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準備中<Wait a minute>

 「えっ?ディーバ行っちゃうの?」


 病院から帰った後、フェイトはレイに電話をしディーバが再び歌姫として舞台に戻る事を教えた。


 「ああ、ディーバはそう決めたみたいだ。前にディーバにはディーバの歌が好きなんだ、って言ったこともあるからもしかしたらそれを意見の一つとして受け止めてくれてたのかもしれない」


 「そう……ね」


 いや、十中八九フェイトのその言葉に動かされたのだろう、とレイは想像していたが敢えて口には出さなかった。


 「それで?電話してきたってことは、何かあるんでしょ?」




 レイの察しの良さはとても助かる。本来頭の回転が速い方なのだろう。


 「ああ、ディーバがこの国を発つ前最後にさ、またみんなで集まってワイワイやらないか、と思ってさ」


 「確かにね。友達が旅立とうとしているのに、黙って行かせたらそりゃダメね。よし、早速計画を立てましょ。ディーバはいつ出立?」


 「四日後って言ってたな」


 「随分と急ね……何か心境の変化でもあったのかもしれないけれど、そうね……なら三日後、送別会をやりましょう。それで四日後一緒に見送りにも行って」


 「そうだな、日取りはそんな感じでいいか。んじゃレイはピアと出来ればリードとも連絡を取ってみてくれないか?」


 「リード?リードもディーバと知り合いなの?」


 「ああ、そういえば話そびれていたけどディーバを助ける時に協力してくれたんだ。だから是非誘いたいんだけど、レイは連絡先とか知らない?」


 「残念だけど私も連絡先は分からないわね……確か妹さんが魔法学校に通ってるんじゃなかった?妹さんに頼んだ方が確実かもよ?」


 「それもそうか、分かった、レイはピアとパーティーの概要を打ち合わせてくれ」


 「OK、でも場所はどうする?どこかのお店を借り切るとか私達学生だから資金的にも難しいわよ?それに私達は寮だし…」


 「んーーー、そうだ、俺の家ならどうだ?ちょっと歩いて時間かかるけど、広さなら十分だと思うんだ」


 「へぇ、フェイトの家ね。面白そう、一回は遊びに行ってみたいと思ってたしそれでいいわ」


 「了解、んじゃ明日の夜また電話するよ。俺はこの後ゲイトにも電話しておく」


 「了解、明日までにはプランを固めておくわ」


 「おう、頼んだぜ」


 「ハイハイ、受け持ったわよ。それじゃね」


 「また明日な」




 電話を終え、フェイトは予定を改めて確認した。


 「四日後にはディーバは再び海外へ……か。寂しいもんだな」


 ディーバにあの美しい声が戻り、心の傷も大分癒えてきてはいるのだろう。


 実際失った家族は取り戻せないし、あの喪失感はそうそう埋まるものではない。


 しかし、それでも新しく友達という存在を知ったディーバは、友達という仲間と絆を得て新たに生まれ変わった。


 きっとこれから先、苦労が絶えないだろうけれど今度は俺達が支えてやる。ディーバの御両親程じゃなくても、またこの国に帰ってくることを楽しみにさせてやる位には思って欲しい。


 そのためのパーティーだ。--頑張ろう


 「よっし、燃えてきた!次はゲイトに電話だな」



 そうしてゲイトにも電話をかけ、送別会の準備は着々と進行していった。



 「本当に宜しかったのですか?ディーバ様」


 そう清楚な病室で問い掛ける男性は、おおよそこの場に似つかわしくない風体の持ち主だった。


 無骨で筋肉隆々とした威圧するように巨大な肉体は、初めて見るものが見れば怯えてしまうものを感じさせる。


 しかし、ベッドの上に静かにたたずむ少女は特に気にすることもなく会話に応じる。


 「ええ、フェイトのためだもの。フェイトは私の心の傷を気遣って騎士でありながら友達でもいてくれた。でも、それは本来騎士としての在り方を望むフェイトの在り方ではないと思うの。それに、今回の件では迷惑をかけてしまって、フェイトにも心の傷を負わせてしまった。

 --だからかな、よく歌で歌われている時間だけが心を癒せる、という言葉に頼ってみたいの」


 入口付近でドアを見張るように背筋を伸ばす男性は、その答えにいささか表情を渋めながら答える。


 「ディーバ様が今回の件について目を瞑るということによって、フェイトは救われた。正直な所我々は厳罰を設けるべき、という声が多かったのだが当事者であり世界の歌姫であられる貴女様の声を今回は尊重させていただきました。

 ……もっとも、フェイト自身、厳罰等なくとも自身の無力さを痛感し学校に精を出して登校してきてはいますがね」


 フェイトが真面目に授業を受けるようになったことに関してのみ、この男性は表情を緩めた。


 「ギルバード先生?フェイトは優秀な騎士になれます?」





 ディーバの問いは鋭くもあり、期待に満ちた問いでもあった。--しかし、嘘を付く訳にはいかない。


 「現状を見るに精神的にムラがありそうな成長をしそうですが、優秀な騎士にはなるでしょう。……ただし、フェイトが何を持って生涯を誓う姫とするか、があいつの将来最大の悩みになることは間違いないでしょう」


 「そう……多分そうかもね」


 フェイトはきっと自分から言わなければ、ディーバの騎士として着いて来てくれただろう。


 フェイトは全身全霊を懸けて騎士としての職務を全うしてくれた。


 故に姫の方から生涯を共に、とプロポーズすればきっと受けてくれる。



 --しかしそれは自分の甘えだ。これから先は自分の甘えを律して、自分で考え、自分で動かなくてはならないだろう。


 誰も理由は教えてくれない、自分が何故歌を歌うのかも、誰のために歌うのかもこれから先は自分で考えていかなくてはいけない。


 「フェイト……」





 「……あー、これは独り言なのですが」


 もしかして、今の呟きが聞こえてしまっていたのだろうか?ギルバードはこちらに背を向け決して表情を見せないよう、あたかも独り言を言うかのような姿勢で言葉を出す。


 「ディーバ様はきっとフェイトが好きなのでしょうな。そしてディーバ様にそんな素晴らしく素敵な感情を芽生えさせたフェイトは、誇りを持っていいべき偉業でもあるし、同時小憎たらしい奴でもあるな。それにディーバ様の心の傷を癒すことが出来た事も十分、いや十二分の成果だったと褒めてやりたい所でもあるな。

 今後も我が校はディーバ様と良き関係を築いていきたいと考えもいるし、フェイトに何かしらの役をお願いしたいと考えてもいいな」


 「それって……」


 ディーバの問いに解答はもらえなかった。--それでいい。


 教えてもらったら、自分で考えられなくなるから。


 「ギルバード先生、ちょっとお願いがあるんですが」


 夜の密談は、こうして進んでいった。





 翌日


 昼間は普通に学校に通い、遅れた分の授業カリキュラムをこなしつつトレーニングに励む。


 レイもカリキュラムの遅れがあるはずだが、フェイト程休んではいないためとっくに返上済みだ。


 そのためレイと校内で話す機会はついぞ得られなかったため、結局この日も帰ってから電話で話すこととなってしまった。


 「こんばんはーっと、レイ?」


 「もしもし、私よ」


 「いやいやピアかもしれないな。何せ双子だ」


 「冗談はその位で、睡眠時間まで削りたくないんだから」


 「へいへい、悪かったなっと。それでピアはなんだって?」


 「参加は勿論よ。それで飾り付けと贈り物をこっちで考えて用意することにしたわ」


 「そりゃ助かる。さすが女の子だな」


 「もう、そんな所で褒めないの。明日買い出しに行くからいるものがあったらついでに買うわよ?」


 「んじゃ料理の材料もお願いしていいかな?なんとゲイトは料理が出来るのだ!」


 「嘘っ!?なんで男子が出来るのよ!?」


 何故かもの凄く驚いているレイだったが、何に驚いているのかがよく分からない。


 「ゲイト結構家事手伝いしてたらしくて、そこそこ何でも作れるらしいから。買い出しリストにひき肉と鳥のむね肉、後サラダの材料適当にを追加でお願い」


 


 …………あれっ?返事がない?


 「おーい?レイ?」


 「あ、ああ、ごめんね。……えっとサラダの材料よね…………」


 もしや


 「レイ?材料は適当でいいんだよ?」


 「…………」


 あ、やっぱり。多分レイ、料理出来ないんだ。


 「レイ?えーっと、もしかして料理できない?」


 「うっ」


 うって言ったぞ、今。 


 「やっぱりか。んじゃ材料も指定するから、それ買ってきれくれればいいから」


 「……助かる」


 うーんまさか料理が出来ないとは。


 しかし、あれだけ優等生なレイで普段から格好良いのにこの料理が出来ないという不器用さ。


 これがもしかして


 「ギャップ萌え?」


 「変なこというな!バカ!!……全く、フェイトは料理作れるの?」


 逆切れに近い切り返しだけど、別に怯むことはない。


 「作れるよ。ゲイトみたいに凝ったのは無理だけど、普通の夕飯位ならそこそこ何でもいける」


 「うぅ~~」


 凄い悔しそうだ。ヤバイ、ちょっと可愛いかも。




 「大丈夫、レイは料理できないだけでしょ?妹は料理が壊滅してるからそれと比べたら全然マシだって」


 「それフォローになってない」


 何やらため息が聞こえた気がしたが、


 「了解。それじゃ買い出しはちゃんとやるから、料理はお願いね」


 「うん、じゃあ重たいかもしれないけど宜しくね。あ、そうだ。ちなみにピアも料理できないの?」


 「私と同じよ。料理なんて挑戦したことないわ」


 「そっか、ドンマイ」


 「もういいわよ……それじゃ明後日ね」


 「そうだね、明後日は放課後校門で全員待ち合わせで」


 「分かったわ、それじゃおやすみ」


 「おやすみ~」




 さて、おやすみと言ったはいいがやることは山積みだ。


 家の片づけが何より重要課題だし、何よりリードがどうなったか妹に聞かなくては。

そんな訳で隣の妹の部屋をノックする。


 「アイリース?いるか?」


 間もなくドアが開けられ、鳶色のショートヘアーの妹が出迎えてくれる。


 「あ、お兄ちゃん。頼まれてたやつ?」


 「そうそう、リードって娘。見つかった?」


 「うーん、それがねー、名簿には名前があるんだけど出席してないみたいなんだよね~」


 「休みだったってこと?」


 それは運が悪かった、と思っていたら


 「違くって、先生に聞いたらリードちゃんって特待生らしいんだよね」


 「特待生?」


 ありえる話だ。1年生ながら上級魔法を使いこなし、既知の魔法ではない新種の魔法を生み出すあの実力は1年生で収まるものではない。


 「先生からどんな知り合いかって聞かれて、兄が友達なんです。って答えたら少しだけ教えてくれて、リードちゃんは学校の授業受けるか受けないかは自分で選んでいい位の待遇で入学したんだって。本来なら魔法研究所にスカウトされる所、本人が学校に行きたいって言ったからいるだけで、扱いはVIPらしいよ」


 「なるほど」



 さて、それではどうやって連絡を取るか?少なくとも町に行けばまた会えそうだが、確実ではない。

 

 「ま、なんとかなるか。んじゃありがとな、アイリス」


 「あ、ねえねえ本当にディーバさんが家に来るの?」


 家に招くとなった時点で家族にはディーバが来る事を知らせてある。


 最も今両親は研究に掛かりきりで、後数日は家に帰ってこないだろう。


 一応メールには「サインもらっておくように」「あんまり散らかさないように」と家に呼ぶ許可はもらえたのだが、アイリスは一緒に送別会に参加する予定だ。


 「本当だよ、なんで嘘を付かなきゃならんのだ」


 「別に疑ってる訳じゃないんだけど、世界の歌姫だよ?緊張するなっていう方が無理」


 両手をバタバタと振ってリアクションを取る妹だが、その目には期待が混ざっていることを知っている。


 「ま、ディーバもそうだけど他の俺の友達とも初対面になるわけだ。あんまバカやるなよ?」


 「バカってなにさー!」


 自分でからかっておきながら、よしよしとアイリスの頭を撫でてご機嫌を取る兄妹のコミュニケーションは、平和な日常そのものだった。





 次の日もつつがなく過ぎ、いよいよ送別会当日となった。


 この日は朝からソワソワとしてしまい、授業にあまり身が入らなかった。


 昼になってもそんな感じで、一緒に昼食を取っていたレイから


 「フェイト、落ち着け」


 と宥められた位だ。


 「レイは落ち着いているなー?」


 「そりゃね、緊張する理由ってある?」


 「なんとなく?」


 「つまり空気で緊張していると、全くあれだけ実戦には強いのにね」


 レイは普段から優等生なままで、こんな時でも取り乱さないのはメンタルがとても強いのだと思う。


 「こういう時は予定を反復して落ち着くものよ。まず放課後校門に集合、その後フェイトの魔法で家に行って私とピアとリードで飾り付け、ゲイトが料理でフェイトがディーバの出迎え。それで大丈夫でしょ?」



 ん?とフェイトは疑問を感じた。


 「あれ?リードと連絡取れたの?」



 宛てにしていたアイリスが空振りだったことは伝えたハズだが。


 「買い出しの最中に会ったのよ。また野良猫追いかけてたわよ」


 「またか」


 昼間から野良猫を追いかけまわして、一緒に猫みたいなリードを想像すると心が少しだけ楽になった。


 「放課後校門前って伝えてあるし、連絡先もちゃんと聞いたからこれからは大丈夫よ」


 「さっすがレイ」


 「そういえばお昼おごってもらう約束っていつまで有効?」


 ディーバに関わっていた時そういえば大分助けてもらったし、そんな約束もしていた気がする。


 「いつまでだっていいさ」


 「そうね、それじゃ今度夕食ごちそうになるとしましょっかね」


 「あれれ?レイさーん。ハードル上がってますよー?」


 そんなしょうもない会話のおかげか、フェイトはいつの間にか落ち着きを取り戻していた。




■■■■■■




 「お待たせっ!」


 放課後になってゲイトとピアが校門前にやってきた。


 二人とはいつも朝のHRで顔を合わせているため、久しぶりという感じはしないがやはり一緒にトレーニングや授業をしているわけではないので、必然会話が少なくなりがちだったのだ。


 「いやー今日の放課後空けるために、訓練前倒しで頑張ったぜ」


 「私だって双剣部の練習休んでるのよ?ゲイトだけ苦労したって話にしないでよね」


 「分かった分かった、二人共忙しいのにサンキュな」


 「友達のためだろ?」


 「勿論、ディーバに会うの久しぶりだもん」


 やっぱり根がいい友達なので、みんな嫌がることなく集まってくれた。


 「それでリードにも会ったのよ。ゲイトだけ初対面だっけ?」


 「ああ、なんか悔しいな~俺だけ知らないってのは」


 「もうすぐよ、直に会えるから楽しみにしてて」




 しかし、20分程経ってもリードは来なかった。


 「おかしいわね……姉さん電話してみて?」


 「確かにね、ちょっと待って」


 カバンから携帯電話を取り出し、レイはリードの番号を呼び出し掛ける。


 RRRRR


 おや?すぐ近くから電子音がするな。


 フェイトが辺りを見渡すと、細い路地が目に入った。


 「あ、もしかして」


 そんなフェイトの呟きにレイは得心し、ゲイトとピアは首を傾げたままフェイトに続いて歩く。


 路地に入った所で見つけたのは、はたしてリードだった。


 「リード、また猫と遊んでたのか?」


 そう言葉を投げかけられ、こちらを振り向く金のストレートヘアーの小柄な女の子。


 どうやら待つのに退屈していた時に猫を見つけて遊んでいたらしい。時間を見なくなってしまうのは、もう癖なのだろう。


 「ごめん、時間?」


 素直に謝るリードだが、別に怒っていたわけではない。


 「いや、大丈夫だ。とはいえあんまり時間もないものだからサクサク行こう。みんな集まって」


 そう言ってまた元の校門前の方に進みつつ、チョイチョイっと手招きしてみんなを集めるフェイト。




 「とりあえず初対面はゲイトだけか。ほら、自己紹介」


 「そうだったそうだった、俺はゲイト・ユンっていうんだ。勿論騎士志望で同い年の1年生だ。君は?」


 「私は、リード・ロード。宜しく、ね、騎士さん?」


 「何で疑問形?」


 レイがそう質問すると、リードはじーっとゲイトの左手にある箱に目が釘付けだった。


 「…………ケーキ?」


 「お、よく分かったな。チョコレートケーキ、割と自信作だぜ」


 何故か違う意味で女性陣がゲイトに釘付けとなった。


 リードは食べたそうに、レイとピアはゲイトのお菓子作りという料理スキルに完敗したかのように。


 「美味しそう」


 「後で切ってみんなで食べるからな、もうちょっとだけ待っててくれよ?」


 「うん!」


 こんなにイキイキとしたリード初めて見た。そんな的外れな感想をフェイトは抱いたが、


 「さって、んじゃ行きますか。時間もないし、行っくよ」


 フェイトは全員を飛行魔法で自宅まで運んだ。





 皆を自宅前に降ろした後、既に帰宅していたアイリスを紹介しパーティーの準備を始めることにした。


 その後、フェイトは病室までひとっ飛びするとディーバを迎えにきた。


 ディーバの病室前まで来て、いつも通りドアをノックする。


 「ハーイ、フェイト?」


 中からとても愛らしい声で応えてくれるのはディーバだ。


 前もってフェイトがこの辺りの時間で迎えに来る、と伝えていたため普段聞かせないような愛くるしい声で迎えてくれたのだろう。


 「やっ、ディーバ。--驚いた」




 病室で待っていたのは、あの日と同じパステルグリーンのシフォンワンピースに身を包み、等身大のとても可愛くキレイな一人の女の子であった。


 最近までは病院から支給された白のパジャマで過ごしていたため、余計に明るく眩しく見える。


 「どう?似合う?」


 きっと今日は歌姫ディーバ、ではなくディーバ個人として楽しみたいのだろう。


 そんな気持ちが伝わってきた。


 「似合うよ、ディーバ。すごく可愛い」


 「ありがと。フェイト前にもこれ気にいってくれてたみたいだから、今日はこれにしたの」


 クルリ、とその場で一回転してみせるディーバはどこからどうみても年相応の可愛らしい女の子だ。


 いや、ひょっとしたら容姿だけでもアイドルとしてやっていけそうな程可愛い。


 「お姫様に目が釘付けになっているぞ、フェイト?」


 と、横から無骨な声が響いてきたと思えば、担任のギルバード先生だった。


 「あれ?今日はギルバード先生の当番の日でないのでは?」


 今日は確かあのお爺さんっぽい、アンフォル先生だったと思ったのだが。


 「アンフォル先生もいらっしゃっているぞ。私は私用で来ていただけだからな」


 はて、私用とは?いつの間にかディーバに頼られる先生にもなっていたとは知らなかった。


 「ギルバード先生からフェイトの話を聞いてる内に、色々話をするようになったの」


 そうか、自分の話なら担任のギルバード先生が一番詳しいに決まっている。


 それだけ自分に興味を持っていてくれたのならば、素直に嬉しい。


 「さて、邪魔者は退散退散。フェイト楽しむのもいいが、ハメを外し過ぎるなよ?」



 普段あれだけリミッターを外している派手好きな先生から、注意をもらうなんてどうやら今日はトコトン騒げということらしい。





 スッ、とフェイトは右手を差し出す。


 本当は膝を付き、騎士としてエスコートしたい所だがディーバの騎士は引退してしまった。


 友達として、異性をエスコートするにはこれ以上深くしてはいけないのがマナーのため、

 

 これで我慢するが--



 「フェイト、なんだかムズムズしてる。目が子供みたいに我がまま言ってるよ?騎士としてエスコートしたいって」


 ディーバには見透かされてしまったようだ。……ってあれ?そんなに分かり易かったのかな?


 「フェイトって良く見ていると本当に分かりやすい。まだまだ子供だよ?」




 そういえばディーバの方が年上だったっけ。--でも、あの事件以来本当にディーバは変わったと思う。


 助けに間に合った事がキッカケなのか、それとも声が出るようになったのがキッカケなのか、それとも入院してから変わったのか。


 今でも始まりは分からない。けれど一つだけ言える事は、いい変化だということだ。


 今みたいに誰かを良く見て、何を考えているのか想像して、それを言葉にして。


 きっとそれは人と人が付き合う基本なのかもしれないけれど、ようやくディーバはそれを手に入れ始めた、今みたいに何も言わなくても分かってしまうように。



 「--今日だけは特別だよ?」




 そう言って、ほんの少しだけ瞳が水面の様に揺れたが、ディーバは右手を下げてこちらに差し出してくれる。



 今日だけは、特別。



 とても甘い誘惑、とても甘い果実。


 それでもディーバから差し出してくれたのならば、取らねばなるまい。


 フェイトは差し出した右手を一度引っ込め、改めて仕切り直す。





 片膝を床に付き、今度は右手をすくうように差し出して姫の手を取らせてもらう。


 ニコリと微笑みかけられ、フェイトも笑顔を返す。


 まるで幼い時にやったお姫様と騎士ごっこのように単純で、形式だけのものだったが、二人は幸せを感じていた。


 目と目が通じ合う。



 (エスコート、よろしくね)


 (お任せ下さい)



 言葉はいらない、歌姫の言葉がいらないというこの関係は最高の贅沢に思えた。



 「行きましょう、ディーバ姫。皆が待ち詫びております」



 フェイトが立ち上がり、ディーバを病院という王城から連れだし、自宅というパーティー会場へとエスコートを始めた----

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