校内大会予選準備
春うららかな時分も過ぎ、季節は過ぎ今は5月。
入学して早々に遭った騎士王及びグランドプリンセス襲撃事件、そして人知れず解決された歌姫ディーバ誘拐事件。
こんなにも大きな事件がフェイトの回りで立て続けに起きたが、世界は概ねいつも通りの様相を呈していた。
そんな中変わろうとする少年が、騎士学校にて今日も汗を流していた。
「フッ!ハッ!セヤァ!!」
ここ最近訓練に力を入れるようになってきていたフェイトは、日々与えられる自分に適したメニューをこなす事によってその能力を向上させていた。
同じく、隣で訓練に励む黄金の髪をたなびかせる1年生最優秀の生徒が、レイ・ハルトだ。
強さだけなら間違いなく学年を一つ上げられると思わせる程優秀で、このまま5年間訓練に耐え忍べば王宮騎士へと昇進することも可能だろう。
そんなレイも滝のように汗を流して、黙々と訓練に励んでいる。
今日行われているのは、訓練ように特注された重さ100kgにもなる特別製の剣の素振りだ。
もはや剣というよりは丸太と言った方が通じそうな程外見が悪く、お世辞にも切れ味はない。
とはいえ、筋力増強のためなのだから切れ味に関しては無くても問題ないのだろう。
ちなみに全くの余談にもなるが、この隣にいる女子のレイと腕相撲をした事があるが……結果は男子としての意気地を根元から折られた、とだけ言っておこう。
「フェイト、これが終わったら今日は終わりだ。明日は週末だから休みになるが、何か予定はあるのか?」
実際の所騎士になるためには、朝も訓練、昼も訓練、夜も訓練と寝る時間すら惜しむことが推奨されてはいるが、頭がカチコチの頑固者でもなければ週末や放課後はたまにならば遊びに出掛ける事が普通だ。
「予定は特にないかな?レイ、どっか遊びに行く?」
そう思ってのほほんと返事をしたフェイトだったが、レイからの返答は鋭く急なものだった。
「何を呆けているんだ、来週末には校内大会の予選が開かれるんだぞ?お前がチームを組むならば、と考えて声を掛けたんだ」
やれやれ、と気さくにため息をつくレイ。嫌みはないが、少しだけ凹む。
「あー、そっか。来週からか~。個人戦が義務で、チーム戦は希望者だけだっけ?」
レイに確認のため聞いてみると、首肯が返ってきた。
「私としてはどっちでもいい。ピアやゲイトの事もあるし、そのために皆で集まって時間を取ってみては?と思ったのだ」
「なるほどね」
確かに、週末の一日を潰してもいい予定かもしれない。
組む、組まないは別として、もし組むのならばその日の内に陣形や作戦をある程度確認しておきたい所だし、次の日には模擬訓練を想定しておけるからだ。
組まないのならば、対人練習を積めばいい。
「それじゃあ私はピアに確認しておくから、お前はゲイトに確認しておいてくれ」
「分かった、んじゃこんな素振りさっさと終わらせますか」
そう言いつつも、素振りを続けるがやはり重い。いや、重すぎる。
真剣が5kg~10kgの中100kgは訓練用とはいえやり過ぎだ。今剣を持ち替えたらきっと羽のように軽い事だろう。
「文字通り、さっさと終わらせてくれ。まぁ、私はフェイトが終わるまで一緒に素振りでもしているかな」
と、自分の分のノルマをとっくに終わらせた優等生のレイが更に追加で同じ素振りをしている。
……男として自信失くしそうだなあ。
その後ゲイトとピアに連絡を取り、明日フェイトの家に集まる事に決定した。
二人ともおおよそチーム戦に乗り気であったため、どうやら二人共にチームで個人戦とは別に参加することになりそうだ。
「んじゃまた明日」
連絡を済ませると、レイにも報告する。
「ゲイトも乗り気だったね、ピアもだし参加の方向で決定かな?」
「そうだな、以前もギルバード先生相手にチームを組んだしな。……あの時はチーム戦で勝てなかったからこそ、リベンジだな」
「そうだね」
そういえばギルバード先生と勝負した事もあった。
歌姫ディーバの護衛の件で揉めて、ならば俺を超えていけ!といった形で勝負をするハメになったけれど、あの時はチーム力と相手の力量を測り間違えたせいでおざなりな試合となり、結果としては勝ったけれどむしろ完敗したようなものだった。
「それじゃあまた明日、迎えに来てくれ」
「うん、分かった」
すっかりお馴染となったフェイトの飛行魔法で、学校寮からフェイトの家まで寮生活の3人を送ってもらうことにしていた。
騎士であるのに、魔法を使えるというフェイトは異端に分類されがちだが、一応魔法を使える騎士というのも少なくはない。
とはいえ、扱える魔法の種類やアレンジ力、更に年齢も相まってフェイトの評価は魔法師と見れば非常に高いものだ。
事実、途中経過はどうあれ、騎士王より「赤魔騎士」の称号を授かっているのだから。
それはそれとしても、単純に片道で1時間掛かる道程ならばその1時間を5分に出来るフェイトの足はとても便利なものである。
そうなればその55分を鍛錬に使おうが、睡眠に当てようが自由に動かせるのだから、タイムイズマネーの精神でフェイトは文句も無く承諾していたのだった。
そして翌日
フェイトの家に集まった友人四人は、チームを組む事を決め、早速作戦会議となった。
「まずは、チーム名ね」
フェイトとしては非常にどうでもいいのだが、ピアが何故か拘っているため冒頭のテーマとなった。
「やっぱり赤を基調としたいから、「クリムゾンレッド」とかは?」
なんだかどこぞの戦隊にいそうな名前だが、
「ピア、それは去年のチームが使っていた名前だ。他じゃないと被るぞ」
等と変に記憶力のいいレイがいるのだから中々決まらない。というよりネーミングセンスがある奴がこの中にいない気がする。
「赤を基調にするから難しいんじゃないか?っていうか適当でいいよ、適当で。チーム解凍マグロ団とか」
「却下!!」
まあふざけて言ったのだから却下されてもいいのだが、進まない。
「円卓の騎士とかは?」
ゲイトも赤を基調とするのは無理があると思っていたのか、縛りが無くなるとよもや中々のチーム名を出してくる。
「格好いいけれど、アウト。卒業生のチームが使っていたわ」
そしてレイ、一体どこからそんな知識を仕入れてきた?
「そっか~ちょっと捻って救世主<メシア>ってのは?」
ん?なんだか格好いいな。そう思っていると、
「……いい、格好いいよ、ゲイト!!私その響き好きかも!」
おお、ピアが喰いついた。発端が納得しているのならばそれで決めたい、いやさっさと終わらせたい所だが、ジャッジはいかに--
「大丈夫よ、メシアは登録されていないわ」
「よし、んじゃメシアで登録しよう!」
さっさと引き継いでこの話は終わりにしてしまおう。
そしてようやく本題である作戦会議に入れる。
「んじゃまずはルールの確認からだな」
フェイトがそういうと、三人は頷きを返した。
校内戦におけるチーム戦のルールは
まず二~五人で好きな人数で登録されるチームで構成される。
とはいえ個人戦が先に開催されるため、余力を残しておきたいほとんどの生徒は不参加を貫くため、ほとんどお祭りのようなものだ。
その状況に拍車をかけているのが、対戦相手の組み合わせがランダム、ということである。
個人戦はバトルロイヤルを行い16名を選抜した後、トーナメントを行い上位四人が上の学年のバトルロイヤルに参加出来るというシステムで、本来ならば部活内でしか相手する機会がない上級生との手合わせを実現できるシステムだ。
更に、決勝の四人に残ることで賞品がもらえ、その賞品は学食1年無料だったり、奨学金加算だったり、他学校との交流に参加できる権利だったりもする。
名誉と賞品二つを得られるということで、個人戦に懸ける意気込みは皆一様に高い。
一方チーム戦は組み合わせが本当にランダムで、初戦から1年生対5年生という無理無茶無謀な格上マッチが日常茶飯事のため、3年生でも敬遠しがちだ。
ましてや1年生などお祭り騒ぎで参加すれば、開始2秒で撃沈、という事実もある程だ。
よって殆どの生徒が個人戦に全てを集中させている中、チーム戦をやるというフェイト達はある種無謀でもあった。
ちなみにチーム戦で決勝まで残った場合の賞品も、個人戦とは変わらないこともチーム戦が不人気の一つである。
このチーム戦に参加するならば、実力とチームの総合力、そして何よりコンビネーションが欠かせないのだ。
「参考までに去年勝ち残ったのが、双剣チームのクロ先輩とマキ先輩のチームね。今年は
2年生エースのキャロルル先輩も加えたトリオチームになりそうね」
クロ先輩とは、双剣部の主将兼最上級生の中でもトップに属する程の実力者だ。
双剣部が去年全国大会で優勝したのも、個人優勝したのもクロ先輩がいたからだと言われている。
そんな中マキ先輩も双剣部だが、目立った戦績はない。ただ、クロ先輩とコンビを組んで長いため、コンビネーションという点では抜群で、クロ先輩が苦手な敵に強いらしい。
一方キャロルル先輩というのが2年生ながらに双剣部のエースで、2年生の部では全国大会で優勝する程の実力だ。
去年トリオにならなかった理由は、単純に1年生であまり知らない人材を引き入れて失敗したくなかったからだろう。
5月では一月しか接点がないため、去年クロ先輩達は2人で出てチーム戦を優勝したらしい。
「クロ先輩が頭一つ飛びぬけているからな~、チーム戦では最も苦戦しそうだ」
苦笑を漏らすゲイトだが、その意見には賛成だ。
「完全に蛇足だけれど、双剣部の男子のホライズン先輩は仲の良い友達と参加しているみたいね。だからチーム力に決定打がなくて、クロ先輩のチームにも負けたらしいわ」
「まああの人達はヤバイね。毎日部活で見ているけれど、クロ先輩どころかマキ先輩にもキャロルル先輩にも勝てるイメージが出来ないわ」
両手を挙げて降参のポーズを取るピア。
そうだった、ピアは双剣部に所属しているため双剣部の主だった情報を生で得られるのだ。
とはいっても、それだけ実力に開きがあるのだとすれば作戦を立てるだけ無駄かもしれない。
「まあピアがいるからってのもあるし、優勝チームがクロ先輩のチームだったから双剣部を中心に見たけれど、他にも色々いるわね。ナイツ所属のエンドルフィ先輩チーム、ギルド結成を掲げるラインバルト先輩チーム、この辺りが5年生の中でも特に手強いかしら?」
レイの情報収集力と、分析力には舌を巻く思いだが結局の所、4年生以上のチームと当たれば負けは避けられないだろう。
「関係ないけど、個人優勝が騎士姫アマリリス先輩だったか」
『騎士姫アマリリス』
入学当時からその美貌とスタイルの良さから注目され、あの洗礼にも耐え見事帰宅出来た唯一の4年生である。
クロ先輩も最強の一角を占めるが、アマリリス先輩は最強という括りではなく、頂点なのだ。
その右手には紫の大剣クレイモアを携え、左手には聖水で磨き抜かれた聖騎士の盾を構える。
燃えるように流麗な緋色の髪を持ちながらも、性格は冷静沈着。但し義に熱く弱きを助け強きを挫くその姿は、まさに聖騎士<パラディン>である。
かつてアマリリスが野良試合を受けていた時、余りにも評判の高かったアマリリスに、当時の5年生が1年生のアマリリスに挑んで逆に敗北したという逸話は余りにも有名だ。
とはいえ、余りの強さ故にチームを組むことも、部活に入る事すら危惧される始末になり、今では先生方がアマリリスの訓練相手になっている。
1年生の頃ですらそれほどの強さを誇ったアマリリスが、今や4年生だ。
先に述べた最強、ではなく頂点、と呼ばれる理由がこれに尽きる。
騎士姫という通り名も、将来国王より授かるであろう称号だと誰もが噂をし、信じている。
■■■■■■
「ま、個人戦は良くても3年生のバトルロイヤルまででしょう」
そう冷静に分析するのがレイだ。
「フェイトが所構わず上級魔法を連打するのならば、5年生相手でも通じるけれど、フェイトも今回は勝ち負けよりも騎士として実力を試したいんでしょ?」
普段から側にいるおかげでレイはフェイトの心の内にも詳しい。
ギルバード先生の時は勝ちを優先しなくてはならなかったが、今回は命を懸けるものがあるわけでもないし、単純な実力試しと言った所だ。
「ま、個人戦に関しちゃ各々が考える所だ。今日集まったのはチーム戦の話しだろ?」
そうさりげなく軌道修正を加えてくれたのはゲイトだ。確かにその通りだったので、軌道修正案に乗っかろう。
「そうだな、まずは陣形から決めるか」
「私特攻ね」
アッサリと先鋒を引き受けるのはピアだ。なんだかんだ言って守りより攻めが好きというのだから、前衛向きだろう。
「んじゃピアを軸に、レイを少し後方に補佐でつけるか」
コンビネーションは姉妹だから問題ないだろう。
「俺も体を張って止める方だから前衛か?」
この中でもっとも陣形を考えにくいのがゲイトだ。
本当はリーチを活かして後衛に回したいのだが、まだ技術面で不足が残るゲイト故に前衛で壁にするのが今の段階では最良になる。
ただし、前衛が素早さのピアと壁のゲイトでは前衛として相性が悪い。
片方が特攻し、片方が留まれば最早その時点で陣形は意味をなさない。
と、なれば----
「いや、遊撃を頼む」
以前クラスメイトであるナイトと対峙した時と同じで、遊撃によって敵を牽制させた方がいい気がする。
「……そうだな、いや悪かった。まだまだ俺も途上だな」
少し傷つけてしまったかな?フェイトは後悔しそうになるが、他ならぬゲイトから次の作戦立案について話を振られたのだから、めげてはいないのだろう。
「よし、気を取り直していこう。作戦は……」
こうして、貴重な休みを使いフェイト達は校内戦に向けて着々と準備を重ねていった----
一方--
「アマリリス、ちょっといいか?」
専用のトレーニングルームにて訓練を重ねていたアマリリスに、上級生からの面会があった。
自分の部屋に来客があったのはいつ以来だろう?珍しさも手伝って、アマリリスは歓待する。
「今度の大会が私に取っては最後だ。……私もあれから研鑽を積んだし、今年こそはお前にリベンジしたいと思っている」
そう強気な視線で挑発するのは、美しい黒髪をサラサラと揺らす道着姿の女性だった。
「クロ先輩ですか、今日は部活もないのにお疲れ様です。……しかしわざわざ挑戦状を叩きつけにくるとは、珍しいですね?」
自分が知る限り、クロ先輩と面識があったのは1年生の頃スカウトされた一回と、去年トーナメントで試合をした時の二回だけだ。
「今年で私も卒業だからな--」
ふっと遠い目をして、自らの将来想いを寄せるクロ先輩に不覚にもトキメクものを感じながらアマリリスは言う。
「確かにクロ先輩は今年でご卒業ですけれど……去年の負けが、そんなに堪えていましたか」
去年トーナメント一回戦で当たり、優勝候補一角が4年生トーナメント一回戦で敗退したのは記憶に新しい。
とはいえ、アマリリスに勝てた者はアマリリスが1年生と2年生の時の一部の最上級生だけであり、アマリリスが3年生に進級してからは無敗記録を更新し続けている。
「堪えたさ……とはいえあれがあったからこそ、去年鬼の修行を経て双剣部優勝にも繋がったのだから皮肉なものだな」
「でも、トーナメントならばいずれ私達が当たる可能性は非常に高いのでは?」
アマリリスの指摘は最もなものだった。
どちらも最強に名を連ねる者同士、決勝まで残る確率は非常に高い。
だが、クロは首を横に振る。
「今年はイレギュラーな1年生が入ってきている。お前も知ってはいると思うが、1年生のフェイト・セーブだ。
……荒削りなのは見て分かったが、それでもギルバード先生を打ち負かした実力は想像以上、いやアマリリス、お前でもどうか」
アマリリスはあの時もさして興味がなく、自室でトレーニングに励んでいたのだった。
それとは対照的に、クロは親友のマキとフェイトを見物しており、禁呪に近い「アルテマ・ライフ」を目に焼き付けた。
あの威力、学生の範疇でもなく、王宮魔法師の範囲でもない。
国家魔法師という世界でも限られた最高の魔法師のランクが扱うような、魔法だったのだ。
禁呪という存在を知らないクロから見れば、あれは警戒に警戒を重ねるべきものだった。
「それほどまでですか……クロ先輩が言うのならば確かでしょう」
アマリリスはクロ先輩を評価している。その実力もさることながら、自分の目標に向かって真っ直ぐに打ちこむ姿勢がとても強く清々しい生き方だからだ。
「それでだ、万一私達どちらかが破れれば再戦は叶わない……そこでだ、アマリリス、お前も----」
登校日になり
フェイトが、ゲイトやピアと教室でHR開始を待っていると、とんでもない来客があった。
「失礼します。このクラスにフェイト・セーブ君がいると聞いてきたのですが?」
まだ教師が来ていない中、突然の訪問に誰もが驚き腰を抜かした。
「失礼しました、私は4年生のアマリリス・ノア・ルーンハイツです。重ねて聞きますが、フェイト君は登校していますか?」
あまりにも唐突で、あまりにも規格外のお客様に、フェイトも含めてクラス中が唖然と口を開くことも出来ずに、ただただその美しさに見惚れていた----