚フェイトの一撃はアマリリスに勝てない。
今度は<ロア>を剣に伝えて、切っ先に集中。
加速したまま砲弾もかくやという勢いで矛を繰り出すが--
ギギギ----
まともに盾で受けてももらえず、簡単に軌道を逸らされて攻撃だけに集中したフェイトは態勢を崩しかける。
「くっ!」
とっさに地面に転ぶことだけは免れたが、もはや背後を振り返るまでもない。
首筋に突き立てられたクレイモアによって、今日の組み手もまた負け越した……
「フェイト、今日は本当にキレがないな。レイ君も言っていたが最後の攻撃はなんだ?捨て身になるのは実戦とは思えないミスだ」
「……すみません」
確かに実戦ならばどんな状況でも冷静に、相手がどれだけ強くとも隙を伺い続けなくてはならない。
フェイトの最後の突きは、一見勝つための最後の手段に見えるが、実際は勝ちを諦めた最悪手だ。
「……今日は上がれ、これじゃ訓練にならない」
「そんな!俺はまだ--」
そうフェイトが言いかけた言葉は、言葉にならなかった。
スッと頬を包まれるように触れられ、アマリリスの顔が目の前にある。
その綺麗な顔も、美しい緑色の瞳も、くっつくのかと思ってしまう程間近で見つめられた。
「私は、フェイトを心配しているんだ。
後輩のフェイトでも騎士のフェイトでもなく、私の、大切な友達のフェイトを」
それはアマリリスから初めての心配だった。
ここ二ヶ月、別段理由を聞かれた事はなかったがアマリリスも聡く気付いていたのだ。
その上で何も聞かず、何も言わずに訓練に付き合ってくれていた。
(……なんて)
恵まれているんだろう。
こんなにも心配してくれる人がいる。そしてこんなにも信じてくれている人がいる。
レイもそうだが、やはりこういった点ではアマリリスに年の長がある。
心配の仕方や、諌める手段が本当に大人の女性を思わせる。
「分かったな」
そして何も聞かないでいてくれる。
話せば細かい事情を聞かなくても強力だってしてくれるだろう。
でも、フェイトが話したがらないなら聞かないし踏み込まない。
その間合いはとても心地良かった。
「--心配かけました。今日は休みます、明日またお願いします」
フェイトがそういうと、やっと包み込んだ手を解放してくれた。
……ずるいや、そういうしかないじゃないか。
とはいえ、約束したからには休んでおこう。
今からならシキブの夜の儀式まで時間はあるし、久し振りにまともな睡眠が取れそうだ。
「……先輩すごいです」
残されたレイはアマリリスに呟く。
「私もずっと気になっていたんです、何回もフェイトに聞いたけれどフェイトはいっつも、何でもない、気のせいって誤魔化して。
……私は、心配で堪らなかった」
それは嗚咽にも似た、レイが見せる珍しい感情の吐露でもあった。
「でも先輩は何もかも知っていながら、フェイトに何も聞かなかったし、信じてた。--だから先輩はすごいです」
そういうレイに、アマリリスはこう答える。
「レイ君、別に君が間違っていて私が正しいわけじゃない。もしかしたら私がしたことこそ間違っていて、本当は君のようにフェイトの事情を全部聞いてから判断するべきことだったのかもしれない」
それは慰めの言葉なのだろう。それが分かってしまう程にはレイは理性が残っていたことが悔しい。
「それに私はフェイトを大切な友達として思っているが、レイ君みたいに涙が止まらない程心配できる訳でもない。
……そういった点では君の方が女の子として、人間として羨ましいよ」
アマリリスも空気に飲まれたのか、不思議と自分も正直な気持ちを吐きだしてみたくなっていた。
「でも先輩はいっつもフェイトの訓練してあげられるし、大人だし、--綺麗だし」
最後の部分はとてもか細く呟いていたので、アマリリスは聞き取れなかったようだが、
「レイ君だってフェイトの側にいられるのは授業の関係上、君が一番長いだろう?そういった意味では君こそフェイトの支えなのかもしれない」
「そう……なのかな?」
レイは今フェイトを支えているという自信はない。
むしろ、気にかけ過ぎて嫌われていないか心配している位だ。
「そうさ、フェイトだってレイ君のことをいっつも申し訳なさそうに見つめている。本当は何か話したいのに、話せない自分を許して欲しいように」
そんな表情で見られているとは思ってもいなかっただけに、レイにはそれが新鮮に聞こえた。
「本当、ですか?先輩?」
その問いにアマリリスは大きく頷いた。
「本当だよ。やっぱり君達四人は仲が良いんだろうけれど、フェイトが一番仲良さそうにしているのはレイ君と見えるよ」
--なんだろう、この感情?
……嬉しい?
レイはアマリリスから色々な話を聞いて、今日は訓練しないことにした。
どちらにせよ、フェイトが肉体面でならば、レイは精神面で今日は訓練するべきではなかったので丁度良かったのかもしれない。
久しぶりに夕方に自宅に帰るとフェイトは手洗いと着替えだけ済ませると、すぐに眠りに落ちた。
思った以上に疲れているらしい。
アマリリスから指摘されるまで、意識をしなかったのが幸いしていたのか、指摘されたのと心配されたのとでホッとしてしまったのだろう。
張りつめていた緊張の糸が一瞬緩み、それが抗いがたい疲労となって深い眠りに誘われた。
しかし、フェイとは寝過ごすことなくシキブとなずなと共に夜中に儀式へと赴いた。
「行こっか」
ただし、夕飯を食べる暇なく家を出てしまったので道中お腹の虫が鳴ってしまったことをシキブにいいようにからかわれてしまったのだが。
八岐大蛇復活まで一月を切り、いよいよ当事者達は緊張の度合いを強め始めた----