ただそこに在るもの
全てを打ち砕く紫に輝く剛剣・クレイモア
全てを受け流す聖なる純盾・パラディンエンブレム
数ある武具の中でも最高峰の性能を誇る二つを装備し、扱う騎士も実力は学生ながら現役騎士に並ぶ頂点。
そんな彼女ですら、今目の前に立ち塞がる敵達を倒す手段は「ない」、と確信してしまっていた。
二刀対になる双剣が、二人対になり襲い来る事により四対の剣を捌かなくてはならなかった。
烈火の如く攻め立てるクロ、疾風の如き突きと、山のように巨大な剣で攻め立てるはマキ。
二人の実力者を前にアマリリスは、既に風前の灯だった。
「ハァ……ハァ……」
先ほどまでの激勢をなんとかしのぎ切り、今は距離を離して荒れる息を整える。
マキの扱う両極端な性能の双剣が、ことここに到ってようやく真価を発揮してきたのだ。
クロが烈火の如く攻め立てれば、ここぞとばかりに大剣の一撃を打ちこみ防御する腕に痺れを出す。
逆にマキが攻め立てれば、クロは素早く背後を取り手出しが難しい位置から挟撃を仕掛けるため、片方を先に倒すという集中力は必ず途切れる。
同じようにクロが攻めていても、マキが細剣を扱ってクロの攻撃の隙間を縫うように仕掛けてくれば、それこそ息も付けぬ連撃で体力を奪われる。
なにより大剣でくると思って構えた後、フェイントで細剣の攻撃に移られると集中力も激減するため、一攻防辺りの精神力の摩耗と体力の消耗は普段の戦闘の比ではなかった。
向こう側もずっと攻勢に回っていたため息が荒いが、こちらは酸素が足りない程酸欠に到っている。
今ようやく息を付けたがまもなく攻勢が再開される、果たしてもう一攻防耐えきれるだろうか?
未だ整わない息を無理しても、膝を曲げることなく騎士として、いや騎士姫としての誉れに傷を付けないため凛とした姿勢だけは保つ。
これがアマリリスの中にある、譲れないプライドだった。
(次、仕掛けるしかない……ここは大技を以ってどちらかだけでも削らないと。--それでも難しい、なら賭けるのは骨まで切らせる覚悟!)
アマリリスの脳裏に浮かぶのは、防御を捨てた完全捨て身の攻撃だけだった。
防御をしていてもいずれ削り取られるならば、賭けに出るしかない。
例え腕を失おうとも、片方を倒せればいい。その背水の覚悟でアマリリスは次の衝突を迎えようとしていた。
一方、クロ達もそんなに余力が残っている訳ではなかった。
クロは先の戦闘でのダメージが大きく、既に体力は限界で今も精神力だけで立っているようなものだ。
マキも、先に大剣を叩きつけられた時に手首を痛めているため、右手の大剣を振るう度に手首に負荷がかかる。
戦闘が長引けば、将来にすら関わってくるダメージが蓄積してしまう。
だが、それでも二人は決して引かなかった。
痛む身体を押して、振るう度に走る激痛に耐え、それでもアマリリスに勝ちたいという思いだけでここまで追い詰めたのだ。
おそらくアマリリスも限界が近い、次の一撃はそれこそ全霊を以った最後の一撃たる乾坤だろう。
それを凌ぎきれば私達の勝ち----
クロとマキは頷き合い、最後の決戦に臨むべく双剣を構える。
アマリリスの狙いは、盾を捨て両手持ちとなった事で解放出来る最強の一撃に他ならないだろう。
弱点は、無い。
だが、それを捌く事さえ出来れば防御の盾を取り払ったアマリリスに止めの一撃を加える事は、十分に可能。
避けるか、受け流すか、逸らすことさえ出来ればいい。
--だが、果たしてそれが可能だろうか?
アマリリスは普段から片手だけでクレイモアを振るっているが、それでもあの鋭さと重み。
同じ大剣使いのマキが両手持ちをして、片手のクレイモアと同じ程の威力なのだ。
つまりは二倍の威力がかかる。いや、振り抜く速度が更に加われば最終的な威力は単純な二倍で収まらない。
速度が増すということは、避けることも難しくなるということだ。
防御も不可能、避けることも不可能、であればどうするか?
結論はただ一つ----
「私が止めます、クロ、あなたが決着を付けてください」
そうなる他、無かった。
クロの事を何よりも一番に考えるマキならば、必ずそういう。クロは絶対の確信を持っていた。
利用しているつもりは欠片もないが、マキはどういってもその考えを捨てず、今までずっと自分と一緒にいたのだ。
そんな親友の言葉を無下にするようなら、マキの親友とは言えない。
本当の親友ならば、親友が臨んだ勝利を!手に入れる事が本当の意味で報いること!!
だから、私が言う言葉はただ一言決まっていた。
「任せたよ、マキ」
----これで十分だった。
互いに緊張感が増す中、ついにアマリリスは呼吸を整え終わる。
そして予想した通り盾を外し、右手のクレイモアに左手を添えた。
騎士学校に入ってから初めてみる、アマリリスの両手持ち剣。
そのスピード、鋭さ、精密さ、そして破壊力は教師ですら計り知れない。
クレイモアの重量を加味し、大上段に構えて左足を後ろに落とす。
これで全力の疾走、全力の一撃の準備は整った。
迎え撃つクロ達は、クロは姿勢をやや低めに今まで純手に構えていた双剣を両手共に逆手に構え直す。
一方のマキは、大剣に力を入れつつも細剣にも手を添えている。
両手持ちには両手持ちを持って対抗するべきがセオリーだ。
果たしてマキの狙いとは--?
空気が痛い程張りつめ、今ここに一陣の風や小石がズレる音、虫の羽音の一つでも存在したのならば、その瞬間にこの空気は膨張し、張り裂ける。
互いに瞬きすらしない完全な硬直、それが1分、2分と流れ、ついに開幕に相応しい合図が鳴り響いた。
ゴオオオオオオ!!!!!
フェイトが決着のために放った一際大きな爆音がこちらまで響き、鬼神たる緋色の風と、剣神たる四対の剣が今交差した。
「ハァァァァァ!!!!!」
裂昂の気迫と共に迫るはアマリリス。
その速度はまさに瞬間移動と呼ぶに相応しい誰の目にも止まらぬ、極限の疾走だった。
消えたように見える程迅いアマリリスを止めるべく立ちはだかるのは、勿論マキ。
だが、限界疾走を超えて迫るアマリリスの一閃はマキに止め切れるものなのだろうか?
マキはそれを証明するためにクロの前に立った、親友であるクロの道を切り拓くために----
左手に添えていた細剣を眼にも止まらぬ速さで投擲、見えない相手を見つけるには視覚情報は不要。
音、感覚、そして何よりも経験からもたらされる戦士の勘によって狙いを定め
「そこっ!!」
寸分違わずに狙い通りの位置に細剣を投擲した。
クロはその行動を見て疾走を開始、今の細剣によってアマリリスの疾走は半減、姿が目に映るようになった。
細剣はアマリリスの右足を的確に撃ち抜き、見事速度を激減させることに成功する。
だが、防御を捨てているアマリリスはこの程度では止まらない。
速度が激減したとはいえ、その速度はまだ速く、そこから繰り出される一撃の威力も減衰したとはいえまだ必殺の威力。
それを止めるべくが自分の役目。
文字通りクロの盾となるべくこちらの全てを賭けて、迎撃に臨む。
マキはアマリリスが振り下ろす大剣に合わせるよう、大剣を真一文字に構える。
身体の強力なバネを活かしきり、大剣をそのまま真一文字をなぞるよう1mmの誤差無く振り抜いた。
同時、アマリリスの大上段からの振り下ろされる最強の一撃が交差するように重なり、十文字を描く。
「ハアアア!!!!」
「オオオオ!!!!」
互いに全霊を以って繰り出した必殺の一撃は----
十文字を描けず、縦の一閃だけが煌いた。
■■■■■■
その始終を全て見届け、その上で硬直が残るアマリリスに肉薄するのがクロだった。
クロも文字通り最後の一撃となろう、全身の力を炎で燃やし全霊の一撃を放たんとアマリリスの接近する。
アマリリスもクロには気付いているが、捨て身の一撃を終えた反動で動けない。
10m、5m、3m、1m、68cm----
自分の双剣最適の間合いまで入り込み、逆手に構えた双剣をついに両の手共に解き放つ。
「っアアアアア!!!」
脚に、腕に、肺に、骨に、心臓に軋みを感じつつもクロは最後の一撃を放ちきった。
(これで----)
勝利を確信してようやく微笑むクロ。
だが
クロは見誤っていたのだ。いや、誰もが見誤っていたのだ。
騎士姫と讃えられ、誰よりも貴く、誰よりも自分に厳しく、誰よりも人に優しい、そんな高潔たる彼女を。
アマリリスがそう呼ばれたのはあくまで騎士学校に入ってからに過ぎない。
アマリリスはそれまでは訓練こそしていたものの、ただの少女に過ぎなかったのだ。
それが、騎士姫と呼ばれる頃から周囲の期待に応えようと、高潔になれるよう努めていたに過ぎない。
本当の、彼女の底に眠っていた感情とは----
溢れんばかりの<ロア>を身体全てから解き放ち、溢れる<ロア>の奔流と暴圧は勝利を確信したクロの二刀の軌跡すら呑み込み、全てを圧倒する。
本来であればこれほどの<ロア>を一度に放出すれば、命の危機にも関わることだが、アマリリスは心に従い放出した。
そう、彼女の心の奥底に眠っていた原初の感情とは、
負けず嫌いだった。
負けたくない、その思いが彼女を強くし騎士姫にまで押し上げ、今また負けたくないという気持ちで首の皮まで届いた勝利の刃を押し退けた。
「っ----あっ!!?」
溢れる<ロア>の放出に耐えきれなくなったクロは、地に着けた足をすくわれて大きく押し流された。
そして、校庭に残ったのは
大剣を砕かれその余波で戦闘不能に陥ったマキ。
溢れる<ロア>に押し流され、既に重症だったクロは気絶。
命の危機に陥るような過剰な<ロア>を放出したアマリリスは意識が白濁し、危険な状態だった。
そうなると、今校庭に立っていられるものは
戦闘不能のキャロルル、ゲイトとピアを除いた、フェイト、レイのみだった。
よって審判の声が響く。
「この試合、「メシア」の勝利!!!!」
この決着に、今までただ息を飲んで見守っていた観客達は一斉にワッ!!と声を上げその感想を爆発させた。
フェイト達の戦いも少しは注目されただろうが、大部分はアマリリスとクロの決闘を見ていたようで、その最後まで息を飲む試合に、興奮も一塩だったのだろう。
そのまま校庭になだれ込みそうな勢いだったが、それはそれ。
教師陣が見張っているので、踏み込むものなら一掃されてしまったことだろう。
フェイトは皆の様子が気になったので、急いで駆け寄った。
特に、最後の方にアマリリスが見せた光は多量の<ロア>を放出していたため、一刻も早い治癒が必要だ。
ピアも傷を負っているが、重症の度合いを見極めて残念ながら順番は後で我慢してもらうことにする。
飛行魔法を使ったままアマリリスの側によると、やはり多量の<ロア>の放出によって意識がない。
「先輩っ!!--先輩、死なせません、絶対に死なせませんから!!!」
フェイトはアマリリスを抱きかかえると、根源の生命<エデン>から治癒を引き出す。
「約束、破らないで下さい!!」
フェイトはアマリリスへ治癒の力を注ぎこんだ----
(……んっ、……?どうしたんだろ、私?)
アマリリスが意識を取り戻すと、そこは白一色の世界だった。
まるで自分の部屋にいるようだが、何か違う。
そう、強いて言うならば自分の部屋は冷たいのに、今いる白の中はとても暖かいということだった。
夢の中にいるよう、そんな感想を抱きアマリリスはまた眠りたくなる。
「……いっ!!せ……い!!」
声が聞こえる、誰か、とても最近聴いた事がある声。
まだ意識がハッキリしていないから思い出せないけど、とても優しい人だった気がする。
それにとても純真だった気がする。
「先輩!!」
声がハッキリ聞こえて思い出した。
「フェイト?」
そう、チームメイトで、後輩で、仲間で、自分をお姫様だと扱う困った男の子。
この暖かさはきっと彼の心そのものなのだろう。
とても心地良い、でも彼の腕に抱かれているのに視界が彼を見つけられないのは何故だろう?
「……そっか、起きないと」
夢の中にいては彼を見る事は出来ない。彼の心に触れていられるこの時間と、空間はとても暖かくて素敵だけど、もう起きなきゃ。
ゲイト君から聞いた通りなら、きっと今もの凄く困った心配そうな顔をしているはずだから。
「君にそんな顔させたくないからね」
そしてアマリリスの意識は、白の世界を出る----
「……ただいま、フェイト」
うっすらと目を開けながら、まだ光が開けたばかりの目には眩しい。
フェイトの顔を見ることが出来なくても、口が動かせたのだからまずは声を掛けてあげる。
すると、まだ光が眩しくて見えないはずなのに、顔をクシャッとして泣きそうな顔が嬉しそうに変化したのが見えた気がする。
(やっぱり心配かけちゃってたみたい)
そう反省すると、頭上からとても暖かい声が届いた。
「おかえりなさい、アマリリス先輩」
私は自分でも意識しない内に微笑むことにしていたみたいだ。
誰かに出迎えてもらえることが、こんなにも嬉しいと知ったから----