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騎士学校の俺と俺だけの姫様  作者: スピキュール
呪われた巫女姫
37/58

九頭竜神社

 校内大会の激戦も終わり、祝勝会を開いた二日後



 フェイトは朝早くから弓道場へと足を運んでいた。

 勿論目的は、弓道部にいる九行なずな先輩だ。

 あれから顔を見せていなかったため多少気を負う所ではあるが、先延ばしにすることも出来ない。

 フェイトは家族が誰も起きていない、日も昇っていない早朝から学校へと足を運んでいたのだ。


 「ふわぁ~あ、……さすがに眠いな」


 思えば放課後や昼休みでもよさそうなものだが、九行先輩はいない気がした。あの人と会ったのが朝、というイメージが強すぎるからだろうか?

 それに多少気になることもあるので、出来れば人がいない内に話したい。

 そんな想いを胸に、弓道場へと向かっていると----



 ヒュッ



 小気味良い矢が風を切る音が聞こえる。


 (あの時と同じ、とても洗練された矢筋。どこまでも真っ直ぐ、空を駆ける燕のように速く真っ直ぐ放たれた矢。……そのはずなんだけど)


 やがて弓道場が近づき、あの時と同じように屋外の射的場に足を運ぶと、--目的の人物は果たしてそこにいた。

 矢を打ち終わり、残心を経て初動からの流れを終わらせる武道の構えだ。

 一矢一矢全てに集中し、気力の全てを解き放つよう弓を引き絞り、放つのはまさに古武道における弓道そのものだった。

 ようやく声を掛けるタイミングを掴め、フェイトは声を掛ける。


 「おはようございます、九行先輩」


 またえらく機敏な動作でこちらを見据えるよう振り向いたのは、入学式にも会った4年生九行先輩だ。


 「……フェイトか、あまり驚かせるなよ」


 覚えていてくれた事を嬉しく思いつつも、まずは謝罪する。


 「覚えていてくれたんですね?ありがとうございます。俺の方はすみません、色々あって挨拶に来るのが遅れちゃいました」


 その言葉に首を横に振る九行。


 「いいさ、そもそもフェイトは弓ではなく騎士剣だろう?見学はともかく入部はしないだろうからな」


 ふっと力を抜いて邪気なく笑む九行。

 どうやら、フェイトの事を結構知っているようだ。


 「今お話しても?」


 先輩を伺うよう聞いてみるが、九行はやれやれといった風をみせるだけだ。


 「そのためこんな早朝を狙ってきたんだろうが、時間はあるからいいさ」


 「ハイッ!」


 こうして、入学式より一月は経ってしまっていたが約束の再会は果たされた。





 「九行先輩はやっぱり早朝練習でしたか」


 その言葉に鋭い視線を返す九行。


 「やっぱり、とは?」


 まるで首筋にナイフを突き立てられているように、鋭利な視線に思わず怯みそうになるが、

 

 「なんとなく、です。先輩と会ったのが誰もいない朝だったからかもしれません」



 九行先輩は切れ長の瞳のため、睨まれると必要以上に怖がってしまうが、他の部分、特に面倒見が良さそうということさえ知っていれば敬遠することはない。

 そしてスレンダーでスタイルのよい肉体は、道着と袴を身につけている今の状態からでも分かる程だ。

 純和風の女生徒でも言うべきか?

 ただポニーテールに結わえた黒髪は、活動する躍動感を表す。



 「……そうだな、あの時も似たような状況だったか」


 ふと遠い目をして懐かしむよう、遠くを見つめる。


 「思っていたんですけど、先輩の弓って何か特別製なんですか?」


 フェイトがずっと思っていたのが、この疑問だ。

 そもそも弓を選択し、今現在まで騎士学校に残っている九行が4年も経って的に当てられない訳がないのだ。

 初心者ですら修練を積めばまぐれ当たりだって起こり得るのに、だ。


 「何故そう思う?」


 だが、素直に教えてくれる気配はなさそうだ。まあ見たままの感想を言うしかないだろう。


 「遠くから聞こえる風切り音はとても澄んだものでした。あれほど研ぎ澄まされた矢がただの一度も当たらない、というのが信じられないだけです」


 九行先輩は、またこちらを睨むように真っ直ぐに見つめる。

 ……いや、やっぱ本人は睨んでる自覚ないんだろうな。じっと見据えるのが睨むと同義なんて。

 フェイトは少なくともそこには、同情をしたくなった。

 

 やがて、満足したのか目線を外し少しだけ語ってくれる。





 「私は、騎士になるつもりはないんだ」

 

 ……えっ?

 意外なものを見るよう九行先輩を見つめ返すと、フッとため息交じりに応える。


 「私はただ強さが欲しかっただけなんだ、騎士になって国王を守りたいとか、ギルドに入って武名を上げたい訳でもない。……私はただ、幼馴染の力になれればと思っているだけだ」



 フェイトにとっては意外だったが、九行先輩は本気だった。

 この辛い騎士学校に入学したのも、そして4年間耐えていたのも全てたった一人のためだったというのだ。

 もしかしたら、フェイトと似ているのかもしれない。

 フェイトだって世界でたった一人のためだけに騎士になりたいのだ。

 九行なずなという人はその掛け替えのない人をもう見つけ、将来全てを捧げているいわば人生の先輩なのかもしれない。



 知らず、フェイトはとても興味を惹かれる。


 「九行先輩の大切な人ってどんな方なんですか?」


 質問してみると、また迷った表情を見せる。……一体何を迷うんだろう?


 「……フェイトは今週末、時間があるか?」


 不意に問われるのは、今週末の予定だった。

 自主練があるくらいなので、休んだ分を取り戻せば問題ないと思う。


 「あります」


 即答すると、九行先輩は場所と時間を指定する。


 「では今週末出来れば夜中の1時に学校に来てくれないか?」


 何故夜中なんだろう?会わせたい人がいるなら普通昼間のはずだが。

 とはいえ、これには頷くことにしておく。


 「分かりました、夜中の1時ですね」


 「ああ、そのまま神社に向かう。そこで会わせたい人がいる」



 待ち合わせの約束を交わし、九行先輩は練習へとまた戻った。






 昼休み


 レイと一緒に昼食を取りつつ、今朝の話しをしてみる。


 「そんなことをしていたのか……いや、まあお前の周りにやたら女性が多い事はこの際除いておこう」


 後半何やらブツブツと言っているだけで聞き取れなかったが、まあそういう事だ。


 「ああ、そんな時間に神社に行くなんてなんの用だろう、って思ってさ」


 レイは少し考えてみるが、やがてお手上げといった表情で答える。


 「分からん、ただ繊細な問題かもしれない。私達は同行しないから、フェイトが確かめてきてくれ」


 一応後押しをしてくれるレイに、フェイトは感謝だけしておく。


 「サンキューな」





 この日の放課後はレイと一緒にアマリリス先輩との稽古だった。

 始まる前に、同学年であるアマリリスに九行先輩の事を聞いてみると、


 「ああ、九行君か。彼女は有名だからな」


 と、意外にも既知であったようだ。


 「九行君は弓道部所属だが、試合には一切出たことがない。その上練習においても矢を一度も的に当てた事がないと有名だ」


 「……そうだったんですか」


 フェイトはなんだか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。


 「だが、彼女は進級している。何故か分かるか?」


 「……分かりません」


 まるで謎かけのようで、皆目見当がつかない。


 「弓刃という武器使い、その実力だけで上がってきたんだ」


 「弓刃?」


 聞いた事のない武器だ、とはいえ想像がなんとなくつく。


 「弓の両端を刃と化して切りつける、まあ薙刀に似たようなものかもしれないな」


 とはいうものの、扱いがまるで違うというのは見当がつく。

 何故そんなに弓に拘るのだろうか?


 「部内からは矢を打てない騎士、というレッテルが張られてしまったようだから早朝や深夜に練習しているみたいだな」


 これで合点がいった、やはり九行先輩は一目を避けていたんだ。


 「他は……噂程度でならあるが」


 「噂ですか?」


 一生徒がこんなに噂になるなんて珍しい、よほど特異な人なのだろう。



 「彼女が纏う<ロア>は強すぎる、という噂だ」





 その後、アマリリスに稽古を積んでもらい帰宅する。

 アイリスがここ最近帰宅が遅いのは、部活に入ったからだと聞いている。

 なんでも魔法学園プリンセス・レナのいる未定義魔法研究部に入っただとか。

 羨ましい話だが、アイリスの学力ではついていくことすら出来ないだろう。

 とはいえ、これであいつが勉強にやる気を出してくれるのならばそれでいいのだが……そう上手くはいかないだろう。



 フェイトは今日アマリリスから聞いた事を反復するよう、考えこんでいた。


 (<ロア>が強すぎる?……<ロア>は意識しないと普通表面に出てこないもんなんだけどな)


 極稀に強すぎる戦意が<ロア>を引き出すことがあるみたいだが、騎士学校では学年が上がれば<ロア>についても扱い方を学ばせる。

 騎士に取って必須とも言えるこのエネルギーは、必ず学ばねばならないものだ。

 魔法師が魔力を当たり前のように使うのと同じ、騎士は<ロア>を当たり前のように使えねばならないのだ。

 とはいえ、生命エネルギーである以上多用出来ないため、コントロールや微量な出力など主に威力のためではない扱い方に重点をおくことになるが。

 本来はその扱い方の危険性から、3年生後半より始められるが、見た限りキャロルル先輩も使っていたし独学で学ぶ者も少なくない。



 しかし、暴走する危険性を顧みるとやはり講義で習得する者が多いのも事実だ。

 魔法で似た所でいう飛行魔法と同じようなものだと思う。


 (今度会った時に聞けばいいか)


 思考を切り替えると、週末にやる予定だった鍛錬を前倒しで進めるようにする。


 「今は考えてもしょうがない、まず強くならなくっちゃ」


 そしてフェイトは庭にてトレーニングを始めるのであった。






 ついに迎えた週末、少しの仮眠を取り夜1時という時間に学校に着く。


 「……驚いた、飛行魔法で来るとは」


 公にフェイトがどれだけの魔法を使えるかは公開されていないが、この間の校内大会でも飛行魔法は見せていたし、そんなに驚かれるものではないと思ったのだが。


 「折角ですから夜の大空を散歩しませんか?歩くよりも早いですよー」


 フェイトがそう提案すると、九行先輩も頷く。


 「それはありがたい、徒歩30分はみていたからな。出来るなら早く着きたい所だ」


 「分かりました、随時場所を教えてくれればその方向に進みますんで」


 「分かった、目的地を先に伝えておくと、「九頭竜神社」だ」


 そして二人は夜の大空へと飛び立った。





 「ここだ」


 鳥居の前に着地し、石段を昇っていく九行。

 しかし、どうせなら飛行魔法で上まで行けば良かったものを。


 「フェイトに取って文句はあるだろうが、私はこう見えて信仰者でね。鳥居は神域の門だと伝えられていて、これから神様のお社へと向かうんだ。神様の家に天上から土足で入るのは失礼だろう」


 「そうですね、俺がちょっと思慮不足でした」

 

 素直に反省し、石段を昇っていく。



 やがて頂上へと到ると、そこには見慣れた神社という空間がただそこに在り、広がっていた。


 「今日はおみくじや土産物が目的ではないんでな、こっちだ」


 ふと脇の林の中へと歩みを進める九行。

 --一体どこへ向かうというのだろうか?





 またしばらく無言のまま九行と横並びに歩き、15分程だろうか?

 真っ暗な夜の林の中に、灯りが見えてきた。


 「ここから、声を出すのは禁止だ。……いいな、何があってもだ」


 忠告ではなく、警告とでも言うべき声音でフェイトを制しておくと、再び歩みを進める。

 元よりそんなにはしゃぐつもりはなかったが、もしかしたら、と思い心だけは落ち着かせ驚かぬようにする。

 段々と灯りが近づき、いよいよその正体が明かされる時----



 フェイトは目を疑った。

 


■■■■■■



 そこには、八つのランタンの灯りに囲まれながら、その中央にて祈りの言葉を紡いでいる少女の姿があった。

 この神社に来ていた時から心当たりがあった名前



(巫女姫・シキブ)



 後ろ姿だけでは分からないが、恐らくその人であろうと確信している。

 夜闇に紛れ、ランタンの灯りだけではハッキリと見えないが淡い、夜に溶けてしまいそうな紫色の髪を流す。

 巫女服を纏う彼女は、こちらの来訪に気付く事無く集中して祈りを行い続け、まさに巫女としての本来の姿をこちらに示してくれている。




 一体いつから祈りを捧げているのだろう?

 その体には、汗で濡れそぼった形跡があり、体力の消耗は目で見ているよりも過酷なはず。

 何より、何故こんな夜半人知れない場所にて祈りを捧げる必要があるのだろうか?

 全ての疑問は明かされぬまま、フェイトと九行はその儀式を1時間以上見ていた。





 やがて、彼女は終節を紡ぎ終えたのか、懐から短刀を取りだし抜き放つ。

 思わず声を出しそうになってしまったが、横にいる九行先輩の視線に窘められ何とか声を飲み込む。

 そして彼女は抜き放った短刀を力の限り振り下ろし、地に張り付けた左手を貫く。



 「------っ!!!!!」



 痛くないはずがない!大の男であろうがあんな鋭い、抉るような切れ味を持った短刀を突き立てられれば大声を上げるし、もがき苦しむだろう。

 だが、目の前にいる彼女は声を全て殺しきり、涙も見せず、震える体を気力で抑えつけている。



 ----なんと、気高き覚悟か。



 やがて、地に血が吸い込まれるよう流れると、八つのランタン全てが不意に灯りを消した。

 それが合図になったのか、九行先輩は巫女に向かって駆けだすと、手早く短刀を抜き用意していた包帯で左手を巻く。

 九行先輩の下で既に気絶してしまっていた巫女は、それでも苦悶の表情は見せず、安らかな幼馴染に任せておく安心感で包まれていた。






 手当てを終えるまで、フェイトは一歩も動けなかった。

 儀式に圧倒されていたというのもそうだし、何より二人の絆の間に割って入れる気がしなかったからだ。

 本来ならば治癒魔法の方が手当ての必要もなく、早く癒せる。

 だが、フェイトの喉はひりつき、枯れたように声が出ない。

 同様に身体も強張って、足に力が入り立っていることが不思議な位だった。

 そんなフェイトに手当てを終えた九行先輩が巫女を背負って近づいてくる。



 「これが九頭竜の巫女に課せられた使命なんだ。お前に見せたかったものがこれだ」



 フェイトは頷き返すのがやっとだった。

 これが使命?こんな儀式を繰り返すことが?


 「……戻ろう、この子を寝かせてやりたいからな」


 九行先輩に促されるまま、フェイト達は元来た道を引き返すのだった。






 やがて境内へと戻ると、九行先輩は勝手知ったる顔で寝かせる部屋を目指し歩いていく。


 (やっぱり関係者なのかな?)


 木の床は歩くたび軋み音を立てて、寝泊まりする人を起こさないか冷や冷やしたが、前を歩く先輩は人一人背負っているにも関わらず一切音を立てずに歩く。

 本当に何十年もここで暮らしていなければ身に着かない、慣れ親しんだ足取りだった。

 ある部屋の前まで着くと、器用に足で扉を開け放ち中へと入る。


 「済まないが少しだけ待っててくれないか?この子の着替えと汗を拭いてやりたいから」


 用件が用件だけに絶対に口を挟まず、フェイトは大人しく部屋の外で待機した。




 『巫女姫・シキブ』



 フェイトが知っている限り、当代随一の霊力を持ちまた抜群の美貌から一時はTVのニュースにもなった程だ。

 今はパッタリと下火になっているが、フェイトも実家が近いという事から不思議と親近感は持っていた。

 直に見た事は初めてだが、容姿は以前見た通り、いや以前よりやつれているか?

 三年前、シキブが15歳だった時は今よりももう少し朗らかだった気がするのだが……。

 


 とはいえ、あんな儀式をしていたのではやつれても仕方ないと思う。

 なんのための儀式かは分からないが、当代随一と呼ばれる霊力の持ち主だ。理由があるのだろう。

 ちなみに余談だが、霊力は魔力とほぼイコールのイメージで問題ない。

 ただ、神社の巫女ということで魔力、というより霊力と謳われているのだ。






 しばらくすると、九行先輩から入っていいぞ、と言われたので入室する。

 そこには布団に寝かしつけられた、巫女姫シキブの姿があった。


 「本人が眠っているのにあれだが、紹介しよう。真奈式部、通称巫女姫と呼ばれているのが彼女だ」


 やはりそうか、予想は付いていたのでそんなに驚きはしなかった。


 「私とは1歳違いでな、よく姉妹のように一緒に遊んでいたものだ」


 遠い過去を懐かしむよう、九行先輩は郷愁を馳せる。


 「私は両親に捨てられ天涯孤独でな、そんな時私を拾ってくれたのがこの神社だった」


 物心付く前より捨てられた九行先輩は、折りにこの神社で拾われ、跡取りとなる娘シキブと一緒に姉妹同然で可愛がられてきたそうだ。


 「この子には卓越した才があり、この子は小学校に上がる前からここの正式な跡取りとして期待されてきた。でも、この子はとても良い子で、どんなにもてはやされるようになっても、私と一緒だった」


 天狗になってもおかしくない祭られ方だったみたいだが、笑顔を絶やさず良い成長をしたようだ。

 ……ディーバにも今度聞かせてやろう。





 「ある時、私は騎士学校入学を表明する。当時から私は喧嘩早くてな、男子に交じって鍛えられた腕は騎士として活かしてみるのも悪くないんじゃ、と思ってた」


 育ててくれた里親であり、親でもある真奈の両親は反対することなく、むしろ応援するように送りだしてくれた。


 それから一年が経ち、シキブも15歳となってようやく跡を継げる年齢に達した時、隠されていた悲劇の連鎖が明かされた。


 「この子は進学は許されなかった、私とは違いこの神社で受け継がれてきた、使命のため生きる事が決定されていたんだ」


 丁度15歳にて跡を継ぐ事となり、シキブはその美貌から地元のTVからの出演が舞い込んでいた。

 シキブはそれを断らず、神社にとって利益となるべく出演をしていた。


 「別にそれだけは良かった、だが裏では後継者たる彼女に教える知識をずっと叩き込んでいたんだ」


 ある時を境にシキブはパッタリとTVに顔を出さなくなった。

 それは、きっと--


 「彼女はその時から、あの儀式を続けてきた。昼間は九頭竜の巫女として振舞い、夜には使命を帯びた巫女として祈りを捧げる。……とんだ裏方がいたものだ」



 昼間は誰にも隔てなく巫女として、神の使いを演じ、裏では本物の巫女として儀式に臨んでいる。

 そんな彼女が行い続けてきた儀式とは?





 「TVの出演を断るようになったのは、左手の傷が原因だ。常に包帯をしているが、いつの頃からか赤く滲むようになって来たのを隠せなくなったからだ。」


 毎夜毎夜、血を捧げる儀式において傷が塞がりきらなくなったのだろう。

 それは全国放送で彼女が映されるには、耐えがたい苦痛になったはずだから。


 「それでも、今までの宣伝効果もあってから客足は伸びていた。勿論利益を取る為にこの子は昼間はお客さんの相手をしなくてはならない、夜にどんな泣きたくなる苦痛を背負っていても」


 「……」


 すでに言葉が出ない、フェイトではこの問題を背負いきれるか分からない程過去の重みがあったのだ。


 「最初の頃こそ気力で補ってきたが、次第に精神に限界が見えてきた。……しばらくしてから、まとわりつくストーカーのような客をついに殴ってしまったんだ」


 それに関しては別に問題ないと思う。というか、俺が側にいても同じ結果を出したと思うし。


 「それがきっかけになってしまったのか、この子は酷く攻撃的な性格を出すようになってしまってな。今側にいれるのは私か、リード位なものだ」



 ……?今意外な名前が出てきたぞ。



 「先輩?リードってもしかしてリード・ロードですか?」


 尋ねてみると、九行先輩はひどく驚いていた。


 「知り合いなのか?……ああ、この神社に最近住み始めた子なんだが、どうにも変わり者でな。シキブも珍しく好いていたから、住んでもらっているんだが」


 妙な縁を感じつつも、話を続けてもらう。




 「ま、そこから先は短いさ。客足が減り始めたということ位。結果として少しはシキブも落ち着いてきたようだ。……しかし、両親に対する態度は硬化したままだがね」


 それは無理もない話しだと思う。突如背負わされた苦痛の日々が自分の運命、そして逃げられないものだと知った時の絶望は……

 筆舌に尽くしがたい。


 

 だが、肝心な事を聞いていない。


 「先輩、俺は先輩が巫女姫シキブ様に引き合わせてくれた理由と、もう1つ、何故何のためにその儀式が執り為されているのかを聞いていません」


 九行先輩もそれには気付いているようで、重い口を開きフェイトに全てを話す。


 「それは------」



 関わらなければ良かったかもしれない、フェイトを以ってそう思わせる内容が、九行なずなの口よりもたらされるのだった----

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