友人、幸先のいい出逢い
「フェイトすごいじゃない!」
模擬戦が無事終わり、ピアがフェイトに称賛をかけてくれていた。
「いくらなんでも斬鉄なんて無茶苦茶な技術、一体どこで身につけてきたのよ?」
ピアにとってはそれが一番気になっているのだろう。剣技として斬鉄の難易度自体は高くはなく、早ければ2年生でも習得している者もいる。
ただし、実践で相手の武器を切断するという離れ業は最上級生が最下級生相手に10回に1回成功するかどうか位だ。
「おいおい、フェイトもし自分の剣持ってきてたら、3対1でも蹴散らせたんじゃないか?」
ゲイトが気さくに話しかけてきてくれるが、フェイトはあいまいに笑って誤魔化した。
実際の所、斬鉄自体は出来るが、先の斬鉄は厳密に言えば斬鉄ではない。
フェイトは巧妙にカモフラージュしていたが、実際は魔力で切断したのだ。
普通なら金属のすれ合う甲高い音もするはずが、無音で切り裂いたのが何よりの証拠でもある。
原理としては、ピアの剣にはもともと「炎」が宿る剣のタイプであり、フェイトはそれを活性化させて熔解に近い形での切断を行っていた。
剣自体の炎熱と、擦るような摩擦熱を加えて断面が熔解したように見えないよう偽装。
傍からみれば斬鉄だが、実際は溶かして切断した斬鉄もどきの出来上がりという訳だ。
ただし、ギルバード先生には見抜かれていたかもしれない。教師が魔力の発動に気付かない訳がないし、音が聞こえなかった事にも注意を払っていれば原理も見抜かれていただろう。
フェイトが何故ここまで魔法を使えることをひた隠しにしているのかは、魔法技術が高ければ高い程魔法学校を薦められるからだ。
騎士、魔法師とどちらも人気があり華もあるが、それでも将来性を期待されるのは魔法師だからである。
国としては優秀な騎士よりも優秀な魔法師の方が欲しいという事もあり、予算も騎士学校より魔法学校の方が潤沢という事実もある。
まして飛行魔法が使えるとなれば即実践投入やら、研究所へ送られる等学生とは無縁の活動を強いられてしまう。
それではダメなのだ、自分はあくまでも騎士を志望し自分だけの姫を生涯かけて守ると決めたのだから。
「よーし、それじゃHR開始するぞ。今の模擬戦を見ての通りこっち側、あーっとお前ら名前なんだ?」
思わずクラス全員がずっこけてしまった。そういえば、自己紹介も無しに校庭に連れ出されたら名前なんか分かるわけもないし。
「フェイト・セーブです」
「俺はゲイト・ユン」
「私はピア・ハルトです」
「という訳でフェイトチームの作戦は功を奏した訳だ。一人バカみたいに素手でくるからにはよほど策を相手に上手く嵌めないと今みたいな結果は得られないから、気をつけろよ」
何故かダメだしをされてしまった。しかも明らかに自分の事を言われている。
「一方実力で言えば総合実力が大体同じ位だったから、明らかにナイトチームは作戦が悪かった」
あ、ナイトは知ってるんだ、さすが侯爵家。先生も覚えてくる位大事なんだ。
「本来であればナイトも中盤に残り2-3でフェイトチーム全員を抑えた上で、弓を活かすのが作戦としては正解のはずだ。それを無視し、自身の力を過信して無茶をするからチームのバランスが崩れ結果負けた。お前らもよく胸に刻んでおけよ」
やはり教師だけあって指摘も的確だし、何より解説が分かりやすい。これは当たりの先生だったかな?とフェイトが思っていると。
「負けた方のチームは校庭20周、ほらさっさと行ってこい。休むな」
……訂正、スパルタだ。これは目を付けられたくないな、とクラス一同内心で冷や汗をかいた。
青空教室でのHRも終わり、解散となったと同時にフェイトの側に人垣が出来てしまった。
「ねえねえ、さっきの斬鉄でしょ?もう1回見せて!」
「すごいな!あれだけの剣技は見たことがないよ、君フェイトだっけ?ここに来るまでは何を?」
「ねえ、そもそもなんであれだけ出来るのに剣を持ち歩いてないの?」
などとすごい有様になってしまった。
邪険にしたくはないが、まずはチームメイトに挨拶とお礼をしたいので何とかかわすことにした。
「斬鉄はまぐれだよ、それに練習だってそこそこだし、剣は事情があって預けてあるだけだから。っととごめん、俺あの二人と話したいから今日はここまでで勘弁してくれ」
するすると質問に答えながら、人垣を泳ぎきるとゲイトもピアも待っていてくれた。
「よっ、意外に早かったな」
「ヒーローインタビューだし、もうちょっとなら待ってたわよ?」
などと軽口を言ってくれるのだからありがたい。
「勘弁してくれよ」
初日からいい友達に巡りあえた。
「そうだ、ピア剣は大丈夫?壊れてない?」
フェイトとしては魔力を加減したので壊していないとは思うのだが、それでも心配で尋ねてみた。
「ああ?ブランムルジュなら大丈夫よ。あの後自分でキチンと確認したから、問題ないって断言できるわよ」
「良かった。助けてくれた人の剣を粗末にしたらバチが当たっちゃうからね」
言い得て適度に話をずらしているが、本当は魔力による損失が気になっていた。しかし、無用な心配だったようだ。
剣にしては珍しいタイプの剣である、魔力を僅かながらも内蔵しているタイプだったため、破損は最小限で済んだようだ。
「しかしあいつ意外と強かったぜ、フェイトが斬鉄した所は見れなかったが、ピアもフェイトも来てくれなかったら後10秒持たなかったな」
そう話しつつ右手首を気にしているのは、少し痛めてしまったからだろうか?ゲイトには初日から悪いことをしてしまった。
「ゲイト、騎士として礼を言うよ。騎士フェイトの誇りを守りてくれた感謝をここに示す」
騎士学校にいる騎士志望の者が何を大切にしているか?それは騎士としての誇りに相違ない。
誰もが騎士として決して挫けず、心を強く持ち、信念の剣を振るうことを何よりの誇りと思っている。
それを守ってくれたのだから、騎士として一番嬉しい答えで礼をいうのは当然だ。
しっかりと腕を伸ばし胸の前で敬礼の姿勢を取る。
「照れくせえ、でも騎士ゲイト・ユン、騎士フェイトの言葉しかと胸に刻もう」
同じように腕を伸ばし、胸の前で敬礼することでゲイトも感謝に応えてくれた。
「あー、男ってすぐ格好つけたがるわよね……」
ピアが入学そうそう、騎士の礼などという格好つけの儀を見せつけられれば、多少なりともげんなりするだろう。
「だってそのための騎士だもんな」
「な」
「ハァ……」
悪乗りこそあったが、この感覚こそ騎士を目指すものの誉なのだから、格好つけでも何でもやっておきたい。
それに、ピアだって騎士志望で入学しているのだから、表面上はどう繕っていても本心では羨ましかったに違いない。
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今日は帰りに時間があったという事で、三人は近くのカフェへと足を運び親睦を深めようということになった。
「ピアも寮なのか」
「そうよ、ここの学校の双剣部凄く強いんだから。女子の最上級生クロ先輩を筆頭に、男子のホライズン先輩、あと去年1年生で今年2年生のエース、キャロルル先輩と全国TOP3の騎士がいるのよ。それなら寮に入って少しでも多く技を盗みたいじゃない」
「熱心なもんだ、俺は単純な憧れで来ちまったからな。騎士学校の最新鋭ナイツォブラウンドってネームバリューにな」
「だからあんたみかけに反して弱いのね」
「な、なんだとぉ!」
話している内に思ったのが、ピアは意外とサバサバした性格で物怖じをしないため、熱くなりやすいゲイトといると何かと声が大きくなる。
とはいえ険悪になるわけでもなく、ただ意見をぶつけあったり、考えが対立するだけなので特に問題はないと思う。何より見てる方は面白い。
「んで、フェイトはなんでこの学校に?」
こちらに話題がシフトしてきたようだ、特に隠す必要もないので正直に答える。
「俺は俺だけのお姫様を探すため、騎士になる必要がある。そのためにここに入学したんだよ」
と、やはり予想した通り訝しげな、というより憐憫に近い反応が返ってくる。一応予想はしていたので特にダメージはない。
……ちょっとはあるけど。
「姫様を守るため?……まぁそりゃ騎士として王道だけどよ……。でもその姫様も決まってないんだろ?知り合う宛てとかあるのか?」
ゲイトの質問はもっともだろう。現実姫様がいる国は50国に満たないのだ。
それにそもそも騎士になれたとして、姫に会えるかは運にしか左右されない。
「いや、宛てとかはないから在学中に学びながら探そうかと思ってるんだが?」
とはいえ、これほどの無計画を話せばいくら気のよい友人でも呆れのため息しか返ってこなかった。
「……うん、そんな街中歩いてたら姫様がいて、偶然助けて偶然知り合えてお近づきになって、そして私だけの騎士様になって!というストーリー。……そんなラブコメみたいな話あるわけないでしょ!」
ピアに盛大に突っ込まれてしまった。
おかしいな、自分としてはなんとなく会える気がしているのだが。
やっぱり運命ってあると思うし。
「フェイト、敢えて聞くがその会いたい姫ってやっぱり『グランドプリンセス・ユキ・アヴァロン』か?」
『グランドプリンセス』
この世界で誰もが認める至上の姫の事を指し、その美貌は男ならば敵意を持つことも許されず、女性ならば同性としてただ恥いるばかりとまで言われている。
国の行事にも積極的に関わり、いくつもの国政に発言をし纏めてきた有識者でもあり、決して差別を行わず常に弱者の女神として味方してきたといわれ、良い所を枚挙するに1時間は固い。
ただ、フェイトも勿論知ってはいるが、別段彼女に会いたいとは思っていなかった。
「いや、グランドプリンセスにも勿論会ってみたいけどさ、彼女の側には既に騎士王がいるだろ?多分そこに割り込むって程無謀はしないし、割り込んだら悲しませちゃいそうだし」
そう、この至上の姫にはもう仕えるべき忠義の騎士がいるのだ。
『騎士王アルト・アヴァロン』
名前の通り既にグランドプリンセスと婚姻を交わした正式な夫でもある。
騎士時代から当時の王に重宝されていたアルトは、自然ユキと親しくなりユキの心の支えとなり、彼女を裏で支え続けている。
さらに御前試合でも無敗を誇り、ドラゴン殲滅の討伐軍指揮も採ったと言われる。
その際の武勇伝としては、一人でドラゴン10匹を打ち取るという離れ業を成し遂げ、味方の危機を何度も救ったのだとか。
そして王家への忠誠は微塵の揺らぎなく誓われ続け、宝剣エクスカリバーを承継したと言われている、まさに騎士王だ。
「騎士王アルト様。憧れるわよねー、私も騎士志望だけどあの方が自分に忠誠を誓ってくれるなら私も姫になりたいわー」
あのサバサバしたピアにすらここまで言わせるとは騎士王、恐るべし。
いや、ピアが乙女に興味ないって前提で話してるから、ここまで言わせるって考えはかなり失礼なんだけどね。
「ふーん、ってなると本当に街中で探すのか?本当に宛てが無いのかよ?」
ゲイトはゲイトなりに心配しているのだろう。
事実フェイトの言葉を白昼堂々言っていれば唯の頭の痛い人に違いない。
今日会った友達だからこそ言葉を選んでくれているのだろうが、一歩間違えればバカだろ、で一蹴されそうでもある。
「一応面識はないけど、調べた限りってので宛てといえば宛てはあるよ」
ピアも妄想の世界から丁度帰ってきてくれたので、二人は同時にフェイトに注目する。
「まず、至高き音色の歌姫・ディーバ、氷上の舞姫・ユキ、ファッション界の姫・マリア、巫女姫・シキブ、それに魔法学園プリンセス・レナ、騎士学校騎士姫・アマリリス。この位かな」
とここまで一息で語ってみたのだが、隣と対面にいる二人からはポカンとした表情がこぼれ落ちていた。
「……どうした?」
不審そうにフェイトが問うと、二人は息が合ったよう同時に顔を合わせこちらに言葉を出す。
「「おまえバカだろ」」
結局その後、フェイトが二人に抗議する形で様々な話を織り交ぜ聞かせたが、二人はさしたる興味も示してくれずしばらく後に解散となった。
二人は決してフェイトを否定した訳でも、これまでの縁だと見限った訳では勿論無い。
フェイトの節操のなさ、そして無駄に特化した情報網、そしてその中の数人は世界的に有名だったりするため、単純な高嶺の華に無謀に挑む功を焦ったバカにしかみえなかったためである。
一人自宅へ帰る道には既に夕日が射しており、少し屈んだ背に一層の哀愁を感じさせる。
「はぁ、無謀だって思うよな」
確かに挙げた人物の中に一人とて知り合いはいない。そもそも多忙なため世界中を飛び回っている人物も多く、居場所の見当すら付かない人もいる。
「でも俺にとっては夢であって、人生なんだ。--誰になんと思われようと、絶対諦めないからな!」
そう誓いを新たに、フェイトは明日から行われる新入生レクリエーションの事を考えながら帰宅した。